STG/I:第三十六話:僥倖(ぎょうこう)

出撃前にドミノ作戦について竜頭巾は説明を受けた。

もっとも他の隊員はそれを知らないが。

「これで倒せるの?」

竜頭巾は素朴な疑問をリーダーに投げかける。

「無理だろうな」

リーダーは万が一にも士気を下げるようなことは言うつもりは無かったが、何故か口をついてしまう。



「・・・だったら何の意味がある」
「意味か。・・・宇宙人に月ぐらいのサイズの敵がいる」
「月!・・・そんなに大きな・・・」
「ああ。本拠点の横を通っただけで一発で終わりだ。地球に突っ込んでも一発だろうよ。凄く簡単な話で、そいつは真っ直ぐに体当たりするだけで俺たちにとっては全てが終わってしまう」
「STGの攻撃は通らない・・・か」
「豆鉄砲だ。そこでシューニャと一緒に聖剣を考えたんだが、ほら、映画であるだろ。一発逆転の王道。内部から破壊する。シューニャは一寸法師だって言っていたけど。デカイのを倒すには最も効果的じゃないかと思う。ただ・・・同時に言ってしまえばそれだけの話だ。長いこと考えた。長いこと話し合った。映画みたいに指揮系統が乱れたらワンチャンあるかと思ったからドミノ作戦は考えたんだけど。宇宙人曰く、ヤツらにはそうしたものがないらしい」
力が抜けていくようだ。
��これが絶望というものだろうか)
リーダーの言っていることは正直なところ何割かしかわからない。
でも肉体が感じている。
”不可能だと”
無力感に覆われているのがわかる。
なんなんだ一体。
なんの意味がある。
アイツら何なんだ。
どうすりゃいい。
母さん、どうすればいいの。
どうにも出来ないのを前にどうすればいい。
「でもな。超デカイの以外は通常のSTGでも対処出来るだろ。だからドミノ作戦は無意味ではないと思う。(最も数が違いすぎるから最終的にはどうにも出来ないんだが)」
言えなかった。
竜頭巾にとってリーダーはほとんど包み隠さず言っているように聞こえた。
「死ぬんだね・・・」
「そうとはわからん」
「なんで?」
「奴が言ってたろ」
「誰?」
「サイトウ」
「なんて?なんて、彼は言ったの!」
サイトウと聞いただけで目の色が変わる。
本当に変わるもんだな。
「いつも、いっつもダメかと思っていたらアイツときたら平気な顔して『終わってみるまでわからない』って言ってたろ。実際そうなったし。振り返ってみるとよくやったよ俺たち。もう一回やれって言われても無理なこと一杯あったろ」
「そうだね・・・」
思い出さられる。
「ただジッと待つより。出来ることはをやるだけやってから結果を見たほうがいい。諦めるのは簡単だから。何もせず諦めつけばいいけど、つかんだろ。でもよ~実際ヤツは本当にやっちまうんだからムカつくが。あれでイケメンだったら殺意おぼえるけど幸いそうじゃないから」
「サイトウはイケメンじゃないか!」
お前は、サイトウのことだけは未だに怒るんだな。
「俺が女なら好みじゃないね」
「・・・サイトウは格好いいよ!」
「趣味悪いな」
「悪くていい」
「お前さ・・・」
いいかけて止めた。
「じゃあ、そいつさえ倒せば勝ちだね」
「だから・・・(勝ちは無いんだよ)」
「さってきの話し、後はサイトウが倒してくれたでしょ」
「お前って奴は簡単に言うね・・・」
呆れるよ。
そこまでいくと感心するわ。
自己洗脳だ。
それもこういう時は悪くない。
ピー、ギャー泣かれるよりなんぼかいい。
でも、現実を見ろよ。
「だってそうじゃない。これまでだってそうだったし」
「ま・・・否定はせんが。一度や二度たまたまそうなったからって、次もなるとは限らんだろ」
「二度あることは三度あるって言うでしょ」
「多分、三度以上は起きてるだろ・・・」
「だったら尚更に次もあるよ!」
単純馬鹿。
好きなヤツは何でも好きになるタイプだ。
冷静に分析が出来ない。
社会を知らない。
もう少し利口なヤツかと思ったけど違うようだ。
そもそもお前・・・
「何時から楽天家になったんだ?」
「楽天家?」
「なに笑ってるんだ」
「なんでも・・・」
ここまでサイトウが席を空けたことはなかった。
正直なところ意外だった。
何があっても奴はひょっこり現れた。
いつも大変な時に。
しかも自ら買って出る。
なんなんだアイツ。
ヒーロー気取りかよ。
しかもやり遂げやがるし。
まんまヒーローじゃないか。
ふざけんなよ。
「大丈夫。来る!彼はただの遅刻魔なんだ」
「迷惑千万だな。社会人なら最も信用に置けないな」
リーダーは竜頭巾の目を見て、それ以上言い返すのを止めた。
その真っ直ぐな瞳に。
その純粋な思いに。
その目線はどこか希望が感じられた。
��俺はそういう目をするヤツが大嫌いだった)
お前は何時からそういう目をするようになった?
いつも沈んだ目をしていた。
下ばかり見ていた。
何かを提案すると全て否定した。
マイナス面ばかり見て、文句ばかり多くて、狂犬のように何にでも噛み付いた。
お前は何時からそんな余裕が出来た。
何時からそんな目で見られるようなった。
何が、そうさせた?
サイトウか。
「今度サイトウに会ったら・・・一発殴っとくわ」
「なんで?」
「いや、なんでも。殴っとく。殴るしかないんだ」
「だからなんで!」
「俺も・・・」
そういう目で見られる上司になりたかった。
そういう社長になりかった。
そういう人間になりたかった。
努力した。背一杯やった。自分を抑えた。全てを出し尽くした。
でも届かない、その眼差し。
やっぱりムカつくぜサイトウ。
男として許せねー。
奴を認めたら俺が終わる。
��サイトウ、お前は何をしているんだ?)
 
*
 
「駄目だ。なんなんだコイツ!」
マンタは本拠点に絡みついたまま動かなくなる。
「コイツとブラック・ナイトはどう違うんだ?」
��TGの攻撃が全く通じない。
無理ゲーも甚だしい。
運営出てこい。
物理攻撃は突き抜ける。
エネルギー攻撃も同じ。
体積に変動はない。
ダメージのようなものが感じられない。
計器類、センサー類は、計測不能を示している。
��何が目的なんだ・・・)
「隊長!」
「煩い!・・・なんだどうした?」
「ハンガリーのSTGIが応援に来るそうです!」
「ほんとか?」
ハンガリーのSTGI、通称バルトーク。
世界で最初のSTGIと記録されている。
応援をよこすほど余裕があるのか。
「概ね状況は掴めましたので報告します」
”お稲荷さん”が興奮した様子で言った。
本拠点機能が失われた日本には個別に情報を集め纏める必要がある。
公式には情報が回ってこない。
国家間の取引には国家の代表組織がいる。
たかが中央組織、されど中央組織。
「今回の戦闘で本拠点が壊滅したのはアメリカ、イギリス、フランスの三カ国」
「なんだって!」
想像もしてなかった。
他国が壊滅する状況なんて。
自分のところさえ手が回らないというのに。
「それだけじゃありません。半壊が日本とドイツ、イタリア!」
「これって・・・・全部STGIを保有する国じゃないか!」
「いえ、それが」
「そうか・・・ハンガリー・・ハンガリーは?」
「そもそも出撃すらしてません」
「なんで、この非常事態に!」
なんで。
どうしてだ。
「先に報告をさせて下さい。今回の攻撃は以上の六カ国のみで同時多発的に起きた過去最大規模の戦闘です。戦闘要請のあった本拠点が以上の六カ国で、それ以外の国では要請そのものが無かったようです」
「なんでだ・・・マザー!マザーを呼び出せ!」
「その前に報告を・・・」
「・・・わかった」
なんでなんだマザー。
宇宙人共は何を考えている。
今度はどんな詭弁を労するつもりだ。
「壊滅した本拠点の守備するエリアですが」
「そうだ!それを聞きたい。防衛戦はどこまで突破された?」
「それが最も進行されたのがイタリア戦線で第三防衛線まで進軍されたのですが突如方向を変えたとあります」
「どうして・・・」
「わかりません・・・ただ・・・」
わからない?
どうして、なんで?
「ただ?」
「敵の向かっている先が・・・」
顔が硬直している。
「なんだ、はやく言え!」
「日本の守備範囲。交戦エリアなんです」
「なっ!・・・・なん・・・どうして。日本のSTGはもうほとんどいないはずだろ?」
「はい・・・その筈です」
「ちょっと待て、どこの国の・・・まさか全部ってことは無いだろうな?」
「それが・・・五カ国全てのようです」
「なんでだ!(なんでいつも俺らばかり・・・)」
「わかりません・・」
なんでこんな目にばっかり合う。
どうして!
なんで!
頭がどうになかなりそうだ。
「日本の戦況はどうなってる」
「少しお待ち下さい」
マザーはどう落とし前つけるつもりだ。
どうして他国の援軍をよこさない。
どこが突破されても地球は終わりだというのに。
「残存STG一%以下・・・あ、でも待って下さい」
彼らはどれほどの地獄を見たのだろうか。
「どうした?」
「進軍は完全に停止しています!」
「なんで・・・何か起きた・・・」
「なんでだろう・・・数が、敵宇宙生物群の数が凄まじい速度で減っています。センサーの異常かな?」
「・・・」
 
” 成功したんだ ”
 
やりやがったアイツら。
無謀に輪をかけたような作戦だった。
何かしら希望になればいいと、発想レベルで考えたに過ぎない作戦。
凡そ作戦とはいい難い無謀なもの。
 
「隊長?・・・」
 
いかん。
素で泣きそうになった。
 
「成功したんだよ・・・」
「何がですか?」
息を吸い込む。
鈍感なヤツは嫌いだ。
昔の俺なら怒鳴り散らしている。
「オープン回線で日本の全STGにつないでくれ」
「わ、わかりました」
やったんだ。
まさか、やったんだ。
あの地獄の中で。
 
ゆっくりを息を吐いた。
 
そして吸い込む。
これから起きること。
これから責められること。
全部を飲み込もう。
「こちら部隊ブラックナイトの隊長、ドラゴンリーダー。別働隊による敵巨大宇宙生物の破壊に成功。機雷生成装置アルゴンバラガンにより撃退を確認。進軍は停止。アルゴン反応によるチェーン現象が拡散していると思われる。全機注意されたし、以上」
部隊チャットが静まり返る。
誰も声を上げなかった。
早朝の湖面のように静か。
少ししてすすり泣く声が聞こえてくる。
「嘘だろ・・・」
ミリオタがうわ言のように言った。
「ああ、あああ・・・」
声を震わせる者。
嗚咽を漏らす者。
素直に信じる者。
信じられない者。
信じない者。
魂が抜けた者。
周囲の物を叩く者。
足を踏み鳴らす者。
情報を再確認する者。
様々だ。
でも、部隊員の誰一人歓喜の雄叫びは上げなかった。
どう表現していいかわからないといったところだろうか。
 
��むしろ問題はこれからかもしれない・・・)
 
ジョーカーは切った。
手札はもう無い。
リーダーはサイトウは来ないと既に腹をくくっていた。
でもこの湧き上がる衝動なんだ。
失せた筈の希望か。
��命令無視のクソ野郎が・・・やりやがった!)
この希望を繋げたい。
なり得るとしたらハンガリーのSTGIか。
��果たして敵なのか?味方なのか?)
アメリカのSTGIはココにいる。
他のSTGIはどこだ?
何故宇宙生物らは日本の防衛エリアに向かっている。
それは俺たちにとって好都合なことではあるが。
アルゴン現象が収まる前に彼らが集結すれば一網打尽に出来る。
でもどうして?
何を考えている?
全く理解出来ない。
奴らにも自殺という概念があるのだろうか。
「部隊員につぐ、ハンガリーのSTGIバルトークが応援に向かっていると確認された。希望は捨てないで欲しい」
初めて湧き上がる歓声。
この戦いで唯一かもしれない。
それだけ彼らにとって、我々にとってSTGIは希望なんだ。
それが改めて感じられた。
だが安易に油断は出来ない。
 
 
タツ・・・。
 
サイトウ・・・。
 
希望が潰える前に早く来い!
 
このクソ遅刻魔が!

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