STG/I:第百二十八話:貪食

 


 電子メロディが鳴り、喋りだす。
 何事かと思ったら電子レンジだ。

「今はチンじゃないのが多いんだったな。回転すらしていなかった。子供の頃の俺からしたらまるでSFだ。今まさにSFの世界に居るんだ・・・」

 アイスを食べきると、皿を取り出す。
 一見真っ白でデザインも簡素に見える。
 よく見ると、僅かに乳白色で、装飾が見事。
 触れた感触、重量、厚さ、置いた時の音といい気に入っていた。
 伝統のあるブランドなのだろうと感じる。

「必死に働いてた時には得られなくて、そうでない今得られる・・・皮肉なもんだ」

 レンジ用の蓋を外し、これまた見事な装飾のスプーンを手に、炒飯を頬張った。

「ん~美味い」

 冷凍食品を久しぶりに食べる。
 二十年でこんなに美味くなっているとは。

 気持ちが緩むと、サイトウが言っていた言葉が思い出された。

「地球に居てはいけない」

 言葉の前後や視線、脈絡からして私のことを指しているのは間違いないだろう。
 STGIを回収しろとも言った。
 話しから、地球人のようにテリトリーという概念が彼らにもあるようだ。
 そのテリトリーを越えていると言った。
 だとしたら極めてマズイ。

(少なくとも宇宙へ出た方がいいか・・・)

 出来ないことを考えるのは一旦やめよう。
 今考えたところで判断材料が少なすぎる。
 挙げ句にどうにも出来ない。
 慎重に事に当たる必要はありそうだが。
 頭の片隅に仕舞っておこう。
 今出来ることはSTGIの回収。
 そしてエネルギーの補充。
 本拠点をどうエリア内に戻すかだ。

 飢餓感を思い出す。

 アレはヤバかった。
 自我が飛びそうだった。
 彼の発言からもSTGIに食われる可能性がある。
 あの飢餓感に耐えられたのは痛みや苦痛に鈍感になっているからかもしれない。

 不意に、共通する病を持つ得意先の担当から言われたことを思い出した。

「私は貴方みたいには強くなれない・・・。上司や友人はおろか、親兄妹にも言ったこれありませんが・・・・辛くて、今も、毎日死にたくて仕方がありません・・・」

 彼女の目からは自然と涙が溢れた。
 同じ病を持つ同士、顔を見た瞬間ピンと来たようだ。
 私も気づいたが黙っていた。
 帰り際に声をかけられ、言われたのだ。

「どうして笑えるんですか?」

 あの頃には既に解決不能な問題に向き合う訓練が病によってもたらせれていた。
 物心ついた時からコウなんだ。
 涙は枯れ果てていた。
 結果的に痛みには強くなる。
 強くしたとも言える。
 苦痛に対処出来ないと難治難病には立ち行かなくなる。
 痛みを意識すると生活の質が落ち、仕事の能率は落ち、判断力は鈍る。
 だから痛みや苦しみに心を奪われない訓練を結果的に鍛えた。

「痛いなら痛いという顔をして下さい!」

 医者から何度も言われた。
 痛いから手を上げた。
 痛いなら手を上げろと医師は言った。
 痛いとも言ったのだが、顔は痛そうでは無かったようだ。
 痛い顔をしたところで解決しない。
 実際「我慢して下さい」と言われた。
 それなら何故問いただしたんだ。
 最低限を察することも出来ないなら医師なぞ辞めてしまえ。

(ひょっとすると、だからSTGIに選ばれたのかもしれない・・・)

 STGIに付与された権限の範囲が知りたい。
 彼の行動から推察するに、相当な範囲に思える。
 考えたことは無かったが、地球圏外にも及ぶかもしれない。
 理論的に考えると当然だ。
 そうでない限りSTGIを維持出来るエネルギーはない。

(与えられた義務と責任・・・)

 必ずあるはずだ。
 記憶のその領域はロックされている。
 契約と同時に記憶を抹消する条件なのかもしれない。
 知られたら不味いことがあるのだろう。
 契約には保有者と、所在地が明記される。
 それを隠す為の条件なのかもしれない。
 身バレを恐れているわけか。

(STGIなら、跳べるんだ・・・)

 驚異にならないなら秘密にする理由は無い。
 サイトウさんはどうの程度知っているのだろうか。
 少なくとも私より詳しいことは間違いない。
 その上でのアドバイス。
「近間のものを食べて自我を保て」と言った。
 自我を保つ程度なら「死んだ隕石」でも可能ということだ。

(彼に会わないと・・・)

 力の程度と範囲を知らないと。
 意思と無関係に力を発揮するのはリスクが大きすぎる。
 でも地球で会うのは望めないようだ。
 彼は自分の居場所を隠匿している。
 会うとしたら地球外か。
 STGI同士ならコンタクトする方法が必ずあるはず。

「ご馳走さまでした」

 手を合わせると、洗浄機にセットする。
 冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、一口飲む。
 鏡の自分をマジマジと見た。
 顎を触り、頬を撫で、髪をたくし上げる。
 
「コレが俺・・・実感が湧いてきた。サイトウ・・・サイ・・・」

 下の名前が出てこない。
 今までは単なる健忘と思っていたが違う。
 グリンとコンタクトをとるにしたがって判ってきた。

(これも読めない記憶のようにロックされている)

 都合が悪い事実。
 隠したい事実。
 そろそろグリンと約束した時間か。
 ログインしよう。
 サイトウさんの言うことが本当なら、今度はログイン出来る。
 トイレ、水分、腹ごしらえ、地球のアバター的には充分だろう。
 STG28のアバターはまだ平気なはずだ。
 恐らく今はスリープモードだろうが。

 心配な一方で、ワクワクしている自分に気づく。
 恍惚と不安は同時にこそ存在する。
 肉体は喜びの興奮と怒りの興奮は区別がつかない。
 興奮は興奮であり、共に同じ肉体的作用を生む。
 心の受け取り方、精神は別。
 興奮すれば疲れる。
 だから興奮しないように仕向けてきた。

 念の為にパソコンデスクの横、サイドテーブルに直ぐ食べられる食料を置いた。
 惣菜パン、菓子パン、おにぎり、ペットボトルを幾つか。

「そうだ、写真とっとかないと・・・」

 自分の顔を写す。
 セルフタイマーで全身。
 そして部屋の写真。
 周囲の様子。

「ついでにバッテリーに接続して動画も撮ってみるか」

 あ、せっかく買ったんだ。
 Webカメラで録画しよう。

「そうだ、それは駄目だった・・・」

 サイキさんから止められていたな。
 撮るならスマホじゃないと。
 足がつく可能性がある。
 
 スマホをセットし、録画を始める。
 彼は椅子に座るとスマホに目線を移した。

「なんだかカメラが向いていると落ち着かないな・・。えっとね・・・、もし、もし、死んだら、これを家族に見せて欲しい。父さん、母さん・・・皆。これまで色々あったけど、有難う。今にして思うと、喧嘩も悪くないもんだと思う。喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったもんで、なんて言うか、色々悪かったよ。・・・申し訳ない。今にして思えば正論を振りかざし随分とキツイことを言ったと思う。病気が理解出来ないのなら、ああ言うのも無理からぬことだだ。すまなかった。でもさ・・・いかんな、長くなりそうだ。とにかく、有難う!・・・いかん、何一人で盛り上がってるんだ・・・とにかく、有難う。皆、元気で・・・サイキさん、有難う。最後に貴方に会えて良かった。お世話ついでに・・・後をよろしく!」

 スマホ画面に映る自分の眼に涙が浮かんでいた。
 手で拭うと、大きく深く息を吸い、長く長く吐いた。
 ログインをクリックする。
 次の瞬間、バッテリーが切れたロボットのようにぐったりとした。

*

「あっ、あっーっ、あっ、アッ、アッあっ、つつっつ・・・」

 声にならない音が自然と口から漏れた。
 全身が大火災。
 激しい炎症反応。
 痛みとも痒みとも衝撃ともつかない形容詞し難い苦痛が全身を覆った。
 詰まった配管を無理矢理削りながら突き進んでいるような感覚。
 止めることは出来ない。
 死にかけていたアバターが、今正に死地から再稼働を遂げようとしていた。
 
(知らぬが仏、知らぬが仏・・・知らぬがっ・・・)

 彼は念仏のように心の中でそう唱えていた。
 全く想定していなかった。
 経験したことがない苦痛。
 死にかかったアバターが、どう脳に影響を与えるか。
 どう捉えるか。
 知らないが故に出来た。
 五分もその苦痛に耐えると、全身反応から局所反応へと移り変わっていく。
 痛みで自我は満たされた。
 落ち着くと、今度は激しい飢餓感が全速力で追いすがってきた。

(飢餓がこれほど恐ろしいとは!)

 細胞という細胞が悲鳴を、怒りを、不満を述べている。
 栄養を寄越せと。
 そして大合唱は次第に言説を変えた。

「さもないとお前を食う!」

 再び、収まりかけた苦痛が全身に広がっていく。
 直感した。
 地球のアバターでは起こり得ないこと。
 細胞の反乱。
 宿主の貪食。 

(食っているんだ! 私自身を!)

 調和等が無い世界。
 彼女の全身の毛細血管が紫色に浮かび上がり目は血走った。

「ホムスビ、起きろ!」

 STGIホムスビの全天球型モニターが灯る。
 塵や欠片や様々な浮遊物が目に入る。
 普段なら気づきもしないような浮遊物がキラキラと魅力的な餌に見えた。

(飲める!)

 青黒く光るホムスビ。
 塵や浮遊物がホムスビに吸い込まれていく。
 エネルギーシールドに接触するや否や消えていく。
 最初は意味することが判らなかったが、直ぐに理解した。

 食べているんだ。

 モニターに大きく表示された赤い文字らしき部分が明滅。
 下のゲージが少しずつ上がっていく。

「自我を失わないうちに手当り次第に食べろ」

 サイトウの声が頭を満たした。
 その行為は凡そ地球人の食事とは遠いように見えた。
 でも、コレがSTGIの食事と理解する。

 飲み込むほどに満たされるものがある。

 止まったまま周囲をあらかた吸い終える頃にはゲージが一本だけ溜まった。
 それを見た瞬間、次なる事象を直感する。
 悠長にはしていられない。

「エネルギーになる鉱石を全てマーク」

 モニター上で次々に緑でマーキングされる。
「それを全て貪食」
 そう言いたがかったが、それは出来ないと感じた。
 音声指示で動きそうに無い。
 どう指示していいか判らなかったが、知らず口をついた。

「手当り次第に貪食しろ!」

 すると、上下一双のホムスビは細い管で繋がったまま大きく上下に間隔を開けた。
 それはどんどん開き、STG28三機ほどスッポリ入るほどに広がった。
 不釣り合いな空間が出来る。
 中央には主砲らしき砲門が鎮座したまま。
 主砲の内部が高速に回転しだすと、黒く渦を巻き、視覚化されていく。
 速度が増すに従い黒い渦は大きくなった。
 遂には広げた掌が埋まるほどに大きな黒い渦が空間を満たす。

 理解した。

 当初は戦闘機の給油のイメージだったが違う。
 人間のような食べ方とも違う。
 寧ろクジラと同じようなものだ。
 オキアミを飲み込むのにどこか似ている。
 そしてコイツの場合、飲み込みながらミキサーで砕くのだろう。
 続々と吸い込んでいく。

 操縦桿を握ると、手近な鉱石に飛んだ。

 その間にも自分の肉体が内部で燃え盛っているのが感じられる。
 先程感じた痛みとは違った意味での燃え方。

 まさにエネルギーを生産する為に燃えているんだ。
 満たされていく。

 ホムスビは掃除機でゴミでも吸い込むように次々と吸い込んだ。
 ゲージがゆっくりとだが次第に埋まっていく。
 始めは慎重に小さめの鉱石から狙ったが、次第に自制が効かなくなって来た。
 吸い込むほどに安堵と充足が覆い被さる。

 堪らず大きな鉱石へと飛んだ。

 それはホムスビが形成した黒い穴ほどの大きさがある。
 躊躇せずガポッと咥え込む。
 ホムスビは物ともせず、強力なミキサーのようにガリガリと削りながら飲み込んでいく。
 発生したデブリをもエネルギーシールドから吸収されている。
 無意識に「貪食」と言ったが、その様は正に貪食と言うに相応しい光景だった。

 ゲージが一気に上がった。

 操縦者であるシューニャにも快感性があった。
 これに気を良くしたのか、そこそこ大きなものから優先に食べだす。
 和らぐ痛みと、上がる快感。
 食べるに従い、美味い鉱石と、そうでな鉱石の差が感じられるように成ってきた。
 自分の中で「もっと食べたい。美味いのを食べたい」という欲求が膨れ上がってくる。
 
 近隣宙域を一通りたらい上げると、シューニャはようやく自我を認識した。

 それでもゲージは1/5にも満たない。
 効率が悪い。

(これほどの範囲をクリーンにしてこの程度とは)

 満腹にはほど遠いが、取り敢えず落ち着いた。
 ふと、考えが浮かんだ。

「生きた鉱石を食べたい」

 言いながら自分でハッとする。

(岩を食べる? どんなモンスターなんだ)

 このアバターとホムスビは限りなくシンクロしている。
 見た目こそSTG28と大差ないように感じていたが中身はまるで違う。
 コッチは生体パーツと考えるべきだろうか。
 それでも直接繋がっては居ないようだ。
 自らの手足をシゲシゲと見て、動かす。

(形を変えられそうだな・・・)

 不確かさを感じた。
 粘土でこねているような印象だ。

(一先ずはこういう形にした)

 そういう手応えのなさ、取り敢えず、といったものが感じられる。
 手足があるということは、使うことを前提としている。
 それとも、元が地球人であるから馴染むように手足をつけたと言えなくもない。

(そう言えば、グリンはどうした?)

 指示もしてないのにホムスビは元の形状に戻っている。
 塵一つ無い宙域に接近する流れ星。
 いや、違う。
 モニターで映し出されるより早く、気づいた。

「グリン!」

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