STG/I:第百四十一話:祭り


  中央の焦りを他所に陽気な河童と猫が入って来る。
 二人は中継ポイントの情報を義母に上げる役目だ。
 そこにはマルゲリータからの指示も入っている。
 タイムラグはあるが安全性と確実性がとられた。
 猫と河童の二人だけが情報を抜くことが出来る。
 そうしたセキュリティ設定。
 システムを熟知していない二人はそういうものだと素直に受け止めている。
 河童は肩を落とすと言った。
 今や彼も立派な作戦メンバー。

「なんだろうなぁ・・・なんか、俺って才能ないなぁ~」
 噂になっている彼らのミッションに挑戦したようだ。
 実際、彼のような搭乗員が多く出ている。
(実は簡単なんじゃないか?)
 多くのプレイヤーが思った。
 オリンピックを見てスポーツがしたくなる心境に似ている。
 それほど彼らは簡単に熟しているように見えた。
「しょうがないでしょ」
 他の索敵班との中継的役割モ担っている。
 情報を集約し、マルガリータや本部に報告。
 その情報の意味を二人は理解していない。
「出来ることをする! マルゲちゃんだって言ったじゃない」
 猫はイチゴシェイクを飲みながら喋っている。
「作戦室は・・・」武者小路が苛立ちを隠せず言いかける。
「ごめんなさ~い」ズズっと飲み切ると、体毛の中に隠した。
「そうだけどさ~。あそこまで見せつかられるとな~、男としてだよ~」
 猫は河童の皿の上の空気を一つまみすると、投げ捨てた。
「これで大丈夫。下らないプライドは今投げ捨てたから」
「・・・あ、本当だぁ! 気にならな~い!」

 二人が笑っている。
 周囲の作戦メンバーは苦笑していたが、エイジは笑顔になった。

 二人は現実を認識していない。
 イシグロさんや武者小路さんの言う通り。
 でも、だからこそ救いを感じる。

 エイズはずっとシューニャがやり掛けたプランの進捗状況を見ていた。
 足りない部分や、遅れている部分に人員を手配。
 素材の再配分や計画の見直しを打診。
 宰相というより、現場監督の仕事かもしれない。
 武者小路からも「君の仕事じゃないだろ」と言われた。
 でも、やらないと落ち着かなかった。
 本部の重要な運営やアース達の監視は武者小路に任せている。
 自分がしゃしゃり出ると話がややこしくなりそうだと感じた。

 マルガリータの考えた方針に則り索敵分隊はプラン通り動き成果を上げている。
 プランそのものが良かったのは勿論だが、新人が大半を占める中隊だった為か、彼女のリーダー的才覚かはわからないが、素直にプラン通り動いているのも幸いしている。
 お蔭で本拠点はようやく記録されている星の配置を捉えた。
 同時に、それでも日本・本拠点のカバーエリアがまだ遠いことを知る。
 エリア28の外縁部。
 割り当てられている国は無い。
 嘗てはどうだったんだろうか?

 単独で飛び出たマルガリータ中隊長はまだ戻らない。
 彼女からの情報は出撃直後に一度もたらされてから上がってこない。
 ほとんの隊員は一度ならずとも帰還し、ルーティーンで出撃している。
 中継を任された河童と猫も、マルガリータから「心配しないで」としか聞かされていないらしい。
 本拠点は索敵班と中継ポイントの距離をある程度の間隔に保つ為、加速はしていない。
 外縁部から来たのだから敵襲が無いと考えた。

 義母が警告したように、宇宙希望の「ちょっと」は想像絶する乖離を生んでいた。
 推定位置は都度更新され、本拠点が青い炎を発する。
 それを不思議な感慨をもって何時も見た。
 迫力に上がる歓声。

 エイジは恐ろしく感じている。
 宇宙は生命を感じない。
 何より、あの星々が何時動き出すか判らない。
 恐ろしい。
 これまでは安全だという思い込みで見ていた。
 その一方で希望に感じている自分もいる。
 命を感じない漆黒の中で、青い炎を発している人工物。
 今、自分達は生きている。
 強く感じさせてくれる。

 もし中隊の情報もなく、完全な推測で動いていたらと思うと・・・。
 如何に多くの情報や支えによって「当たり前」がなされているか。
 エイジは「当たり前は・・・当たり前じゃない」と呟いた。

 立ち上がると、脱兎のごとく作戦指令室を後にした。
 横目でみる武者小路。
 ログインボードに、ミリオタのサインが灯った。

(スパイ崩れ・・・)

 アースの言葉を思い出していた。


「どうした、慌てて?」
 ミリオタは何事も無かったように言った。
 どこか心の距離を感じる。
 妙に角が落ちた様子。
 脱力したような、気が萎えたような感じとも言える。
 それでいて妙に爽やかな印象も受ける。
 エイジは意図せず「心配しました」と口から漏れた。
 彼は驚いたような顔をすると、苦しそうにし、弱々しく笑った。

「ありがとう・・・」

 言葉が続かない。
 らしくない。
 妙に居心地が悪い。
 何時ものようにおふざけが無い。
 空威張りも空元気も。
 まるで遠い所に行ってしまったような寂しさを感じる。
 言葉が溢れてきて絶句。

 結局それ以上エイジは声をかけられなかった。

 ミリオタはそのまま作戦室に向かう。
 後を付いていくような形になったが互いに無言。
 まるでアース等居なかったかのような振る舞いにも見える。
 気にしている様子も無い。
 エロコスと連絡を取り合っている風も無い。

 今日も彼女達はミッションルームにいる。

 ギャラリーは増え続けている。
 ミッションに挑戦する者達も嘗てないほどに増加。

 ミリオタは淡々とプランの進行に注力しているよう見える。
 エイジはミリオタが立つ度に偶然を装い立ち上がった。
 度毎にビュッフェに誘ったが、「悪い」と短く断られる。
 マルゲリータの情報を調べいるわけでもない。
 彼女は限りなく失踪状態に近いのに。

(気にならないんだろうか?)

 伝えて上げたかった。
「マルゲはどうなった?」そう言ってくれさえすれば。
「安心して下さい」と言いたかった。
 見るとは無しに彼を見ていると、武者小路からホットラインが入る。
「彼は、大丈夫なのか?」
 その声には明白な疑念が感じられる。

 武者小路は昨夜のことを思い出していた。
 エイジが告げた事実。
 ミリオタとエロコスがリアルで知り合いの可能性が高いこと。
 武者小路にだけ打ち明けた。

 その際にエイジは取引をする。
 二点だけ譲らなかった。
 ミリオタを副隊長から下ろさないこと。
 作戦メンバーから外さないこと。

(思い出すと今でもイライラする)

「責任は僕がとります」
 エイジがそう言うと、武者小路は激高。
「責任がなんたるか判るのかっ! 判らない餓鬼がとれるのかっ!」
 テーブルを一度だが両手で強く叩いた。
 リアルでもしたことが無い。
 エイジは驚いた風も無く、少し間をおくと言った。
「・・・そうですね・・・ごめんなさい。私は判りませんね。なんて言えばいいか・・・」
 エイジは少し考えると言い直す。
「彼が何かしたら・・・私を殺して下さい」
 エイジの頭上にペナルティポイントが加算。

 武者小路の中で何かが壊れた。

「ふざけるなーーーっ!」
 軍配が二つに割れ飛んでいく。
 仁王がごとく顔を真っ赤に憤怒。
 鎧が赤い炎のエフェクトで業火のごとく燃え上っている。
 今度は自身の椅子を蹴り飛ばすと、コンソールに当たり砕け散り、霧散。
 頭上にペナルティポイントが連続して灯る。
 このゲームにキャラメイクしてから初めてだ。

 エイジは武者小路をじっと見つめている。

 自身は怒りの余りブルブルと震え、肩で息をしている。
「漫画やアニメの見過ぎなんじゃ・・・軽々しく・・・言うなーーーっ!」
 残った軍配も膝で二つに折る。
 ペナルティポイント。
 それでもエイジは言った。

「僕の全てを差し出します」

 その瞬間、鎧が更に大きく燃え盛る。
 その様は不動明王だ。

「黙れっ・・・
 黙れ! 黙れ! 黙れーーーっ!
 意味わかってんのかっ?
 重みも知らずに・・・生いってんじゃねーぞっ!」

 抜刀するとは手当たり次第に椅子を斬り捨てる。
 ペナルティポイントの桁が上がる。
 エイジは微動だにしない。

 どれくらい経ったろうか。

 鎧から炎のエフェクトが消え、
 彼の息が整えられた。

「リアルの、住所と氏名、年齢、携帯番号を書いて寄こせ・・・」

 エイジはメモを取り出すと書いて渡す。
 その行動に躊躇いは無く、喜びすら感じているように見えた。
 それを奪うように受け取る。

「・・・正真正銘の餓鬼じゃねーか・・・」

 再び鎧が燃え出す。
 しかし、今度は直ぐに鎮火した。

「判った・・・覚悟しろ・・・」
「ありがとうございます」
 エイジは頭を下げる。
「・・・俺は本気でやる・・・」
「はい」
「もう一枚よこせ。今の言葉、一筆書いてサインしろ」
「はい」
 さらさらと書く。
 受け取ると、武者小路は指令室を出ていく。

「大丈夫です」
 エイジの声で我に返る。
「昨日のこと、忘れてないよな?」
「はい」
「なら、いい・・・」

(俺は何をしている・・・間違っている)

 今日も定刻通りに連中はログアウトした。
 夜、彼の部隊は更に大きくなる。
 夜組が彼らのリプレイを見て、主役不在で祭りとなった。
 ロビーでは何度かアースコールが上がる。
 それを苦々しく武者小路は見た。

 流行に機敏な搭乗員はアースや白T、エロコスのファンアートを続々と発表。
 救世主、軍神と盛り上がる。

(糞世論が・・・)
 
 特別対策班も不穏なムードに包まれている。
 武者小路の恐れが最悪の形で的中しつつある。
 本部の人間なら過去の履歴をある程度閲覧できる。
 対策班の権限は広い。
 知れば知るほど愕然とする中の人の性能差。

 連中のアバターのスキルは戦果が無い為デフォルトだ。
 にも拘わらずこの戦績だ。
 戦闘においてアバターの性能はここぞで出る。
 重力耐性や衝撃耐性等々、一見地味なスペックは通常運用では無用だ。
 STGが緩和する。

 耐熱性能を例にすると解りやすい。
 普通の搭乗員なら必要ない。
 だが、ガーディアンにとっては極めて有用なスキルだ。
 ガーディアン特化はハイレベルほど極地戦が増える。
 アバター性能差で三秒余計に守れることは紙一重の結果を生むことがある。

 武者小路がエイジを見直したのはその点であった。
 彼はレフトウィング戦では既にアバターに耐熱性能を付与していた。
 それもあっての無謀だったのだ。
 全くの考えなしでは無い。
 ほとんどの搭乗員は自らの方向性を定められず、特徴的な性能から振り分け、全体的に上げる傾向が見られる。
 でも彼は、エイジはガチガチのガーディアン志向であることが伺えた。

 先日の本拠点緊急停止でもアバター性能によって被害の程度に差が出た。
 STGや本拠点の、言わば常識の範囲を逸脱した事象に際しスキルは意味が出る。
 あの後でアバターをリセットしたプレイヤーは多い。
 リセットすると、積み上げたものは全て失う。
 
 困難な作戦ほど積み上げたアバターの戦果は意味が出てくる。
 そのアドバンテージが連中には無い。
 なのに。

 ゲームは実力がものを言う。

 武者小路はどうにかして実力で本部が上回ることを示したかった。
 どんな小細工も、どんなプロパガンダも最終的には現実の前に効果は薄れる。
 この数日、何度シミュレートしても差は埋まらなかった。
 どう作戦を練り直しても、恥を忍んで同じ作戦で出ても結果は遥かに下回る。
「実際のシミュレーターでやらないと判らないんじゃ?」
 同僚の真田に言われた。
 だが、参謀が使用出来る義母を介したシミュレーションでこの差なら試すまでも無い。

 個々のスペックが違い過ぎる。
 そして人外の連携力。
 まるでパートナーの次元だ。

 最も、実際の戦闘では彼らがまだ使用出来ない装備の使用を仮定しての結果ではある。
 彼らのSTGはデフォ。
 標準装備のツインバルカンでは不可能。
 アバターのみ自身の設定を反映させている。
 それはそれで紛れもない事実。
 当初はそれを抗いのネタにも使っていたが、世論は動き出した。

「与えればいいじゃないか」

 戦果は移譲や寄付が出来る。
 工期短縮も限界はあるがある程度なら戦果で賄える。
 既に彼らへのファンディングは始まっている。
 彼らは日本の希望への光となりつつある。

(何かがおかしい)

 これもアースの策略なんだろうか?
 アースはどうやって指示を出している?
 やはりリアルでと考えるべきだろう。
 どうしてパートナーの英知を使わない?
 もしアース抜きでこの実力だとしたら、アースが入ったらどうなるんだ?
 あり得ない。
 こんなことは絶対に。

 武者小路は頭を抱えた。
 ずば抜けて戦闘能力の高いアースの配下達。
 物事が想像を遥かに超えた速度で進行している。


 三日目。

 何も変わらなかった。
 連中はコンピューターのように同じ行為を繰り返している。
 だが、その効果は絶大。
 連中の公開ミッションは完全に一大イベントと化している。
 実況するプレイヤーまで現れ場を盛り上げる。
 ファンアートは一夜にして流布され、有名な絵師やCGクリエイターも参戦。
 一層の盛り上がりを見せている。
 ギャラリーはまるでイベントを見に来た客のようだ。
 神プレイヤーの超絶技がロビーのモニターに流れる度に歓声が上がり、興奮を皆が味わう。

 しかも、難関ミッションにチャレンジするプレイヤーが現れれば現れるほど彼らの価値は勝手に、それこそ天井知らずで上がった。
 如何に彼らの攻撃が、連携が、超絶技巧が、凄まじいか、自ずと比較できる。
 個々が知る上手いプレイヤーが全く歯が立たない現実。
 光速のように速いコンドライトの突進をマタドールのようにヒラリと交わす。
 すれ違いざまに打ち込まれるアンカー。
 遠心力により、まるでハンマーでも投げのように回転。
 捕獲機に投げ込みロック。
「ゲームじゃあるまいし!」
 思わず上がった声にロビーでは大爆笑。
 だが、それを言った彼の顔は必死だった。
「ゲームだろ」
 上がる声。
「ゲームでも凄いけど」
 捕捉する声。
 何も知らないプレイヤーですら判る絶技。
「あんなプレイ、百万回挑戦しても出来る気がしない・・・」
 当然だった。
 当初こそ多かった冷やかしやアンチも、その圧倒的技術格差になりを潜めていく。
 繰り返される遠吠えすら、「じゃあ、やってみろよ?」のギャラリーの一言で封殺され、オーディエンスも支持。

 溢れかえる虎の威を借る狐達。
 おこぼれに預かろうとたかるプレイヤー。
 ブラックナイト隊は雪ダルマ式に膨れ上がった。
 喜ばしいこととも言い切れない。
 何故なら行く先は彼らの隊だ。

(一定数増えたところで袂を分かつ気なんだろうか?)

 単純に人数で権利は入れ替わらない。
 それでも数の力はあらゆる面で大きい。

「このままでは明日にはコアの隊を超すな・・・」

 作戦メンバーから不安の声が上がった。
 この段になると、イシグロからは冷めたものを感じる。
 次の策を弄しているのか、手のひらを反すのか。
 無言になっていた。
 武者小路の苛立ちと憤りがその鎧のエフェクトからも見て取れる。
 抑えようとしても抑えきれない。

 全てが手遅れ。

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