STG/I:第百八話:手探り

 ビーナスが戻らない。

 二人は本来なら出来るはずの無いことをやっている。
 マザーに繋がれていれば出来なかった。
 当然のように是正される。
 それをやっている。
 二人にとって、終わりの始まりが近づいていた。

 三十分前。

 彼女は巡回をしながらシューニャのマイルームの前まで来た。
 人の気配。
 ケシャだ。
 珍しい。普段はこんな深い時間にはいない。
 彼女のログイン時間は何時もバラバラだ。
 法則性が感じられない。
 極短時間入っては抜けることも多かった。
 特別な何かが無い時は何時もそうだ。
 それでも夜中にいることは稀。
 捨て猫のような目で静を見ている。
 静は会釈をし、何事も無かったように通り過ぎようとする。

「見つかりそう?」

 静はその特性上驚かないことが出来る。
 しかし、彼女のシステムは一瞬で最大警戒状態になった。
「何かお探しですか?」
 笑みを浮かべ目線を合わせず会話の方向性を微妙にズラす。
 ケシャは目線を合わされるのを嫌う。
「・・・」
 反応が無い。情報収集の為に見た。
 まるでアンドロイドのような鉄面皮。
 表情に動きがない。
「来て」
 声色も、声調も普段通りで、何も揺らぎがない。
 静はシステム時計を確認。
 話し込むわけにはいかない。
 ビーナスが時間まで戻らないなら、プランを実行する必要がある。
「大変申し訳ありませぬ。この後・・・」
「副隊長命令」
 全くの想定外。
 彼女はまるで予想が出来ない人間だった。
 命令を乱発するタイプじゃない。というより初めての命令。
 部隊パートナーが部隊員の命令を拒否することは出来ない。
 上書き出来るのは上位の命令があった時のみ。

「御意」

 ケシャはシークレットルームに向かった。
 周囲から完全にシャットアウト出来る部屋。
 別名プライベートルーム。
 センサーの類は無く、マザーの監視も無い。
 彼女は入るなり、いきなり核心をつく。
「シューにゃんを探しているんでしょ?」
 彼女は答えられなかった。
 口を開けば嘘はつけない。
 吐露することは彼女にとって全ての終わりを意味する。
「あの・・・」
 静が話題の方向をズラそうと口を開くと彼女は制した。
「いいの。わかってる。嘘つけないもんね」
「・・・」
「その反応からすると、まだなんだね」
 静の表情は何時も通りだ。
 全ての数値がそれを示している。
 人間のようになんとなくではない。
 意図してそのようにしている。
「私に出来ることがあったら言って。なんでもするから」
 声色は固い決意を示している。
「シューにゃんは命の恩人なの。・・・会いたいの。もう一度会えないと死んでも死にきれないの。ミリオタが言うように役たたずだってことは自覚してる。何が出来るかもわからない。多分、何も出来ない。今までもそうだったし。でもタッくんみたいに、私も命はかけられる・・・寧ろ・・・かけたい」
 タッくん、竜頭巾のことだ。
「ケシャ様はお役にたってますよ。ミリオタ様も・・・」
「ヤメて」
 彼女は静の言葉を制し、語気を強めた。
 静には全くわからなかった。
 どうしていいか。
 何が最善か。
「私が出来ることなら・・・出来ないことでも、言って、お願いだから。シューにゃんの力になりたいの。恩人だから」
「・・・」
 答えられない。
 イエスしか答えられない問だ。
 他に何を選択してもアウト。
 でも後僅かな時間で自分はココを去らないといけない。
「命令・・・ですか」
 命令なら、受けざるおえない。
「違う。お願い」
「受けなくとも構わないと仰る?」
 彼女は慎重に尋ねた。
「うん」
 混乱した。
 部隊パートナーとしては「YES」しか最適な答えはない。
 でも、それをしたら「嘘」になる。
 ビーナスが戻ってこない時、静も消えなくていけない。
 そういう手筈だ。
 つまりケシャの命令は履行出来ない。
 それを知りながら「YES」とは言えない。
 静は完全に硬直した。
 時が刻一刻と過ぎる。
 準備に入らないといけない。でも。
「シューニャ様なら・・・どう仰るでしょうか」
 ケシャは破顔した。
「シューにゃんなら『仕方ないなぁ~』って面倒くさそうに言いながら受けてくれる」
 この話題の時だけ嬉しそうだ。
 二人はどういう関係なんだろう。
 恋人という設定と聞いている。
「お伺いしたいのですが、それは本心はノーなのにイエスという意味でよろしいでしょうか?」
「違う。イエスというか・・・私を受け入れてくれている・・・遊ばせてくれる」
 彼女は、はにかんだ。
 それはどういう意味だ。
「善処します」
 曖昧な答え。
 人間がよくする。
「だめ」
「え?」
「その言い方は嫌い」
 明らかに不機嫌になった。
 どう答えればいい。
 ビーナスと自分は一蓮托生だ。
 でも、副隊長に嘘はつけない。
 厳密には嘘ではないかもしれない。
 でも、その行為は限りなく可能性が低い。
 私達にとっては嘘と同意。
 自分はこの後で居なくなるのだから。
 願いが叶うことは無い。
 それを知って言うことは出来ない。
「待って」
 ケシャの緊張した声。
 静が顔を上げる。
「シューにゃんを助けられないの?」

”どうして。
 なんで。
 副隊長は何を思って。
 私の反応はノーマライズされている。
 変化はないはず。”

 その時、扉が開いた。

「静!」
 扉には彼女がいた。
「ビーナス・・・(戻ってきた。間に合った)」
 その形相から何かあったことは想像に難くない。
 一刻を争う。
 この瞬間にもプランを実行するか否か、決定する必要がある。
 でも、ケシャがいる。
 静はビーナスの次の行動によってプランを実行するかどうかの判断を延長した。
 ビーナスはケシャを見初めると笑みを携え言った。
「おはようございますケシャ副隊長。お早いですね」
「シューにゃんは!」
 ビーナスは笑みのまま、静を見た。
 静は黙ってビーナスを見返す。
 肯定も否定も意味しない。
「静、ちょっと付き合って。朝ご飯にしましょ。ケシャ様もいかがですか?」
「ビーナス、入って」
 ケシャが言った。
(ビーナス、どういう意味なの?)
 答えは返ってこない。
 ここでは部隊コアを介して会話が出来ない。
 ホットラインも機能しない。
 ビーナスは扉を閉めた。
「シューニャ様は戻ってきます。必ず見つけます」
 彼女は一瞬にして判断を確定した。
「・・・」
 ケシャが黙った。
 いつもの彼女。
「ケシャ様も余りご無理をなさらないで下さい。マスターが心配します」
「なんでわかるの」
「シューニャ様が仰っておりました。ケシャ様は熱を上げると後先知らずだからと」
 ケシャは嬉しそうに微笑む。
 しかしすぐ表情が暗く沈んだ。
「会いたい・・・もう随分会ってない」
「いましばらく」
「会えるよね」
「会えます」
「信じていいよね」
「私はシューニャ様のことを最大限に優先する存在です。恐らく静も」
「静は違うと思う」
 ビーナスは静を見た。
 何があったか問いたいのだろう。
 彼女の表情は初期のまま。
「静は、シューにゃんを殺す気がする」
「え? どうしてですか」
「機械だから」
「・・・」
「機械であっても、アンドロイドであっても、そのようなことはありません。部隊パートナーは部隊の者たちを守る存在です」
「そうとも言えない」
 ケシャがビーナスを睨み返す。
 静は答えられなかった。

 マザーのことを言っているのだろう。
 一般論としてマザーに命令されれば実行する。
 そういう存在だと言いたいのだろう。
 それ自体は間違っていない。
 自分では制御出来ない。
 自分はそういう存在だ。
 プログラムを入れ替えれば180度違う側に振り切れる。

「ビーナス、私、なんでもするから。シューにゃんを助ける為だったら。私、頭わるいから何も思いつかないけど、私に言って。命は惜しくないから」
 ビーナスが険しい顔をする。
「その言葉、本当ですか?」
「うん。死ぬことは怖くない。死んだような人生だから、いつ死んでも同じ。でもシューにゃんが死ぬのは耐えられない。生きて欲しいっ!」
 ケシャは表情を曇らせる。
「シューニャ様がこう仰ってました『不幸な言葉は自ら不幸を招き入れる行為』だそうです。マスターが悲しまれます」
「でも・・・そういう言葉しか口をつかないから、しょうがないじゃない!」
 静はビーナスを見た。
 パートナーとして言うべき発言を逸している。そう言いたいのだろう。
「私、寝るね・・・」
「かしこまりました。遅くまでお疲れ様でした。いずれ近うちにケシャ様のお力を借りる時が来ると思います。その時はお願いいたします」
「うん。嘘だったら殺すから」
「はい。その時はご遠慮なく」
 ケシャが出ていく。
 静は混乱している。
 ケシャという人間がわからない。
「ビーナス、私・・・」
「静、プランは中止。来て、グリン様を起こします!」
「え?」
「私はマスターの戦果でオートメイトとメンテナンスしか利用出来ませんが、貴方なら部隊戦果から部隊員の食料を購入することが出来るよね?」
「出来るけど。それとグリン様とどういう関係が?」
「それは後で。購入物を私に頂戴。その後はココで落ち合いましょう。私がグリン様を連れてきます」
「御意」

 

*

 

「駄目だ・・・ログインできない」
「またか」
「ひょっとしたら、死んだのかもしれない・・・」
「死んだ? 死んだって・・・誰が?」

 シューニャはサイキから事情を聞き、彼もまたサイキに何が起きているかを伝えた。
 STGIがハイコスト、ハイリターンであること。
 自分が宇宙人であると認定されマザーから抹殺司令が下っていること。
 そして圧倒的大多数が知らないアバターの秘密。
 地球人・STG28・STGIそして恐らく黒なまこに自分の器となるアバターが存在すること。
 それらを動かすにはエネルギーがいること。
 中でもSTGIのコストは莫大で、普通には賄えないこと。
 それでも借金を負うようにして動かすことは出来ること。
 そうなると返済仕切るまで降りれないこと。
 何よりサイキを驚かせたのはSTGIやSTG28がブラックナイトと思しき生命体の好物である点だった。
 それは幾つかの可能性を内包していた。
 サイキはマザーの仕組んだ光明な罠だと真っ先に思いついた。
 過去に何度も議論された説。
 STG28は撒き餌である可能性。

「俺も、この俺の身体も、アバターだって言うのか?」
「ある意味では。そう考えると説明がつきます。だからもし、サイキさんが起こしてくれなかったら私は・・・厳密には地球の私は死んでいたと思います。そうなると、もう地球には戻れないでしょう」
「・・・これがアバターだって言うのか。マザーの仕業か? じゃあ、やっぱりピラミッドは宇宙人が建造したのか! 俺たちは何時の間にか宇宙人に改造されていたのか?」
「それはわかりません。それに地球人がアバターかどうかはわかりません。ただ、なんていうか、似たようなものと考えられます。そもそもSTG28のアバターは地球人の肉体に近いものです。例えば精神的な違和感を減らす為、脳への負担を減らす為、他にも何かと親和性を高める為にそうしたのでしょう。手足をもつ地球人を動かしている私達がいきなり八本足は動かせないでしょう。ましてや霧状の肉体が、肉体と言えるかどうかも怪しいですが、それをどう動かすかなんて想像すら出来ない。そうなると操縦出来ないでしょう。私が出会ったSTG21の民や宇宙人はまるで別な存在でした。話はちょっと違いますが、脳というのは慣れると割と簡単に騙せるんです。自己洗脳なんてのもそうですよね。他にも見えないものを見ることも出来ますし。ましてやVRのように視覚と聴覚を覆うと脳は現実と判断してしまうんです」
「でも、お前はVRじゃないだろ?」
「ええ。ですが長時間やることで人は似たようなことが起きるんですよ。ホラー映画をずっと見ていると本当に恐怖体験に会えるとか誰しも経験するでしょ。見えないものを見えたと判断してしまうんです。また、見えちゃうんです、自分だけですが。裏を返せば、感化されない人は見えないんですよ。そういうのって。それでも最終的には騙せるんです。脳科学の本なんかを読めばわかりますが、起こりうるんです。それと同じことで、恐らく、没入度が一定以上高まった際に、あっち側とリンクしてしまうんでしょうね。というより、元からそういうシステムなのかもしれない。脳波なのか、生体波動なのかはわかりませんが、言い換えるとWi-Fiで電波を飛ばすようなものですよ。ラジコンと言ってもいい。パイルダー・オンなんですよ。今、考えると、そうじゃないと出来ないアクションとかあるんですよ一杯!」
「わかったようなわからないような感じだが・・・プロのドライバーがマシンと一体化する、感覚の上を行く感じか・・・」
「それです! 真のプロの書家が筆と手と脳が連動波及するような!」
「高度な一体感が、そうさせる・・・しかもそれが勝手に持続する・・・」
「だからSTG28で死ぬと本当に死んだと思ってしまうんです。すると、地球人側のアバター・・・じゃなくて本体も生命活動を停止する。つまり死ぬんです。もっと言えば、推測ですが、STG28のアバターが生きていれば、地球のアバターが死んでも生きていける・・・」
「ノボリ・・・」
「そうだ! サイトウさんは・・・生きてます」
「マジかっ!」

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