STG/I:第二十九話:リアル

「それは夢だ」

 

この一言で目が覚める。

起きがけの夢は大抵リアルに思い出せるものだが、全く思い出せない。

目立った汗をかけない自分が額と首周りにびっしり汗をかいている。

��誰が言ったのか?)



身体が重い。
まるで油をさしていない機械のようにギクシャクする。
パソコンはついたままになっている。
��あれからログイン出来ない。あれから?・・・あれからとは何時からだ?)
思い出せなかった。
記憶の混乱はこれまでも何度かあった。
急性で甲状腺をやられた後の六年は地獄そのもので、今思い出しても肉体はパニックを起こしそうになる。その影響で、しばらく記憶の混乱や欠如が発生。周囲や医師
はストレスや精神薄弱、加齢等の在り来りのことを言ったが、それが明らかに違うことは本人にしか解らなかった。
��あのレベルとも違う。もっと別な・・・)
ニュースを読むと、「昏睡ゲーム流行の懸念」との文字が踊る。
��昏睡ゲームとはなんぞ?)
最近は造語が多すぎて困る。
調べてみるも要領を得ない。
少なくとも結構な人数が昏睡状態に陥っており、何割かは既に亡くなっている。SNS経由の他人の指示を聞きながら最後に自殺する「自殺ゲーム」に類似した匂いを感じたが、それとも違うようだ。
今回のケースでは皆パソコンの前で気を失っていたことから、記事は何らかの類似性を見言い出しているようだが。発見が速かった者は病院に搬送され、主に一人暮らしの者の多くが死亡。外傷はなし。
「餓死・・か・・・この豊かな日本で・・・」
多くが持病があるというわけではないようだ。
警察は利用していたSNSを中心に調査中とある。
「死して黒歴史を勝手に発掘されるわけだ、ゾッとするな」
シューニャもSNSを利用していたが読むためにアカウントを取得したものがほとんどで、他は連絡を取り合う為にやむおえずで取得したもので普段は利用していない。
「なんでもかんでもゲームのせいにしやがって、道具は扱う人間の教養にかかってるんだろうが。子育てに失敗した親が他人に責任を押し付けているんじゃねーよ」
社会共通的ターゲットに目標を定め、それを一方的に攻撃するやり方には頭にきていた。勿論問題もある。それはどうにかすべきだ。日本における企業の自浄作用はとうの昔に消し飛んでいる。それでも救われる魂もあるのだ。自分のように。
 
執筆中の日記を読む。
 
元々毎日やるのは苦手だった。
母に日記の素晴らしさを言われ、過去何度もトライしたことがあったが全て一週間と続かない。効果があるのは間違いないから始めたのだが。今回は必要に迫られた。すると続く。人間とは現金なものだ。
「記憶がない」
驚くほどスッポリ抜けている。
綺麗サッパリ覚えていない。
特に焦りはないが、自己を可能な限り把握する為には原因を知っておきた。
死ぬ前に整理をしたい。
壁掛け電波時計にあるカレンダーを見て眉を寄せる。
��今度は二日か・・・)
二日間全く記憶がないようだ。日記が二日分途絶えている。その前の日記を読んでも「自分のことなんだろうか?」と思うほど当所がない。
”ボケ”をテーマにしたある映画を見てゾッとした記憶が蘇る。
幾つか記憶健忘に関する記事を読んでみたが、どれも微妙に今の自分と当てはまらない気がする。
加齢による健忘とも違う。
最も検証しやすい身近ということで、ここ暫く縁遠くなっていた母に電話。明らかに違う感覚ということは判った気がする。その僅かばかりの成果の為に延々と愚痴を聞かされる羽目になったが。
女性という生き物はどうして旦那という生き物にかくも不平不満を貯めるのか。彼女らの心に鏡は無いのだろうか。自らを振り返れば、あそこまで酷いことは言えないように思うのだが、そんなことを思った。父に言わせれば「それこそが女性たる部分だよ」と言った。余りの愚痴の壮絶さに父が可哀想になり久しぶりに父にも電話をしたのだ。
「オヤジも大変だな。俺ならイヤになるわ」と言ったが、さすが年の功か、先程の答えが返ってきた。大人になるまで父親の凄みというのは解らなかった。ごく最近だ。
何せ常に発言するのは母だったから、自ずと父が悪いのだろうと思いこんでいた部分がある。母の怒りも最もだったけに説得力がある。勿論、相当な部分で悪いことも間違いないのだが、しかし母は母でそこまで言うほど自分は何様なんだと思うと、案外そうでもなかった。
結局は「お互い様レベル」に治まっているように思える。一方はそれを理解した上で黙り、限界を越すと怒鳴る父。相手からしたら言葉足らずだ。でも、もう一方はそれを理解せず、マシンガンのように不平不満ばかり口にする。どっちが人間的に出来ているか総合評価するとオヤジの方が偉く思えてくる。そんなことを母に言った日には気でも狂ったかのように「お前だけは判ってくれると思ったのに!」と泣きながら電話を切った。
��オヤジの声を聞くのは何年ぶりだろうか)
俺が結婚しなかったのは単純に肉体の問題と、結婚するほど深い縁の相手が居なかったに過ぎないと思っている。だが、母は少なくとも自分のせいだと思っている部分があるようだ。「そうじゃないよ」と言っても「貴方は優しいから、そう言ってくれる」と返し、事実を受け取ろうとしない。母は妄想の中の俺を見ているようだ。もっとも母に限らない話かもしれない。妄想の相手を見て現実に投影させる。それが女性というものだろうか。それが判っているなら、こっちも承知でプラスの妄想させる用意をすればいいのだが。結局、幻想を埋め込むしかないのだろうか。
 
「やっぱりダメだ・・・」
 
声に出る。
息が苦しい。
”STG28”にログインするが、全く違うコックピットにいる。
有機的なデザイン。赤紫の血肉に囲まれたようなデザイン。
日記の動かすための幾つかの挫折から、別なアプローチを考える。
メニューの端から順番に試してみて、記録をとっている。
��ASDに相当する移動コマンドがない。
コントローラー必須かと思ったが違う。
音声には反応しない。
「後はVRデバイスぐらしか思い当たらん・・・」
知らず声に出て自らハッとする。
「VRか・・・」
誰だったか言っていた。
��高レベル帯の宇宙人相手はVRが必須・・・だったか)
試してみる価値はあるな。
公式サイトの出し方は判からないが、プリンがどういうVRが使っているか聞いていた。
「買うか?・・・限りなくニートに近い俺が・・・ある意味では犯罪的だな。あれ一台で余裕で一ヶ月の食費が賄えるぞ・・・」
 
止む終えず俺は、しばし音信不通となっていたゲームフレンドに打診する。
 
��あんな高価なもの貸してくれるとは思えないが)
 
意外にも彼女は「へー!今VRゲーやってるんだ、いいよいいよ」と言った。
彼女は気前がいい。というより常識を疑うレベル。
今はスマホゲーにハマって重課金しているようで、買ったはいいが使っていないらしい。
それなら悪いと思ったが、「いいって今日送るよ」と言ってSNS通話を切った。
それは翌日には届いた。
 
「嘘だろ・・・動く!」
 
取り敢えず接続だけしてみると、それは何の設定も無く動いた。
右を向くと巨大ナメクジは右に旋回し、注視するとモニターが拡大され、まるで自分の目が対象に迫るようにハッキリと見える。
「右手はなんだ?」
動かすと、音で何やら出たことがわかる。
右を向くと旋回してしまい、ブツが見えない。
トリガーを引いてみる。
 
「あ!」
 
巨大な閃光が出る。
無限とも言える距離を光が駆け抜けた。
 
身体が一度震える。
��これは「伝説巨大宇宙人バンビリオン」の惑星をおも貫く天の刃みたいだ)
「あーっ!」
ヘッドセットを外す。
��まさか今の一撃で何かとんでもないことが起きたんじゃないだろうな)
ここで再びある疑問が浮上する。
”STG28”は現実なのか、バーチャルなのか。
もし現実なら今の閃光で下手せずともな何かに確実にヒットとしただろう。
もしそれが他の生物が棲む星だったりしたら。
どこまで飛んだ。
どこまで行くんだあの刃は。
古いダッチワイフのように、知らず目は見開かれ、口はポカンと開かれ、硬直した。
モニターに映った自分に気づき我に返る。
��左なんだろう)
思いながらも試す意欲は失われている。
 
子供の頃の思いが蘇る。
 
核兵器がある以上、バカな人間によって押される危険は常にある。
そういう尋常ならざる不安定な世界に自分が生まれた。
そこから三日間、恐ろしくて寝付けないことを思い出す。
��そのバカとは俺のことじゃないか・・・)
再び震え、しゃがみ込む。
��これは・・・低血糖症状が出てる)
「砂糖入りコーヒーにしよう」
柱に手を添え、ゆっくりと立ち上がる。
「まさか!」
台所の窓にヨタヨタと駆け寄ると窓を開け、空を見上げる。
快晴。太陽がこれでもかと照りつける。
玄関から出て、更に空を見上げる。
不意に自分が奇行をていしていると思い部屋の戻った。
 
呆然とする。
 
「あ!」
 
また声を出すと、ネットニュースに目を走らせる。
目眩が酷い。
常備している飴を口にふくと途端落ち着く。
 
��もし、万が一、あれが地球に向いていたら)
 
額に汗がビッシリと浮かぶ。
「いや・・・ゲームだし・・・ゲーム・・・だよな」
 
コーヒーをいれる。
 
��もしゲームじゃなかったら・・・)
 
下手なことは出来ない。
「そもそもコイツは何なんだよ!」
動かすことは出来た。
どうやったら”STG28” 戻れる?
かつて取った杵柄じゃないが、元よりIT系の仕事をしていた関係で、間違いなく”STG28”がパソコン上で動いていることは間違いなかった。試しにアンインストールしてみようかと思ったが、「ひょっとしたら取り返しのつかないことにならないか?」と思い止めた。
最初に届いたメールからWeb用の公式サイトに飛んでもみた。でもティザーサイトのように何も無い。簡単なストーリーやスクリーンショット、映像、出来ること、魅力に関する記載があるだけ。ダウンロードという大きなボタンはグレーに変わっており、「インストール済」と書かれている。
ソフトウェアはライセンス契約が主流になってきている。高価なソフトウェア等はマシン構成を登録された上でネットでライセンス認証される。だからパソコンのCPUやマザーボードといった構成を変更すると契約内容と違うとして起動しないことがある。再登録し直さないといけない場合もあるが、本人確認が極めて面倒。下手にアンインストールしても再インストール時の手続きが手間だった。場合によっては認証されないこともある。そうなるとフェイス・トゥ・フェイスの世界。
 
「あ・・・」
 
何気なくプロパティを見て初めて気づいた。
��制作会社が書いてある・・・)
知らず生唾を飲み込む。
セカンドデスクの上に積んであるメモを掴むとゲルペンを走らせた。
念のためにと思ったのか、スマホを取り出し、写真を撮る。
何を思ったのかスクリーンショットも。
 
ブラウザに戻り検索。
 
「無いか・・・いや待てよ」
検索コマンドを変えながら端から見ていく。
頭はボンヤリし左目でしか見ていないが気づかなかった。
 
「ここだ・・・あった。実在する会社だ」
 
本社はアメリカ。
世界二十カ国に支社。
検索すると日本支社もある。
��東京だ・・・)
時計を見上げる。
「まだ間に合う・・・」
お気に入りの黒い超軽量デイパックを掴む。
左目が疲労から痙攣し、右にも波及。それを押さえ込むように瞼を瞬く。
息が苦しいのか興奮したせいか「ふがっ、ふがっ」と意味の無い音が漏れる。
災害時ように常備している乾燥アーモンドをパックに詰めながら貪る。
空いた五百ミリリットルのペットボトルに飲みなれたミネラルウォーターを。
準備が整うと、住所をメモり、スマホで撮影、文字認識させマップに出す。
経路探索。
「GPSをオンにしますか?」とのメッセージに拒否を選ぶ。
日頃よりGPSはオフにしている。
オンにするのは本当に迷った時だけ。
��PSゲームはしない。
 
彼は取り憑かれたような顔を今一度上げると、時計を見た。
そのまま部屋を出る。

コメント