STG/I:第百四話:シナジー効果



 艦内が騒然とする中、ゾルタンは沈黙したまま STGIホムスビ を見ていた。
 距離感が掴めない為に今にも飲まれそうにも見えるが、宇宙規模の距離。
 鈍色に輝く未確認飛翔体とされたSTGI。
 目の前に広がる大海原の暗黒、推定イタリア型ブラック・ナイト。
 存在しているとは思えない何か。

 ゾルタンは考えていた。

 どうしてSAITOは我々を助けたのか。
 彼らはどうやってSTGIを得たのか。
 アーニャはどうして STGIホムスビ を敵と断定したのか。
 彼らはどこから出てるくのか。
 明らかに隕石型宇宙人とは違う存在。
 隕石型はウィルスのように単純なルールに基づいて攻撃しているように思える。
 知性を感じない。
 対してSTGIは知性を感じる。
 宇宙生物なら知的生命体である可能性は高い。
 アーニャ達と異する立場。
 近くて遠い存在。
 STGIの背後には知的生命体同士の争いが垣間見える。
 私達は知らずアーニャの陣営ということに。
 どうしてSTGIを与えるのか。
 どうしてその数は少ないのか。
 大変な問題を内包している気がする。
 ブダの発言にしても妙だ。
 今までも似たような問をしてきたはずなのにどうして今。
 そこにアーニャの意図が伺える。
 巧妙に仕組まれた何かがある。
 アーニャは俺達に何をさせたい?
 ブダは言った「これはアーニャの言葉だ」と。
 あれは彼女なりに真意を伝えたいのかもしれない。
 絶対的序列に存在する者への抵抗だとしたら。
 それともブダは破滅への水先案内人なんだろうか。
 何かが進んでいる。
 気づかなかったが何か。
 これまで生きてきた中で培ってきた感性が告げた。

”アーニャに盲目に従うのは危ない”

 その時、ブダが口を開いた。

「アーニャから詳細情報来ました。日本・本拠点は指揮権が失われてます。アメリカ型ブラック・ナイト討伐へ出撃後、攻撃を開始。間もなくして反撃を受け、推定ですが壊滅しているとのことです。条約にのっとり、この時点をもって現在のこの宙域はSTG国際連盟および同盟国の管理下におかれた、とのことです」
「日本は壊滅したのか・・・」
「嘘でしょ・・・」
「SAITOはどうしたんだ! 何をしている!」
「だからSAITOはアカウントを削除されている」
「どうして!」
「ちょっと待て、その ブラック・ナイト がなんで目の前に?」
「あれは推定イタリア型です」
「え・・・このタイミングで二体のブラック・ナイトが同時に存在しているの?」
「待った。”推定”と言ったな。どうしてだ、ブダ?」
「ブラック・ナイトとは観測不能の事象です。アクティブ・ソナーで確認された形状から一時的にそう呼称しているに過ぎません。そのため推定とされてます」
「なんだその無責任な回答は・・・」
「観測不能の事象? 事象だと・・・宇宙生物じゃないのか?」
「ブラック・ナイトが生物なのかは把握出来てません」
「駄目だもう何もわからない、何が起きている? 何を信じればいい」
「私もパニックになりそう・・・」
「シナジー効果、更に低下中」
「皆、一旦、落ち着こ! そうね。我らがブダペストの話をしよ! 私、セーチェーニ鎖橋でね」
「今調べた。イタリア型は消失後に初めての観測とある」
「ブダ、アメリカ型とイタリア型の差はなんだ?」

 ゾルタンが尋ねる。

「形状です」
「形状以外には?」
「わかりません」
「何もわからないのか? 何か少しでも無いのか?」
「ありません」
「あんな巨大な暗黒がどうして突然現れた」
「わかりません」
「ダークマターと何か関係があるのか?」
「わかりません」
「本当に、本当に何もわからないのか?・・・何か隠してないか?」
「ブラック・ナイトに関しては日本の搭乗員シューニャ・アサンガがもたらしたシューニャ・レポート以外に事実上記録が存在しません。それ以外にはSTG20および21滅亡時の記録がアーニャに存在しますが、本宙域とは無関係の為、閲覧不能です」
「無関係? 関係あるだろ!」
「待った! 待った・・・待った・・・待った。STG21とはなんだ・・・」
「その前にSTG20って・・」
「今それはいい。ブダ、アーニャは何か対策法を知らないのか?」
「知りません」
「シューニャ・レポートの通りだ・・・」
「でも、今さっき迎撃しろと指示を出しただろ?」
「ブラック・ナイトは確認され次第迎撃となっております」
「なっているってお前・・・その方法がなければ迎撃しようがないだろ」
「その方法の糸口を観測する為の攻撃、迎撃です」
「なんだそれは・・・俺達に死ねという意味か?」
「そうだよ、アーニャはみすみす死ねというのか!」
「地球人とはそういう条約になっています」
「条約?!」
「誰がしたんだ!」
「通達! 日本・本拠点の機能がたった今一部の同盟国に開放。我々も含まれております」
「本拠点機能が完全に失われた。日本は・・・壊滅した」
「さっきはその瀬戸際だったのね・・・」
「ああ」
「日本・本拠点の戦術マップに接続」
「ヨー!」
「やっぱりレポートの通りだったんだ・・・。日本が初めてブラック・ナイトと会敵した際に、彼らを観測するためにあらゆる手を尽くしたが、重力以外の何ものも観測できなかった・・・」
「そんな・・・どうするのよ」
「日本人はこんな輩と戦っていたのか・・・」
「どうすればいい」
「ブダ、日本・本拠点が機能停止したのはブラック・ナイトとの交戦が原因なのか?」
「恐らく。ログの分析によると推定アメリカ型ブラック・ナイトの出現、マザーの迎撃指令から所有する98%に相当するSTG28の出撃とあります」
「それで全滅し本拠点機能の資格を消失・・・か・・・」
「皆、これを見てくれ!」

 メインモニター映し出された。
 タイトルに「対ブラックナイト戦・作戦名ナユタ」と書かれ、
 数千機を幾何学模様のように階層的にドッキングした巨大なSTG28の姿があった。

「・・・日本はこんな凄まじい兵器を用意していたのか・・・」
「バルトークの比じゃないぞ・・・」

 全員がその姿に度肝を抜けられている最中、ブダが告げる。

「ログによると、大連隊長ISHIGROにより攻撃発令後、マザーとの交信が途絶とあります」
「全滅・・・した・・・一瞬で」
「いや、接続が途絶だ。それ以上はわからないという意味だ」
「でも、途絶する理由が全滅以外にあるの?」
「アーニャとの回線はそう切れるもんじゃないぞ。それに自動修復する」
「以後のログが真っ白・・・あ、外部との通信は我々のが最後になってる」
「全滅したんだよ・・・」
「こんな代物でも叶わなかったのか・・・」
「皆聞いて! サーチしたんだけど、日本・本拠点のアーニャによると、彼女の搭乗員パートナーが言う抹殺指令は存在しない!」
「俺達は騙されたのか!」
「嘘をついたんだ」
「いや、だって、パートナーだよ。あり得るの?」
「現に起こってるだろ」
「だって、何の為によ?」
「んー・・・にわかには信じられない」
「考えたことも無かった、搭乗員パートナーが嘘をつくなんて、でも、何のために」
「ブダ、搭乗員パートナーが嘘をついて亡命の依頼など起こり得ると思うか?」

 ブダは首を振った。

「信じられません。搭乗員の安全確保が私達の存在意義です」

 それは重く響いた。
 一つの目的達成の為だけに存在している人工生命体。

「逆にだ。搭乗員の安全を優先した結果として、亡命を依頼することは、どうだ?」
「それは作戦当初に申し上げた通りありえます。それがマスターの安全の為なら私もそうするでしょう。ただ、嘘はつきません。マスターに嘘はつけません」
「じゃあ、どうして?」
「暴走・・・とか」
「バグか?」
「それはどうだ? 起こり得るか」
「起こり得ません」

 簡単に言った。

 ゾルタンはこの反応に圧倒的な文明の差を感じた。
 地球のコンピューターなら、システムなら、充分に起こりえる。
 起こり得るというより、起こることが前提にある。
 対して宇宙人の完璧なシステム。
 完璧なる生命体。
 アーニャ達はどういった生命体なんだろうか。
 どれほどの文明の差があるのか。
 必死にロケットを打ち上げて喜んでいる人類。
 対して、このSTG28に本拠点。
 
「じゃあ、どうして?」
「わかりません。判断材料が少なすぎます」
「お前達パートナーにも異常をきたすことはあるだろう?」
「稀にあります。ですが即座にアーニャが把握し修正を加えます。だから私達は本来がコアにいるのです」
「そうだったのか・・・」
「生体でスタンドアロンになるメリットはありません」
「逆に言うと、スタンドアロンならあるってことじゃ?」
「私達は基本的にコアに接続してますので、似たようなものです」
「そうか・・・」
「それじゃ、スタンドアロン時のマイクロスパンでは起こり得るんじゃいのか?」
「それはありえます。ですが、今回のケースでは当てはまりません」
「それもそうか・・・」
「駄目だ、俺は何も考えられない」
「ややこしいことになったぞ。どうするゾルタン?」
「やろう、隊長!」
「待って、待って、お願い」
「ブダ、今ひとつ訊ねたい。日本はアメリカ型の迎撃に向かって・・・全滅した。ということだな?」
「違います」
「違う?」
「だってお前、今さっき!」
「そうよ!」
「わかりやすく言ってくれ!」

 またしても艦内が騒然となるが、ゾルタンが手をあげる。

「推測、ということだな? ブダ」
「そうです。主力部隊との通信途絶。途絶の際の爆発的事象により推定で全滅とされてます。可能性は高いです」
「まー、そりゃ普通に考えれば全滅だよ・・・」
「いや、そうとは限らない。正確に把握する必要がある。全滅の可能性が高いだけで、全滅ではないかもしれない。そうなんだろ? ブダ」
「そうです。アーニャは常に確率の高い推測に基づいて次の行動を決定してます」
「アーニャの推定は最もではあるが・・・実際はわからない、か」
「パートナーのビーナスはこれを予見して我々に託したと言えない?」
「それでは嘘をつく理由にはならないだろ」
「でも、説得力はあるでしょ」
「設定が強引すぎないかな?」
「ブダ、有り得るのか? そうした嘘をつくことが」
「嘘をつくことが有り得ません。嘘をつかずに亡命を手配するでしょう。我々にとって嘘は無意味です」
「どうして?」
「メリットが無いからです」
「メリットはあるだろ!」
「とにかく本国へも救援要請しましょう」
「そのレベルの話じゃないぞ・・・STG国際連盟に緊急要請が必要だ」
「いや違う。・・・有効な対策が無いんだ。数の問題じゃない」
「そう! 方法論の検討が先だ」
「緊急連絡!」
「今度はなんだ」
「アメリカD2M隊が到着次第、本作戦の指揮権を統括するとのことです」
「はぁ?」
「なんでよ!」
「ふざけ・・・」
「我々とて同盟国だろ」
「俺たちが先だ!」
「STG国際連盟・緊急会合での決定事項だそうです」
「この期に及んで・・・なんだアイツら」
「ゾルタン・・・」
「隊長よく考えて、私達はまだSTGIに何もされていないの」
「何かされては手遅れだろ」
「日本のSATIOは我々を助けてくれた」
「多分、SAITOのはSTGIじゃ無かったんだよ」
「それこそ都合のいい妄想でしょ」
「もう駄目だ、俺はゾルタンに従う、もう何も考えられない」
「シナジー効果、更に低下」
「マズイぞ、シナジー効果が下がりすぎたらどうなるんだ・・・」
「バラバラになるんじゃ・・・アーニャはなんて言ったっけ?」
「やろう! 攻撃しよう!」
「なんで? 効果ないのに」
「敵だろ!」
「私は反対」
「条約だって言うんだろ? 仕方ないだろ」
「私はその内容を知らない」
「アーニャの指示だ」
「冷静になってくれ。そもそもSAITOと同じSTGIなら我々が相手になるレベルじゃないぞ」
「じゃあ、両手を上げろというのか? それで許されるのか? 黙って殺されるのを待つのか?」
「攻撃しよう・・・仕方ない」
「いや、作戦立案の為にも今は距離をとろう」
「命令違反だろ! 戦うしか選択肢は無いんだよ」
「待って! ねえ待って。健忘症みたいだから教えてあげる。彼女は、シューニャさんはフェイク・ムーンを退けたのよ・・・しかも一人で。敵ならなんで? なんで助けたの?」
「だからだ・・・宇宙人だから出来たんだ!」
「そうだ! 宇宙人だから!」
「待って! 叫ばないで。お願いだから。私はバルトークの皆を尊敬していた。今日の今日まで誇りに思っていた。失望させないで。彼女はね、退けたのよ。地球は救われた・・・意味わかる? 敵じゃない。仮に彼女が宇宙人だったとしても敵じゃない!」
「どうしてそんなことが言えるんだ」
「アーニャに逆らうのはマズイ」
「敵なら撃退しないでしょ!」
「シナジー効果、急激に低下、既定値を突破九十%」
「マズイ、マズイ、マズイ」
「ゾルタン、何か言ってくれ」
「宇宙人なんだろ?」
「それがナニ? 大切なのは彼女が味方だということでしょ?」
「それこそ短絡的すぎる」
「大切なのはソコでしょ! 地球人か宇宙人かじゃない。同じ敵に向かう仲間かどうかでしょ?」
「でもアーニャは迎撃と言っている。敵なんだよ」
「違う。事実を見て。彼女は我々を助けた。地球人を助けた、いい? OK?」
「でも無視は出来ないよ」
「アーニャは迎撃なんだ。従わないとペナルティをくらう」
「ペナルティぐらい何よ!」
「待った。フェイク・ムーンは撃退じゃない。まだ宙域にいるぞ。見ろ!」

 日本・本拠点の戦術モニターを操作。
 フェイク・ムーンを監視する映像が映った。
 一瞬、沈黙が支配する。
 それはどうみても月に見えた。

「これ・・・月じゃないの?」
「いや、違う。フェイク・ムーンだ。座標を見ろ」
「やっぱり敵なんだよ・・・」
「どうしてそうなるのよ」
「敵じゃなかったら、撃退しているはずだろ!」
「もうやだ・・・馬鹿じゃないの・・・」
「誰が馬鹿だって?」
「ゾルタン、頼むから何か言ってくれ」
「いずれにしても攻撃しないとまずい」
「どうして?」
「ブダが地球人との条約と言っただろ!」
「そんなの・・・くそったれよ!」
「シナジー効果、更に急速に低下中、七十%」

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