STG/I:第九十八話:ピンホール



 それはこの世の終わりを彷彿とさせる激しい振動だった。
 ほとんどの衝撃を吸収出来るコックピットをもってしても防げない。
 まるで想像を絶する存在に鷲掴みにされ直接揺さぶられているかのような激震。
 多くの搭乗員は嘗ての大震災を思い起こし気が動転し悲鳴を上げる。
 イシグロもショックの余り我を忘れ叫んだ。
「マリ! マリっ!」
 あの大地震が瞬間的に、強制的に、リフレインされ、恐怖が全身を満たす。
「マリーっ!」
 イシグロは堪らず絶叫する。
 その大発声が逆に自我を取り戻させた。
 

「・・・ナユタ、発射っ!」
 
 だが、何かが遅かった。
 トリガーが降りない。
「発射だ! 早く撃て!」
 意に反しトリガーは降りない。
「撃てーっ!」
 絶叫しながら万力のように力を込める。
 火事場の馬鹿力。
 指を、手を、忘れた。
「あああああっ!」
 あらん限りの力を込める。
 
 ふっと、トリガーが外れた感覚がある。
 
 リアルの方だ。
 VRデバイスを外す。
 コントローラーが折れている。
「まただ・・・また・・・」
 イシグロはリアルで崩れ落ちる。
「マリ・・・どうして」
 床を叩きながら嗚咽する。
 
 一方、レフトウィングは底の抜けた海に吸い込まれるように引っ張られていた。
 
 渦を巻くように。
 徐々にだがその回転速度は上がっている。
 主の失った船群はなすがまま落ちつつある。
「発射されない?」
「まさか本当に吸い込まれる直前か?」
「イシグロの奴、ひよったんだよ!」
「発射出来ないとか?」
「どうするよブラックナイト?」
 残ることを強制された三部隊の司令部は対話を続けていた。
「これじゃ脱出も出来ないぞ!」
「全員ログアウトしましょう!」
「馬鹿、俺たちはイシグロにロックされてるダロ!」
「我々以外です」
「そうか・・そうだな。そうしよう!」
「連隊長命令発令! 部隊員全員ログアウトしろ!」
 
 連隊長となった部隊””暁の侍”の隊長、武田真打は発令する。
 しかし本船コンピューターが言った。
 
「上位の大連隊長命令が有効な為、認可されません。まだナユタは発射されてません」
「なんでだよ!」
「イシグローっ!」
「屑野郎・・・」
「待って下さい。命令は個々に一度上書きが出来るはず!」
「そうだった」
 エイジはオープン回線で発声する。
「レフトウィングの皆さん聞いてください。ただちに・・・」
「現在オープン回線はロックされております」
 やはり本船コンピューターが言った。
「どうしてここまでして道連れにしたいんだ・・・」
「エイジ隊長。フレンドリストは生きているはずです。作戦遂行中のフレンドを介して伝言ゲームでも構わないので伝搬することは可能かと」
 ビーナスが言った。
「それだビーナスさん!」
「連隊長の皆さん、部隊内回線とフレンドリストを通して、現在作戦遂行中でオンラインになっている搭乗員にも伝えることは出来るはずです。即刻ログアウトするように伝えて下さい」
「なるほど! わかったブラックの!」
「了解した。何もしないより良さそうだ・・・」
 
 上位部隊の隊長らは応えた。
 
「こちらブラックナイト隊・隊長代理エイジです。作戦続行不能につき全員ログアウトして下さい。大連隊長命令により私と副隊長一名はログアウト出来ないと思われます。なのでそれ以外の全員は即刻ログアウトして下さい、今すぐ!」
 
 声を聞いて我に帰った搭乗員達が動揺が静まるに従い次々にログアウト。
 消えるサイン。
 
「エイジさん御免なさい・・・」
「何時もからかって悪かったエイジ・・・隊長・・・」
「武運を!」
「乙なっ!」
「絶対戻って来いよなチンチクリン!」
 それぞれが別れを告げる。
 ケシャはまだサインが点っていた。
「ケシャさん! 早くログアウトして!」
「やだ」
「ちょっと待てエイジ! 俺が残るの前提か?」
「え、違うんですか!?」
 映像が映り、ケシャが顔を出す。
 この期に及んで笑っている。
「なっさけな~」
「おま! 冗談に決まってんだろ・・・行けよクソ猫・・・」
「やだ」
「シューニャのこと頼んだぞ・・・」
「い・や・で・すぅ~」
「最後の最後まで本当に嫌な奴だな・・・」
「ケシャさん早く!」
 彼女はブスっとすると、言った。
「副隊長命令ってあったよね」
「ございます」
 ケシャの搭乗員パートナーのハッターが言った。
「副隊長命令で、同じ副隊長の飯田さんを強制ログアウトにして」
「かしこまりました。発議します」
「ちょっと待ったーっ! どういう了見だ!」
 ミリオタのモニターに発令内容が出て、許可するか、異議を申し立てるか出た。
「異議ありに決まってんだろうが!」
 
 モニターに謎の数字の羅列が出て加算されていていく。そこには読み取れる文字として過去の戦績やマナーポイント、素行特性、協調性、部隊員評価、ペナルティ等の表記が無数に表示され、恐らくブラックナイト隊に加入した当初から現在までの数値が加算されているようだ。
 
 加算が終了したのか結論が表示される。
 
「有効ポイント差により異議が却下されました」
 本船コンピューターが応える。
 有効差が倍以上開いている。
「はあああっ?!」
「強制ログアウト。飯田様、お疲れ様でした」
「待てやクソ猫!」
「シューにゃんを守ってあげて。独りで辛そうだから」
「だから待て!・・」
「異議あり!」
 カウントダウンが始まったが三秒前で止まる。
 声を上げたのはエイジだった。
「隊長の異議により発令は却下されました」
 本船コンピューターの声。
「ケシャさん・・・なんで?」
 険しい表情のエイジ。
「ミリオタにかっこつけられたくない」
 笑っている。
「てめー・・・ふざけんなよ」
「だからって・・・」
「嘘。もう独りで帰りたく無いから」
「でも、もう、今を逃したら帰る方法そのものが無いんですよ!」
「私、リアルに居場所ないから。ココで死ぬのは怖くないの。寧ろ・・・皆には悪いけど嬉しいぐらい。エイジがいるし、ミリオタもいるし。同じ宇宙にシューにゃんもいる。マルゲちゃんもいる。独りじゃないって感じる。ここで皆いなくなるなら、一緒にいなくなりたい・・・」
「・・・クソかよお前は・・・」
「ケシャさん・・・」
「彼氏のシューニャがいるだろ! マルゲだって・・・お前ら友達だろ?」
「もう随分会ってない気がする。もう会えないかもしれない・・・」
「戻ってくるって!」
「戻ってもマルゲちゃんはいなくなっちゃう。シューにゃんだって、二度と会えないかもしれない。私、不安で仕方が無い。怖くて眠れない・・・」
「どうにかなるって。シューニャならどうにかするって!」
「ならないかもしれない」
「・・・じゃあ、俺も残るわ」
「だめ」
「なんで?」
「ミリオタが居なくなったら好き放題言える相手がいなくなる」
「はあっ? 何身勝手言ってんだよ!」
「エイジは一緒に死んで。ミリオタは私みたいな人を救ってあげて・・・お願いだから」
「おま・・・おまえ・・・なんなんだよ・・・無茶苦茶だろ・・・」
 ミリオタは怒り顔のまま、涙を両目一杯にためた。
 彼女は満面の笑みを宿している。
 でもエイジは見た。
 その奥底に果てしない悲しみを。
 自らの辛い日々がそこに重なっていく。
「ケシャさん、貴方のことが好きでした」
 ケシャが驚いた顔をする。
「だから・・無理矢理にでも生きてもらいます。ミリオタさん、すいません。僕に付き合って下さい」
「フラグ建築士かよお前ら・・こういう時にそういうこと言っちゃいけないの。わからないのかよ・・・法則発動しちゃうよ? 俺を巻き添えにすんなよ・・・」
 下を向き、涙が落ちる。
 またしても一際大きな振動が覆う。
 船内が赤く点滅しだす。
「重力警報」
 三人は顔を上げた。
「隊長命令を使います。私、隊長代理エイジは・・・」
「独りはイヤ!」
 エイジの声が止まった。
「エイジ、覚悟を決めろ! 言え!」
 それを聞いて頷く。
「副隊長の・・」
「もう振り回されたく無い! もう私の人生を滅茶苦茶にしないで! お願いだから!」
「エイジ! 急げ!」
「・・・わかりました・・・御免ね・・・」
「やだ! やだーっ!」
「エイジ!」
「やだ! やだーっ! やだーーーっ!」
 エイジの顔がこれまで見せたことが無いほど変わる。
「決めました。皆で生き延びましょう!」
「・・・」
「エイジ!」
 
 今度はミリオタが驚いた顔で彼を見る。
 ケシャもまた驚きをもって彼を迎え入れている。
 その時、パチパチパチと痛ましいほど適当な拍手の音が聞こえた。
 
「三文芝居は終わりかな?」
 
 モニターにエセニュートンが映る。
 彼らがエセの声をまともに聞いたのは初めてのことである。
 彼は普段全く喋らない。
 変人度で言うとグリンといい勝負と言われている。
 彼もまた宇宙人と疑われていた一人だ。
 この作戦の間も全く関与せず全て搭乗員パートナーに任せっきり。
 自身は常時異なる作業をしていたのが見て取れる。
 彼は誰の反応も見ず、一方的に話し出す。
「ナユタが発射された時レフトウィングの中心部にエネルギーは戻ってくる。その際に発生する爆発的エネルギーを利用し、重力ターンによる脱出を試みる。プログラムは組んでおいた。ナユタの出力次第では外壁部に属するSTGは融解するが、我々が属するポジションなら大きな影響は出ないだろう。外壁部はログアウト済のSTGがほとんどだ。しかし、エネルギー風を継続的に受けては流石に耐えきれない。ガーディアン特化型をミルフィーユのように外側に位置づけるわけだが、そのフォーメーションも組んでおいた。後は出力とタイミング次第って感じ。ただし重力のピンホールに落ちたら終わりだ。底なしの超重力に巻き込まれバラバラになる。落ちたらログアウトは出来ないだろう。隊長が持ち帰った先のデータからも明らか。リアルでも死亡する確率も高い。以上だけど、実行していいかな隊長代理?」
「えっと・・・助かるなら勿論構いませんけど・・・」
 急なことで混乱している。
「はい、了承ね。それで我々だけ生き残る方法と、上位三部隊が生き残るプログラムがあるけどどっちにする?」
「全員が生き残る方法は?」
「馬鹿な質問は却下。それは無理な相談だ。はなから考えてない。で、どっち?」
「より多い方が・・・」
「言っておくけど助かる確率は連隊の連中次第だから。私のプログラムをまんま受け入れなるのなら確率は我々だけより高くなる。でも受け入れられないのならゼロに近づく」
「提案してみます!」
「そうして。早くね」
「はい!」
 エイジはモニターから消えた。
「んで、お二人さん」
「お、おう!」「うん」
「彼は説得出来ると思う?」
「出来る!」「・・・わからない」
「流石ケシャ副隊長は冷静だね。気に入ったよ」
「はあぁっ? 俺は?」
「二人には了承して欲しいんだけど。もし説得出来なかったらウチの部隊だけで脱出を試みる。でないと全員死ぬから」
「だから絶対出来る!」「わかった」
「放棄一名、賛成一名。てことで了承っと」
「てめっ! 無視すんな!」
「ではプログラムを全機STGにロード。後はこちっでやるから。それじゃ」
 モニターから消えた。
「なんなんだ・・・アイツ・・・」
 ミリオタはすっかり毒気が抜かれた。
 感動も、恐怖も全てが飛んだ。
「内部に高エネルギー反応あり。ナユタ、発射態勢に入った模様です!」
 ミリオタの搭乗員パートナー落合が告げる。
「イシグロの奴、遂にやりやがったか!」
「いえ、タイムスケジュールと思われます。トリガーはオフのままです」
 
 ゆっくりと回転しているレフトウィングが煌々と発光し出す。
 ナユタの前段階の現象。
 しかし、セントラルコアのその時とは異なり直ぐには発射しなかった。
 出来なかったのである。
 モニターのエネルギー蓄積率は七十%から次第に減っていく。
 エネルギーはアイスクリームミキサーに投じたレモンソースのように細長い渦を描きながらブラックナイトへ吸い込まれている。強風に煽られ点きそうで点かないライターのように明滅を繰り返し、それでも次第に強い光を帯びつつあった。
「エイジ! 急げ! どうだ? 説得できたか?」
「現在エイジ隊長は専用回線で通話中です」
「シューにゃん・・・助けて・・・」
「間に合わないか・・・」
 モニターのプログラムロードはブラックナイト隊だけがオールグリーン。
 他の部隊はグレーアウトのままだった。
 
 そしてその時は突然きた。
 
 久遠の光。
 


 ナユタの光である。
 それはこの世の終わりを彷彿とさせる激しい振動だった。
 ほとんどの衝撃を吸収出来るコックピットをもってしても防げない。
 まるで想像を絶する存在に鷲掴みにされ直接揺さぶられているかのような激震。
 多くの搭乗員は嘗ての大震災を思い起こし気が動転し悲鳴を上げる。
 イシグロもショックの余り我を忘れ叫んだ。
「マリ! マリっ!」
 あの大地震が瞬間的に、強制的に、リフレインされ、恐怖が全身を満たす。
「マリーっ!」
 イシグロは堪らず絶叫する。
 その大発声が逆に自我を取り戻させた。
 
「・・・ナユタ、発射っ!」
 
 だが、何かが遅かった。
 トリガーが降りない。
「発射だ! 早く撃て!」
 意に反しトリガーは降りない。
「撃てーっ!」
 絶叫しながら万力のように力を込める。
 火事場の馬鹿力。
 指を、手を、忘れた。
「あああああっ!」
 あらん限りの力を込める。
 
 ふっと、トリガーが外れた感覚がある。
 
 リアルの方だ。
 VRデバイスを外す。
 コントローラーが折れている。
「まただ・・・また・・・」
 イシグロはリアルで崩れ落ちる。
「マリ・・・どうして」
 床を叩きながら嗚咽を上げる。
 
 一方、レフトウィングは底の抜けた海に吸い込まれるように引っ張られていた。
 
 渦を巻くように。
 徐々にだがその回転速度は上がっている。
 主の失った船群はなすがまま落ちつつある。
「発射されない?」
「まさか本当に吸い込まれる直前か?」
「イシグロの奴、ひよったんだよ!」
「発射出来ないとか?」
「どうするよブラックナイト?」
 残ることを強制された三部隊の司令部は対話を続けていた。
「これじゃ脱出も出来ないぞ!」
「全員ログアウトしましょう!」
「馬鹿、俺たちはイシグロにロックされてるダロ!」
「我々以外です」
「そうか・・そうだな。そうしよう!」
「連隊長命令発令! 部隊員全員ログアウトしろ!」
 
 連隊長となった部隊””暁の侍”の隊長、武田真打は発令する。
 しかし本船コンピューターが言った。
 
「上位の大連隊長命令が有効な為、認可されません。まだナユタは発射されてません」
「なんでだよ!」
「イシグローっ!」
「屑野郎・・・」
「待って下さい。命令は個々に一度上書きが出来るはず!」
「そうだった」
 エイジはオープン回線で発声する。
「レフトウィングの皆さん聞いてください。ただちに・・・」
「現在オープン回線はロックされております」
 やはり本船コンピューターが言った。
「どうしてここまでして道連れにしたいんだ・・・」
「エイジ隊長。フレンドリストは生きているはずです。作戦遂行中のフレンドを介して伝言ゲームでも構わないので伝搬することは可能かと」
 ビーナスが言った。
「それだビーナスさん!」
「連隊長の皆さん、部隊内回線とフレンドリストを通して、現在作戦遂行中でオンラインになっている搭乗員にも伝えることは出来るはずです。即刻ログアウトするように伝えて下さい」
「なるほど! わかったブラックの!」
「了解した。何もしないより良さそうだ・・・」
 
 上位部隊の隊長らは応えた。
 
「こちらブラックナイト隊・隊長代理エイジです。作戦続行不能につき全員ログアウトして下さい。大連隊長命令により私と副隊長一名はログアウト出来ないと思われます。なのでそれ以外の全員は即刻ログアウトして下さい、今すぐ!」
 
 声を聞いて我に帰った搭乗員達が動揺が静まるに従い次々にログアウト。
 消えるサイン。
 
「エイジさん御免なさい・・・」
「何時もからかって悪かったエイジ・・・隊長・・・」
「武運を!」
「乙なっ!」
「絶対戻って来いよなチンチクリン!」
 それぞれが別れを告げる。
 ケシャはまだサインが点っていた。
「ケシャさん! 早くログアウトして!」
「やだ」
「ちょっと待てエイジ! 俺が残るの前提か?」
「え、違うんですか!?」
 映像が映り、ケシャが顔を出す。
 この期に及んで笑っている。
「なっさけな~」
「おま! 冗談に決まってんだろ・・・行けよクソ猫・・・」
「やだ」
「シューニャのこと頼んだぞ・・・」
「い・や・で・すぅ~」
「最後の最後まで本当に嫌な奴だな・・・」
「ケシャさん早く!」
 彼女はブスっとすると、言った。
「副隊長命令ってあったよね」
「ございます」
 ケシャの搭乗員パートナーのハッターが言った。
「副隊長命令で、同じ副隊長の飯田さんを強制ログアウトにして」
「かしこまりました。発議します」
「ちょっと待ったーっ! どういう了見だ!」
 ミリオタのモニターに発令内容が出て、許可するか、異議を申し立てるか出た。
「異議ありに決まってんだろうが!」
 
 モニターに謎の数字の羅列が出て加算されていていく。そこには読み取れる文字として過去の戦績やマナーポイント、素行特性、協調性、部隊員評価、ペナルティ等の表記が無数に表示され、恐らくブラックナイト隊に加入した当初から現在までの数値が加算されているようだ。
 
 加算が終了したのか結論が表示される。
 
「有効ポイント差により異議が却下されました」
 本船コンピューターが応える。
 有効差が倍以上開いている。
「はあああっ?!」
「強制ログアウト。飯田様、お疲れ様でした」
「待てやクソ猫!」
「シューにゃんを守ってあげて。独りで辛そうだから」
「だから待て!・・」
「異議あり!」
 カウントダウンが始まったが三秒前で止まる。
 声を上げたのはエイジだった。
「隊長の異議により発令は却下されました」
 本船コンピューターの声。
「ケシャさん・・・なんで?」
 険しい表情のエイジ。
「ミリオタにかっこつけられたくない」
 笑っている。
「てめー・・・ふざけんなよ」
「だからって・・・」
「嘘。もう独りで帰りたく無いから」
「でも、もう、今を逃したら帰る方法そのものが無いんですよ!」
「私、リアルに居場所ないから。ココで死ぬのは怖くないの。寧ろ・・・皆には悪いけど嬉しいぐらい。エイジがいるし、ミリオタもいるし。同じ宇宙にシューにゃんもいる。マルゲちゃんもいる。独りじゃないって感じる。ここで皆いなくなるなら、一緒にいなくなりたい・・・」
「・・・クソかよお前は・・・」
「ケシャさん・・・」
「彼氏のシューニャがいるだろ! マルゲだって・・・お前ら友達だろ?」
「もう随分会ってない気がする。もう会えないかもしれない・・・」
「戻ってくるって!」
「戻ってもマルゲちゃんはいなくなっちゃう。シューにゃんだって、二度と会えないかもしれない。私、不安で仕方が無い。怖くて眠れない・・・」
「どうにかなるって。シューニャならどうにかするって!」
「ならないかもしれない」
「・・・じゃあ、俺も残るわ」
「だめ」
「なんで?」
「ミリオタが居なくなったら好き放題言える相手がいなくなる」
「はあっ? 何身勝手言ってんだよ!」
「エイジは一緒に死んで。ミリオタは私みたいな人を救ってあげて・・・お願いだから」
「おま・・・おまえ・・・なんなんだよ・・・無茶苦茶だろ・・・」
 ミリオタは怒り顔のまま、涙を両目一杯にためた。
 彼女は満面の笑みを宿している。
 でもエイジは見た。
 その奥底に果てしない悲しみを。
 自らの辛い日々がそこに重なっていく。
「ケシャさん、貴方のことが好きでした」
 ケシャが驚いた顔をする。
「だから・・無理矢理にでも生きてもらいます。ミリオタさん、すいません。僕に付き合って下さい」
「フラグ建築士かよお前ら・・こういう時にそういうこと言っちゃいけないの。わからないのかよ・・・法則発動しちゃうよ? 俺を巻き添えにすんなよ・・・」
 下を向き、涙が落ちる。
 またしても一際大きな振動が覆う。
 船内が赤く点滅しだす。
「重力警報」
 三人は顔を上げた。
「隊長命令を使います。私、隊長代理エイジは・・・」
「独りはイヤ!」
 エイジの声が止まった。
「エイジ、覚悟を決めろ! 言え!」
 それを聞いて頷く。
「副隊長の・・」
「もう振り回されたく無い! もう私の人生を滅茶苦茶にしないで! お願いだから!」
「エイジ! 急げ!」
「・・・わかりました・・・御免ね・・・」
「やだ! やだーっ!」
「エイジ!」
「やだ! やだーっ! やだーーーっ!」
 エイジの顔がこれまで見せたことが無いほど変わる。
「決めました。皆で生き延びましょう!」
「・・・」
「エイジ!」
 
 今度はミリオタが驚いた顔で彼を見る。
 ケシャもまた驚きをもって彼を迎え入れている。
 その時、パチパチパチと痛ましいほど適当な拍手の音が聞こえた。
 
「三文芝居は終わりかな?」
 
 モニターにエセニュートンが映る。
 彼らがエセの声をまともに聞いたのは初めてのことである。
 彼は普段全く喋らない。
 変人度で言うとグリンといい勝負と言われている。
 彼もまた宇宙人と疑われていた一人だ。
 この作戦の間も全く関与せず全て搭乗員パートナーに任せっきり。
 自身は常時異なる作業をしていたのが見て取れる。
 彼は誰の反応も見ず、一方的に話し出す。
「ナユタが発射された時レフトウィングの中心部にエネルギーは戻ってくる。その際に発生する爆発的エネルギーを利用し、重力ターンによる脱出を試みる。プログラムは組んでおいた。ナユタの出力次第では外壁部に属するSTGは融解するが、我々が属するポジションなら大きな影響は出ないだろう。外壁部はログアウト済のSTGがほとんどだ。しかし、エネルギー風を継続的に受けては流石に耐えきれない。ガーディアン特化型をミルフィーユのように外側に位置づけるわけだが、そのフォーメーションも組んでおいた。後は出力とタイミング次第って感じ。ただし重力のピンホールに落ちたら終わりだ。底なしの超重力に巻き込まれバラバラになる。落ちたらログアウトは出来ないだろう。隊長が持ち帰った先のデータからも明らか。リアルでも死亡する確率も高い。以上だけど、実行していいかな隊長代理?」
「えっと・・・助かるなら勿論構いませんけど・・・」
 急なことで混乱している。
「はい、了承ね。それで我々だけ生き残る方法と、上位三部隊が生き残るプログラムがあるけどどっちにする?」
「全員が生き残る方法は?」
「馬鹿な質問は却下。それは無理な相談だ。はなから考えてない。で、どっち?」
「より多い方が・・・」
「言っておくけど助かる確率は連隊の連中次第だから。私のプログラムをまんま受け入れなるのなら確率は我々だけより高くなる。でも受け入れられないのならゼロに近づく」
「提案してみます!」
「そうして。早くね」
「はい!」
 エイジはモニターから消えた。
「んで、お二人さん」
「お、おう!」「うん」
「彼は説得出来ると思う?」
「出来る!」「・・・わからない」
「流石ケシャ副隊長は冷静だね。気に入ったよ」
「はあぁっ? 俺は?」
「二人には了承して欲しいんだけど。もし説得出来なかったらウチの部隊だけで脱出を試みる。でないと全員死ぬから」
「だから絶対出来る!」「わかった」
「放棄一名、賛成一名。てことで了承っと」
「てめっ! 無視すんな!」
「ではプログラムを全機STGにロード。後はこちっでやるから。それじゃ」
 モニターから消えた。
「なんなんだ・・・アイツ・・・」
 ミリオタはすっかり毒気が抜かれた。
 感動も、恐怖も全てが飛んだ。
「内部に高エネルギー反応あり。ナユタ、発射態勢に入った模様です!」
 ミリオタの搭乗員パートナー落合が告げる。
「イシグロの奴、遂にやりやがったか!」
「いえ、タイムスケジュールと思われます。トリガーはオフのままです」
 
 ゆっくりと回転しているレフトウィングが煌々と発光し出す。
 ナユタの前段階の現象。
 しかし、セントラルコアのその時とは異なり直ぐには発射しなかった。
 出来なかったのである。
 モニターのエネルギー蓄積率は七十%から次第に減っていく。
 エネルギーはアイスクリームミキサーに投じたレモンソースのように細長い渦を描きながらブラックナイトへ吸い込まれている。強風に煽られ点きそうで点かないライターのように明滅を繰り返し、それでも次第に強い光を帯びつつあった。
「エイジ! 急げ! どうだ? 説得できたか?」
「現在エイジ隊長は専用回線で通話中です」
「シューにゃん・・・助けて・・・」
「間に合わないか・・・」
 モニターのプログラムロードはブラックナイト隊だけがオールグリーン。
 他の部隊はグレーアウトのままだった。
 
 そしてその時は突然きた。
 
 久遠の光。
 
 ナユタの光である。



コメント