STG/I:第百十話:立ち位置


「そうか・・・。そう考えると宇宙人と言っても、なんだか恐ろしくなくなって来ました。あんまり我々と本質的には変わらないかもしれませんね。今までは恐ろしく遠い存在に・・・それこそ神の如き存在にも感じてましたが、急に親近感すら湧いて来た。全く理解出来ない存在ではないのかもしれない・・・」
「ひょっとしたら知的生命体ってのは越えられないハードルがその辺りにあるのかもな。俺はバリバリの無神論者だし哲学とか興味ねーけど、言うだろ、解脱とか、高位の存在とか、出来もしねーくせに連中。本音はやる気もねークセに、目指すだろ。表向きは。単に仲間内でキャッキャウフフしたいだけなのにな。そんなの俺がネーちゃんらと遊ぶのと大差ねーだろ。嫁の妹のパイオツ軽く揉んで嫁に怒鳴られるのと変わらねーだろ。そう考えると、マザーも案外その辺りで躓いているのかもな。じゃないとココまでテメーの保身に執着してねーだろ。みっともねーぐらいだぞ。他の連中巻き込んでな!」
「そうだ・・・そうですね!」
「考えてみるとヤベーぞ連中の保身っぷりと来たら。他の知的生命体を餌にして、テメーらだけが生き残ろうと必死なんだぞ。しかも自分達だけは安全圏で覗き見して。怖くなったら逃げ出して、ヤバくなったら星ごと潰して。・・・知的だぁ? 笑かすなよボケが! 単なる腰抜けの臆病者だろうが!」
「ほんとそうだ!」
「まぁ、似たり寄ったりなのかもな。生命の基本は保守だろ。知的だろうが無かろうが変わらない。まずはテメーのことが一番。テメーを守る為に組織を作る。もっとも人間は他人の方が大事っていう変わりダネもいる。俺には全く理解出来なかった。嘘つきだと思った。偽善だと思った。でも、中には稀にマジで居る」

 サイキの顔つきが変わる。

「・・・嫁とって、ガキが生まれたら世界が一変した。ガキが一番だ。嫁が二番、俺は三番。理由はわかんねえ。説明できねー。これは理屈じゃねえ。耐えられねーんだ。俺の愛するガキ共に未来が無いなんて。勿論そうじゃない連中も五万と知ってる。でも、俺は無理だ。夜に考えただけでも眠れなくなる。空一面に降ってくる隕石を前に、泣き叫ぶガキ共の姿を想像した日には、宇宙人共への怒りで、この身が蒸発しそうになる・・・」
「サイキさん・・・」
「ぶっちゃけ、沢山お前の話を聞くまでアイツらを心底得体が知れなくて恐ろしいと思っていた。今は安心したよ。奴らも俺ら同様に小せえなぁって。・・・いや、俺らより小せえかもな。アイツらに、もしチンコがあったら、俺の方がデケーんじゃね~か?」

 二人は大笑いした。

「ちなみに私は小さいですけどね」

 更に大きく笑った。

「今はいい薬あるぞ! 今度持ってくるわ。器具は・・・年齢的に手遅れだな。諦めろ」

 二人は腹を抱えて笑った。

「別にいいですよ。小さきものは小さいままにです」
「悟ってるなぁ~。でも、大きいと色々できるぞ?」
「愛があれば、サイズなんて関係ないですよ」
「サイズで愛が冷めるってこともあるからな~」

 ひとしきり笑うとシューニャは天を仰いだ。

「そっか・・・驕りか・・・。これも驕りなんだな・・・身の丈か・・・」
「悪いな。二人のことは黙っているつもりだった。こっちの問題はこっちで片付けるべきだからな。お前にはお前にしか出来ないことに専念してもらいたいというのが本音だ」
「二人は・・・、大丈夫なんでしょうか・・・」
「わからん。が、秘密を守れる探偵を雇って調べさせている」
「そうなんですか」
「サーバーに記録されているアカウントの住所にはいなかった。張っているが二人とも戻っていないそうだ。プリンは一人暮らしだ。タツには両親がいるし、親父は稼いでいるから、案外・・・」

 口が止まった。

「どうしたんですか?」
「まあ、お前ならいいか。ヤツは難病を抱えている」
「・・・やっぱり・・・」
「知ってたのか?」
「いえ、恐らく、そうじゃないかと思ってました。具体的な話は聞いてません。ただ、彼女の話から、恐らくそうではないかと・・・」
「凄いなお前。俺は全く気づきもしなかった。だから海外に手術にでも行ったんじゃないかって可能性はある。国内で手術したようだが失敗している。病院は黙っているがな」
「・・・タッチャン・・・」

 彼女の態度を思い出すと胸が張り裂けそうなほど苦しくなった。
 どれほど孤独だったのだろう。
 辛かったのだろう。
 あの若さにして。
 自分も理解されない病気を長く抱え、医師から病名の判定もされい中で生きてきた。
 怠け者と罵られた。
 仮病と言われた。
 あらゆる誹謗中傷を、あらゆる人から受けた。
 それ故に彼女の苦しみは容易に想像が出来た。

「問題はプリンだ。一人暮らしだからな。あたらせているが成果は無い」
「プリン・・・」

 対外的には人懐っこく、社交的で明るいが、それは暗いが故の反応に思えた。
 実際に親しくなった後の彼女は暗いことの方が多かった気がする。
 二人でいる時の暗さに対し、皆といる時の明るさはまるで別人。
 サイトウ・ファンクラブの愚痴を繰り返し言い、何を言ってもぐるぐると回っている。
 根っからの明るい人間は、陽だまりのような明るさだ。
 一緒にいて暖かく、それでいて自然。
 彼女の光は意図的に燃焼し強過ぎるからわかる。
 意図して燃やせば、無駄も多い。
 燃え尽きた際のダメージも大きい。
 ある意味でプリンはケシャよりも暗いと感じていた。
 ケシャは自己の絶対的な世界に閉じこもり外の価値観に左右されない。
 彼女は逆で、外の価値観に余りにも左右され過ぎる。
 同じファンクラブのサイトウ論でも直ぐに熱くなっていた。
 他人には他人の考えがあると捨て置け無い。
 自分の価値観と他人の価値観がズレた時の彼女の反応は過敏すぎた。
 頑なで柔軟性も無い。
 表向きに見える柔軟的な対応は自分を誤魔化しているに過ぎない。
 現実には何一つ受け入れていない。
 ストレスはかなり高いだろう。

「彼女は・・・ナンバー28の構成員なんですかね?」
「流石だな! 驚いた。言うまいと思ったが・・・恐らくそうだ。・・・繋がったなシューニャ。スパイの派遣元がどこか」
「ええ」
「お前が拉致されそうになったのも関係があるかもしれない。ああいう連中ってのは少しでも親交がある相手をターゲットにするから。スパイがどこから派遣されているか長いこと疑問だったが、わからないわけだよ・・・リアルとの兼ね合いとはな」
「フレンドだから養護するわけではありませんが、恐らく彼女は途中からスパイ行為はしていないと思います。プリンは変わりましたよ。もしくは変わろうとしているのかも。少なくとも、もう情報は売ってないと思います」
「だとしたら・・・だから拉致されたのかもしれない・・・」
「そうか・・・プリン・・・」
「予め言っておくが、俺は違うと思う。何せ人は変わらん。嘘つきは生涯に渡って嘘つきだ。暴力に身を焦がす者も、金の亡者も、何も変わらん。だからスパイは死ぬまでスパイ。条件が悪くなれば結局は元の鞘に収まる。そういうもんだ。まあ、俺としては二人には復帰してもらいたいけどな。大きな戦力になるし」
「プリンも?」
「ああ。派遣元がわかったスパイなら動かし易い」
「その件は・・・」
「反対だと言うんだろ。わかってる。兎に角この件は任せろ」
「・・・わかりました。何か進展があったら教えて下さい」
「駄目だ」
「えっ?」
「結果は教えるが経過を言うつもりはない」
「私にも関係あることですよ。ブラックナイト隊のメンバーです」
「プリンは今は地上にいる。俺の領分だ。俺は言ったよな。宇宙は頼む、地球は任せろと。領分は守れ」

 サイキは鋭い目つきで静かに見た。
 その声は地を這うように低く、普段の陽気なサイキとは想像もつかない。
 音声に変えたドスを喉元に突きつけられたような緊張感が覆う。

 それでもシューニャはどうしてか彼を恐ろしいとは思えなかった。
 彼の言葉を借りるなら、彼は本来が真人間なんだと感じる。
 才能に溢れ、健康で、豊かな家で育ち、溢れる衝動に抵抗しなかった。
 ただし倫理観は些か緩かったのだろう。
 その結果、然るべきことが起き、彼は荒れた。
 一時期は後戻り出来ない程に。
 それを自得している。
 だから自分は助かろうとは思っていない。
 子供と奥さんだけが助かればいいと考えている。

 そして、そういう意味だったんだ。 
 宇宙は頼む・・・地球は任せろ。
 そこまで真剣に聞いていなかった。
 ノリのような言葉と聞き流していた。

「わかりました。・・・ところで他のプレイヤーにもリアルでコンタクトをとっているのですか?」
「いや、とってない。既存のSTG28プレイヤーには興味がない。仕上がっているかな。リアルでもそうだが、既に仕上がっている連中に新たな司令を与えるのは難しい。ある意味では様々なものから洗脳を受けているからな。それを溶かすのは手間がかかり過ぎる。特に最近の日本人ときたら、何が出来るわけでもないのに態度だけはいっちょ前だ。年齢関係なく使いづらい。こっちとしてはリスクが大きいからな。白か黒かわからないし。カルト28の構成員の数も把握出来ていない。どの程度STG28にいるのかもわからない。探ってはいるが基本後回しだ。だからブラックナイト隊の他のメンバーも知らん」

 私なら、まず既存プレイヤーの囲い込みから始めそうだが、言われてみるとそうだ。
 先入観を取り除くことそのものが困難で時間もかかる。
 そのほとんどが徒労に終わる。
 現在のプレイヤーは大なり小なり相当な先入観が出来ている。
 ブラックナイト隊ですらSTG28を単なるゲームと思っている隊員は多い。
 ミリオタさんのススメもあり無駄を承知で過去に何度か試みた。
 最後に突き当たるのが証明出来ない壁だ。
 彼が引いてくれたお陰でおさまったが。
 仮に証拠があっても、現実に起きていても嘘だと言う隊員は何割かいるだろう。
 企業人時代にも時々いた。
 当初は、目を、頭を疑ったが、いるんだ。
 目の前に起きていることすら認識出来ない連中が。
 それらは単なる自己保身の為だ。
 自分の考えを覆されることが嫌なだけ。
 そいつは首になったが最後まで認めなかった。
 確固たる現実を前にしても。

(あの目・・・忘れられないな・・・)

 狂信者の目と同じだった。
 彼らは「事実かどうか」ではなく、「必要かどうか」でもなく、自分が正しいと思っていることを相手に認めさせるかどうかだけだった。
 一番自分を信じていないのが自分だという事実にすら気づいていない。
 自らの薄いガラスで出来た小さな世界を守るための絶対的守護神。
 その為には犯罪すら犯罪とは思わない。
 その上で彼らは社会に出ようとする。
 寛容の欠片も無い癖に相手には寛容さを求める。
 自分達は相手を認めるどころか話を聞こうとすらしないのに、聞け、認めろと迫る。
 目を覚ますことは本質的には厳しいのだろうか。
 一度は目を覚ましても、何れ似たり寄ったりのものに縋っていく者を見た。

 同じことの繰り返し。

 彼らとの奇妙な会話が思い出される。
 最後には肯定もせず、否定もせず、お互い平行線の話で終始。
 コッチはそれをわかった上で話しているが、相手はまるでわかっていない。
 いっそ犬、猫と話していた方が余程理解するのではないだろうかとすら思えた。
 
 ブラックナイト隊でもそうだ。

 司令を出しても直ぐに「なんでですか?」とか「なぜ私がやらないといけないんですか?」と、質問という形を借りた単なる拒否反応が返ってくる。
 訊ねる前に相手の意図を自分で考えようとしない。
 常に自己の立ち位置を推し量ったり、マクロはおろかミクロの現状を正しく捉えようという努力すら放棄している。
 STG28において隊長命令が強制力を持つようになった背景を伺わせた。
 地球側の要望で割と近年に強制力が強化されていっている。
 じゃないと戦いにならないからだ。
 それは恐らくマザーが持っている強制力にも関係してくる。
 ブラック・ナイトに対してのみ強制力を発揮している点からも、マザーが真剣にとらえているのはブラック・ナイトに対してというのが解る。

(師匠が言っていたな・・・)

 ルールが増えるほどに人は愚かになり、結果危険に晒されるのは市民だと。
 社会をバカに合わせた時点で衰退しかないって。
 考えられないほどルールも増えてきたんだ。
 そして増えるほどに考えなくなってきている。
 土台無理なんだ。
 STG28でつくづく実感した。
 探れば探るほど仕様の枝葉が別れていき実体が判らなくなる。
 総体が見えてこない。
 パートナーに聞けば答えは即返ってくるが、あくまで目の前のミクロな答えだ。
 本質的な何も答えは返ってこない。
 それを求めれば「マスターにとっての本質とは?」と話が拡散していく。
 角度を変え「自分の意見で言ってくれ」と問えば「パートナーに自分の意見はありません」と返ってくる。
 何度かリセットしたが結果は同じだった。
 どうアプローチしても彼女たちは主人の知能に応じて開示する存在なんだ。
 考えてみれば当たり前だ。
 自分の考えがあるということは独創だ。
 独創は反逆も含む。
 彼女たちはあくまでマスターを守るという絶対的指標の中、限られたルールの中でのみ独創のような行動を発揮することはあるが、それは人間とは大きく異る。
 枠は越えられない。
 搭乗員にとっては常に半歩程度先を歩く存在。
 ミクロの答えを知るには便利な存在だが、知りたいのはマクロの答えだ。
 ミクロを幾ら積み重ねてもマクロにはならない。
 このまま行けばSTG28は運用システム的にも崩壊するだろう。
 過去のリセット履歴を見て驚いた。
 以前は頻繁だったようだ。
 しかしここまで複雑化するとリセットはもう出来ないだろう。
 日本はおろか、STG国際連盟が許さない。
 既得権益は全力で妨害するだろう。
 例え地球を守る為であったとしても。
 根本に座している神が・・・マザーだったと理解しても。

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