やり彼:第四話:マウンテン



 今日もメソが俺の部屋でダラダラしている。
 うつ伏せになり足をブラブラとさせ手帳を見る。
 チチも見事なれどシリがまた実に素晴らしい。
(あの山に登ってみたい。にしても足がまたタマラン。ずっと見ていられる)
 そんな誘惑にかられながら、彼女の動く足に猫が目で追うように釘付けになっている俺。
 不意にトドのことを思い出す。
「お前、まだ”正の字”でつけてんの?」
 メソの手帳は面白い。
 高校の時、偶然から彼女の手帳を見てしまう。
 鈍器のような音を出して落ちた物体が彼女の手帳だった。
「落ちたぞ」
 拾って渡す。
「あ、ありがとー」
「って、重いな。それになんだこの厚み」
 明らかに不釣り合いに盛り上がった手帳。
 バンドで閉めてある。
 まるで肥満気味のオッサンがベルトで無理やりとめて、肉がのっかっている様を彷彿とさせた。めり込むほどでないが。
「トドかよ」
 脳内では胴にベルトを撒いたトドが浮かんだ。
 シュールだ。
 この一件以後、俺はメソの手帳を”トド”と呼び俺らの仲間内では定着した。
「あ、これね」
 彼女は頼んでもいないのに手帳を開いて見せる。
 メソは不思議だ。
 なんでも開示したがる。
 心も、胸も、股も、手帳すらも。
「これのせい」
 スケジュールはハートで埋め尽くされていた。
 小さなシール。
 かなりキラキラしている。
 いかにも女子っぽい。
 どうして女子はハートが好きなんだ。
 俺たちがオッパイが好きなのと同じことなんだろうか。
「なんだこりゃ」
「私の趣味」
「ハートが?ていうか、ハートが多すぎてスケジュール書けてないじゃん」
 これ手帳の用をなしてない。
 彼女に手渡された手帳をパラパラと捲るとハートばかりでスケジュールが余白に追いやられている。
「意味なくね?」
「だって忘れちゃうから」
「何言ってるの。忘れない為の手帳でしょ」
 忘れてもいいように手帳なんじゃないのか。
 見ると、ハートが十個以上ある日もあれば一つの日もある。
 多くは何かしらのハートが貼ってある。
 よく見るとハートにも種類があり、キラキラしたものが多いが色違いも複数ある。
 女子というのはどうしてこうも装飾が好きなんだ。
「何回やったかなーみたいな。どうだったかなー的な」
「・・・」
 いかん、思わず絶句してしまった。
 メソのことではもう大概のことでは驚かなくなっていたつもりだったが。
 いつも想像の上(?)をいく。
「ちょっと待て・・・。つまりそのハートはセがつくレイのアレをいたした回数で、ハートの色や柄が違うのはその質の違いだと・・・」
「そう」
 ”そう”ときたか。
 実にアッケラカンとしている。
 学校で彼女がセックスと言わなくなったのは俺が教育したお陰だ。
 日本の学校や公共の場では無闇矢鱈に言うものではないと仕込む。
 男子からめちゃくちゃ恨まれたがメソの将来の為。
 彼女が言う度に男どもが大変なことになるし。
 俺たちの悪ふざけでメソが一日に何回言うか遊んだこともあった。
 結果は百回。
 我ながらやり過ぎた。
 先生に怒られているメソを見て俺は決断したわけだ。
 こんないい子を誰かに怒らせてはいけない。
 マサイなんか録音した音声を今でもオカズにしているらしい。
 当然俺もコピらせてもらったが。
「てか、ほぼ毎日・・・多すぎなくね?」
 何故か声をひそめる俺。
「乾く暇ないよ~」
 満面の笑み。
「ファッツ?!」
 思わず英語が出る。
 お前な。
 何を言っているんだ。
 その笑顔の意味がわかんねーぞ。
 ん?わかるか。
 え?
 どういうことだ。
「お前さ・・・ヤリ過ぎ」
「そうかな?」
 なんともない顔をしている。
 やったやつ出てこい!
 クッソ羨ましい。
「中毒患者かよ」
「違うよ」
「大概の中毒患者はそう言うんだよ。しらねーけど」
「え、でも」
 彼女は手帳を手に取り捲ると自慢気に指し示した。
「ほら、真っ白」
 確かにその週はハートが無い。
 その一日に誕生日と書いてある。
 そもそも、ドヤ顔の意味がわからない。
 普通だから、それ。
「ちょっと待て。普通は逆じゃねーか」
「何が?」
「ほら・・・誕生日だから燃え上がる的な、私がプレゼント的な・・・」
 なんで赤くなるんだ俺が。
 ぶっちゃけ想像してしまった。
 息子よ、一旦落ち着こうか。
「禊だから」
 ファーッ!
 ミ・ソ・ギ、だとぅ?
 お前、意味わかって言ってる?
 俺の知っている禊と違う使い方な気がする。
 そもそも禊ってなんだよ。
 黒髪清掃系の可愛い巫女さんが滝にうたれて水行しているイメージしかねーわ。
「なんでそれが禊なんだよ・・・」
「ほら」
 メソは再び手帳を捲ると、また一週間だけ丸々真っ白。
「あ・・・クリスマス前後と・・・」
 どういうことだ。
 それと禊に何の関係が。
「ほら、禊だから」
 はああああああああああ。
「お前さ、意味わかってないでしょ」
「え、違うの?やってもいい日なの?」
 しまった的な顔するな。
 今、吹きそうになったろ。
「いやいやいや、そういうことじゃなくて・・・まぁ、やってもいいんだろうけど。日本では性なる夜とも揶揄されてるし」
「日本人はそこ勘違いしているよね」
 なんだよその顔は。
「何目線だよお前は」
「だって私は」
 そういってロザリオを見せる。
 放漫な胸から。正確には豊満なんだろうが。
 俺はこの頃からメソの胸を心の中で放漫と呼んでいた気がする。
 お陰で漢字テストで間違いにされた。
 このドヤ!とばかりに、漫画のようにデカイ、チチ様を。
 もう豊かに満ちたどころの騒ぎじゃない。
 現実世界に放たれた漫画だ。
 素晴らしい!素晴らしき二・五次元!
 この大きさでこの形、神よ感謝いたします。
 今日も沢山発電出来そうです。
「世界一説得力ないロザリオだな。お前、謝っといた方がいいぞ」
「なんでよ~」
 上体を揺するな。
 オチチ様がお怒りだぞ。
 息子、落ち着け。
 ココは学校だ。
 今はまずい。
 鎮まりたまえ。
 はあああああ、ノウマクサンナンダバザラダンカン・・・だっけ?
「ところでさ、なんでそれが『ほら』になるんだ?」
「自分でコントロール出来るんだから中毒じゃないでしょ」
「あー・・・。じゃあさ、今日から一ヶ月ハート無しで過ごせる?」
「・・・」
「すまん!悪かった俺が・・・いいから気にするな」
 この世の終わりみたいな顔する。
 ビックリした。
 こんな悲壮感のあるメソの顔を始めてた。
 凄い罪悪感である。
「いいのかな・・・」
「いい、いいよ、俺がいいよって言うのも変だけど、いいと思うよ」
「本当に?」
 嬉しそうだ。
 お前さ・・・いいや。
「お、おう」
「ありがとう」
「いや、別に俺は」
 この伝説はクラスの男子の間で瞬時に広まった。
 彼女の手帳を見るだけで前かがみになる男子多数。
 さすが十代のパワー。
 俺はまるで英雄と旅をした従者のようにトドの武勇伝を語る。
 そのせいか男子達から講演と調査を依頼されることシバシバ。
 事ある度にトドの話をした。
 クラスでは妙なことになったけど。
「放課後またトドの話してくれ」とか「俺の誕生日はどうだった?頼む見てきてくれ!」
 懇願されたものだ。
 なんでか知らないけど自分の誕生日にメソがやりまくっていると凄く嬉しいんだそうだ。メソの話だとキラキラシールが最高ランク。男子は「俺の日はハートでキラキラだぞ!」と何故か自慢しあっていた。お前らがヤッタんじゃないんだから関係ない気がするが。
 とはいえ俺も自分の誕生日がどうだったかはチェックしたけどね。
 学校で皆がそういうもんだから。
 女子から男子の間でトドがブームらしいという誤解を生む。
 そしてしばらくするとメソから相談を受ける。
「手帳が重すぎるよ~」
 ちょっと待て、何を今更言っている。
「ハートが多すぎるんだよ。単位を変えればいいんじゃね?」
「単位?」
「例えばハート一個で十回とか」
「そんな~ヤリマンじゃいんだから」
 違うというのか・・・。
 プンスカしているお前を抱きしめたい。
「そうだ」
 伝統的な日本の数え方がいいな。
「俺が伝統的な日本の方法を教えるよ」
「教えて!」
 可愛い。
 すっごい、いい気分。
「正の字で書くんだよ」
「性の字?」
「そうだ。日本では”正”一つで五個とか五回とかそういう数え方を伝統的にする」
 メソは伝統的という言葉に弱い。
 日本の伝統について知りたいようだ。
「そうなんだ!そうする」
 嬉しそうだ。
 メソのこの幸せそうな顔を見ると、なんだかこっちも満たされるから不思議だ。
 癒やしの力がある。
 画数とか言い出すと面倒くさいので省略。
 端数はハートなりなんなり勝手にするだろ。
 どっこい、俺はこのせいで男子からまた恨まれることになる。
 手帳が薄くなったのだ。
 メソは行動力が凄い。
 翌日には手帳が新しくなり一気にスリムになっている。
 当然ながら男子は騒然。
 メソの手帳だけで抜ける強者までいたぐらいだから。
 彼らからすればトドは立派なオカズだったのだ。
 あのメソにして、あのトド。
 サカリのついた男子たちの想像力は俺が思った以上にマッハだった。
 今にして思えば悪いことをしたと反省している。
 彼女は誇らしげに俺に手帳を見せる。
「ちょ、おま!」
 ずらりと並んだ”性”の字。
「え、どうしたの」
 言うべきか、言わざるべきか。
「字が違う」
 俺は言ってしまう方だ。
「だってチーちゃん”性”の字だって」
「そっちじゃなくて、ただしいの”正”ね」
「なんだ~」
 意外に驚かない。
 メソはめげない。
 立ち直りがマッハだ。
 俺がメソを尊敬する部分。
「いやなに、なんで”正の字”で五って数えるか意味あるんだよ」
「教えて!日本の伝統」
 ここでそれを強調させるとご先祖様に凄い悪い気がするんだが。
「画数あるだろう」
「うん、習った」
 ”うん、習った”ってお前可愛いな。
「”正”しいって、五画なんだ、だから五だよ」
 メソは虚空を眺めながら指を動かし一、二、三と数えている。
「あー!」
 わかったのね~お利口ね~。
 そんな気になる。
 メソのオヤジがくっそ羨ましい。
 こんな子供がいたら嬉しくて発狂しそうだ。
「この字だと八画になっちゃうだろ」
 再び数えだす。
「ほんとだね!」
 これでもかというほど見事な”我が意を得たり”という表情。
 罪深いほどの可愛さ。
 くっそ!なんかわかんねーけど、くっそ!
「この発展形でね」
 俺は端数は書き順に従って途中まで書けば端数も処理出来ることを説明する。
 俺は三画で止まった状態が好きだったりする。
 メソはかぶりつくように俺を見つめ、好奇心メーターぶっちぎっているのが伺える。
「日本の伝統凄いね!」
 ちょっと待ってくれ、そこを余り強調しないで欲しい。
 全くもって罪深い女だ。
 おれがその夜どれだけ自家発電したか知らないだろう。
 あの晩、隣近所の電力は俺でまかなえたんじゃないかってぐらいだった。
 今でもズラリと並んだハートのシールと性の字を思い出す。
 また暫くして何かの拍子で手帳を見る機会があった。
 あれは確か、メソと遊びに行く打ち合わせをしていた時だったか。
  ”正の字”がびっしり書いてあったのを見て俺はどうしてか寒気がした。
 その話題には触れられなかったのは不覚。
 俺が教えたせいでヤツの回数が増えたのは間違いないだろう。
 ハートが貼りきれずに結果自制していたのを俺が開放してしまったようだ。
 妙な罪悪感をおぼえる。
 これも男子の間では伝説になっている。
 俺への講演以来もしばらくは続いた。
 
「もう書いてないよ」
「そうなんだ」
「ほら」
 メソは今でも見せて欲しいと言わないのに自分から見せてくる。
 アナログ派なようで今でも彼女は手帳を使う。
「おおおお」
 感無量だ。
 パッと見でスケジュール以外何も書いていない。
 ていうか、スケジュールびっしり過ぎるだろ。
 お前はお米の国の大統領かよ。
 なるほど。
 ん、待てよ。
「あれ?・・・お前・・・全然やってないの?」
「え、やってるよ」
 なんだこの気軽さは。
 まるで近所のコンビニが今日も開いていような平然さと言えばいいか。
「どこにも書いてないじゃん」
「書かないよ」
「あー書かないようになったのか」
 成長したものだ。
 あれもこれもスッカリ大きくなって。
「面倒くさくなって」
 そこかよ。
 テヘペロとはこのこと。
 犯罪的な可愛さ。
 これに今では美しさと教養も滲み出ている。
 今日も自家発電はワット数が上がりそう。
「ほら、高校ん時さ、お前ハートのシールや”正の字”でアレの回数メモってたろ」
「そうだっけ?そんなことがあったような、憶えてないような・・・」
 なんという忘却力。
 じゃあさっきお前がいった「書いてないよ」とは何の話だと思ったんだ。
「あ!思い出した。そう言えばそんなことあったよね。チーちゃんに教えてもらったんだよねアレって。日本の伝統!」
 すまん、それは忘れてくれ。
「千回記念でやめたんだ」

「・・・」

 
 おっといけない、今フリーズしてしまった。
 今、何と言った。
 え、千回?え、何が?
 いや、ナニだろ、そこは。
 いやいやいやいやいや。
 千?
 せん?
 ナニが?
 え?何の話だ。
「殿堂入り、みたいな」
 なんだこの嬉しそうな顔は。
 今の話にこの笑顔が該当する話題があったか。
 殿堂入りいってお前、意味わかってんの?
 とにかく・・・嬉しかったのか。
 そうか、満足・・・したんだな。
 やりきったのか。
「お、おう」
 いつ頃 達成したんだ。
 聞きたいけど聞きたくない。
 もう今は何回になっているんだ。
 恐ろしい。
 聞くのが恐ろしい。
 変な汗が出てきた。
 ナチュラルに身体が震えている。
 お前のソコはどうなっているんだ・・・。
「ブラックホール・・・」
 思わず声に出てしまう。
「ブラック?ん?ブラックホール?がどうかしたの」
「いや、なんでもないよ・・・そうか・・・なんかわからんけど良かったな」
 何が良かったんだ。
 俺、何言っている。
「うん」
 その弾むような笑顔。
 その裏で何が・・・。
 そしてブラックホールは今どうなって・・・。
 俺らのナニを全て飲み込む性のブラックホール。
 身震いをする。
「チーちゃんどうしたの鳥肌たっているよ。温めてあげようか~」 
「平気だよ・・・なんでもない。間に合ってます」
「え、どうしたの?」
「大丈夫・・・です」
「えー!私なにかおかしなこと言った」
「言ってません」
「本当にどうしたの?」
「別に・・・」
「なんでよ~教えてよ~」
 彼女が俺の腕を握りしめ上体を揺する。
 実に無駄のないキリっと締まった腕。
 柔らかい手、白く長い指。
 その放漫な胸は突風に煽られた風鈴のように激しく揺れている。
 それはけして俺に触れることはない。
 なぜなんだ。
 不条理だ。
 俺はまだ一回もしてないのに。
 世の中、間違っている。
 千回に含まれている野郎共・・・
 呪われろ。
 
第四話 マウンテン
 メソの家は大家族だ。
 今は二十八人だっけかな?
(どこかの部族かよ!)
 いかん、心の中で突っ込んでしまった。
 改めて凄い数。
 高校の時は十八人ぐらいだった気がするから絶賛増加中。
 メソも正確には把握していないっぽい。
 他は海外で暮らしており日本にいるのはメソぐらい。
 思えばあまりメソのことを知らない。
 昔は女子みたいな弟もいた。
 これがまたメソに似てクソ可愛い。
 ヤツなら掘れる。
 それにしても世界は広い。
 何が凄いって、
 メソのオトンはそれだけヤレるってことだし、
 養えるってことだし、
 何より、それで問題がないってことだ。
 日本では一人浮気しただけでもさらし首だ。
 社会的に抹殺されてしまう。
 俺なんかまだ一人とすらヤッてないのに。
 世の中はどうしてこうも不公平なんだ。
 何人かは面識がある。
 日本の家をセーフハウス的に使っているのか代わる代わる泊まりに来るようだ。
 中でもマウンテンとは俺も馴染みが深い。
 身震いした。
 マウンテンは彼女のお姉さんで格闘家。
 プロになったようでオフの時は必ず日本に帰ってくる。
「マウンテン元気?」
「マウンテン?」
「ほら、人類よりはゴリラに近いお姉さん。三つ上だっけ」
「あ~キャシー姉さん。それはもう元気よ。って!そんな酷いこと言ってー殺されるよ」
 メソは笑っているが大袈裟じゃない。
 何度か殺されかけた。
「そうかキャシーって言ってたか・・・」
 メソとは似ても似つかない。
 遺伝子マジック。
 お母さんが違うそうだから無理もないか。
 キャシーは一言で例えるなら マウンテンゴリラ だ。
 だから俺の中ではマウンテンで通っている。
「私、実は ゴリ星人 なんです」
 そのうち言い出すんじゃないかと俺は確信しちえる。
 恐らく今は地球侵略の機会を伺っているに違いない。
 彼女は人類を欺いているんだ。
「なに~キャシー姉さんがタイプだったの?」
 寒気がした。
「メソ・・・冗談でも言うもんじゃないぞ」
「なんで?」
「マウンテンは人類を・・・」
 パッチリとしたまん丸な目。
 美味しそうな唇。
 プルプルしてる。
 お前の唇はグミキャンデイーか!
「いや・・・今CMでゴリラが映ったもんだから、否が応でも思い出す」
「チーちゃん!」
「すまん。俺は・・・ゴリラは・・・好きだぞ」
「もー」
 プンスカしている。
 可愛いいの~可愛いのぉ~。
 頬張りたいぐらいだ。
 今日は俺のアルバイトが休み。
 家でゴロゴロしていたらメソが転がり込んできた。
 俺の何がいいのか。
 全くわからん。
 なんで俺がいるのを知っているのか必ずやってくる。
「そうだ、明日うちに来るけどね」
「誰が?」
「お姉ちゃん」
「パリコレでモデルやってる姉ちゃんか!」
「違うよ?」
「じゃあ、この前見せてもらったデンマークの」
「それ妹」
「そっか・・・」
「だからキャシー姉さん」
「・・・・キャシー?誰だそれ」
「も~、今、話していたじゃない」
「いや俺は何も言ってないぞ・・・」
「チーちゃんに会いたいって」
「ご冗談を・・・・」
 いそいそと身支度を始める。
「え、どうしたの?どこか行くの」
「実家に帰らせて頂きます」
「なんでよー」
 あーなんてことだ。
 ゴリラがTVに映ったばっかりにマウンテンを思い出すとは。
 俺が召喚してしまったのか。
「チーちゃん、姉さんのこと嫌いなの?・・・」
 メソ・・・。
 アレを好きな人類はお前ぐらいだぞ。
 かといってメソを傷つけたくはない。
 俺も嫌いではないのだ。
 ただ、ヤツがじゃれつくと首の骨が折れそうになるからな。
 前まではメソの家に呼ばれてちょくちょく遊びにいった。
 マウンテンが原因でやめた。
 何せ遭遇率が高い。
 動物園に行けば自ずとゴリラにも会うようなものだ。
 マウンテンは弱いものが大嫌い。
 世の中を自分より強いか弱いかで二極化して見ている節がある。
 メソの家で最初に会った時の衝撃は忘れられない。
 軽いトラウマだ。軽い?
 目があった瞬間に襲いかかってきた。
 想像してごらんよ。
 家の中で雌のマウンテンゴリラと目が会った次の瞬間飛びかかられたら。
 トラウマだろ。
 メソが撃退してくれたお陰で今も生きているようなものだ。
 信じられない事実だがメソはマウンテンより強い。
 力づくでねじ伏せようとするマウンテンをスルリスルリと軟体動物のようにすり抜け、ことごとく急所を突き悶絶させていた。
 だからマウンテンはメソが好きらしい。
 彼女がアーユルヴェーダにしょっちゅう通っているのも判る気がする。
 身の安全の為だろう。
 マウンテンは生粋の格闘家というかゴリラそのもの。
 メソとじゃれあっている様はほとんどゴリラと襲われる美人ナチュラリストのよう。
 最初に見た時はショックの余り軽く漏らした。
 暫くは隙あらば俺を襲おうと伺っていたようだがメソがいつも守ってくれた。
 俺にとってメソの家はアマゾンにTシャツ短パンで行くぐらい危険である。
「キャシー姉さんは純粋だから」
 マウンテン曰く、強いか弱いかは戦わないとわからないとのこと。
 だから襲いたいらしい。
 襲って主従関係をハッキリさせないと不安だそうだ。
(やっぱりゴリラだよな~)
 てか、ゴリラの方が賢いかもしれない。
 むやみな暴力は振るわない。
 対して彼女は無闇な暴力しか振るわない。
「やっぱりマウンテンだな・・・」
「日本では純粋のことをマウンテンって言うの?」
「ん~・・・ま~・・・俺的には・・・」
(マウンテンゴリラ=野生動物=純粋)うん、間違ってない。
「日本語って難しいね」
「二人だけの秘密だよ。特に姉さんには絶対に言っちゃ駄目」
 じゃないと俺が殺されちゃうからね。
「言ってもわからないよ。お姉ちゃん日本語全然だから」
 そう。
 彼女は日本語がまるっきり解らない。
 しかも英語ですらない。
 あれは何語なんだ?テレビでも聞いたことがないぞ。
 大陸のニュアンスだ。
 二回目に遭遇した時、「ハ、ハロー」って話しかけたら、また襲いかかってきた。
 初めて覚えた日本語がなんだったか。
「ヤリタイ」か。
 しかもメソを指して言ったのも衝撃的だ。
 俺はこの瞬間、腰が抜けそうだった。
 当然ながら軽く漏らす。
 メソ曰く彼女はバイらしい。
 つまり両刀使い。
「お姉ちゃんって面白くて姉妹ではヤレないって何度言っても聞かないんだよね」
 手を叩いてゲラゲラ笑えるオマエが凄い。
 俺ならそんなこと指さされて言われた日には直ぐさま失踪するわ。
 理由をメソ経由で聞くと、
 メソが強くて心から尊敬しているから、
 その強さにあやかる為にもヤリタイらしい。
 意味がわからん。
 映画で見たぞ。
 宇宙人が人間の女性にナニを植え付けて更に仲間を・・・。
 間違いないヤツは宇宙人だ。
 二人が揃うと何かにつけて取っ組み合いになる。
 いつだったか、路上でファイトしだした時は警察まで登場。
 ゴ○ラ対モ○ラの戦いに丸腰の人類が出来ることなんて何もない。
 俺は犠牲者を減らす為の努力に徹した。
 通報者のコメントがまた面白い。
「何かに襲われている女の子がいます!はやく助けに来て!」
 UMAかよ!
 ファイト中、俺はその可愛らしい通報者に終始睨まれ挙句に罵倒された。
 女ってヤツはどうしてああも無茶を言う。
「彼女なんでしょ!助けてあげて!」
 無理だから。
「あなた男として恥ずかしくないの!」
 恥ずかしくありません。
 何せリアルに殺されかねない。
 表ざたになっていないけどマウンテンは軽く数人は病院送りにしている。
 といっても彼氏彼女のようだから問題にならないようだ。
 メソの話だと、やってる最中に興奮し過ぎて力加減を誤ったらしい。
 この話を聞いた時も軽く漏らした。
 警察官が三人駆けつける頃には既にメソがマウンテンを気絶させ収束。
 あの時の警官の顔ったらおかしかったな~。
「えーっと・・・・あれ?」みたいな。
 一着数十万は下らないブランドのドレスが二人ともボロ布のようになっていた。
 しかも白目を向いているのがマウンテン。
 馬乗りになって可愛くテヘペロしている白い太腿あらわな彼女がメソだ。
「ファッ!?」ってなるよな。
「お姉ちゃんチーちゃんにまた会いたいって」
「そのうちな(永遠に)」 
 我ながらよく生きていたと思う。
 それもこれもメソのお陰だ。
 マウンテンの俺に対する見る目が変わったのも彼女あってのこと。
 自分がいない時に万が一襲われたら大変だということで洗脳したらしい。
 だから彼女の中では俺は相当な武術の達人になっている。
「嘘いっちゃった~」
 あの時の可愛いさったらなかった。
 ペロペロしてやりたい。
「彼に挑戦したいのなら私を倒してからじゃないと。私も勝てないんだから。挑戦権からいうと私が先でしょ?」
 そう言って刷り込んだらしい。
 格闘界のルールなら驚くほど守る。
 なんでも野球に例えないと解らない人みたいなものか。
 裏を返すと、万が一にもメソが敗北した日には、俺の命日となるだろう。
 
「あ、お姉ちゃんだ」
「$&’&E(&’)(%))%T%##”#”&$%’&%!!」
「びっくりしたーチーちゃん、今の何語?初めて聞いた」
 メソは恐らく三カ国語以上喋れる。
 マウンテンと会話が出来るのはメソと母親だけらしい。
 とび起きた俺は窓を明け周囲を見渡した。
 いない。
 バットを持ち、ゆっくりと戸を開ける。
 いない・・・。
「どうしたの?」
 俺の後ろから顔だすメソ。
「どこにいるって?・・・」
「誰が?」
「今おまえ、お姉ちゃんって・・・」
「メール」
「はは・・・そうか・・・、そうきたか・・・」
 どっと疲れた。
 いかん、また少しチビッたな。
 息子が嘘みたいに存在感を掻き消す。
 本能だろう。
(私は女です!私は女です!私は知りません!)みたいな。
「あのさー」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないよ?」
「マウンテンが会いたいとか言うんだろ」
「すご~い!」
「だから駄目だ」
「もうすぐ空港つくから迎えに来てって」
「明日じゃないのかよ!」
「そうみたい」
 ゴリラだから身勝手なのか。
 身勝手だからゴリラなのか。
 予定っていうのがわからないのかアイツは!
 とにかく逃げないと・・・。
「チーちゃんも・・」
「今はそれどころじゃない!」
 えーとパンツ、パンツそれと、パジャマと・・・。
「会っておいた方がいいよ・・・」
 鳥肌が立った。
 慌てふためく俺が一瞬で目が覚めるようなメソの沈んだ声。
 俺はこの声を「悪魔の福音」と言っている。
 メソがこういう喋り方をする時。
 必ず予言通りになる。
 前に何回かブッチしたがとんでもない目にあった。
 それ以来、俺は彼女がこのモードになった時、必ず聞くようにしている。
「そ・・そっか・・わかった・・・」
 メソ快心の笑顔。
「お姉ちゃん喜ぶよ!」
 お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許し下さい。

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