STG/I:第百三話:未確認


「超重力計測!」
 
 重力グラフが観測限界値をいきなり突き抜けた。
 それを見たゾルタンが咆哮する。
 
「ダブルリング後進! 観測点より距離をとれ!」
「ヨー!」
 
 バルトークが宙空を青白く染めるほどの光りを放つ。
 STGIホムスビは照らされ虹色に輝いた。
 動く気配は無い。

 
「迎撃態勢、フェルミ・パラドックス!」
「ヨー!」
「遮蔽壁、開放します!」
 
 外壁が一斉に格子状に開く。
 バルトークがスパーク。
 膨大な電磁パルスが発生。
 発生した電磁場は円錐に形を成すと、バルトークと同じサイズへ。
 その数、四機。
 
「マーズ・アタック用意!」
「ヨー!」「ヨーッ!」「ヨー」「「ヨォー!」
 
 撹乱型ではなく攻撃特化型の電磁兵装。
 サイズこそ同等だが、外観はいかにも電磁場で形成されており擬態性能は無い。
 各電磁場を別々に動かすことが出来るばかりか攻撃も可能。
 ただしエネルギー供給源であるバルトークから一定以上離れると制御出来くなる。
 
 STG28の攻撃特化型レベル十に同等の装備があり名称をボルテックスと呼ぶ。
 莫大なエネルギーを必要し、本船と同等の制御能力を必要とする為に通常は一機のみしか出すことは出来ない。
 バルトークの場合、STG28十機分に相当するエネルギーを生産でき、各電磁擬態船に対し、一人の搭乗員が専従することで可能足らしめた。
 
 電磁場で形成された四機はバルトークから一定の距離をとるとゆっくりと回り出した。
 
「どうした? 何もおきないぞ・・・」
「あれ? おかしいな・・・」
「脅かすなよ」
「いや、間違いなく超重力が観測された」
「本当だ、グラビティ・グラフが突出している」
「最大計測値不明になってるぞ」
「でも何も・・・」
「うん・・・おい、何か変だぞ」
「何が?」
「センサー異常なし」
「星が・・・」
「星?・・・アレ」
「星が見えない・・・」
「重力警報の観測地点付近です」
「グラビティ・マップを」
「ヨー」
「なんだこれ・・・」
「星が吸い出された?」
「まさか」
 
 重力グラフをマップ化すると、
 星の見えない暗部と、重力観測点が一致した。
 
「センサーの故障かな?」
「まさかでしょ」
「異常ありません」
「現在の重力グラフは?」
「異常なし」
「何かおかしい」
「隊長?」
「よく見ろ、あの星が見えない位置、動いてないか」
「え?・・・ほんとだ・・・」
「こっちが動いているからじゃない?」
「いや、違う。よく見てみろ!」
「アクティブ・ソナーを打とう」
「そうだ! いい口実が出来た!」
「STGIにもあたります」
「指向性で最大限絞っても無理か?」
「近すぎます」
 
「こちらバルトークの隊長、ゾルタン。貴殿の船舶近郊宙域に異常が見られる。我々は安全確認の為、これからアクティブ・ソナーを打つ。これは貴殿への威嚇でないことを理解してもらいたい。貴殿にも退避を提案する。連絡されたし。連絡が無い場合、当方の安全を確保する為に本通信終了三十秒後にアクティブ・ソナーを打つ。繰り返す。これは威嚇ではない。敵意を示すものではない、貴殿へ向けたものでも無い。我々は・・・味方だ。安心して欲しい。通信終わり」
 
 ゾルタンはホムスビを見た。
 動きは無い。
 
「反応は?」
「ありません」
「日本・本拠点は?」
「通信不能」
「本当だ動いている! コッチの動きと暗部の動きがリンクしていない」
「ああ、そうだ。星の見えない位置を記録しているが何かおかしいぞ」
「センサーに反応無し」
「モニター、カメラ共に異常ありません!」
「まさか!・・・まさかだろ・・・嘘だ・・・」
「どうしたヨーゼフ?」
「あれが・・・」
「カウント用意!」
 
「STGIホムスビの搭乗員、ブラックナイト隊のシューニャ・アサンガ隊長に告ぐ、我々は味方だ。危害を加えるつもりは無い。貴船の近郊に未確認の物体が存在する可能性がある。その存在を確認し、安全を確保する為にアクティブ・ソナーを打つ。繰り返す、これは貴殿への威嚇でも警告でも敵対の表明でもない。こちらはハンガリー所属、旗艦バルトーク、私は隊長のゾルタン。貴殿の搭乗員パートナーであるビーナスからの要請に応じてこの場にいる。先の大戦で貴方がたに助けられた恩は忘れたことが無い」
 
「反応ありません」
「仕方ない」
「カウント3!」
 ゾルタンが頷いた。
「2・1!」
 
「アクティブ・ソナー発射」
 
 ポーンとなった。
 発射の際に船体で反響する音。
 ソナーマップに表示された宇宙規模の巨大な影。
 
 ソレは間違いなくソコにあることを示した。
 
 3Dマップで視覚化されたソレは円筒状に見えた。
 見ようによっては巨大な戦艦とも、砲塔とも、パスタのリガトーニとも言える。
 何かしらの意思を感じる形状をしていたが一定の自然観も伴っている。
 
「あれが ブラック・ナイト・・・」
 
 副隊長が言った。
 
「ブラック・ナイト? どこだ!」
「ゾルタン。もっと距離をとった方が良い」
「わかった」
 合図を送る。
「ソレだ。その暗黒の何か・・・あれがブラック・ナイトだ」
 メインモニターを指し示す。
「暗黒が?・・・」
「ああ。恐らくあの暗黒そのものがブラック・ナイトなんだ」
「そんな・・・」
「シューニャ・アサンガのレポート、シューニャ・レポートの詳細を読んだことがある。それで思い出した。観測不能の存在それがブラック・ナイト。いいか、こう書いてある『一切のセンサーに反応がなく、一定の距離から重力センサーだけが異常を知らせる。でも、観測したら直ぐに距離をとらないと危険だ。重力圏に入ると吸い込まれるように重力の渦に捉えれ、ログアウトすら出来ない』と」
「あれが、なのか・・・あの暗黒が?」
「でも生還したじゃないか。あのホムスビの搭乗員だろ?」
「生還したのは彼女だけだ。理由もわかってない」
「一人でも生還は生還だろ」
「都市伝説じゃなかったんだ・・・」
「フェイクかと思ったぞ」
「あれが・・・ブラック・ナイト・・・どうやって戦う? レポートには何とある」
「のレポートには『恐らく我々の兵器では倒せない』とある・・・」
「倒せない?」
「ああ。『恐らくSTG28に有効な兵器は無い』。マザーが、俺たちの言うアーニャが、無人機で出来るありとあらゆる攻撃を試みたが全く効果は確認されなかったらしい。観測データも無い。出来ることはただ距離をとるだけだとある。それと『動く物をある程度認識し、優先的に狙う傾向は感じられた。何かを探しているようでもあった』とも書いてあるな」
「どういう意味だ?」
「そこがよくわからない」
「アーニャのオートパイロットはザルだぞ」
「検証に使われたSTGの武装の種類とレベルが知りたいな」
「どうするSTGIを!」
「捕縛するか?」
「返事はないか?」
「ありません」
「承認なき捕縛は国際法違反だ」
「でも、あのままじゃブラック・ナイトに・・・」
「既に規定以上の警告はしたが、再度要請を」
「ヨー!」
「真っ黒で距離が全くわからないな・・・」
「陰のサイズで推定距離を計算してくれ」
「ヨー!」
 
 突然、船内に警報が鳴り響き赤く染まった。
 緊急事態を告げるサイン。
 
「アーニャから緊急警報受信。アクティブ・ソナーの観測により対象は『推定イタリア型ブラック・ナイト および 推定敵宇宙生物STGIホムスビ と認識。攻撃を開始、排除せよ』との通達です」
「やっぱり・・・ブラック・ナイト・・・あれが・・・」
「待て・・・敵宇宙生物? 今、そう言ったか? STGIを?」
「はい。間違いありません」
「えっ! どういうこと?」
「なんで・・・」
「ブダ、STGIは敵なのか?」
「そのようには定義されておりません」
「じゃあ、アーニャはどうして?」
「アーニャは、あの STGIホムスビ を、敵と認定しているようです」
「ちょっと待って、意味がわからない」
「地球人が呼称するSTGIとは全て地球人の定義に由来しています」
「どういうことだ? じゃあ、アーニャはSTGIをなんと定義している?」
「アーニャの定義では、”未確認飛翔体” です」
 
 艦内がざわついた。
 
「初めて聞いたぞ」
「嘘でしょ・・・」
「そんな馬鹿な」
「味方じゃないの?」
「なんでそんな大切なことを今まで黙ってたんだ!」
「じゃあ、アレはなんだ・・・」
 ゾルタンはメインモニターのホムスビを指差しブダに問うた。
「アレは STGIホムスビ と地球人が呼称した敵宇宙生物です」
 
 強風が吹き荒れた原っぱにように艦内がざわめいた。
 それをゾルタンが手を上げ制する。
 
「じゃあ、その宇宙生物に乗るシューニャ・アサンガは・・・何だと言うのだ」
「そうだ。敵宇宙生物・・・敵宇宙人とでも言いたいのか?」
「そのようです」
 
 言語が破裂したような騒ぎになった。
 皆が思い思いの発言をし出し艦内は騒然とする。
 中には動転し故郷訛りで声を張り上げる。
 ゾルタンは少しの間だけ黙っていたが、その大きな手を二度叩く。
 艦内は再び静かになる。
 
「正確に把握したい。今のソナーでSTGIホムスビと地球人が定義したアレが敵宇宙生物とわかった。そして、ソレを操舵するシューニャ・アサンガも敵宇宙人だと、言いたいのだなブダ?」
「そのとおりです」
「間違ってる! ゾルタン、STGIは人類の希望だ!」
「そうです。貴方も仰った」
「アーニャは狂ったんじゃ?」
「暴走か?」
「この場合、誤作動と言うべきだな」
 
 ゾルタンが手を上げた。
 
「センサーには何も計測されなかった。先の連絡ではそう言ったな。だとしたら、把握出来たのは形状だけだ。どうしてそれで判断できるんだ?」
「そうだ、そうだよ!」
「あ・・・そうか」
「実は何か計測されていたんじゃ・・・」
「でも、計測値は一切含まれていなかったわ」
「俺達に見えない何か?・・・とか」
「ブダ、形状以外計測出来ない状況で、何をもって敵と判断する? 教えてくれ」
 
 全員が搭乗員パートナーのブダを見る。
 
「計測出来ないという事実と、その固有形状です」
「それだけで敵と判断しているのか」
「はい」
「馬鹿げている!」
「それはおかしい。形は微妙に変化するものだ」
「形は全てを表してます」
「形だけで・・・どんな根拠なんだ・・・」
「物体には固有の形があり、その形には意味があります」
「どうするゾルタン。いよいよマズイな」
「攻撃するのか本当に、仮にもSTGIと名のつく艦船を!」
「アーニャを無視出来ない・・・しかし」
「・・・アーニャに従いましょう」
「なんで!」
「その方が間違いがない、か」
「いや、待って、それはおかしい」
「でも・・・STGIは・・・」
「アーニャは間違ったことがないだろ」
「ゾルタン、敵宇宙生物なんだ。少なくともアレは。攻撃するしかない」
「命令はもう出ている」
「アーニャだって間違いはあるでしょ!」
「シナジー効果、低下」
 
 本船コンピューターの音声。
 
「納得出来るのか? 俺は駄目だ。宇宙人だって? 信じられない。あのSTGIは飛行機を知っているとしか思えない形状をしている。なんでアレが宇宙生物なんだ。地球人が考えたんだよ。どう考えても地球人がデザインしている!」
「そもそも、それなら私達は宇宙人に守られたってことなの?」
「今だってそうだろ? アーニャは宇宙人の人工知能だ」
「でも乗っているのは地球人よ」
「いや、宇宙人なんだよ!」
「駄目だ脳が沸騰しそうだ」
「アレが宇宙生物だったとして、なんで搭乗員も宇宙人になるのよ」
「まさか、ブラックナイト隊が全員宇宙人っていうことじゃないか?」
「だからか」
「何がだよ」
「だって、おかしいと思ったんだ! ブラックナイト隊だぞ?」
「まさか・・・」
「飛躍しすぎ」
「隊長のシューニャ・アサンガが宇宙人。だったらどうして亡命を・・・」
「そうと決まったわけじゃないでしょ」
「決まっただろ」
「うん。アーニャがそう言っている」
「だってシューニャのパイロットカード見てよ、人間じゃない」
「アバターはどうとでもなるから」
「そうじゃなくて。私が言いたいのは宇宙人があそこまで人間をちゃんと造形できるかって話よ!」
「それを言ったら隕石型だってそうだ。俺たちからしたら隕石以外の何ものでもない。自発的に動くなんて考えたことも無かった」
「常識に囚われるなってことか」
「あー誰か、誰か、俺に、わかるように」
「しかし、あれはどう見ても戦闘機だぞ?」
「戦闘機じたいが宇宙人によってもたらされたんだ・・・昔から言うだろ」
「馬鹿を言うな」
「あの形状では地球では飛べないさ。翼が短すぎて揚力が足りない。だからアレは宇宙生物でも不思議じゃない」
「ココは宇宙だ。重力を考慮に入れてなければアレでもいけるだろ」
「そうだ。オーパーツだってそうだろ。あれだって宇宙人だろ」
「あれこそデマ。ほとんどはプロの仕業だよ。クリスタスカルだってそうだったろ」
「とにかく攻撃しよう!」
「そうだな。このままでは命令無視になる」
「俺は拒否する。隊長だって慎重に当たれと言ってる」
「シナジー効果、急速に低下中」
 

コメント