「凄まじいっ! 圧倒的だーっ!」
光が飛び交う会場。
空気が破裂するような大音響。
地鳴りのような大歓声。
高揚感が一層煽られる。
「クリアするだけでも困難なシーゲッタ・ラグランジュSSを! 新記録でクリヤーっ!
強い! 強すぎるぞチーム九頭龍!
そして美しいっ! STGリバース・ドラゴン!
まるで抜き身の日本刀のようだーっ!」
大きな歓声が上がる。
プレイヤーの大多数がスタンディングオベーション。
彼らの目線の先には車椅子に座った痩せた女の子の姿が。
彼女は座ったまま深々と一礼した。
「ド・ラ・ゴン! ド・ラ・ゴン!」
どこからともなく歓声が上がると、連動波及し会場を一気に包み込む。
「ドラゴンコール! 選抜大会では恒例になりましたが、本大会でも奏でられました!」
「・・・人間ってここまで出来るものなんですね」
「桃本さんでも、そう思うのですか?」
「でも、っていうか、私なんか足元にも及びません」
「ご謙遜を。にしても、リーダーは高校生だそうですよ」
「間違いなく台風の目になる存在の一人でしょう」
「驚くのは彼女が率いるチームもです。言い方は適切では無いかもしれませんが、良い意味で化け物揃いといいましょうか・・」
「一体何処にこれほどの逸材が居たのか驚きました」
「このチーム、主に女性プレイヤーで構成されているというのも大変珍しい」
「このジャンルは昔から女性プレイヤーは少ないですからね」
「STG28は女性プレイヤーが多い方ですが、それでも戦闘主力チームとなると」
「稀ですね。多くはパートナーとの疑似恋愛が狙いでしょうから」
「ズバリ言ってしまいますね桃本さん!」
「公然の事実だと思いますよ」
「プレイヤーによっては戦闘がオマケ扱いだそうですね・・・」
「正直、気持ちはわかります」
「搭乗員パートナーのリアリティーが凄いですから」
「これほどのリアリティをもったNPCキャラクターは他に無いでしょう。しかもリアルタイムに変化する」
「ほんとAIはどうなっているんでしょうね? 会話をしたり色々している内に勝手に理想のパートナーが出来上がりですから」
「そのせいか、VRデバイスをしたまま生活しているプレイヤーが爆増したそうですよ・・・」
「経験あります」
「えっ! 寝る時は流石に外すとして、大丈夫なんですか?」
「寝る時も装着してますよ」
「嘘! どうやって寝るんですか?」
「普通に仰向けで。ただ、ずっとしていると頭の形変わるんですよね」
「頭が変形したんですか!」
「いや、私は数日ですから大丈夫です。数年単位だと変形することがあるらしいです」
「ずっと装着して生活って、ちょっと想像出来ません」
「最初は驚きますよね。でも慣れると心地良いんですよ。例えるならマスクみたいなものです」
「マスク? 口を覆う・・・あのマスク? 全然違いませんか?」
「いや、皆さんも慣れる前はとやかく言ってたじゃないですか。それが慣れたら逆に外したくないみたいな人も増えましたよね。そんな感じですよ」
「俄かには信じがたいですが・・・おっと~、次のチームの準備が出来たようです!」
*
「メディカルAの侵入は無理そうです。次の警告を無視するとペナルティを受け、後二回でアカウント一時停止。アラートが表示されました。部下にトライさせますか?」
「中止。観測を継続。アンザイは戻れ」
「リョ!」
メディカルエリアの閉鎖ブロックは恣意的に隠匿。
コイツは餓鬼共の仕業じゃね~な。
何がある?
目が離せねぇ。
人員も割かれる。
ペナ上等で試みたいところだが侵入は出来まい。
地上と違って、ココではマザーが絶対だ。
アースは手で小さなウィンドウを中空に開いた。
メディカル利用者ログ。
最後の二行が削除されている。
削除者の氏名欄には管理者権限と表示。
誰が消した?
戦闘は無いのに誰が利用した?
「カラクリ、ココで言う管理者権限の管理者とは誰を指す?」
「主に本部委員会を指します」
「主に、ということは本部委員会以外も該当するのか?」
「マザー、義母も管理者に該当します」
「他の本部や国際連盟の連中は?」
「該当しません」
「わかった」
当たりだな。
餓鬼共がする理由は無い。
アースは更にウィンドウを捲った。
コイツはどこから移動してメディカルポッドに入った?
徒歩では無い。直転送、なるほど。
階層を手繰っていく。
眉をしかめる。
転送元は不明と出ている。
「カラクリ、転送元不明とは?」
「判らないエリアと言う意味です」
「お前たちが判らないという意味か?」
「それも含まれます」
「本拠点以外から転送は可能か?」
「不可能です」
「他の本拠点からもか?」
「はい、不可能です」
「どうして不明なんだ?」
「主に用途が決まっておりませぬが故」
「どうして決まっていない?」
「未使用が故」
「不明エリアと未使用エリアは同意か?」
「異なります」
「未使用以外の理由で不明となる理由は?」
「明かせないエリア、判別不能のエリアです」
「その区別はどうしてされていない?」
「そのように設定されておりませぬ」
求めよさらば与えられんってか。
全く、めんどくせぇなぁ。
一事が万事まるで禅問答だ。
人間と違って隠すつもりが無いようだが。
隠せば穴がある。嘘をつけば矛盾が生まれる。
ややこしくしているのは寧ろ人類の方だろう。
「転送不明と表示されうるエリアをメインモニターに出せ」
「このように」
メインモニターの一部に表示される。
不明箇所の数は非常に多かった。
大小様々な断片が散りばめられている。
一見してランダム。
大きなエリアも沢山ある。
「どうしてこんなに多い?」
「本拠点機能の仕様です」
「全ての本拠点がこうなのか?」
「左様です。配列の違い以外は同じなり」
「なぜ?」
「都市の設計が異なるのと同意です」
つまり時の権力者に合わせて拡張された結果か。
使っているが理解はしていない。
現代のスマホみたいなもんだな。
何をやっているか厳密には誰も理解していない。
ミクロでは把握しているがマクロでは判らない。
無意識の善意に委ねられている。
バレても知らなかったで逃げ切ろうとする。
人間ならまだいい。
法律の範疇でどうこう出来る。
だが相手は宇宙人だ。
誰が宇宙人を裁くよ。
証拠はどうやって集める。
施設の内容に対して、本拠点がデカ過ぎるわけだ。
新都市やパソコンと同じ。
無駄に広いのは拡張予定のスペース。
戦艦ドックのように巨大なスペースはなんだ?
手元のウィンドウを更に開く。
画面をタッチしながら言った。
「この不明エリアをSTGとサイズ比較」
余裕ですっぽり入る。
不明エリアは管内図にも描かれていない。
行く方法すら判らない、と。
信頼の証として、メンテナンス要員が毎年任命される・・・か。
日本では宮司と呼称されることが多い・・・。
ホットラインのサイン。
「こちらウダ、今、天頂コックピットに移動完了」
「アメリカ型が見えるか?」
「ハッキリ見えます」
アースはソナーモニターを見つめた。
*
無力さに慄く。
言葉が出ない。
恐怖で身体が震える。
これが絶句なんだ。
言葉が出てこない。
駄目だ。
沈黙しては・・・。
マザーに対して言葉を発しないと。
万華鏡のように煌く記憶の断片の中に飛行機が見えた。
STGIはマザーにとって何らかのデメリットのある存在であることが想像できる。
恐れる前に口をついた。
「STGI・・・」
「はい」
「私は、STGIのパイロットです」
「そうですか」
「・・・え?」
それで終わり?
その程度の存在なのか?
交渉カードにもならない?
「ご存知のように、貴方がたが呼称するSTGIに関して私達は関知しておりません」
彼女は丁寧に言った。
それだけ?
たった、それだけなのか!
彼女らにとっては単なる大海の一生物のようなものなのか。
「ですが、であれば! 何故攻撃しようとするのですか?」
「マザーにとっては異物だからでしょう」
それだけ・・・それで終わり?
鮫、鯱、鯨のように・・・海に住む生命の一要素みたいな感覚か?
対峙した時に一定の脅威があるだけ・・・。
総体を見た時には交渉材料にすらならない。
だからアメジストが行方不明になっても彼女達は大騒ぎしなかったのか・・・。
今回は釣れなかった。
また釣ればいい。
その程度の存在なのか?
「なら、どうしてパイロットを排除しようとするのですか?」
「マザーが脅威と判定したからでしょう。
マザーの判定と私の意志とは関係がありません。
仮にマザーが脅威と判定しても、その情報は私にとって一判断材料に過ぎません。
同時にマザーが脅威と判定したものに対して私が止めることは出来ません。
それは地球人との条約によるものであって、私の意志とは無関係です」
「でも、貴方には製造者としての責任があるはずだ!」
「それを含め条約に則っております。読まれますか?」
駄目だ。
イラつくな。
解決から遠ざかる。
マザーとマザー・ワンは異なるルールで動いている。
創造したのがマザー・ワンだとしても、マザーは最早手が離れているんだ。
マザー・ワンも機械ように正確にルールに則って動いているに過ぎない。
寧ろそれが出来ていないのは人類なんだろう。
枝葉の話をしている場合じゃない。
マザー・ワンから伝わってくる「時間は無い」という感覚。
息が苦しい。
具体的でいながら的を射た会心の一撃のような言葉を発しないと。
無理だ、そんなの!
コッチは何も知らないのだから。
脳味噌のキャパシティーや処理能力も違い過ぎる。
何でもいい。解決の糸口。
未来につなぐ希望の糸を掴まないと。
彼女達が思いとどまる決定的な一言を!
地球の運命は俺の双肩にかかっている。
*
「ここは・・・」
金属のパイプで組まれたような円形の囲い。
それを防音の分厚い生地で外側から覆いパーティションのような役割を果たしている。
上は抜けている為、如何程の防音効果があるかは謎だ。
広さにして六畳はあるだろうか。いや、もう少し広い。
円形に仕切られた区画の中央に彼は立ったされた。
一か所だけが開いており、上から見るとアルファベットの“C”の字に見える。
開いた箇所は黒スーツの男性がパイプ椅子に座って塞いでいた。
「悪くないだろ?」
萎縮するエイジに、龍のネクタイをした男が誇らしげに言った。
男はドラゴンリーダーと名乗った。
妙に親しげで、今も包むように肩をガッチリ組まれている。
その力は畏怖を抱かせるものと言うより、親しみが感じられた。
エイジは「親戚にこんな人いたかな?」と思い出そうとしたが浮かんでこない。
全てに関し現実味が無い。
「夢でも見ているのだろうか」と思った。
強く肩を寄せるサイキの圧力だけが辛うじて現実感を醸している。
正面には大型モニター。
両サイドに曲面モニターが四つ。
片側に二面、上下に。
正面のモニターには「チュートリアルを始めて下さい」と出ている。
大きな黒いテーブルにはキーボードとマウス、無線タイプのゲーム用コントローラー。
他にもVRヘッドセットにそのコントローラーが二つ。
椅子はレーサーが使うようなバケットタイプ。
見たことがあるブランド。
彼が使っていたギシギシ鳴く数千円の安物とは大違い。
椅子にはゴツゴツとした黒い全身タイツがかけてある。
テーブルの横には大きな冷蔵庫。
椅子の後ろには何故か介護用の簡易トイレが置いてある。
「まずはコレに着替えて、用意したチュートリアルを熟して慣れてくれ」
ドラゴンは全身タイツを手にすると彼に渡した。
タイツには装置が沢山ついている。
動画サイトで見たことがある。
モーションキャプチャーのスーツを彷彿とさせる。
「何が起きているんですか・・・」
「やればわかる。アレはアダチ。何処へ行くにも彼がついて行く。小間使いに使ってくれ。食べたいものが他にあれば届けさせる。疲れたら仮眠室で横になってもいい。アダチが連れて行く。ムラムラしたらアダチに言え。さっきの女がやらせてくれる。彼女はプロだから気にするな。金も俺たちが払う。だが、アダチは立ち会う。このXR設備は立ったままプレイするスタイルだ。従来の操作がいいならそれでも構わないが、コイツに慣れておいた方が良いだろう。同時に出来ることが格段に違う。恐らく天照のフルスペックはコレじゃないと動かせない」
「えっ! 天照を知っているんですか?」
ドラゴンは人差し指を立てた。
「入力装置が直感的かつ同時に動かせる分、コッチの方がヤレルことが多い。君のパソコンの設定も終わっている。STG28での動作も確認済。このコントロール方式のデメリットとしては運動しているようなもんだから普通に疲れる。ここぞという時に使った方が良い。ずっとコレで操縦していると足腰立たなくなるからな。介護用のマシン・スーツを用意したかったが間に合わなかった。若さで乗り切ってくれ。また、逃げようとしない方がいい。それと、万が一君が死にたくなっても完遂出来ない。アダチが止める。一方的で申し訳ないが早速始めてくれ」
エイジが理解するよりも早くドラゴンは出ていこうとした。
「そうだ。便所はココで済ませてくれ。水洗じゃないが汚物は逐一運ばせる。それと、もう一つ。全てが終わるまでこの施設からは出られない。出る時は、君が死んだ時か、我々が死んだ時、生き残った時ぐらいだろう。エイジ宰相・・・最大限フォローはする。だから、頼みました!」
ドラゴンは背筋を伸ばし深々とお辞儀をすると、出ていった。
さっきから彼のスーツのスマホはバイブが鳴りっぱなし。
今気づいた。
周囲が騒がしい。
まるでイベント会場。
エイジは恐る恐るコントローラーを握ると、決定ボタンを押す。
STG28のオープニング画面。
似ているけど、少し違う。
右上に“XR版”の表示。
テーブルの下を見ると彼が使っていたデスクトップパソコンが置いてあった。
エイジは理解するよりも早くタイツに袖を通した。
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