STG/I:第九十五話:そこにあるナニカ


 今度はサイキが黙る。

「・・・」

「サイーキ」

「・・・」

「・・・」

 お互い黙り込む。

 サイキは険しい顔に変わっていった。


 おもむろに声を上げる。

「ブラック」
 最初は小さく。
「・・・」
「ブラック」
 今度はやや大きく。
「・・・」
「ブラック!」
 次第に大きくなるサイキの声。
「合言葉だ! 言え!」
 四度目は咆哮。
「ブラッーク!」

「サイキ」

 シューニャが一歩足を運ばせる。

 刹那、サイキはスーツの内側に手を滑り込ませナニカを引き出す。
 躊躇することなく歩をすすめるシューニャ。
 腕を伸ばしサイキは引き金をひいた。

 豪放一発。
 胸に直撃。

 銃についた二本の線がスパーク。
 シューニャは小さく呻きガタガタと震えると崩れ落ちた。
 サイキの手にスタンガン。
 アメリカの警察官が持つ正規品。

「サイ・・・」

 動かなくなった。
 そろりそろりと近づく。
 指はまだスタンガンにかけてある。
 覗き込む。
 左手でスマホを取り出すと叫んだ。
「マツナガ、オイカワ上がってこい! 救急キットとAEDを持って大至急!」
 スマホをポケットに仕舞い、片膝をつく。
 電極は心臓直上に直撃。
 仰向けに倒れたシューニャの顔に自分の顔を近づける。
 息をしていない。
 心臓に耳を当てる。
 弱々しいが微かに心臓は動いていた。
 上着を脱ぎ捨てると、電極を抜き、胸の中央に両手を当て強く押した。
「シューニャ!」
 声を上げながら。
「シューニャ!」
 悲鳴のように。
「シューニャ! シューニャ!」
 強く、リズムよく。
「シューニャ! シューニャ! シューニャ!」
 何度も、何度も。
 サイキの顔はこの世の終わりのように歪んでいた。


*

 一瞬、ケシャのモニターがついたが、彼女は慌てて切る。

「私の独断です。申し訳ありません。今言うべきタイミングでは無いのでしょう。タイミングを見誤るとこうなります」
「シューニャが・・・シューニャが・・・見捨てた?」
「繰り返しますが私の独断です。バルトーク隊は日本・本拠点のカバーエリアまで向かっていると思われます。彼を説得して欲しいと要請しました」
「そうか・・・独断・・・そうだよな。ヤツが俺たちを見捨てるはずがない・・・」
「ええ。御覧ください。まだ承認されてません」
 ビーナスはホムスビを操作すると画面に自分が送ったメッセージを表示。
 既読にはなっていたが承認は押されていなかった。
 ミリオタは食いいいるように見ている。
「だよな・・・そうだよ・・・」
「だから彼らに託しました。マスターは日本に必要なお方です」
「そうですね・・・」
「認めない」
 流れをケシャが遮った。
「シューにゃんはブラックナイトのシューにゃんなんだから」
「クソ猫・・ケシャ。諦めろ。元々あった案だ。お前も聞いたよな」
「反対した」
「そうだったな。んじゃ何度でも言うが、今だってヤツは安全じゃないんだ。だから外にも出られない。生殺しだ。STGIを所有するバルトークに預けた方がまだ可能性あるんじゃないか?」
「無いかもしれない」
「バルトークは唯一のSTGIらしいじゃねーか」
「マザーは認識出来てない」
「それでも情報交換した方が良いだろ。今よりプラスになる」
「敵かもしれない」
「敵だって? ったく、今だって居るか居ないかわからないような状況じゃないか」
「居る。シューにゃんは居る」
「わーってる。でも、ぶっちゃけ最近は顔すら合わせてないだろ。それに最近のアイツは・・・正直言うわ、何か違う。ヤツは変わった」
「違わない。変わってない」
「お前って本当に意固地だな。俺ですら舌巻くわ。もしくはクッソ鈍感か。俺ですら気づいているつーの。ビーナス、今のヤツはおかしい。どう思う?」
「・・・マスターは・・・」
 彼女の口は小刻みに震えると、声が止まった。
「いい言わなくても。搭乗員の絶対肯定者であるパートナーがそれ以上は言えないわな。お前には悪いが、これが人間と違うところだ。友達なら・・・本当にパートナーなら、言いたく無いことも言わなきゃいけない時があるんだよ・・・例え嫌われてもな・・・捨てられることになっても・・・」
 ミリオタは大粒の涙を流した。
「ミリオタさん・・・」「ミリオタ様・・・」
「何も言うな! 言ったらぶっ殺すぞ・・・」
 顔を乱暴に両手で拭う。
「ビーナス、アイツは希望だ。俺たちのような雑魚とは違う。バルトークと組んだほうがいい。STGIを得た段階から、もうアイツは別世界に行っちまったんだ。もう戻れない」
「・・・」
 エイジが口をへの字に曲げる。
「違う」
 ケシャが顔を出した。
「最近のアイツはメッセ飛ばしても反応無いだろ? お前が言うように、いつも一人で抱え込んでいる。お前だって言っただろ。最近のヤツはなにか変わった気がする・・・グリンと二人でいることが増えたし。俺たちを見る目が違う。グリンのことだって何も言わないだろ。何があったか。ビーナスや静が言えないのは、まーしゃーないよ。そういう立ち位置だ。パソコンが命令に背かないのと同じだ。隊長の絶対命令なんだろ。言えねーんだろうよ。俺だってそれぐらいわかる」
 ミリオタはビーナスを見たが、反応を示さない。
「居る。居るだけで違う」
「そんな話してねーだろ。聞けよ」
「居るって、わかってるだけで違うんだから。居ないのは、居ないの」
「だから・・・」
「居なくなったら、居ないの。居ないの!」
 最後には絶叫している。
「ケシャさん・・・」
「ほんとお前ってクソだな。強情で我儘で! 俺も大概のクソだが、お前には負ける。アイツのこれからを考えたら、日本のこれからを、地球の今後を考えたら、俺たち雑魚といるより最善かもしれないだろ?」
「駄目! やだ! 認めない!」
 一体彼女の肉体のどこにこれほどの力があったのかと疑うほどの声量。
「シューニャのこと少しは考えてやれや・・・アイツが一番つらいんだぞ」
「知らない! やだ! 認めない!」
「僕も・・・本心を言えば嫌です・・・」
「エイジ。どいつもこいつも・・・ココは幼稚園かよ。 シューニャのヤツ、よくこんなメンツで部隊まとめてきたな尊敬するわ・・・」
「餓鬼でいい! 絶対にやだっ!」
「うるせー! 怒鳴るな! 普段からそれぐらい気合い入れて声を出せや!」
「やだーっ!」
「うるせーぞ! 落合、クソ猫のボリューム絞ってくれ。耳が痛い。ったく、なんなんだよこの部隊わ! ドラゴンリーダーの時の方がもっと良かったぞ!」
「・・・いずれにしてもバルトーク隊の交渉の席にはつくことになるでしょう」
 ビーナスはケシャをチラリと見て、静かに言った。
「認めない」
「交渉権を与えた以上、席につかないのはペナルティになります」
「やだ」
「ケシャ様のお気持ちはどうあれ、席におつきになるでしょう。そういうお方です」
「嫌い・・・」
 ケシャはビーナスを見据える。
「ビーナス嫌い。大嫌い! 嫌い!」
「ケシャ・・・女同士だろ、少しはビーナスの気持ちもわかってやれや・・・」
「嫌い! 嫌い嫌い嫌い!」
「あーうるせー、うるせー、うるせー!」
「ケシャ様の期待にお応え出来ず申し訳ありません」
「大嫌い!」
「ビーナス、もういい。これ以上はクソ猫を刺激するだけだ」
「ミリオタも嫌い!」
「あ~嫌いで結構メリケン粉ぉ~。ひょっほー」

 プツリと通信が切れる。
 回線を一方的に切った。
 不在に切り替わる。

「まったく・・・なんなんだよ。あの女は。アレぞまさに親の顔が見たいってヤツだな・・・」
「申し訳ありません。私の責任です。言うべき時ではありませんでした。このようにタイミングを逸脱すると問題が思うわぬ波紋を呼ぶのです」
 ビーナスはエイジを見た。
「え・・・そうだね。うん・・・でも、早めに言ってくれると信用してくれているみたいで少し嬉しいもんだね。いや、信用してくれているんだろうけど。・・・彼女もわかってくれるよ。多分、本当は判っているんだ。僕だって辛いもん・・・泣きたいよ。彼女みたいに嫌だって本音は言いたい・・・僕は偽善者なんだ・・・心底 良く判った。単なる臆病者。僕の代わりに彼女がいってくれたようなものだよ。僕のせいでもある。・・・ミリオタさん、ビーナスさん、ケシャさんを悪く思わないで下さい」
「ええ、もちろん」
「お前ら・・・聖人かよ・・・ったく、隊長も隊長なら部下も部下だ。甘ちゃんのシューニャに感化されたんだな。俺ぐらいだ、影響受けてないの」
「そうでしょうか?」
「なんだよ。・・・にしてもビーナス流石だな。この最中でその決断とは。パートナーはお前だから。お前がヤツを思ってのことってのは判る。間違ってないと思う。実際、この体たらくだ。アイツは一人でフェイクムーンを解決したのに俺たちはこの数でこのザマ。シューニャの安全を一番に考えていたのはお前だってことだよ・・・。俺が生きていてもカスみたいなもんだが、ヤツなら今後も何かしてくれるだろ。何かまだ考えがあるみたいだったし。俺たちが全滅しても、アイツがいると思ったら空を見上げながら少しは安心して暮らしていける・・・かもしれない」
「ミリオタ様・・・」
「様はつけるな。こそばゆい」
「ミリオタ・・さま」
「んー、まあ、ええわ。んで、エイジ、こりゃ冗談抜きで、お前が隊長だ」
「・・・自信ありません・・・ミリオタさんやって下さい・・・」
「馬鹿言えや。暴漢に拳銃を渡すようなもんだろ。そもそも出来てただろ。ぶっちゃけ未だに信じられんが、才能があったんだよ。シューニャが言うようにな。それに自信なんていらねー。先代の隊長、ドラゴンリーダーが言ってたぞ。『ただ、やればいい。出来ないヤツは口数が多い』ってな。その意味がようやっとわかったわ。お前は出来た。俺は出来なかった。己の無能さ加減がよーわかった。敗走した徳川家康がテメーのみっともない面を絵師に描かせておいたって話あんだろ? 高校ん時はとんだドMかよ思ったが、違うな・・・俺もセントラルコア爆発の時の顔、壁紙にしてーわ・・・」
「出来ますがマスター」
「出来んのかよ落合」
「ええ、記録は残すようになってますので」
「おう・・・考えとくわ」
 エイジとビーナスは黙って微笑む。
「何だよお前ら!・・・何も言うなよな! とにかく力は貸す。全力で。俺の出来ることは、なんだってやる。お前を一人にはしない」
「ミリオタさん・・・」
「シューニャも俺にお守りばかりさせやがって。いっちゃんお守りに向かねータイプだろうが・・・」
「そうですね」「そうですね」
 エイジとビーナスがモニター越しに顔を見合わせる。
 二人して笑った。
「お前ら馬鹿にしてんのか!・・・なんなんだ。静! 俺の静はいずこ! お前だけだよ俺の味方は・・・」
「え・・・」
「あ、悪い。落合、お前も俺の味方だ。うん」
「あ、はい」
「なんだよその反応!」
「なんでもありません!」
 エイジとミリオタのパートナー落合は笑っていたがビーナスの表情は優れなかった。

(静・・・マスターを頼みました・・・)



*

 暗闇の中で音がする。
 エンジンの音。
 車のエンジン。
 今の車じゃない。
 昔のだ。

 暗闇に映像がほんのり映った。

 やっぱり車だ。
 これは・・・この道は俺の通学路だな。
 映像にしがみつき覗き込む。
 高校・・・かな?
 普通に走ると自転車で一時間かかった。
 色々なルートがあって開拓するのが楽しかったっけ。
 一番短いルートで四十分。
 だけど雪が降ると、あの道は使えない。
 中でもコレは競輪場の横を通る道だな。
 いや、違う・・・。
 これは裏側の道だ。
 もっともオーソドックスなコース。
 雪道は必ずこのルート。
 雪は降ってない。
 さては誰かと一緒だな。
 後ろを振り返る自分。
 後輩だ。
 俺を好きだったらしい。
 でも、最後まで告白しなかった。
 告白出来ない雰囲気だったらしい。
 他のヤツから責められたっけ。
 誰かと帰る時はこのコースを選んだ。
 ということは・・・。

「あっ」

 映像がゆっくりと一回転する。
 高二の交通事故の記憶だ。
 三度目か四度目の事故だから冷静だった。
 受け身もとれた。
 受け身をとらなかったら頭から落ちて死んだ可能性が高い。
 後輩が動揺して泣いていたらしい。
 憶えていない。
 下はコンクリ。
 少し足を挫いただけで終わった。
 捻挫だったか。
 いや、翌日には普通に登校したな。
 違うか。
 自転車は滅茶苦茶だった。
 警察が驚いていたっけ。
 誰かが言っていた奇跡だって。
 俺は大袈裟だと思っていた。
 奇跡じゃない。受け身だ。
 母に車で送られる中「俺はどうして受け身をとってしまったんだ」と悔いたものだ。
 死ねたのに。
 あれで死んだら自殺じゃない。
 事故だ。
 罪にはならないいだろう。
 惜しいことをした。
 なんで今、高二の事故を思い出しているんだ。
 今の俺は幾つだっけ?
 年の割に若いと言われるが休息に髪が白くなってきた。
 中年だ。
 これも走馬灯と言うのか?
 死んだのか俺?
 違う。
 混沌としている。
 意識が曖昧。
 淀んでいる。
 脳震盪だろうか?
 やけに苦しい。
 事故が多い人生だった。
 その割にはいつも軽症ですむ。
 悪運だけは強い。
 今度は何をやらかした?
 思い出せない。
 いや、思い出すも何もないな。
 中年時代ならゲームぐらいしかしてないだろう。
 俺の人生は肉体の決定的自壊で終わったも同然だからな。
 始まった時から終わっていた。

 暗闇の中で映像がぼんやり浮かび上がる。

 ほら・・・ゲームをしている。
 歩み寄り窓にしがみつく。
 オンラインゲーム。
 STG28だっけ。
 変な名前だ。
 どうして万人受けしそうなタイトルをつけない。
 でも、嫌いじゃない。
 ストイックさを感じる。
 最近は媚びたような作品ばかり跋扈する。
 コイツの宇宙表現は神がかっているよな。

 青白く光る全天球型コックピットが浮かび上がった。

 STGIに乗っていたんだ。
 そう言えば、STGIに引きこもってからというもの地球に戻っていない気がする。
 頭がクラクラする。
 全身が痛い。
 息も一層苦しい。
 あれ? 今はシューニャだよな。
 なのになんで苦しいんだ。
 最近は調子が良かったはずだ。
 そうだ。地球の俺は何をしている。
 最近、地球の俺の記憶が無い。
 ログインしっぱなしだった。
 飯はどうしているんだっけ?
 食べた記憶が無い。
 思い出せない。
 もうボケが始まっているのか?

 いつもしていたように五感を探ろう。

 五感は嘘をつかない。
 いや、嘘はつくんだが、意識は殊の外に嘘つきだ。
 今、俺がいるのはココだ。
 この暗黒の中。
 今の俺が五感を得ているのはココなんだ。
 そもそもココは何だ?
 今の俺は誰だ?
 手が見えない。
 足も。
 胴体も。
 俺のバインバインの肉体はどこだ?
 そもそも俺は・・・女だったっけ。
 俺・・・俺は・・・俺というぐらいだから男だよな。
 いや、俺っ子という可能性もある。
 違う。
 元の俺は男だ。
 元ってなんだ。
 そう、地球の俺。
 俺は誰だ。
 俺は、誰なんだ。
 漆黒の中、声が聞こえた。

「シューニャーっ! シューニャーっ! シューニャーっ!」

 暗闇に新たな光が灯る。
 新しい窓にしがみつくと今の窓が消えた。
 心臓マッサージをする男性が見えた。
「地球人だ。・・・誰だ?」
 倒れている中年男性が見える。
 シューニャという外観には到底見えない。
 バインバインでも無い。
 どう見ても日本人。
 どう見ても男性。
 心臓マッサージをする男は叫んでいた。

「シューニャーっ! シューニャーっ! シューニャーっ!」

 可愛そうに。
 顔面蒼白ってヤツだ。
 無駄だ。やめておけ。アレは死ぬぞ。
 それにしても、どう見てもシューニャって顔じゃないよな。
 オッサンの中のオッサン。
 二人はどういう関係なんだ?
 彼はどうしてああも必死なんだ。
 汗までかいて。
 泣きそうじゃないか。
 スタンガンが見える。
 誰かに撃たれた?
 男はともかく倒れているオッサンはエージェントって感じでも無さそうだ。
 何かに巻き込まれたのか。
 誤射か・・・だから泣きそうなのか。
 誤って民間人を撃ってしまった。
 こりゃ責任必須だな。
 いや・・・この顔はそういう意味じゃない。

「この倒れている男はナンなんだ?」

コメント