STG/I:第百九話:28


「会いました」
「何処で? 教えてくれ!」
「わかりません」
「はあっ? ・・・意味わかんねーぞ」
「上手く言えませんが、そうですね、例えば、黄泉の国・・・と言えばいいでしょうか」
「この世とあの世の堺?」

「そんな感じです。実際はわかりません。確認しようがない。どこか多次元、と言ってもいい。いや、どうも上手く言えない。現実では、あります。恐らく。夢のようにぼんやりはしていない。色もある。夢も色はあるそうですが。何かの間・・・のような。そこで見ました。そして、サイトウさんは衰弱してます」
「大変だ・・・地球の何処にいる!」
「だから、わからないんです。しかも・・・、オカルト的なことは言いたくないのですが、何か、取り憑かれている・・・と言えばいいか。寄生されている? といった方が合点がいくかもしれない。食い込まれている・・・食われている? とも言える。何か得体のしれないモノに・・・奪われている、命を、というより力?・・・源泉? それで、衰弱してます」
「直ぐに助けないと・・・」
「そうなのですが、そこに行く方法はわからないんです。行けたのも単なる偶然です。地球での場所もわかりません。部屋の中が見えただけで。覗いただけです。狭い、それこそ飛行機の窓のような小さい窓から。でも、一時的だと思いますが、そのナニカを、退けました。結果的にですが。彼女はサイトウさんを見失ったでしょう。時間は稼げた」
「・・・彼女?」
「ええ。理屈では説明出来ないのですが、そのような存在ですね。・・・付き合っているとか、そういう意味ではなくて」
「ああ、それは勿論そうなんだろうが・・・地球での場所はわからんのか。他に何かヒントはないか。何でもいい! 見たものを、とにかく出来るだけ言ってくれ! 情報を与えてくれ!」
「・・・言えることがあるとすれば、まず病室ですね。恐らく。老婦人が彼を見舞っていました。彼は衰弱しきっていて、そう長くは無いように感じました。命の炎が消えそうでした。命?・・・命よりもっと大きな・・・うまく言語化出来ない。一見すると年相応に肉体は健康そうなのですが、衰弱している。あっ! 外見はあのアバターそのものです。いや、実際はもう少し年齢は上かもしれませんね。五十中盤から後半といった風情です。年齢にしてはやや白髪が多いですが、私もそうですし。四十超えると全く別人になりますからね。男女問わず。年齢よりも、その人の性質が如実に出るから。婦人の方は八十・・前後、凄く上品で、聡明な顔をしていて・・・美人です。例えが古いですが、原節子をそのまま年齢を重ねたって感じですね。質素な服装なのに安っぽく見えない。彼の腕には点滴のチューブ、酸素吸入のチューブは無かった。それだけです。ベッド脇のサイドテーブルに水さしと液状の栄養剤らしきものがあったので、胃ろうでは無いようです。それと周囲の様子からすると、長期入院では無いでしょう。生活感が少ないですから。原因不明の衰弱って感じに処置されているのでしょう。膠原病の患者のような。会ったことありますか膠原病の患者に。私はあるんですが、どう見ても健康そうなのに命の輝きだけは確実に弱い。青白く、か細い感じで・・・孤独に苦悩している」

 シューニャは一気に喋った。
 終始、眉を寄せ、苦しそうに語った。
 肩で息をしている。
 サイキは口を大きく開け、目を剥き、まるで酸素を求める魚のように口をパクパクつ動かした。

「大変なことになった。・・・そういうことだったのか・・・繋がった・・・」
「何がですか? 何かあったんですか?」

 疲れ切った表情でサイキを見た。
 彼は掻い摘んで説明をする。

 話は予てより各所で暗躍していたカルト、シューニャも被害を被った、STG28と関係がある特殊団体が、STG28の搭乗員と思しきプレイヤーを拉致して回っているというものだった。彼はシューニャの一件で本部と思しき組織をシメたと言っていたが、それは間違いだったと訂正した。そして彼らは何か肝心なモノを探しているようだったと。

「お前が宇宙にいる間、プレイヤーの囲い込みをしていたんだ」
「サイキさんが?」
「ああ。俺というか、グループというか、会社というか、組織というか。とにかく色々なオンラインゲームのゲーマーをな、ちょいとばかし・・・ね。アイツラには招待状が届く可能性が高いだろ。だからな。前も言ったようにSTG28のシミュレーターは開発済だ。運営会社もおさえているから。元請けの開発会社は既に無いが、下請けは抑え、コアプログラムも逆アッセンブルさせた。地球のPCで動いている以上は当然出来るはずだからな。だからシミュレーターは本物そのものだ。新仕様は除いてだが。それとプログラムに関しては幾つか報告されていて、全部では無いんだ。どう考えても。連中が言うにはコアプログラムだけあって、ログインしている間に周辺部のブロックを必要に応じてロードして、終了と同時にキャッシュクリアされるといった具合だ。まあ、オンライン・ゲームだよ。ネットワークトラフィックは重い部類。地球のオンラインゲームにもあるらしいが、ここまで極端なのは珍しいと言っていた。ま、そんなことはさておき、プレイヤーを金で雇って鍛えてる。んで、招待状がきたらお前らのブラックナイト隊に入隊させるって算段よ」

 サイキさんはなんて人なんだ。
 本当に諦めていない。
 言葉通りの意味で、諦めていないんだ。
 凄い人だ。
 恐ろしい人だ。

「他にも色々動かしている。表向きは別な理由でな。じゃないと俺も頭のおかしい連中の仲間入りだからな。その最中でのことだ。バッティングしたんだよ。STGカルトと。連中は自分たちのことを”ナンバー28”略して”28”と呼んでいる」
「28・・・バッティング? 何を?」
「勧誘に訪れたら、拉致される直前、みたいな」
「えっ!?」
「どうやら連中も有力プレイヤーを拉致ってるようだ。まあ、こっちはそういうこともあろうかと専門家を雇っているから、ぶちのめしてゲーマーには金つかませて黙らせてって感じで、カルトはちょっと無理やり仲良しになって、ゲロって貰って、紐付きで返すみたいな」
「えー・・・」
「そこで聞いたんだ。昔から有力なSTG28のプレイヤーを拉致っているってな。常に上位28人の拉致が計画されている。連中は拉致とは言わないぞ。勧誘といっていた。カルトのな。でも、拒否られたら拉致する。言ってしまえば俺達とやっていることは大差ないが、俺らは金払うからな。あくまでビジネスだ。そいつらの話からすると、プリンとタツは恐らく拉致されている」
「えっ! まさか、それで・・・。ちょっと待ってください。まさか以前私が捕まりそうになったのも、そういう理由だったんですか!」
「ああ。ちなみに今も絶賛狙われているぞ。お前は現状で思いっきり一位だからな。昔住んでいたアパートな、今も見張られている。ところで住民票かえてないだろ?」
「サイキさんにそう言われましたから・・・」
「お前、実家に変えるとか言ってただろ。危なかったな」
「・・・もし実家に変えていたら・・・」
「押し入られたろうな」
「待って下さい。公的な郵便物とか来たらマズイんじゃ・・・」
「あーその辺は心配するな。あの不動産管理会社な、俺の知り合いに買わせて、管理人も俺らの方から派遣して全部回収しているから。一際ムキムキのテッカテカの強面の管理人だから、連中も怖くて手を出せないようだぞ。化学兵器の使用も過去の例からあり得るから24時間録画して、自宅警備員を雇って監視させている。化学兵器対策班もコネつけて何時でも出動出来るようにしといた。ま~半分素人だがな」
「改めて伺いますが何者なんですか・・・サイキさんは・・・」
「え? ビジネスマンだって。単なるヤンチャなビジネスマンだよ。いやなに、色々手広くやっている内に気の合う仲間が増えてな。話しているうちにそれは面白いっていうんで、俺にやらせてくれって言うヤツが多くて。だからお前が思うより俺は何もやってないんだ。全体を見ているだけで」
「でも・・・大丈夫なんですか・・・その、彼らは・・・相手がカルトとなると・・・」
「さーな。勝手にやるだろ。何せ危ないことが大好きな連中だから。言っておくが、俺はマトモだからな。危ないことも伝えているぞ。連中ときたら暇と金を持て余しているってんでウキウキしてな。火に油だったが。マッチョ管理人も毎日ウキウキしながらやってるよ。早く襲ってこいってな。合法的にぶちのめしてやるって感じだよ。取り敢えず殺さない程度にしておけって言っといたけど」
「そう、なんですか・・・」

 まるで住んでいる世界が違う。
 ココは本当に日本なんだろうか。
 毎日必死に真面目に働いて、辛うじて生きているレベルの国民が沢山いる一方で、
 金と暇を持て余し、こんなことをしている人たちがいる。
 なんていう理不尽。
 でも、そんな彼らの力が今の助けになっているなんて。

「カルトのな、お前の住んでたエリア・チーフもリアル情報を全部おさえてあるから、いざとなったら日本から社会的に抹殺してやれるぞ。お前の実家の近くにも警備員代わりに三人を住まわせている。昔の日本で言う忍者の”草”だよ。そう考えるとワクワクすんだろ。全員が『早く来い!』って感じだよ。にしてもお前の両親、絵に書いたような庶民だな」
「それは・・・ありがとうございます」
「礼には及ばん。地球を救ってもらう代償からすれば安いもんだ」

 怖い人だ。
 これは言い換えれば逃げだそうものならお前を社会的に殺すというメッセージでもあるんだろう。
 社会的ってだけでもない、いざとなったら実際に抹殺することも可能なんだろう。
 これは単なる善意じゃない。
 メリットがあるからこそやっている。
 こっちの覚悟を常に見ている。
 それほどまでに彼は必死なんだ。
 全てをかけるほど家族を守りたいんだ。

「お前、以前は地球のネットで書き込んでたそうじゃないか。STG28のこと。馬鹿やったな~。お前が参入して来る頃には不可侵だったろうに。アレで速攻目をつけられたそうだ。連中の信者にもプレイヤーがいるからな。それで上と下で通じているようだ」
「スパイ・・・」
「そうだ。世の中不思議なもので、テメーが不幸だと勝手に思って、なんなら一人で勝手に居なくなりゃいいのに、道連れにしたい連中が後を絶たないからな。ほんと、好きに生きりゃ~いいのにな。馬鹿なのかね? まあ馬鹿なんだろうが」

 この言葉には少しカチンときた。
 小さき市民がどれほどの思いで毎日を生きているか。
 受け継ぐ資産も無ければチャンスも少ない。
 そういう人達がどれほど社会を支えているか。
 サイキさん、貴方が毎日荷物を運べますか?
 毎日レジに立って貴方からしたら些細な金額を払う相手にありがとうと言えますか?
 
「権力がある人間の過ちは個人の比じゃないですけどね・・・」

 シューニャはサイキを見た。

「俺なんて可愛いもんだけどな。カルトの方がある意味でずっと力は強い。無報酬で純粋に悪事を悪事と思わず永久に遂行する。勝手にな。それでいてテメーが死んでも信仰が足りないで自己完結してくれる。上からしちゃ~ありがたいもんだよ。上もそれを知りながら利用している。もっと言えばそれすら小さい。本当の権力者がテメーの妄想に取り憑かれ、国や国民を道連れにしてってのは迷惑規模がデカくて困る。そういう連中に比べれば、俺のしていることなんて所詮はガキが遊んでいるようなもんだ」

 彼の言うことは最もかもしれない。
 ある意味では彼もまた小さき民。
 彼より大きな権力もまた数え切れないほど多い。
 一度目をつけられたら最後、締め上げられる。
 我々が些細なことで争っている場合じゃない。
 今、この瞬間に、空一面を隕石が覆わない保証は無い。
 それでも彼は小さき市民を知らない。
 それが歯がゆかった。
 でも、同時にそれは彼にも言えた。
 這いずるように生きている声を自分が知っているか。
 自分もまた知らないのだ。
 何の違いがある。
 様々な思いをを飲み込み、話を元に戻した。

「プリンやタッチャンがそんなことに巻き込まれていたなんて・・・知らなかった。いや、知ろうとしなかったんだ・・・。何が隊長だ・・・クソ・・・隊長失格だ・・・端から隊長なんて無理だったんだ・・・」
「無茶を言うな。そんなんで失格してたら、何も出来ねーだろ。誰が気づくよ。何も知らねーのに。超能力者かよ。気づいたところでスーパーヒーローだって行ける場所は一度に一箇所だ。その間に他の連中はバタバタ死んでいる。んなのにいちいち悩んでいたら、その間に助けられた連中は死んでいたろうな。助けられた部分で自得しろよ出来ることを。今、手に届く範囲内で、出来る能力でするしかねーだろ。お前はそれしている。俺もしている。それで納得できねーつーのなら、お前どんだけ傲慢なんだよ。神様かよ? いや、神様以上だな。神様、滅茶苦茶見捨ててるだろ。だから俺から言わしたら、お前が宇宙人だって? 冗談言えや。お前は市民だよ。俺と同じ小さき市民だ。それでも宇宙人だって言うのなら、大したことねーな、宇宙人もって話だよ」

 シューニャは笑った。

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