STG/I:第百二十九話:波紋

 

 モニターに巨大な鉱石が映る。
 それは減速すると静止。
 ふと「食べられなくもない大きさだ」と脳裏を過ぎる。
 視界の判断基準に気づいた。
 食べられるか食べられないか、美味しいか美味しくないかに変わっている。
 これでも食には煩く無いほうだった。
 
 シューニャは、その巨大な天体をジッと見つめる。
 少しすると笑った。
 
「食われると思って退避したか、なるほど賢いな。助かった。事実、忘れていたよ。それはそうと、何が食べられて、何が食べられないか、STGIのアシスト無しには今もわからない。・・・お前、美味しそうだな。・・・ハハハハ、冗談だよ。・・・いや、今はいい。因幡の白兎じゃあるまいし。取り敢えずの腹ごしらえしは済んだ。それより悪かったな。お前の警告を素直に聞いておくべきだったんだ・・・。あの時にちゃんと食っていれば、こんなことにはならなかった・・・申し訳ない。ああ・・・。まだ十分に腹を満たしたとはいい難い。少なくとも八割程度は補充したい。単なる感なんだが、この辺の種ではこれが限界な気がする。やはりか・・・だろうね。何処か、漁場って言ったらアレだが、狩場を知らないか?」
 
 グリンが言うには、死んだ鉱石で補充出来るエネルギーは多くない。
 ホムスビ程度のサイズでも三割程度から鈍化し、五割に満たない辺りで吸収限界を迎えると言った。
 体感とも一致する。
 そしてその知見は、彼の、サイトさんの言う通りだった。
 隕石型宇宙人、生きた鉱石を食べないといけないことは明らか。
 そして彼らが最も近くにいる位置を彼女は告げた。
 
「STG29・・・」
 
 知的生命体のいる29番目の星。
 お隣さん。
 
 グリンは宇宙側の存在。
 彼女らにテリトリー概念はあるのだろうか。
 マザーと違って無さそうに感じる。
 言うならば、この天の川銀河全てが庭。
 だがSTGIはどうだろうか。
 
 彼女から伝わる反応は限定的だった。
 我々にとっての流れ星に相当するのがSTGIの感覚に近い。
 基本は無視するが、驚異になるなら対応する。
 その程度の感覚が伝わってくる。
 マザー達のような恐怖や、ブラック・ナイトのような好色とはまるで違う。
 
 アダンソン型宇宙人についても訪ねた。
 モヤモヤとしたハッキリしないものが返ってくる。
 知らないわけではないが、知っているほどでも無い、そうした感覚。
 ズバリ言えば興味関心を惹いてない。
 
 宇宙を介しての会話は実に捗る。
 
 彼女からしたら文明や生命体は強い興味対象では無いのかもしれない。
 旅先で知り合った犬といった感覚かもしれない。
「あ、犬だ」
 そんな程度の認識だ。
 せいぜい「野良犬じゃない」とか「リードのついた飼い犬」といった具合。
 人によっては飼い主との距離感によって撫でることはあるかもしれない。
 だが、多くのモノにとっては「あ、犬だ」という感覚。
 驚異では無く、強い好奇心の対象でも無いのだろう。
 
 下手に手を出し、飼い主や、犬そのものから何らかの面倒を受けることは避けたい。
 そうした感覚に思えた。
 グリンはたまたま犬に、言い換えれば地球人に好奇心を抱くタイプなのだろう。
 過去に地球人と好意的な接触があったことが感じられた。
 それは強いものだ。
 前回までは全く気づかなかった。
 明らかに今回の遭遇が初めてでは無いフィードバックがある。
 でも、彼女からはその程度の情報しか得られなかった。
 
 それってボイジャーとかだったりして。
 いや、違うな。もっと直接的な・・・。
 サイトウさんも彼女を知っている可能性がある。
 
(サイトウさんかマザー、アダンソンに会わなければ・・・)
 
 改めて彼女に何故私を助けるから理由を問いただす。
 返ってくる答えは同じだった。
 
 助けられたから。
 約束したから。
 
 何故、隕石型側なのに助けるかも問うた。
 
 宇宙は自由だから。
 この台詞、以前、聞いた記憶がある。
 
(STG21の民だ・・・)
 
 今なら確信をもって質問出来る。
 
「漆黒の闇ですれ違ったのはグリン。君だね?」
 
 今はハッキリとコミュニケーション出来る。
 嘗ては聞こえるけど上手に言えない状態だった。
 グリンの感覚も今ひとつピンと来なかった。
 受信と発信能力に変化があるのだろう。
 あの時の感覚を想起して尋ねた。
 
 彼女は隠す気配も無く「そうだ」と答えた。
 
「では、どうしてあの時に応えなかったんだ?」
 彼女は「あの時は君との関係では無かった」と言った。
 どういう意味だろうか?
 その意味は次の質問でわかった。
 
 あの場に居た目的を問うと「それは制限されている」と返ってきたのだ。
 つまり、上位の制約により言えない。
 としたら、さっきの意味も同じだ。
 私の為に動いている訳じゃないから応える間柄になかったと言いたいのだろう。
 私を助け、交わした約定に従い行動するが、それを上回る指示や規約が発令されない範囲内に限る。
 そういう意味だろう。
 地球人の感情論より理解出来る。
 裏を返せば、隕石型の大攻勢が始まったら敵になる可能性は高いことを意味する。
 STG21の民と同じだ。
 
 彼女は別な主人の約定に従い、地球に関することで偵察していると考えられる。
 一つはサイトウさんに関することだろう。
 今ならハッキリ理解出来る。
 あの時、あの闇で見えていたのは地球でのサイトウさんだ。
 サイキさんが今探している。
 宇宙人とコンタクトがとれ、何か出来るとしたら彼しか居ない。
 
 STGが配備されている文明星はマザーの管轄下と推測される。
 他に考えられるのは何らかの利益に準ずる行動。
 ロストしたSTGIも嘗ては外部との関わりがあったのかもしれない。
 彼らともコンタクトがとりたいが、もう不可能だろう。
 ハンガリーのバルトークしか残存していない。
 最も、あれは十中八九STGIじゃない。
 あれは何だ?
 別の勢力による供給か?
 グリンは極めて危うい立ち位置にいるな・・・。
 私を手助けをするのも、その目的に近づく為もあるのかもしれない。
 
 彼女はイエスともノーとも捉えられる反応を返した。
 つまり、イエスであり、ノーでもあるという意味。
 彼女に対して、これまで以上の慎重な舵取りが必要になりそうだ。
 だが少なくとも宇宙では唯一に近い協力者。
 それはとても心強いものに感じられた。
 
 グリンはSTG29の宙域に行こうと促した。
 他意があるとは感じられない。
 伝わって来るのは暖かいもの。
 そして喜び。
 彼女にとっては遠足みたいな感覚。
 
 こうしている間にも僅かづつでも減っている。
 今のSTGIはバッテリーローの状態。
 スマホと同じで出来れば50%以上は欲しい。
 緊急時を思うと80%は欲しい。
 この宙域で50%以上は確保出来ないことがハッキリした。
 
 他の宙域に行くしかない。
 でもそれはSTG29の主権を脅かす行為。
 恐らくSTGIの義務と責任に関わってくる範疇に思える。
 何かを得るなら何かを手放さないと。
 STGIが何か知りたい、いや、知らないと。
 何れにせよ、今は選択の余地は無いな。
 
「わかった。行こう! 出来るだけ外縁部がいい。隠密行動で。彼らの文明に関わらないようにしよう。こっそりと案内してくれ」
 
 岩の裂け目から緑色の光が微かに見えた。
 彼女の本体。
 人間で言えばニヤリと笑ったって感じなのだろうか?
 それとも親愛の証なのか。
 それはどこか愛らしく感じられた。
 
 大きな岩の塊にしか見えないグリンは小刻み振動し出す。
 振動は時間経過とともに激しさを増すが一方で揺れは小さくなった。
 それでも時折激しく振動し、雷鳴を想起させるほどの大きな振動を周期的に伴う。
 まるでガソリンエンジンに火が灯り、アイドリングし、ふかしている様を彷彿とさせる。
 
「ホムスビ、彼女をマーク。追尾してくれ! 隠蔽飛行!」
 
 グリーン・アイと名付けた天体は、ゆっくりと動き出す。
 そして加速すると、あっと言う間に、消し飛ぶように跳んだ。
 ホムスビは彼女を追うように姿を掻き消す。
 
*
 
 黒塗りのクラウン。
 新宿の大ガード下交差点付近で渋滞に巻き込まれている。
 
 車内の後部座席にはサイキの姿。
 シートベルトもせず足を組んでいる。
 その隣には黒服の男がシートベルトをし、目を閉じ、俯いている。
 サイキの瞬きは少なく、目を剥き、何を見るでもなく外を向いている。
 顔は赤黒く紅潮、硬直し、眼輪筋が時々、ピクピクとした。
 口は全てを拒否するようにへの字に曲がっている。
 身体は固く締り、伝わる熱量からも全身から緊張が放出。
 足を組んでからピクリとも動いていない。
 車内は沈黙が満たしていた。
 サイキは足を組み解くと、おもむろに口を開いた。
 
「ヤマザキ・・・生きてるなら何でも殺せるって言ったよな」
 
 彼は外を見たまま仏頂面で言った。
 
「はい」
 
 男は短く答えた。
 声は小さかったが、通る声だ。
 
「陽炎を殺すなら、お前はどうやる?」
 
 男は眠そうに半眼で俯いていたが、天井を見上げた。
 口が何かを求めて魚のようにパクパクと動いた。
 
「足元に水をかけます」
 
 サイキは大きく引きつったよう顔をしかめた。
 
「陰ならどう殺す?」
 
 男はサイキを見た。
 
「光を当てます」
 
 サイキは懐のリボルバーに手を差し入れる。
 
「それで殺せんのか?」
「初手です。生きていれば殺す方法はあります」
「ああ、生きてる・・・。水と光・・・イイネ・・・」
 男は瞬きをせずサイキを見ている。
「あの民間人ですか?」
「ああ」
「民間人を殺したほうが早いのでは?」
「・・・そう思うよな・・・」
 
 サイキはリボルバーを強く握った。
 ヤマザキは彼を見たまま無表情で動かない。
 車が少しだけ動く。
 ヤマザキは口をだらし無く開けた。
 撃鉄に触れているのか、サイキの方から金属が僅かに動く音がする。
 車がまた止まった。
「恐らく、彼を殺してもソレは死なない」
「確かですか?」
「わからん・・・感だ」
「元を断たないと」
「彼は救世主だ。彼を殺すということは、詰む」
「神殺し・・・」
 男は笑みを宿している。
「神じゃねーよ。救世主だ・・・」
「アレが?」
「ああ」
「あの民間人から陽炎と陰が出て、それらを殺すという解釈でいいですか?」
「ああ」
「わかりました。準備しておきます」
「・・・言っとくが、今度の相手は人間じゃねーぞ」
「楽しみです」
「そんなに殺すのが好きか?」
「ええ。生きているって感じがします」
「相手が人間じゃなくても?」
「殺ってみないとわかりませんが・・・楽しみです」
「頼んだぞ」
「用が済んだら民間人も殺した方がいい」
「どうして?」
「多分・・・面倒なことになります」
「理由は?」
「感です」
「・・・」
「私がやります」
「いや・・・。もし、その必要があるなら、俺がやる」
「そうですか・・・。神殺し、してみたかったのですが・・・」
「だから救世主だ」
「同じようなものです」
 
 ヤマザキは歯の無い顔で声なく笑った。
 サイキは無言で、ただただ空の先をみていた。
 
*
 
 ベッドに横たわっている中年の男性。
 簡素な病室。
 緊急性を要する雰囲気では無い。
 身体に幾つか管が繋がれている。
 白髪まじりの毛量の多い頭髪。
 髪型は古い時代を想起させる。
 身体は痩せこけ、恐らくチューブによる栄養剤で生き延びている。
 顔からは若々しい印象すら受けるが、顔の皮膚は乾燥し白く、水分が抜け落ち、頬は痩せこけている。
 その割に髭はよく手入れされている印象だった。
 ベッドの横には老齢の女性がパイプ椅子に座ったまま眠りこけている。
 簡素で動きやすそうな、それでいて洒落た服装をしている。
 男はゆっくりと瞼を僅かに開けた。
 
(ち、きゆう(地球)・・・)
 
 声にしたつもりだったが音は出ていない。
 男がまず最初に思ったのは記憶が無いこと。
 脳内を意識で弄っても何も出てこなかった。
 
(地球での記憶、日本・本拠点での記憶が完全に抜け落ちている)
 
 本拠点での記憶が全く無いということはBANされたんだろう。
 予備があっても削除されては意味をなさない。
 嫉妬というヤツはつくづく厄介だ。
 
(今は西暦何年なんだ?)
 
 首を動かそうとしたが動かない。
 無理に動かさない方がよさそうだ。
 筋肉が凝り固まっている。
 そもそも自発的に動かせる筋肉量も無さそうだ。
 加えて肉体全体にエネルギーが不足している。
 まるでコールドスリープにかけられた人間。
 内的に生命活動はしているが、外的な活動はしていない。
 天井に向けられた眼の範囲が世界だった。
 
(目は動きそうだな)
 
 右にゆっくりと目を動かす。
 椅子に座ったまま眠りこけている老婦人が見えた。
 静かな寝息をたてている。
 男の眼が潤った。
 
(どうして・・・ありがとう・・・)
 
 眼から一筋流れた。
 手を動かしたいが動かない。
 唇が震え、開きそうで開かない。
 声にはならない。
 男は瞼を再び閉じた。
 
 あの戦いからどれほど時間がたった?
 地球には長く戻っていない気がする。
 筋肉が衰弱しもう立てないかもしれない。
 自立呼吸は出来ているようだ。
 今、何歳だ?
 どこまで進んで、何が出来てないのか。
 出来たことは何か?
 地球に戻ってきたということは・・・。
 
(アダンソンの実験は失敗ということか・・・)
 
 何人が生き残っている?
 ココは本当に地球なのか?
 そっちの契約はしていないから地球のはずだ。
 タイム・パラドックスか?
 クローン部隊は結局どうなったんだ?
 解決したから生きているのか?
 
(いや、違う)
 
 それだけはわかる。
 もし解決したのなら俺はベッドで寝ていない。
 この状態は以前目覚めた時より悪い。
 かなりの年月を経たのだろう。
 
(どうして生きている?)
 
 首の皮一枚、繋がっているということか・・・。
 

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