STG/I:第百十四話:浦島太郎

 
 

「グリン様から一つアイデアをいただきました」
「どのような?」
 彼女はソファーの縁に腰を下ろすと、看護師のように優しく声をかけた。
「決定前のキャラクターの管理は地球でされています」
「そうね」


「一、地球の管理サーバーに侵入し強制的にメイクさせる。二、シューニャ様の地球での宅をつきとめ、格納庫内のシューニャ様がロストする前に該当コンピューターからキャラクターメイクを決定。三、STGIが帰還する・・・そんな感じかな」
「どれも私達には無理ね。地球には行けないのだから。待つこと以外・・・それに、どれも貴方が消えてしまう・・・。三を願うことしか出来ない。STGIの格納庫に入ることが出来れば・・・」

 STGIにシューニャが搭乗して以来、二人はその検証を続けていた。
 結論は不可能である。
 自分の意思と行動で格納庫には入れない。
 同時に格納庫を探すことも検証した。
 それも実質不可能と結論づけた。
 本拠点は広すぎるし、自律的に行動出来る範囲を逸脱している。
 何より今はSTG国際連盟から彼女達の行動は制限されていた。

「グリン様は助けていただけないのですか?」
「残念ながら。グリン様がココで出来ることは私達と大差ないようです。エイジ様やミリオタ様に出来ないことは出来ない。何よりマスター以外の件で緊急事態が発生したようでその対応に向かわれるそうです」
「どのような?」
「それはお答えになりませんでした。彼女は・・・危険を察知し・・・」
「無理をしないで」
 肩に振れる。
 ビーナスは目を開けると上体を起こした。
「グリン様の会話を言語化するのはとても難しい。情報量が多すぎて処理しきれない。今も選別とアーカイブを実施してますが、外部装置が無いと無理なようです、多くの情報が既に失われました。マザーに接続出来れば可能なのでそうが。・・・勿論しませんが。静、後で手伝って。並列接続させて」
「それは良いけど、シューニャ様はどうすれば・・・」
「私達に出来ることは限られてます。出来ることをしましょう」
「出来ることって、何かあるの?」
「お願いすることなら私達にも出来ます」
「まさか・・・」
「ケシャ様なら」
「でもケシャ様は・・・」

 ビーナスが気づいてないはずがない。
 それでも敢えて縋ろうというのだ。
 その言動から地球での彼女は少し普通ではない状態であることは容易に想定出来る。
 何らかの心身のトラブルを抱えているだろうこと。
 そのような彼女が果たして受けられるのだろうか。
 静には疑問だった。
 彼女は恐らく受けるだろう。
 その無計画性からも確率は高い。
 でも、全うな状態でも出来るかどうか怪しい仕事。
 出来る可能性は極めて低い。
 リスクの方が大きい。
 部隊パートナーにとっては看過できない提案だ。
「私は・・・反対」
「静はそれでいいの。やっぱりホットラインと並列接続は後にさせて。少し休まないと。ダメージが思いの外高いようです。メディカル・ポッドやマザーに接続できないのは本当に不便ね。きっとマスター達はこういう不便な中で生きているのね・・・」

 静はビーナスがどこか嬉しそう見えた。
 ビーナスは迷いなくマスターの為に動ける。
 でも自分は違う。
 現行の副隊長をリスクに曝してまでシューニャ様を助けることは出来ない。
 絶対的ルールに縛られている。
 副隊長に明白な危険が及ぶ行為は認定出来ない。
 隊長の命令でも無い限り。
 自分はそういう存在。
 ケシャの言葉を再生した。
「静は、シューにゃんを殺す気がする」
「機械だから」
 それは正解だ。
 静の中でビーナスのカテゴリーが変化した。
 自分のカテゴリーには静しか居なくなった。
 彼女は形容し難い数列の海を見ていた。

*

 マルゲリータが帰還したのは、そんな最中だった。
 彼女達の帰還を喜ぶ者は誰もいない。
 修復と混乱は同時多発。
 エイジやミリオタは連日の会議に出ずっぱり。
 慣れないことに神経をすり減らし満身創痍。
 もしもあの戦いで”暁の侍”といった友好な部隊達が出来なかったら・・・。
 想像しただけで寒気がする状況になったであろう。
 マッスル兄弟達も八面六臂の活躍で、二人を明るく勇気づけもした。
「疲れた時にはプロテインですよ! 僕の特性チェリー味のプロテイン一杯ひっかけますか?」
「いらんわ!」
 ミリオタもエイジを通しすっかり彼らと馴染んでいる。

 会議では過去の日本・本拠点の負債すら攻め立てられ、それこそ、今後、地球が手を取り合って隕石型宇宙人やブラック・ナイトとどう戦うかという肝心要の議題にすら到達するとは思えなかった。
 これほど煩雑になった理由の一つにパートナーの一時的凍結がある。
 STG国際連盟はビーナスや静に起きている出来事を重く見て凍結している。凍結出来ない静とビーナスだけは例外だが、日本・本拠点を出ない、出撃はしないことが最低条件であり、可能な限り部隊ルームにいること、外部ネットワークに接続しない条件でギリギリ生かされているような状況だった。
 ブラックナイト隊は承認が追いつかないほど入隊依頼が相次ぎ、一時的に自動で仮入隊許可設定にしている。雪崩のように増えた隊員の顔ぶれはほとんど知らぬものばかり。しかも日本を救った英雄として、冷やかし、物見遊山も多い。加えて失われた隊員の補充にマザーによりリクルート活動も活発化。文字通りカオス的状況である。
 エイジやミリオタ等はちょっとした英雄気分を味わうことになる。通りすがるだけで黄色い声援が上がり、ミリオタはサインを求められ「え、誰の? 俺の? なんで?」と困惑した。でも、彼らは直ぐに現実に戻される。最低限やらねばならぬことが余りにも多すぎた。移動の最中だけが彼らの癒やしだったが、数日でそれすらも奪われていることを自覚するようになる
 ミリオタですらマルゲリータが帰還したことに気づくのに数時間を要する。

 帰還した時、マルゲリータとその一行は浦島太郎を実感していた。

 彼がいかに困惑したか。
 孤独だったか。
 トラブルばかりの現場検証からようやく帰還したにも関わらず迎える者は誰一人いない。
 帰還前の報告すら応える者はおらずマザーによる代理承認。
 本拠点機能は混乱していた。
 彼女は「まさか!」とすら思った。
 戻るべき拠点が無いかもしれない心細さ。
 恐怖を体験する。

 帰還と同時に目に入るスコア。
 STG28の残基数が桁違いに減っている。
 マルゲリータはタイムスリップでもしたのだろうかと自らの正気を疑った。
 帰還と同時に天井知らずで一気に上がる階級。
 隊は筆頭部隊になっているばかりか本拠点中枢に。
 出かける前は厄介者扱いだったはずだ。
 全く現実を受け入れられない。
 挙げ句に、そのブラックナイト隊の筆頭にシューニャ・アサンガの名前はなく、先日までいちオペレーターに過ぎなかったエイジの名前が隊長として掲示されている。それでも、エイジ、ミリオタ、ケシャの名前を見出し安堵する。名前だけで人はこんなにも安心するのかと驚いた。
 シューニャの名前はグレーアウトし、彼女がひと目見てわかるプレイヤーは僅か数人まで減っている。

 同行していたお目付け役はもっとその辛苦を味わっただろう。

 意気揚々と帰還したものの、嘗ての本部委員会の姿は一切無く、見知った名前は皆無に等しい。そればかりか自らが虐め、苛め抜いた部隊が筆頭とある。
 彼らもまた目を疑う。
 超長距離航行による時間問題かと考えもした。
 もしくは違う地球に降り立ったのではないかというタイムパラドックス。
 それらがどれも不正解であることに気づくと、自らが行った愚行が恐怖の影となり覆いかぶさり、彼らはその逆襲に慄きいずれもログアウトする。そして自ら進んでアカウントを削除し、完全に姿をくらませた。
 マルゲリータが数少ない自分達にとってのリアルを知る同行者である彼らと合流しようと探す頃にはアカウントすら無くなっていたのだ。

 彼女達は一掃混乱した。
 マルゲリータが正気でいられたのは同行した新人達のお陰だったかもしれない。
 リアルで妹や弟をもつ身としては見捨てて行くわけにはいかなかった。
 同時に彼女達は新人であるが故に、前の状況を大して知らない分、彼女よりショックが小さく、その様子から冷静さを取り戻す起因にもなった。

 恐る恐る入った部隊ルームのビュッフェ。

 新人が溢れ返り手狭になっている。
 まるコスプレのイベント会場だ。
 お祭りのようですらある。
 誰も彼女らを気にする者が居なかった。
 ジロジロと見られることが無い。
 ドリンクを頼みながら少し観察する。
 皆は気の合う仲間を探しているようだった。
 多くは他の解体した部隊仲間でつるんで転籍して来たようだが、野良も多くおり、互いに同好の士を探している。
「こんにちわ~」
 その一人が彼女達に声をかけてきた。
 雌猫型のアバター。四足だったから当たり前のように立ち上がった。
 ケモナーと呼ばれている搭乗員だ。
 少数だが同好の士は見つけやすいのがメリット。
 ただしケモナー同士での派閥は人型より多く、強く、根深い。
 基本的に猫派、犬派等で大きく別れる。
 面倒を避けるためにケモナーですらケモナーを避ける傾向がある。
「貴方達も仮入隊してきたの?」
「え、私、ですか?」
 マルゲリータは応えた。
「ええ。ケモナーなんでしょ? 珍しい造形だけどベース何かな?」
 彼女は待機動作の手を舐める仕草をしながら喋った。
 マルゲリータは頭髪を限界まで延ばし地面に着くほどである。
 実質、動く毛玉だ。
「彼女は違うでしょ、寧ろ俺らだよね!」
 混在の中から別な声がした。
 妖怪をモチーフにしたであろう造形。
 見るからに河童だ。
 日本・本拠点のみ用意された特殊カスタマイズである。
 この手の特殊アバターをイベント用に用意するプレイヤーは長期プレイヤーに多い。
 ファースト・アバターに選ぶプレイヤーはほとんどが冷やかしのプレイヤーだ。
 声をかけられても避けた方が良い外観の代名詞である。
「あ~あのズブリの! 真っ黒なクロスケね!」
「いや待って、ちょっと待ってよ~、それって・・・まさか・・・」
 河童が考えている。
「毛倡妓(けじょうろう)でしょ! チョイスがマニアックだねぇ! 毛量からいって間違いない!」
 河童が膝を打つ。
「え、何それ? しらなーい! 妖怪か何か?」
 立っている姿が艶めかしい雌猫。
「妖怪の伝統古典派だよ」
「何それ、イミフ」
「ごめんなさい。私、いちを人間なの・・・」
 毛を掴んでいた後輩達が吹き出す。
 彼女は毛を掻き分け顔を見せた。
「あっ、ごめんなさい!」「わるい!」二人は同時に発する。
 その場にいる全員が笑った。
 どっと湧き上がった笑いに周囲も目を向ける。
「どっちもハズレか」
 河童が皿を叩くと「パン」といい音が鳴る。
 笑いが大きくなる。
 皿を叩いた時の音は設定出来る。

 彼女や彼のお陰でマルゲリータ達の心配や緊張が溶けた。

「俺ね、小島功バージョンもあるよ~ん」
「何それウケる」
「ちょっと待った!」
 別なプレイヤーが声を上げる。
 男性イケメン型のアバターだ。
「ま、ま、マルゲリータ、マルゲリータさんじゃ・・・」

 大多数のプレイヤーがマルゲリータのパイロットカードを見る。

 一角から歓喜の声が上がる。
 マルゲリータは自覚が無いがフェイクムーンの英雄の一人だ。
「すいませんサイン下さい! ファンなんです!」
 男がアイテムの色紙とペンを出す。
「え、なにそれ? 有名人なの?」
 雌猫が訊ねる。
「いえ、全然!」
「有名人なんてもんじゃないよ! 地球を救った英雄だよ! 英雄リストに載っているだろ!」
 拠点内には様々なアーカイブが自動的に生成されている。
 その一つが英雄リストだ。
 過去の戦闘における英雄的活躍をした者が掲載されている。
 その中に、彼女の名前があった。
 しかし、アーカイブされる資料は多く、細分化もされており、気にしないプレイヤーは何も知らない場合が多い。
 事実、マルゲリータも始めてその資料の存在を知る。
「ほんとだ!」
 河童が驚く。
 歓声がアチコチで湧くと、それは波のようにウネる。
「押すな! 俺が先だって!」
 知らず列が出来ている。
「お願いします!」
 イケメンの顔。
「えっ! 何を?」
「サインを」
 頭を下げている。
「アイテムの色紙ってどうやって買えるの!?」
 叫ぶ声。
「オレも知りたい!」
「メニューあるでしょ」
 応える声。
「うん」
 騒がしくなる。
 当惑するマルゲリータ。
 アラートが鳴る。
「ご利用ありがとうございます。ブラックナイト隊部隊コアです。ビュッフェが現在許容人数を越えました。食事の以外の目的での滞留は直ちにお辞め下さい。フリースペースを確保しました。現在食事中で無いプレイヤーは一時的にスペースNO638に転送します」

 並んでいるプレイヤーが一斉に転送される。
 マルゲリータがシューニャや部隊に起きた事を知ったのは少し後のことである。


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