STG/I:第百五十七話:ルートB

 


 辺りを見回すアース。
 環境音だけが響く。
 立ち上がった。

「おい、おっかさん」
「何でしょうか?」
「どうしてアラートを出さねーんだ?」
「緊急事態を発令する要件が満たされておりません」

 アースは一瞬目を見開くと、俯き、笑いだす。
 そしてボソリと。

「なるほど、なーるほど・・・」

 乱暴に座る。
 両手をL字に開き、引っ張る。
 空中に半透明のモニターが浮かび上がった。
 モニターに、中隊長、小隊長の顔と名前がズラリと並んでいる。

「アース大隊に接続」

 能面のような顔。
 画面を何度かタップし、最後に「発令」ボタン。

「出撃準備解除。次のプランを指示する。武装変更後、待機。ウダ小隊、その場で待て。観測を継続」

 名前の横に発令時間が表示。
 指令に対しての「認」、「否」が表示さると、ドミノ倒しのように「認」の緑が灯る。

「おい、カラクリ」

 ホログラム化されたアースのパートナー、「カラクリ」が空中に小さく描画。
 江戸のカラクリ人形、お茶を運ぶ「茶運び人形」がベースのよう。
 湯呑をもった姿で現れるとお辞儀。
 アースはカラクリを見ず、独り言のように呟く。

「マザーとは切断されたまま。連盟からは排除。日本・本拠点の防衛エリア外。だが、ブラック・ナイトだ。共通の敵。どういう理屈でアラートが出ない? 比重の重い原因はオフラインか?」

 カラクリは、ネジで動いているようなリアルな動作で進み出ると言った。

「ご明察。連盟から排除された日本・本拠点の索敵結果はフェイク・陽動の可能性があります故」
「マザーがオフラインだから真偽が判定出来ない」
「ご明察」
「失せろ」

 カラクリはコクリと頷くと消えた。

 ネットワークが繋がっていることが前提のシステム。
 義母が役に立たないのはデリケートな案件。
 同時に宇宙人がある程度の判定基準を持ってブラックナイトを見分けていることを意味する。

(いや、わかってねーって可能性もあるな・・・だから疑わしきは、逃げる・・・。生物としては正しい行動だ)

 巨大で複雑なルールは制御不能になる。
 AIが人類を支配すると言われる一つの理由でもある。
 複雑すぎるルールは人類には理解出来ない。
 人類にとっては「なんか判らないけど動いている」という状態を受け入れるしかない。
 AIは意思をもたない。ただ模倣するだけ。
 だが、模倣する元は人間だ。
 そして指示する側には常に意図と方向性がある。
 それが不運にして望まない方向性で合致した時、災厄が起きる。
 風が吹けば桶屋が儲かる的な。

(愚かさに気づく頃には手遅れと知る)

 STG28の仕様上、ここでアラートが発令されれば指揮権はアースに移る筈だった。
 だが、巨大な蜘蛛の巣ように広がった条件が思わぬ不利益を生むことは間々ある。
 プログラムの場合、例外項目として発動条件を設ける。
 しかし通常では起こりえない事象を元にルール作りが成されることは無い。
 設定される時は既に崩壊的事象が発生した後だ。

 アースは不敵に笑うと舌なめずりをした。

(うめぇ・・・カオスの味だ。生物ってのはこうじゃねーとなぁ・・・)

「・・・丁と出るか、半と出るか・・・」


 ココは何処だ?
 何時もの部屋と違う。
 真っ白い空間。
 目が慣れていくに従い、徐々に凹凸が見えて来た。
 濃淡や色が微妙に違う。

 巨大な楕円のテーブルが一つ。
 端がよく見えない。
 近くに椅子が一脚。
 いや、違う。
 二脚だ。
 もう一つは何かが乗っている。
 ・・・人の姿?

 認識すると声がした。

「このような形で出会う事になってしまい残念です。シューニャ・アサンガ」

 白いソレは立ち上がった。
 人の姿に見える。
 白過ぎて大きさの把握が難しい。
 ただ、私よりは低い?
 いや、同じぐらいか。
 歩み寄って来る。

 人間に見えたのは外観だけ。
 頭があり、四肢がある。それだけだ。
 真っ白い身体。
 頭部は雫のような形をし、つるんとしている。
 つきたての餅のようだ。
 目は無く、耳も、鼻も無い。
 ただ、嘗てそこにはそういった機能があったような形状にも見えた。
 塞がっている?
 退化したのか?

 口だけが異なった。
 唇こそ無いが、彼女が喋る時に表面が裂け、唇のようなものが一瞬形成される。
 白い歯茎のようなものも見え、総入れ歯のような人工的な歯列が見えた。
 
 口の中は一際異様だ。
 虚空のように真っ黒で、大小様々な小さな白や黄色、赤の点が煌めいて見える。
 しかもそれは位置を変え、僅かに動いている。

「そのように見えるのですか・・・」

 その声は感動的に聞こえた。

「そのように? とは」

 知らず声が出る。

「私は貴方の視野を通し私自身を見ています」

 彼女は人間ならあるであろう目の位置を指し示した。
 そこには何も無い。
 あるのは僅かな凹み。

「じゃあ、実際の姿はコレとは違う?」
「はい。それは貴方の世界での認識であって、我々のとは異なります」
「本当の姿を見せてはいない、と?」
「それはイエスでもありノーでもあります。私はココにおりません」
「偽りの姿で交渉・・・」

 交渉という言葉が出た。

 そうだ。
 こういう時の初見の相手は必ず目的がある。
 友好的に見せるのは下心があるから。

「貴方の頭の中ではその姿が事実なのでしょう。それがイエス。我々の事実とは違う。これがノー」

 シューニャは眉を寄せた。
 無意識に腕を組む。
 違和感に気づく。
 胸の谷間、両足を見て、顔をさする。

 私はシューニャ・アサンガだ。
 何時の間にここに居た?
 あの夢に似ているけど違う。
 この部屋から逃げられない・・・。
 跳べない感覚。
 全ての機能が塞がれているような感じ。
 思考の牢獄だ。

 STGIホムスビに乗っていた。
 白く巨大なガムボールが突然現れて、衝突寸前に包まれた。
 激しい雷鳴が轟き、雷にうたれたように痺れ、気を失うと・・・此処に。
 憶えている・・・。

「座って下さい」
「要件を」

 座るという行為が既に意思を表す。
 宇宙人は今の発言等無かったように自然に言葉を継いだ。

「私と契約し、生き延びて下さい」
「えっ?」
「私はマザー・ワンと貴方達に呼ばれております」
「マザー・ワン!」

 彼女の言うことはこうだ。

 地球はお終いの時が来た。
 この界隈のSTGは壊滅的で破滅は時間の問題。
 回避する方法は既に無く、彼女らのミッションは次のステージに移行を開始。
 それは文明星の知的生命体救出作戦。
 宙域に残存する生命体の庇護。
 救出する生命体は選択的で優先順位順に契約。

「生き延びる条件は一つ」

 彼女らの勢力下に入り戦地に赴くこと。
 理由は信用に足る生命体かどうかの検証と立証であり、中途の旅路が困難を伴うが故。
 その際の命はほぼ保証される。

「ほぼ?」

 何とも心許ない。
 この提案、どこかで聞いた記憶がある。
 あの寓話みたいだ。子供の頃に聞いて眠れなくなった。
 雪国にあるカマクラの怪談。
 一人が入ったら、もう一人が出られる。
 そういう類の提案じゃないだろうか?
 だとしたら罠だ。

 マザー・ワンは口で喋るのではなく直接ビジョンを送った。
 ビジョンでの会話は速く、そして正確で、誤解が少なく、概念を伝えるにも便利に感じた。
 宇宙を弄った時と同じ感覚。
 人類で言うところのテレパシーが近いが、もっと明確で判りやすい。
 いや、恐らくマザー・ワンが手慣れているからだろう。

 彼女は子供に噛み砕いて少しずつ食べさせるように、ビジョンを小さな塊にし、それを小分けに送って来た。
 地球人の脳のキャパシティーや処理能力が御世辞にも高くないことを知っているのだろう。
 やり方には戸惑いが無く、手慣れたものを感じる。
 それはつまり、これが初めてでは無いということ。
 過去に何度も同じ経験があるに違いない。

 グリンはこれがまるで出来ていなかった。
 膨大なビジョンを一気に送って来た。
 危うく発狂しそうになったことも一度や二度じゃない。
 私が一つ一つ教え、少しはコミュニケーションが出来るようになっている。

 マザー・ワン曰く、
 ミッションをクリア出来れば彼女らの勢力下にある星に行ける。
 住居を構え、願えば、救出した雌との結婚や出産、家族を築くことも可能だと。
 そして今と同じ寿命で生きることも、望めば遥かに長生きすることも出来る。
 ただし、新たな望みを叶える時、新たな仕事を熟す必要があるとも。

 過去のゲームが思い出される。
 英雄的活躍をした主人公が、全く報われることなく次の地獄へ赴任される。
 死ぬまで続く無間地獄。

 ふと、足元から憤りが湧いてきた。

「お前らの換わりは幾らでもいる」

 嘗て自分に言い放った上司。

 奮起させる為なのは解る。
 それが理解出来ないほど馬鹿じゃない。

 でも、それで奮起するのか、お前は?
 お前はそれを言われて、本当に奮起するのか?
 もし奮起した結果が今なら、
 お前のやり方が間違っていると何故気づかない!

 換わりは何れ尽きる・・・そしてその時、手遅れになる。
 ゲームの残機数と同じ。
 ヘビーなゲームほど、一機目の死は限りなく絶望に直結する。
 残機なんてほとんど無意味に等しい。
 初期装備での万歳アタックは最後の最後の決戦の為のもの。
 後一押しをゴリ押しする保険でしかない。
 最終ステージにも到達していないのに一機目を失ったら、それは絶望でしかない。
 残機を育てる時間は無い。
 部下を育てずして・・・残機を育てずして・・・。

(後があると思うなよクソがっ!)

 彼女はビジョンを送り終えると頷き、テーブルを撫ぜた。
 その所作は穏やかで艶めかしく優雅に見えた。
 高い知性と文化、教養を感じさせる。

 今気づいた。
 彼女の指は四本。
 地球人より長く節が太い。
 一本はやや退化しつつあるように見える。

 中央から赤いボタンがせり出してきた。

 見覚えがある・・・。

「これを押せば契約成立です」

 余りにも唐突な提案。

「考える猶予、時間は?」
「地球の貴方が脳死する三秒前迄は待てます」
「三秒!・・・たったそれだけで救えるんですか?」
「ええ」

 彼女が口を噤むと一切表情が無い。
 身体も棒立ちで、リラックスしているようでもあり、緊張しているようでもあり。
 何を考えているのか想像ができない。
 まるで昔のマネキンやデザイン人形のようだ。

 シューニャは少し沈黙する。

 ふと、マザーやビーナスとの会話を思い出した。
 彼女達は具体的な質問で無い限り正確には返さない。
 無知であれば引き出せる情報には限りがある。

「隕石型宇宙人が地球に到達するのは後どれくらいでしょうか?」
「正確にはわかりません」
「マザー・ワンでも判らないのですか」
「はい」

 真に優秀な人間ほど口数は少ないと言う。
 知に価値があることを知っているからだ。
 彼女らの知に相応しい質問や答えを投げかけなければ。
 魅力のあるカードを持ちえないと・・・交渉は突然終わる。

「貴方がたの推測で構いません」
「一時間以内」
「一時間!・・・」
「ええ」

 ショックで頭が空転しだす。
 いけない。
 マザーと同じなら、会話が空転した時、交渉が終わってしまう。

「進行が・・・
 侵攻が始まった場合、
 STG28の装備でどの程度もつとお考えでしょうか?
 ご意見をお聞かせください」
「始まれば一時間といったところでしょう」
「・・・たった・・・」
「はい」

 汗が噴き出る。
 息が苦しい。
 駄目だ、パニックは思考を鈍らせる。
 質問を続けないと・・・
 蜘蛛の糸をたぐらないと。
 可能性の光を掴まないと。

「あの・・・
 貴方がたは、
 貴方がたは・・・、
 地球を助ける為に此処にいるのでは無いのですか?」
「違います」
「違う・・・では、」

 彼女は初めて上体を動かした。

「一つよろしいですか?」
「・・・はい?」
「このまま質問に答えることは構いません。
 私も地球人とゆっくり話をしてみたかった。
 ですが、貴方の時間の使い方は本当にそれでよろしいのですか?
 ビジョンをお渡しした通り、地球を救う手立てを私達は持ちえません。
 この宙域からも撤退中です」
「撤退っ?」
「ご安心ください。現在展開中の装備は条約通り全て貴方がたに差し上げました」
「いや、撤退って・・・撤退? どうして!」
「貴方がたとの条約に則ってのことです」
「そんな・・・そんな話、そんな話は、少なくとも私は聞いていない!」
「それは私達の領域ではありません。
 地球人の皆様で解決して下さい。
 嘗て貴方がた何方かと結ばれたものであり、
 貴方がたが選択した道であり、
 その結果です」

 鼓動が速くなる。

「それは! それは本当に地球人を代表しての・・・
 しての、代表の!・・・地球人を代表した者との契約なのですか?」
「貴方の仰る代表とは何方ですか?」

 答えられない・・・。

「ご存知ありませんね。
 私達は永い間、貴方がたとコンタクトをとってきました。
 何をもって代表なのですか?
 何時の時代の?
 何時更新して?
 少なくとも我々と交渉した最後の地球人と交わした条約です。
 そのお方は地球人を代表すると宣言されました」

(無責任なっ!!)


「第一回STG28日本大会の開催をここに宣言致します!」

 飛び交う閃光。
 大音量の音楽。
 沸き上がる歓声。
 会場には無数のパソコンとモニター。
 正面には超大型モニターが立体的に三枚。
 特徴的な椅子に老若男女が座っている。
 各々が共通のシャツを着て、拍手。
 その顔は喜びに満ち、紅潮していた。

 真正面の大型モニターには月が描画。
 カメラが切り替わると、月面には盛り塩のように起立したSTG28群が。
 引いていくとそれが無数に、ブロックごとに林立しているのが映った。
 会場のボルテージが上がる。
 画面下のワイプ映像にはSTG日本・本拠点にあるようなロビーの様子。
 飛び跳ねている沢山のアバター達が映った。
 舞台袖、それを見守る黒服の男性。
 手には無線機。

「ドラゴン、始まりました」

 その男を不審そうに見ているスタッフ。
 若い男の肩を捕まえて耳打ちする。

「おいアレ、本当にスタッフなのか? さっきから全然仕事してねーんだけど」
「そうなんですよ・・・。でも、ほら」

 呼び止められたスタッフは、エアコンの小型リモコンのようなものを取り出す。
 ボタンを押す。
 LEDが緑色に灯った。
 三行ほどのモノクロ液晶に「安全」と出る。

「これが緑色なら関係者らしいんですよ」
「有効半径何メートルだっけ?」
「たしか十メートル。多分Bluetoothの範囲っすね」
「こんな玩具みたいなのが本当にセキュリティーで役に立つのかね?」
「私に言われても・・・。でも、出演者も全員持たされてますよね」
「らしいな」
「先輩もGPSタグみたいなのを持たされました?」
「コレだろ?」

 ポケットを弄ると手に取る。
 小さなバッチような形。
 シリアルナンバーだけが刻印されている。
 見た目は確かにGPSタグに見える。

「さっきナッパさんが持ち忘れてあの黒服に注意されてました。モロさんの推測だとカタギじゃないって・・・。あのナンブさんですらビビってましたから」
「・・・このイベント主催している企業側の連中って・・・どう考えてもゲーム業界と遠い雰囲気なんだよな。しかも最近まで聞いたことも無い新興企業だろ? 思わず帝国データバンクで調べちまった」
「何ですかそれ?」
「お前ねぇ・・・社会人だろ? まあ、いいや。昔からこういう興行ってのはアチラさんの仕事だからな。でも、もうそういう時代じゃないから・・・」

 身体の大きい別な黒服がさっきの黒服に近づき耳打ちする。

「動き出しました」
「判った」

 二人はその場を足早に去る。
 会場から一際大きな歓声が上がった。

「ブロックA! 第一ステージ、作戦名キーフ・ブラウフ大戦!
 難易度SS・ライドオーーーン!!」

 一際湧いた。


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