STG/I:第九十四話:対峙


「出ない・・・か」

 マンションのエントランス。
 サイキは三度シューニャの部屋番号を押したが返事は無い。
 合鍵をつかってロックを解除すると、エレベーターに乗り、部屋の前へ向かう。

 鍵を差し掛けたが躊躇った。

「貴方は何時も強引なの。相手にだって心構えがいるんだから」

 今回の件で嫁にいたく怒られた。
 あんなに怒鳴るアイツを久し振りに見た気がする。

(相変わらずいい女だ。心から心配してくれている・・・)

 彼女と出会ってから彼は変わった。
 以前の彼は抗う相手は誰であろうが容赦が無かった。
 悔い改めるには遅すぎると感じていた。
 サイキは一度人生を振り切った。
(そうだ。今度シューニャにも紹介しよう・・・アイツなら信用できる)

 インターフォンを何度押しても返事はない。

(まどろっこしい)
 拳をつくりノックする。
 一つ、二つ、三つ。
 最後には強く叩く。
 気配はない。
(まさか・・・)
 今度は躊躇いなく合鍵を挿し、回す。
 重々しい扉を勢いよく開けた。
「シューニャ、俺だ。悪いが入るぞ!」
 土足で上がろうと一歩足を踏み出すと人の気配。
 奥から男が姿を見せた。
 地球名サイトウことシューニャである。
 サイキは安堵の顔を見せる。
「なんだよ、いるのか・・・悪いな突然押しかけて。居るなら、無事なら、それでいい」
 全身を舐め回すように見る。

 大分長い間髭を剃ってないようだ。
 髭も伸びている。
 少し痩せたな。
 汗の臭いが少しココまで漂ってくる。
 風呂はおろかシャワーすらか。
 以前、ヤツは三日と肌を洗わないと痛くて眠れないと言っていたが平気なのか?
 異常はなさそうだな。

「何か必要なものはあるか? 具合、悪いのか?」

「・・・」

 返事はなかった。


「怒ってるのか?」
「・・・」
 シューニャは無表情。
 置物のように動かない。
「無視、か・・・。まあ、いいだろう。悪いが俺にとっては屁でも無い。電話でも言ったが俺と関わった以上は諦めてくれ。仮にお前が逃げようが地の果てまで追いかけるからな。逃げられると思うなよ・・・」

 嫁の顔が浮かんだ。

「あ、・・・いや、すまん。忘れてくれ」

「そういう所が駄目なの。 ちゃんと正しく言わなきゃ。本心を、真意を」

 どうも調子が狂う。

「なんだ・・・この前はすまなかったな。心から謝罪する。お前が怒るのも無理はない。本当にスマン!」

 身体をくの字に曲げ、力いっぱい頭を下げる。

「・・・」

 沈黙が空間を満たす。

 サイキは上体を上げた。
 シューニャの顔を見る。
 彼は柱に手をかけたまま微動だにしていない。

「・・・」

(何かがおかしい)

「サイー・キ?」

 シューニャが喋った。

*
 宙空を光速に航行するレフトウイング。
「索敵範囲を更に拡張」
「畏まりました」
 イシグロのSTG28本船コンピュータがこたえる。
「これ以上のアクティブソナー拡張は得策には思えません」
 画面にテキストが表示される。
「そうは思わない。以上」
 イシグロは音声で応える。
「今一度 ブラック・ナイト を追う理由を教えて欲しい」
 再び画面に表示される。
「迎撃する為だ。以上」
「不可能です」
 次々にテキストが表示される。
「逃亡教唆か? 反逆罪に問われる投げかけ思うが」
 イシグロは言った。
「反逆罪? どうして」
 テキストが流れる。
「当然だろう。敵前逃亡は反逆罪と相場が決まってる」
「みすみす死ぬことに何の意味がある!」
 テキストが流れる。

 やりとり静かだったが、各部隊内は騒然となっていた。

 イシグロは一切の問いかけを事実上無視し、次第に反逆罪を口にするようになっている。
 ミリオタ辺り等は部隊内で叫びまくり、部隊員ですら通信を遮断するほど。エイジが主要作戦メンバー専用の回線に切り替えると、彼は遠慮はいらないとでもいいたげな気性で更に持論を一方的にぶつけた。
「俺は部隊を離脱してでもアイツをぶちのめす!」
「なんの解決にもなりませんよ。パートナーの落合さんも言ってるじゃないですか」
「うるせー!」
 諌めようとするエイジや、パートナーの落合にも耳を貸さない。
 ケシャは呆れ返り無視している。
 彼の暴走を止めたのは、これまで沈黙を守っていたビーナスだった。
「子供ね」
 吐き捨てるように。
 オンラインだった頃のビーナスならあり得ない言い方だろう。
「なんだクソAI!」
「フェイクムーン戦。覚えてますか?」
「関係ねーだろ!」
「あの後、貴方が私に言ったこと、覚えてないのですか? 忘れっぽい人のようだから教えて上げましょうか?」
 彼は何かを思い出すと、歯ぎしりをしながら黙り込んだ。
「意地悪でごめんなさい。全てに機会はあります。今は待ちましょう」
「お前は・・・お前はこの作戦賛成なのか?」
 彼は下を向いたまま言った。
「反対です。実に愚かしい」
 彼は顔を上げる。
「イシグロ大連隊長はまるで駄々っ子。自分の考えを実行しないと気がすまない。まるで駄々っ子のようです」
 ミリオタは破顔する。
「だよな・・・」
「ただ、彼の行動には明確な意図があります。先程も『検証したいと』仰ってました」
「てめーが天然の馬鹿だってことを検証したいんだろ」
「紛いなりにも大連隊長です。具体的な考えがあってのことでしょう」
「だったらアイツは何で言わねーんだよ」
「時間が無いからじゃ・・・」
 エイジがポツリと言った。
「どんだけ経ってんだよ」
「ですよねぇ・・・」
「恐らく賛同を得られないと自覚しているからでしょう」
「その時点でクソ計画じゃねーか」
「そうとは言えません。大局的な計画というのは一般には承服しかねるものです。好意的に捉えるのなら、短期的にはリスクが大きすぎる案なのかもしれません。もしくは、意図が漏れるのを恐れてのことなのかも、理由は幾らでもあります」
「なるほど・・・」
「おいおい! エイジ! お前納得できんのかよ!」
「作戦の真の目的を言うには時や理解が得られないから・・・ですか」
「シューにゃんと同じだ」
 沈黙していたケシャが言った。
「クソ猫は黙ってろ」
「だってそうじゃない」
「アイツは違うだろ」
「違わない」
「クソ猫にアイツの何がわかる」
「貴方に何がわかる?」
「おめーよりかわかるわ」
「まーまーお二人共」
「フェイクムーンの時だって・・・」
 ケシャが沈んだ口調で言う。
 皆が明々に過去の作戦を思い出した。
「違う。お前は知らないだろうが、ちゃんと最後に言ってくれた」
「STGIの時だって・・・」
「それも言ってくれただろ」
「いつも最後。私は後回し・・・」
「最後でも言ってただろ! 自分の口から!」
「だから二人共ぉ・・・」
「全体を見る立場の者には言えない意図が常にあるということです。タイミングもありますから」
「その通りだビーナス。ヤツは俺たちのことを思ってだ! だから信用出来る。イシグロはどう考えても思ってない。だから信用出来ない! 明白だ。アイツは味方の救護より戦いを選んだんだからな!」
 エイジは何か思い当たるという顔をしたが何も言わなかった。
「シューにゃんの本当の意図を何も知らないのに。どうしてわかるの?」
「知って・・・なくても、わかるんだよ。男は黙ってても肌感でわかるんだよ・・・」
 ミリオタの勢いが少しだけ弱まった。
「過去のシミュレーターによる結果を見る限りイシグロ大連隊長が愚か過ぎる選択をしたことは無いように分析します。勿論、人の考えや行動は時としてデータや理解を超えた部分があり、衝動があることも把握しております。特にこういう自らの限界を超えた事象が発生した場合には特に起こり得ます」
「だろ! さすがビーナス、俺の理解者」
 ケシャはモニター越しに彼女を睨んだ。
「イシグロは大戦を知らないんだ。いよいよって時にどう出るかわからない。俺にはイシグロが最後には投げちまうヤツに思える」
「大戦にはシューにゃんも居なかった」
「アイツは地球で色々活躍したからいいんだよ」
「私は知らない。聞いてない」
「なら聞けよ」
「やだ」
「はあっ?」
「彼が根拠なく想定外の行動に出る可能性は否定出来ません」
「だろ!」
「ミリオタは贔屓してる」
「ちげーよ!」
「彼の勝率はとても高いのですが、SSランクのミッションは受けてません。そのことからも戦績汚しを嫌い、挑戦は避ける心理傾向が見受けられます。慎重とも言えますが、裏を返せば弱々しい側面とも言えます。一定の決められた戦いには自らの手腕でコントロール可能ですが、それを超えた場合、この手の心理傾向のマスターは思わぬ行動に出る可能性はあります」
「ほらな! 根性なしなんだよ! だから怖いんだよ! 信用出来ない!」
「私も、」
 エイジが割って入った。
「殴る案は別にしても私もミリオタさんと同じ思いです。隠したる意図の可能性をもってしても横暴が過ぎますよ。僕も怒ってます。でも、ギリギリまで意図を見極めた方がいいと思えるんです」
「なんでだよ」
「ずっと考えていたんですが、彼は何かを掴んだように思えるんです。ビーナスの言うように検証したいって言うのは何か心当たりがあるかもしれない」
「ホラだったらどうするんだよ! 嘘だったら!」
「それが怖い」
「だろ! その時は手遅れなんだよ!」
「うーん・・・でも、そうは思えないんですが。場合によっては大連隊長の作戦から離脱することもやぶさかではありません・・・僕は」
「エイジ、おま、そんなことしたら・・・」
「エイジ様、それは反対です」
「ブラックナイト隊は委員会を除名ですかね」
「いいね・・・上等じゃねえか」
 ミリオタは笑みをへばりつかせた。
「賛同出来ません」
「ビーナス、なんでだよ」
「シューニャ様は恐らく望んでいない」
「シューにゃんの部隊だよ!」
 ケシャが大声を上げた。
「そうですね・・・すいませんでした・・・今の無しにして下さい」
「いや、違う。今の隊長はエイジだ。エイジの部隊だ」
「ミリオタさん・・・」
「エイジに託したのはヤツだ」
「はい・・・ですが・・・」
「さっきも俺たちはコイツに救われた」
「・・・好きにして・・・」
 ケシャは再びモニターを切ってサウンドオンリーになる。
「お二人の言う通りですね。お任せします。一つ自白しますが、シューニャ様はハンガリーに亡命します」
「ええっ!」

 全員が声を上げた。

*

 それは一瞬の出来事だった。
 彼方に閃光が瞬いたと思った刹那、ブラック・ナイト周辺宙域を覆う。
 それは神の如き閃光と言えた。

 シューニャは閃光に包まれながら様々な考えが過ぎった。

 この世の終わり。
 いや、始まりなんだろうか。
 STG28がここまで強大なエネルギーを発生出来るとは思わなかった。
 ブラックナイト隊の知恵袋、エセニュートンともドッキングによるエネルギー集積は考えた。しかしその為には搭乗員パートナーによる緻密なエネルギー制御と本船コンピューターによるバックアップ、何より皆の協力が必須。その出力は一時的にでも搭乗員や本船へのフォローを疎かにする。その兼ね合いから多くの賛同は得られない。四苦八苦した結果、ヘキサゴンやペンタゴン・レーザーを考え出した。まるで税金のようだ。一気に吸い上げるから人知れず吸い上げるか。ペンタゴン・レーザー等は後者に当たる。あれほどの大出力、強制権を行使しない限り不可能だろう。イシグロ大連隊長のカリスマ性か、それとも単なる権力か。もしくはお上の言うことに唯々諾々と従う民族性なのか。

「お前のやり方では仕事がすすまんぞ」

 上司に言われた。
 和合による方策は緊急時には対応が遅れる。
 その欠点は言われるまでもなく判っていた。
 いざという時は独断でやる心づもりだった。
 責任をとればいい。寧ろその為の合意形成と彼は考えていた。
 それが日本では理解されなかった。

 長大なエネルギーは風となってSTGIホムスビを遥か彼方に弾き飛ばした。
 エネルギーシールドの帆はモロに風を浴びSTGIは瞬時に濁流に飲み込まれた。
 真っ白で何も見えない世界で漆黒が白く染まるを見た。

「やった!」

 撃退の可能性を歓喜する気持ちと同時に絶望を感じた。
 自然物の一部である肉体は気づいていたんだ。

「無意味」だということを。

 落盤で出来た大口の穴に勢いよく吸い込まれる湖水のように、光の濁流はあっという間に闇に飲み込まれ、通り過ぎた光すら道連れとばかりに吸い込まれる。
 真っ白な世界で流されながら彼はブラック・ナイトが光と共にその姿を消すのを体感した。死んだのではない消えたんだ。光と共に去った。不意に言葉の羅列が浮かんだ。

 光を当てれば影が生まれ、
 光が覆えば影は消え、
 飲み込まれれば闇が覆う。
 闇が満ちればゼロになる。
 命の始まり。

 誰の言葉だったろうか。
 俺ではない。
 そうだ。
 ファンタジスタ・オンラインであの人が言ってたんだ。
 思い出した。
 アース・リング。
 皆がこぞって美少女をメイクする中、筋骨隆々とした褐色肌の白髪老人男性アバター。
 今でこそよく見るが当時としては彼ぐらいしか居なかった。
 知らない人はいないプレイヤー。
 軍神と異名を持っていた。
 無冠の帝王。
 日本人が世界ランキング一位に届いていたはずの人。
 変わりもので人気者、それでいて嫌われ者。
 口汚くてエロリスト。気まぐれで身勝手。
 口癖は何時も「十人殺せば殺人鬼。千人殺せば英雄だ」だった。
 明るい癖に、やけに影が強い人。
 俺は内心、本当に彼が殺人鬼の可能性も無いでは無いと思っていた。
 それなのに、何故かどうしようもなく惹かれた。
 その才能に。
 その自由に。
 その光に。
 その陰に。
 彼には妙に可愛がられた。
「来たかボインちゃん。また今日もやろうや」
 俺がログインすると速攻で飛んで来て、第一声がコレ。
 答えも聞かずにグループの招待状が送りつけられる。
 俺が男だと初対面で直ぐに気づいたのも彼だけだ。
「お前が女だったらリアルで一発と言わずやりてーんだがな。男にしとくのは勿体ない。そうだ、お前さ、女になれ! そうしよう。年金で手術費払うから。良いだろ?」
 下品なことばかり言っていた。
 流石に年金受給者では無いだろうが、中年である可能性は高い。
 もし生きていれば結構な年齢だろう。
 七十代か、ひょっとしたら八十代もあり得る。

 チャットの言葉から出てくる経験力。
 そして知識。
 ガサツで口が悪いのに漂ってくる教養。
 一言も恨み辛みは言わない胆力。
 だけど、何かを忘れたいような人だと感じていた。
 陰に追いつかれまいと走っているような。
 そんな人だと。
 表面に見えているものとまるで違う人物像。

 丸一年共に毎日遊び呆け、気が緩んでしまったのかもしれない。

 聞いてしまった。
「アースさんは何かに追われているんですか?」
 聞いてはいけないことだとは思っていた。
 なのに。

 質問した直後、僅かの間を置いて彼は立ち上がった。
 そして何も言わずログアウト。
 二度とログインしてこなかった。
 場にはギルメンが他にも四人。
 彼には信奉者が多かったし、彼はあらゆる大会で期待されていた。
 メンバーは恨まれることは必至だから黙っていた方がいいと助言してくれた。
 その後も義理でオンラインしていたが、内心急につまらなくなった自分がいる。
 更に一年後、ゲームを去った。

 図星だったんだろう。

 私の一言で、陰に追いつかれてしまったのかもしれない。
 私が陰に居場所を伝えてしまったのかも。

 生きていればいいが。
 いや、死ぬような人では無い。
 彼はどちらかというと殺しても死なないような人だ。
 怖いまで恐れを知らない。
 逆かもしれない。
 深淵を見たからこそ、恐怖すら身内に包み込んでいる。
 そんな人だ。
 それほどまでに大きい人。
 とてつもなく大きい。
 出会ったことがない。
 リアルですら。

 ギルメンは誰しも大袈裟だと言った。
 そんな人じゃないと。
 私の思い込みだと。
 でも私にはそう思えない。
 彼は大きい。
 今の人間にはいなスケールを感じる。

(生きているなら会いたい・・・)

 光に包まれ、彼方に飛ばされながらシューニャは意識を失いつつあった。
 空腹は遥か彼方に遠のき、自ら生命力が奪われていく感覚が満たす。
 今や指一本ピクリとも動かせない。
 細胞の一片までエネルギーを吸いとられるような、まるで全身のゲノムを隅々までバラバラにされるような。

(時間切れなんだ)
 悟った。
 先に来るべきじゃなかった。
 判断を誤った。
 シールドは自動発動。
 強大なエネルギー風をまともに受け一気に消耗。
 五感が遠のき彼は今やシューニャ・アサンガですら無くなった。
 器なき放浪する些末なエネルギーの塊。
 最後に浮かんだのはアース・リングの笑顔。

「死だ」

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