STG/I:第百二十七話:追手

 


 考えが纏まらない。

 有益な情報を得たのに、膨大すぎて包括的に判断するための記憶力や処理速度や処理能力がこのアバターには無い。
 得た傍からバケツから溢れる水の如く情報が流れ落ちる。
 重要な情報を能率よく選択したくとも、処理が追いつかない。
 挙げ句に、その情報をプールしている間にもっと大事な情報が溢れた。
 その判断ミスによる棘がさらなる漏洩を生む。
 それらを繰り返す内に次ぐ次ぎと情報か消えていく。
 何が大切かも判らなくなってきた。



 まるで水を運ぶのに水源を確保し水路を作ることが望ましいことは理解していても、現実には日々の水分を賄うだけで精一杯でバケツで運ばざる負えないような感覚だ。
 バケツで運びながら、一方で少しでも水路を掘らないと。
 でもその道程は遠く険しい。
 挙げ句に些細なトラブルから水疱に帰すこともある。
 絶望に浸る間に必要な水が不足する。
 そんな悪循環が自分の中で起きている。

 グリンから記憶を受け継ぐだけでも。

 この素体は最適化されていないんだ。
 無駄な能力の浪費が大きい。
 様々な箇所で衝突が発生している。
 それでもこのアバターが人間よりマシなのは明らかだ。
 この素体のまま地球に降り立つことが出来たのならどんな大学もチョロイだろう。
 どんだけ地球のアバターがポンコツかって話しだ。

 このゲームはキャラメイク時に性格設定がある。
 明らかな嘘で設定すると性能の衝突や搭乗員パートナーの調整に時間がかかる。
 これは何度かパートナーをリセットしたり、部隊やロビーで雑談していた気づいた。
 設定嫌いのプレイヤーに向けた簡単なデフォ設定もあった。
 私は自分で全部質問に答えていったが。
 まさかこんな所で効いているとは驚きだ。
 どうやら素体の設定に反映されている。
 中の人のスペックに同期し最適化する為の調整なんだ。
 素体の性能はどれも同じだが、中の人のスペックは違う。
 中の人のスペックに合わせて最適化し、初めて総合力が上がる。
 この微細な仕様は、STG28を効率よく動かす為のものだろう。
 生産物で、生産者の思いや裏側を慮ることは可能だ。
 マザー達は少なくとも、最善を尽くしていることが感じられる。

 裏を返すと、設定されていない、ログインしていない素体は凄く動かしずらい。
 他人の、車種も違う車に乗る状況に近い。
 乗りなれた自家用車を持っていると、感覚に大きなズレを感じる。
 仮に同じ車種でも他人の車の実に動かしにくいこと。
 癖が染み込んでおり、微細な調整が自分の車とは違うことに驚かされる。
 パソコンでもそうだ。
 昔からデスクトップを見た瞬間に「コイツはヤバイ」というのがわかるのに近い。
 同じ規格、同じOSなの全く別物のように使いづらいことがある。
 それと同じなんだ。
 STG28も、アバターも、パートナーも、癖がついてる。
 良し悪しではなく、使う人に最適化されていく。

 両手を話した。

 グリンはまだ話したがっているようだが、限界だった。
 首を振って、拒否を示すと、彼女は諦めた。
 息が苦しい。
 上半身、特に頭部だけが異常に熱い。

 拾えた情報だけでも恐ろしいことが起きていることは判った。
 
 でも、それをどうすればいいか判らない。
 規模が大きすぎる。
 問題が多すぎる。
 自分がパニクっていることが感じられる。

 パニクっても解決しない。
 出来ること、出来ることだ。
 思い出せ、俺は昔こういう時にどうしていた。
 仕事でのトラブルの時。
 もうこの世の終わりだと思った時。

(勤め人時代を思い出せ!)

 自ら手に余る仕事に溺れそうになった時に出来ること。
 早い段階に協力や助言を仰ぎ、協力者を増やすこと。
 時間が経つほどに、それらは手遅れになる。
 それでも無理ならプロジェクトから降りる。
 相談出来る相手が居ない場合どうすればいい。
 降りることも出来ないのなら。

(いや、居なくも無い・・・サイトウさんだ・・・)

 彼しか居ない。
 そして、マザー。
 アダンソンとか言う宇宙人も。
 でも、この何れも今はコンタクト出来ない。

 グリンは無理そうだ。
 今なら判る。
 彼女は何者かに手綱を握られている。
 私に協力的なのも、契約の件が全てでは無いだろう。
 グリンの記憶のテリトリーのほとんどはロックされているが、与えられた情報には幾つか矛盾がある。

 サイトウさんの言葉が思い出された。

「視点による。限定的に味方と言えなくもない」だったか。
 あれはマザーについての発言だったが、彼女もそれに近い。
 事実、彼女のしていることを振り返ると協力は限定的だった。
 大きな制約の中で動いている感じを受ける。
 でも、何も珍しいことではない。
 リアルでもそうじゃないか。
 無条件に味方で居てくれるのは家族ぐらいだ・・・。
 最も俺の場合は違うが・・・。

(降りるか・・・降りるの判断の一つだ・・・)

 ココまで知ってこの不安を抱えながら何事もなく生きられるのだろうか。
 いっそ記憶を消してくれたら別だが。
 目覚めても記憶は継承される。

(大原則を思い出せ)

 とにかく一旦緊急度の高い情報から整理しよう。
 何も出来ないままパニクっても事態は深刻になるだけだ。
 出来ることだけに絞ること。
 自分が出来ないことに不安に思っても無意味。

(緊急度の高い情報・・・)

 隕石型のこと、本拠点のこと、STGIのこと。
 隕石型は今この宙域には居ないが、別の宙域には出現している。
 恐らくは俺たちに向けられた大部隊だったのだろう。
 連中の辞書には作戦を練り直そうとか出直そうという考えは無いようだ。
 そのまま出撃し別の宙域を攻撃している。
 我々にとっては幸運だったが、STG29にとっては悲劇。
 厄介なことに29の交戦エリアは28にほど近い。

 挙げ句に日本・本拠点が漂流し、今まさにエリア28を越えている。

 唯一の吉報はSTGIだ。
 サイトウさんの助言通りSTGIホムスビは開放されている。
 あれは夢じゃない。
 恐らく、これまでのことも夢じゃないのかもしれない・・・。
 いや、断定は危険だ。一つの可能性に留めておこう。
 グリンは開放された原因はわからないと言った。
 つまりサイトウさんのしたことを知らない。
 グリンがずっと追跡してくれたお陰で位置は特定出来ている。

 他にも収穫はあった。
 テレパス的会話も以前と違って少しはコントロール出来ている。
 グリンの記憶を弄る手は子供のように容赦がない。
 でも、今回は言いたくない、見せたくない領域を隠すことが出来た。
 だからサイトウさんの事は黙っていた。
 今のところ信じられるのはサイトウさんだけかもしれない。

 もう一つ重要なこと。
 グリンは夢の主催者のことは全く理解出来ないようだ。
 彼女が知らないナニカ。宇宙人かどうか、俺が狂ってきているかどうかも、検討がつかないといった反応だった。

 そして驚いたのは静と、ビーナス。

 グリンを救出するとは思いもよらなかった。
 マザーの管理下を外れた結果、個性のようなものが芽生えかけているのかもしれない。
 個性と言っても私の性格を背景に反映しているものだろうが。
 それは子供と親の関係に少しだけ近いようだ。
 グリンのことをある程度把握しているのは二人しか居ない。
 あの二つのAIがここまで頼りになるとは。
 最も過信は出来ない。
 命令されれば彼女らは私を殺すだろう。
 そこに意味は無いのだ。

(よし、落ち着いてきた・・・)

 今出来ることは、STGIに乗り込み、エネルギー補充して、本拠点を圏内に戻す。
 一つ一つ。出来ないことを考えても無意味。

 グリンが肩を激しく叩いた。

「どうした?」
 入り口を指で指し示している。
 緑に光ると、ドアがスライドし、開いた。
「えっ!」
 グリンが自分やビーナス以外を入室許可にしているとは思えない。
 煌々と指す通路の光。
 そこには一体の女性型・搭乗員パートナーが立っている。
 長いピンクの巻き毛。ポップカラーの衣装。
 ハロウィンを意識したかのようなデザイン。
 丸みを帯びたスカートは雪洞のように膨らみ、縁がそっている。
 シューニャはアバターのウィドウショッピングをよくするが、見たことがない。
 顔はテンプレ的でアニメ調の丸い輪郭、大きな瞳に、自然なアヒル口。
 ブラックナイト隊で記憶に無いパートナー。
 新人のだろうか。

「あっ!」

 気づいた瞬間には遅かった。
 胸を焼きごてで貫かれたような痛みが走る。
 思わず見てしまう。
 心臓辺りに穴が空いている。
 パートナーを見ると手にはレーザーピストル。
 部隊ルームには持ち込めないはず。
 彼女はニッコリと愛らしく笑うと言った。

「み~つけた♪」

 ヤツだ。
 ポップカラーのアバターを見た瞬間に気づくべきだった。
 夢の主催者!

(意識が・・・)

 棒のように後ろに倒れる。
 次の瞬間、折り重なったアバターの一体が起き上がる。

「な~んちゃって♪」

 撃たれたアバターは砂のように分解される。

(危なかった!)

 今のは正真正銘にヤバかった!
 この夢の戦いではアレが出来ないと確実に死ぬ。
 自らの死を自覚した瞬間に本当に絶命する。
 焼きごてで貫かれたと感じたのはイメージだ。
 銃・胸に空いた穴・過去の知識、それらから想起される「死」という連想。
 イメージに毒されたら最後それは現実になってしまう。
 過去、何度も何度もやらかした。
 ほとんど無意識に反応出来た。
 彼女は不愉快そうな顔を向けると、再びピストルを向ける。

「後で!」

 グリンに向かってそう叫ぶと、彼はアバターの海にダイブする。
 
 薄暗がりの室内に残れさたパートナーと、グリン。
 グリンはシューニャが居た位置を見ている。
 パートナーはキョロキョロと見回している。
「あれ?・・・ココはどこですの?」
 部屋が赤く光ると警告音が鳴った。
「不正を検出しました。部隊コア権限により、該当パートナーを凍結します」
 パートナーは崩れ落ちる。
 通路の壁が開き、天井からマジック・アームが伸びるとパートナーは壁に格納された。
 部隊コアから音声が再生。
「大変失礼いたしました。お詫びの品をメールボックスに配信いたしました。後ほど受領して下さい。原因が判明次第バグは修正されます。追ってメールさせて頂きます。本エラーはマザーが復帰され次第、自動的に報告されます。ご協力に感謝いたします」
 ドアがスライドし閉まる。
 グリンは何事も無かったかのように、そのままベッドに潜り込んだ。


*


「んあーーーっ!」

 酷い汗をかいてる。
 息が荒い。
 見回すまでもなく戻ってきたと判る。
 地球に。

「逃げおおせた・・・」

 何が相互作用して逃げられるのか全く判らない。
 それは相変わらずのようだ。
 ただ、これまでと違って、起きたことをハッキリと記憶している。
 地続きの感覚。
 身体は相応にスッキリしているようだ。
 このアバター・・・もとい、肉体は眠ってはいたのだろう。
 問題は脳の方だが・・・脳内を感覚で弄る。

「うん・・・大丈夫だな、ちゃんと寝ていたんだ」

 恐らく、アッチのアバターを拝借している間はノンレム睡眠のように脳が休んでいる状態なんだろう。
 脳は処理能力の限界に来るとブレインフォグが起きる。
 強制的に何もさせない、何も感がさせない状況へ誘うとする。
 嘗ては常態化していたが、今はそれが感じられない。

(しかし、ずっと起きている感覚は気持ちが悪いな・・・)
 
 シューニャは素早く起き上がると、冷蔵庫へ向かって歩いた。
 一人住まいには無用なほど大きい。
 常に食品が満載されている。
 アイスが好きだと言えば高級なアイスがダースで入れられた。

 おかしい。あれほど腹が減っていたのに、全く食欲が無い。
 でも、取り敢えず食べておこう。

 これは自分の便利な性質だと思っている。
 腹が痛くとも、一杯でも、取り敢えず食べられる。
 好きなものを食べるというより、栄養価のバランスで食べる。
 身体を本格的に壊してからというもの、食事は治療の延長線になってしまった。
 その視点からすると、美味しいかどうかは大した問題では無くなる。
 それだけに、アイスやケーキといった甘いものが唯一の憩いだ。

 電子レンジはビタミンが破壊されるから出来るだけ使いたく無いが。
 今は急ぐから仕方ない。
 チャーハンと唐揚げを取り出し、白い皿に盛ると、レンジに放り込む。
 アイスにも手を伸ばし、みつ葉の北海道アイス小豆に手にとる。

「美味しい・・・癒やされる」

 教団の最大のターゲットはサイトウさん。
 次は私であることは間違いない。
 サイキさんはそれを知っていながら黙って私を保護したんだ。
 あの時は知らなかった的な反応をしたが、恐らく知っていたのだろう。
 食えない人だ。何より強い。そして大胆。

(そういう人間になりたかった)

 軽率な行動はこれまで以上に慎まないと。
 彼の用心と好意を無駄にしてはいけない。
 他のプレイヤーは大丈夫だろうか・・・。
 ケシャや、ミリオタさんや、エイジ・・・。
 プリンやタッちゃんが、タゲられている可能性は極めて高い。
 日本・本拠点の上位だけでも守って貰えないだろうか。
 サイキさんは今ひとつ乗り気に見えなかった。
 それも無理からぬ話しかもしれない。
 出来ることには限りがある。
 彼の優先順位と私のとは違う。
 置かれている状況も厳しい。
 他人からしたらサイキさんのやっていることは教団の連中と大差無いように見える。

 実にクレイジー。

 幸か不幸か今は動画サイトでバカなことをやる人間が多いから、その連中の一人ぐらいの感じに見えているんだろうが、それも何れバレる。頼むからあの三人だけでも・・・。


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