STG/I:第九十六話:交錯


「ええっ!」
「どうしたエイジ!」
「推定アメリカ型ブラック・ナイト・・・補足したようです」
「冗談だろ・・・」
 レフトウイング艦内に警報が鳴り響く。
「推定アメリカ型ブラック・ナイト補足。フォーメーションを迎撃体制にチェンジ。並行してストックエネルギーをナユタに変換。チャージ後発射体制に入ります」
「マザーとの接続はどうなってる?」
 イシグロは言った。

「回線復旧しません」
「自動修復は?」
「通信機器に致命的な損傷を被っており修復許容外です」
「この際だから断片的でもいい。一方通行でも。とにかく他の方法でコンタクトを考えろ。索敵型STGの機能を駆使してでも方法を立案しろ」
「畏まりました。立案するようパートナーと並列接続します」
「許可する」
 ブラック・ナイトは、漆黒はソコにいた。
 当然のように。
 現れたというより、元々ソコにいたかのようだ。
 一つ前のアクティブ・ソナーではいなかった。
 にも関わらず、次の瞬間には居た。
 膨張する前より、レフト・ウィング会敵時よりも小さい。
 正面から見るとひし形に見える。
 上から見るとひし形に紐がついているような形状。
 本体は中央に行くほど肉厚で、ひし形の先の方が薄い。
 今の形状は爆撃機のソレとは遠い形をしていた。
 寧ろエイの方が近い。
 ソナーの反射がその形にだけ吸い込まれて戻ってこない。
 それだけがヤツの存在認識である。
 他のセンサーは全て「未検出」を表示していた。
「モニターを拡大」
 泳ぐようにひし形の先の方が靡いている。
「ナユタ・チャージ中。百%までは後五分。現時点で射程内に入り次第発射は可能です」
「わかった」
 イシグロは一つ深呼吸をした。
「只今からレフトウイングはブラック・ナイトに接近する。可能な限り近距離からナユタを発射。ゼロ距離が不可能な場合、最も近い距離から発射とする。全員オート・ログアウト設定を今から上書き。ナユタ発射と同時に強制ログアウトとする。嫌なものは再度書き換えるように。この強制上書きは本通信終了後に一度だけ実施。ただし上位三部隊は例外とする。発射後も残ってもらう。ログアウト後は各自判断に任せるが、恐らく日本・本拠点は現在決定権を持たない無政府状態に陥っていると考えられる。残留か亡命かの振る舞いは各自で判断しろ。定数に満たない場合でも本拠点は機能するが日本のカバーエリアは消失し、以後、連合、主にアメリカだが、指揮下に入ることは事前に言っておく。検討を祈る。以上」
 彼は一方的に喋ると回線を切った。
 モニターには「司令上書きまで」とありカウントダウンが続いている。
「上書き完了しました」
「わかった」
 上位三部隊の隊長のモニターには紋切り型のワードセレクトが表示された。
「この作戦に賛同しますか?」
 結果は同じ。
 賛成=5、反対=3。
「可決されました」
「皆の理解と協力に感謝する」
 レフトウイング内は何度目かのパニックに陥った。
 彼らは一様に会敵しないと高を括っていた。
 ブラック・ナイトに遭遇することそのものが極めて稀である。
 自ら望んで会えるような存在ではない。
 ブラック・ナイトの存在すら知らないプレイヤーも少なくない。
 にも関わらず、この短い時間で二度目の遭遇。
 そんな記録は今まで無かった。
 ブラックナイト隊の数名を除いて誰しもが会敵することはあり得ないと思い込んでいた。
 部隊長は説明に追われ、モニター上でポツポツとサインが消えていく。
 イシグロの警告にあった自動ログアウトを待つより、自らの意思で降りることを選んだようだ。
 それはほとんど伝染病のようなものだった。
 最初は雫程度のサインアウト。
 一定数のサインが消えだすと小波のように広がっていく。そして加速度的に。
 パニックである。
 一定数が逃げると、自らの判断を放棄し同じ行動に出る。それを止めることは出来ない。
 人間の本能。
 パニックから逃れるには物理的な距離をおくしか無いが、レフトウイングという巨大なブロックの中に組み込まれている以上、それは叶わないことだった。
 ブラック・ナイトとの初めての遭遇戦ではシューニャを除き飲み込まれたプレイヤーは戻ってこなかった。どういう理由で戻ってこなかったかは多くの感心を惹かなかったが、大多数のプレイヤーは「嫌気がさしたんだろう」その程度に考えていた。実際は異なる。
 パニックはブラックナイト隊でも例外では無かったが、上位部隊員が誰一人抜けないこと、作戦本部メンバーが新たな指示を出していたことから影響を最小限に留めていた。
 行き場の無い怒り。
 飛び交う怒号。
 悲痛な叫び。
 中にはリアルで過呼吸をおこす者すら出た。
 その全てがイシグロには届いていない。
 彼らの判断は既に手遅れだった。
 作戦強制離脱の手続きの際に初めて見る警告文。
 彼らは自ら手塩に育てたSTG28や搭乗員パートナーを失うばかりか全戦果の没収。
 そして幾つかの多大なるペナルティを受けると長文の警告が出る。
 幾ばくかでも頭の回った搭乗員は、そこで少しばかり冷静になった。
 作戦を離脱しても、ガッチリと組み込まれた自機は逃げられないという事実である。
 その為、多くはログアウトを選ぶことになる。
 STG28はエネルギーの九十五%以上を失うと自力航行は不可能になる。その為、本船コンピュータは危険回避行動に移る。搭乗員に明白な命の危険が及ぶような行為は認可されない。それでも命令を強制的に実行することは出来たが、動けないことには変わりなく、同時にイシグロの言う反逆にも該当する。厳密にはマザーと地球人が交わした条約の義務違反だ。多くのプレイヤーが興味が無く知らない部分、知ろうとしない部分である。
 一時は離脱を決定した搭乗員もパートナーにそれを諭され結果ログアウトしていく。同じ違反でも、ログアウトに伴う結果的な作戦放棄の方がペナルティが軽い仕様。
 ログアウトせざる負えない理由は多岐に渡る。フレンドに呼び出された。宅配便が来た。風呂が湧いた。食事が出来た。電話が来た等、如何用にでも理由はついた。そうしたリアル事情と多くの言い訳を許容する為、作戦を強制的に離脱するよりログアウトした方がペナルティが低く設定されているのだ。
 それでもごく少数は怒りの余りか離脱を決行。
 巨大なブロックの中に組み込まれたSTG28が作戦から離脱したところで身動きがとれない。中にはフレンドリーファイヤーを解除し、出る為に味方の船を攻撃する者も出てたが末路は想像に難くない。シップの本船コンピューターはいわば小さなマザーだ。通信が切断されていても決定権を伴う。彼らは強制的にログアウトさせられ船、パートナー、戦果の没収。アカウントは即時凍結。
 自らの行動を省みることなく、出られない搭乗員達は作戦を離脱しない者達を臆病者と罵り、呪いの言葉を放ち続ける。そのうちヘイトは本船コンピューターによって遮断され、誰にも届かなくなり、その上でペナルティを受ける。
 幸か不幸か、外殻に属する一部の離脱したSTGは剥離していった。運よく剥離したSTGもただ宇宙を彷徨うのみ。エネルギーを強制的に徴収された為、何も出来ないことに変わりは無かった。SOS信号を発信し拾ってもらうことを願う。だが彼らはしばらくして知る。今、日本・本拠点のカバーエリアでは最早出撃出来るSTGは皆無に等しいことに。結局はログアウトしていった。
 作戦を強制離脱した者は絶望を知ることになったが、残留した者も大差なかった。最早彼らは乗っている意味すら無く、ただ恐怖のカウントダウンを受け入れるしかない状況にあった。事実を知らない圧倒的大多数は上位三部隊の無能さを責め、多少なりとも理解している者は自らの無能さを嘆き、強制的に離脱を選んだ者を羨み呪った。自らを外に置いて。それら全てが宇宙の闇に飲み込まれていく。全て承知の上でイシグロは実行に移していた。
 そのイシグロはモニターを見ていない。
 静寂の中、目を瞑り時を待っている。
 対話を封じられる中、唯一部隊外との対話も可能だった上位三隊の隊長、副隊長らは慌ただしく動いていたのも知らず。本来なら届くはずのその声や映像も今のイシグロには届かない。彼は音声もカットしていた。
「マリを二度も失うなんて・・・」
 イシグロは呟き、絶命した搭乗員パートナー、マリの死に様を思い出し顔を歪める。
「攻撃可能位置を通過します。・・・5・4・3・2・1、通過」
 本船コンピュータが声を出す。
 合わせてイシグロは目を開ける。
 上体を起こしモニターを見ると遥か彼方に漆黒の裂け目が口を開けているのが見える。
 胃の辺りが固くなるのを感じる。
「動きは?」
「わかりません」
「アクティブ・ソナーはどうした?」
「停止しています」
「停止は指示していないぞ」
「機能停止です」
 モニターには「不能」と表示されている。
 音声カットが災いした。
 上位三部隊が慌ただしく喋り、しきりに動いているのが見える。
「どうされますか?」
「俺のSTGのソナーを打て」
「密着した状態で本船アクティブ・ソナーを打つことは危険行為にあたり認可出来ません」
「・・・わかった。このまま行く」
「相対距離が不明ですがよろしいですか?」
「構わん。トリガーは俺が握る。出せ」
「畏まりました。特殊トリガーを出します。特殊トリガーの使用法を説明しますか?」
「いらん。わかってる」
「畏まりました」
 コックピットから手元に赤いグリップが出る。
 握ると人差し指でカバーを弾いた。
 スイッチを、
 押した。
 モニターに赤い文字で警告が出る。
「これは特殊トリガーです。このトリガーは・・」
 本船コンピュータが喋りだすと、
「説明は全てキャンセル」
 音声が止まった。
 トリガーが形を変えると飲み込むように手を包む。
 カチっと音がする。
 イシグロは僅かに頬を引きつらせる。
「この感じは慣れない・・・」
「発射準備完了」
 漆黒へ徐々に近づいていく。
「エネルギーチャージ百%」
「わかった。重力センサー最大」
「重力センサー最大化は船内に最大二十%程度の悪影響を及ぼしますがよろしいですか?」
「捨てる船だ。かまわん」
「畏まりました」
 ブラック・ナイトは文字通りの漆黒。
 距離感が掴めない。
 ブラック・ナイト周辺は強力な重力が発生すると先の会敵で報告されている。
 資料で読んだ。
 イシグロは自分ほどブラック・ナイトを研究した者は居ないだろうと自負している。
 もっとも、その情報は極めて少ない。
「重力センサー反応なし」
 唯一に近い観測出来た情報が重力。
 比類し難い超重力場が発生した形跡が記録されている。
 この情報はシューニャや重力圏から逃れた一部のプレイヤーがもたらしたものだが、イシグロは知らない。特に超重力の観測はシューニャによるものだ。
 距離に比例して加速度的に重力が増す。
 それはまるで奈落のようだった。
 問題はあった。
 観測で間に合うかどうか。
 間に合わない可能性も少なくない。
 発射すら出来ないかもしれない。
 だが少なくとも距離は掴める。
「ナユタ出力低下」
「どうした!」
 ゲージを見ると百%からゆっくりと下がっている。
「司令系統を離れたSTG等へエネルギーが返還されているようです」
「指示してないぞ!」
「ブラックナイト隊および上位三部隊が指導しているようです」
「権限剥奪」
「剥奪します」
「・・・低下が止まらないぞ」
「既に執行されている命令の分です」
「くそ・・・再充填しろ。急げ!」
「既に作戦を離脱した艦船には執行出来ません」
「構わん。可能な限り大至急」
 モニターに拒否権と表示された。
「これは何だ?」
「上位三部隊がエネルギー提供の拒否権を発令したようです」
「大連隊長強制執行!」
「畏まりました」
 拒否権の赤文字が消える。
「止まらないぞ」
「部隊特権にて上位三部隊の合意による連隊が編成されました。連隊特権によりエネルギーの拠出は五十%以上出来ません。その為、返還措置が実施されます」
「ふざけるな! あいつら・・・日本本拠点本部委員会の特例を発令! 強制徴収!」
「現在、日本・本拠点は本部機能が失われている為、命令は無効です」
「本部とは接続出来ないはずだろ!」
「本部が執行不能状態にある可能性はパーセンテージが極めて高いと本船で判断されました」
「くそ・・・わかった。徴収可能な出力最大レベルで発射する。トリガーは維持」
「畏まりました」
 裏切り者共め。
 反逆者め。
 非国民め。
「出力七十%。最大です」
「七十だと!・・・これじゃ・・・」
「重力センサー反応あり」
「マザーとの接続は?」
「未回復です。パートナーの立案を提示」
「・・・わかった。ナユタ発射後、観測結果を即座にアーカイブ! 外縁部STGの救命艇に乗せ日本・本拠点へ向け射出!」
「畏まりました」
「最優先データを告げる。エネルギーグラフ、重力グラフ、出現マップ、アクティブソナー・マップ、他は捨てていい」
「プログラムしました」
「万が一、司令船および上位三部隊のSTG28いずれかが健在の場合、搭乗員の生死を問わず観測を継続、いずれかのSTG28の救命艇にアーカイブ。順次射出しろ。これは大連隊長権限の発令である」
 それは搭乗員とパートナーを見殺しにする指示であり本来は拒否されるが、大連隊長権限を執行することで上位部隊は事実上権利内に収まった。
「組み込みました」
「後は本船コンピューターに委ねる。以上」
 その時、ゆっくりと上がり始めた重力グラフが突然跳ね上がった。

*

 玄関から別な男女が入ってくる。
「社長、持ってきました」
 気づいていないのか聞こえていないのか。
 サイキは心臓マッサージを続けている。
「シューニャ! シューニャ! シューニャ!」
 女性が小さく悲鳴を上げた。
 銃の形状をしたスタンガンに気づいたようだ。
 スタンガンとサイキを代わる代わるに見る。
「社長・・・まさか・・・」
「オイカワ、AEDの準備」
「でも、でも、マツナガさん・・・コレ・・・」
「いいから指示に従え。それとこのことは誰にも言うな。言ったら人生が終わると思え」
「ええ!・・・そんな・・・どうして私が・・・」
「いいから急げ!」
 マツナガと呼ばわれた青年は手際よくスタンガンを回収するとアタッシュケースに収める。オイカワはマツナガの怒気に気圧されたのかAEDをノロノロと準備を始めた。手がギャグみたいに震えて上手に出来ないようだ。
「社長、サイキ社長」
「シューニャ! シューニャ! シューニャ!」
 まだ止めない。
「オイカワ急げ!」
「は、はい!」
 マツナガはオイカワを尻目に心臓マッサージをするサイキの左腕を掴んだ。
 ところがサイキはそのマツナガの手を振りほどく。
「触るな!」
 そしてすぐマッサージを続ける。
「シューニャ! シューニャ! シューニャ!」
 完全に我を忘れている。
 マツナガは震えているオイカワを見る。
「AEDは行けるな?」
 彼女は黙って首を縦に振る。
「社長! サイキ社長! AEDの準備が出来ました!」
「シューニャ! シューニャ! シューニャ!」
 聞こえてない。

*

 暗闇の中、窓にしがみついている塊はその光景を見ていた。
「サイキ・・・」
 遠くに聞き覚えがある名前。
 映像がより大きくなる。
 飛行機の小窓程度だった映像が新幹線の窓ぐらいに一気に広がる。
 跨いで行けそうだ。
 その時、何かが横を通った感覚があった。
「誰だ!」
 見えないが、自分とは異なる黒い塊。
 止まることなくそそくさと暗闇を通り過ぎて行く。
「待て!」
 止まらない。
 コチラに気づいたことは明白だ。
 通じた感覚があった。
 目が合うように意識がコッチを向いたのだ。
 この感覚には覚えがある。
「グリン・・・」
 行ってしまった。
 何故アイツがココにいる。
 ていうか、ココは何処だ?
 アイツは何をしていた?
 何をしようとしている。
 それよりこのサイキと呼ばれた男はどうしてこうも必死なんだ。
 とても大切な事のように思える。
 塊はサイキを見た。

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