二人が退出した時、エイジが立っていた。
ココから別な場所にダイレクトに飛ぶことは出来ない。
宰相なら強制権で押し入ることが出来たが、しなかった。
女はエイジを見初めると、平然と笑顔で手を振った。
「あら~ミニソーセージちゃん」
ミリオタは女の後から出て来る。
エイジと目が合った途端、顔を歪め、伏せた。
女はするりと間に立つと、身をくねらせ胸を強調。
エイジは頬を赤らめ目線を逸らす。
女の頭上にペナルティポイントが表示。
「副隊長さん私がタイプなんだって。これ内緒よ。会議中もチラチラ見てたでしょ。ちょっと来いって言うから、き・て・み・た・ら・・・そこから先わぁ~、ひみつぅ~!」
ミリオタが彼女の後ろで肩を小刻みに揺らしているのが僅かに見えた。
それを隠すように身体を傾ける女。
眼前には彼女の大きな胸が、エイジは思わ横を向いた。
「可愛いっ。若い燕に乗り換えちゃおかしら〜っ」
「あの、二人は・・・お知り合いなんですか?」
横を向いたまま言った。
「食べて欲しかったら何時でも言ってぇ~」
エイジの顔を両手で包み正面を向かせると、目の前で投げキッス。
胸部と臀部を左右に揺らしながら靴音を響かせ出ていく。
ミリオタが足早に去って行こうとする。
「待って下さいミリオタさん! 何があったんですか?」
「な、何でもない・・・」
「もし良かったら、何があったか、」
「何でも無いって言っただろ! 俺に指図するのか! お前、調子に乗ってんのか!」
顔をじっと見る。
眼の必死さとは裏腹に痛々しい。
頬がまだ少し赤い。
「いえ、そんなつもりじゃ・・・。あの、僕なんて何の約にも立たないかもしれません。でも、力になれればと思ったから・・・」
ミリオタは振り返ると、項垂れるエイジに悲壮な顔を向ける。
そして頭を震わせると絞り出すように言った。
「役に立たねえなら・・・黙ってろよ・・・カス」
エイジは黙って見送るしか出来なかった。
過去の自分を瞬間的に思い出した。
奇しくもミリオタの言葉は、自身が母に投げつけたものでもあった。
「こんな気持ちだったんだ・・・」
胸を鷲掴みにする。
苦しい。
言葉を間違った。
訂正したい。
でも、訂正出来ない。
天井を見上げる。
次第に全身が震える。
目を瞑り、少しすると、毅然とした表情が戻って来る。
あれは嘘を付いた顔。
顔の紅さは鏡に映った過去の自分を思い出させる。
平手で何度も叩かれたに違いない。
どうして彼女に?
付き合っているんだろうか?
違う。
あの顔は支配されている人の顔。
どんな弱みを?
地球でのリアフレ?
やっぱり彼女?
そういう趣味?
違う。
彼女なのにあんなに冷たい顔で見られる?
あんな目で好きな人を見られる?
何かある。
コールサインが頭の中で響く。
武者小路からのホットライン。
直接 声が聞こえる。
「エイジ君、まだかかるか?」
「ごめんなさい武者小路さん。今から行きます。ミリオタさんは体調が悪いから参加出来ないようです。はい、すいません。向かいます!」
*
翌日。
アース・リングは何事も無かったようにログインして来た。
しかも午前四時に。
彼らは行動監視対象になっている。(伝えてある)
モニタリングしていた武者小路の部下によると、その日は誰とも会っておらず、マイルームからも出てこなかったと言う。
閲覧履歴からすると、STG28に関するルールブック、規約類を片っ端から読んでいるようだった。
「なぜ?」
武者小路は疑問に思った。
しかも、読んでいると言うには甚だランダムで、見ては次、見ては次といった具合で、熟読している風でもなく、法則性もないように思える。
ビュッフェにすら行かず、時々、数時間放置してはまた読み始める。
普通の搭乗員なら、どういう施設があるか散策したり、ハンガーへ行ったり、装備を閲覧したり、シミュレーターに乗ったり、パートナー相手にあれやこれや試しながら数日費やすプレイヤーも多い。小隊に入隊した者なら、部隊ルームに行き、賑やかに楽しむものだ。
アースはそれら一切をやらず、午後七時にログアウトする。
深夜、イシグロもログを追いながら爪を噛み困惑する。
彼らを監視する為の特別対策チームと共に議論した。
エイジからは「武者小路さんの好きなようにやって下さい」と返されている。
「そうだ! リアルだ!」
珍しくイシグロが大きな声を上げる。
「となると・・・彼らが言っていたことは概ね事実・・・」
武者小路が応える。
「とは限らない。嘘に事実を混ぜることで真実味を増す。詐欺師の手口だよ。監視されていることは承知しているからね。ジャンケンでもあるだろ? 最初にパーを出すとか指定する行為。時々本当に出されると逆に混乱する。それと同じだ」
「情報が漏れることを恐れてゲーム上では連絡をとらない、か・・・」
「同じ場所で操縦しているというのは事実なのかもしれない。だから、STG28で連絡を取り合う必要が無い。連絡はリアルでとっているに違いない」
取り巻きと小隊は午前九時にログインすると、ミッションルームに直行していた。
正午に一時間ほどの休憩を挟むと午後五時半に全員ログアウト。
データを細かく見ると、彼らはいきなり最高難易度SSランクのミッションから挑戦している。
最初の二、三戦こそ凡庸な戦績で危ないシーンもあった。
覚束ない操作も一部見られたが、度毎に是正し、戦績は次第に鰻登り。
初日の最終ミッションでは、マザーとの断絶時に記録されたワールドレコードの上位百チームに名を連ねる戦績を叩き出す。
リプレイを見ていた本部委員の誰しもが感嘆の声を上げる。
思わず拍手するプレイヤーも。
イシグロと武者小路の目線を受け、歓声は小さくなる。
「不可能だ・・・」
イシグロはボソリと言った。
「いや、彼らが言うように既に訓練済なら不可能じゃないでしょう。もしくは、これが最適な訓練と装備を与えられた者達との差なのか、その両方か・・・」
武者小路は素直に喜べなかった。
もし彼らが事実を語っているなら、これはウォーミングアップだろう。
明日はもっと成績を叩き出す。
(そうなると・・まずいことになる・・・)
当初は、地上のシミュレーターはココとは違う。
地上にパートナーは居ない。
何より、幾ら訓練していたとは言え実機ではない。
そんなに簡単では無いことを思い知ると推測していた。
「事前に出る設問がわかっているテストのようなものだな・・・」
「それだけでは無い。才能もあるようだ・・・単なる訓練や装備だけでは、こうはいかない・・・あのシミュレーターでSSランクミッションをやった者なら判るだろう・・・あれはクリアすることすら難しい・・・」
彼らの言説が正しいことがまたしても証明された。
完璧では無いが、地上では実機に近いシミュレーターで訓練をしていた可能性が高いことを戦績が物語っている。
少なくとも本部の大半は前日の言説はハッタリだと思っていた。
もし全てが事実なら、これ以上ない味方であることは明らか。
そうした希望に満ちた空気感が指令室を覆いだす。
それを察し、武者小路が誰に言うとでも無く言った。
「だが、彼らに任せるのは賛成しない。彼らは反乱者だ」
「そう。当然だ」
イシグロも追従する。
果たしてその声はどの程度の人数に響いただろうか。
武者小路は毅然と振舞ったが、内心恐ろしくなる。
エイジは終始無言だった。
ずっとログインサインをぼんやりと見つめている。
要所で武者小路は「いい加減疲れているだろうから今日は休むがいい」と言ったが、エイジは「大丈夫です。邪魔じゃなければ、いさせて下さい」と返事をしていた。
(ミリオタ、シューニャ、ケシャ、マルガリータといった感じか)
武者小路は思った。
唯一、マルガリータのサインは灯っている。
定期連絡も猫を通しなされているが、情報収集中とされ詳細は不明らしい。
その他は全員サインが灯っていない。
その日、ミリオタは最後までログインして来なかった。
(折れたか)
エイジを横目で見る。
彼の成長には日々驚いている。
同時にそれはミリオタにとっても同じこと。
少なからぬショックを受けているだろうことは間違いない。
賛辞を受ける彼と、遅々として成長を見せず地位だけ上がるミリオタ。
態度が大きい、口が悪い等、批判は相変わらず少なくない。
発言力に対し、彼は暫く際立った実績らしい実績も残していなかった。
大戦の時も生き残りはしたが、個人のスコアとしてはそこまででも無かった。
そうした事から、彼の事を、肯定的にはラッキーマン。
否定的には寄生プレイヤーと陰口を叩く者も多い。
彼が優秀なアタッカーであろうことは間違い無いようだ。
武者小路も正直なところ意外だった。
彼はどこにでも居る“口だけ番長”かと思っていたからだ。
参謀権限を使い戦績を詳細に調べると、通常戦闘時、彼の攻撃スコアは非常に高いと判明。
ワールドレコードでもトップ三百位には常にいる存在であることに気づく。
STG28のプレイヤーは非常に多い。
その中でこの戦績は十分な実力者である。
だが、これが曲者だった。
紛れもなく優秀にも関わらず、そこまで目立たない存在。
特に彼の同期は嘗てのエースパイロットである竜頭巾を筆頭に、ドラゴンリーダー等の突出したパイロットがひしめいている。サイトウ等は更にずっと前の世代にあたる。
現状のプレイヤーの質で比較すると国内でも上位に食い込むはずだ。
ところが総合で見ると、なっていない。
分析すると、彼は大規模戦になる度に大幅に戦績を落としている。
ここで風評の寄生プレイヤーで無いことを武者小路は確信。
もしそうなら、大規模線で大幅に戦果を上げ、小規模線や個人成績は低いはずだ。
それが彼の「ウィークポイント」と見た。
(大舞台に弱いタイプか・・・)
柔らかい自信の喪失が彼からプレイ意欲を削ぎ、弱い彼のことだから逃げるだろうと武者小路は踏んでいる。
恐らく遥かに下に見ていたであろうエイジが自分を大きく凌駕していく。
その結果、彼は逃避するだろうと考えた。
(後はどのタイミングで武田隊長を推薦するかだな、慎重にせねば・・・)
二人の関係が強いことは深慮するまでも無い。
下手な切り出しをすると、流石のエイジでも頑なになるだろう。
事実彼は何時までも戻らないケシャを副隊長から下ろす気はない。
一部隊としての構えならいいが、最早ブラックナイト隊は違う。
筆頭部隊の役職はそのままスライドする。
(そこまで気が回ってもいないのだろうが)
そればかりかシューニャ・アサンガを未だに真の隊長として譲らない。
現役が居なくなるトップ部隊。
そんなことはあってはならない。
そればかりか、シューニャから受け継いだ「竜頭巾」や「プリン」のSTG28を維持する為に未だ戦果を隊が払い続けている点も驚きだった。
新しく決められたルールで、それもタイムアップ間近。
(まるで亡者の部隊。ゴースト部隊だ)
今はエイジの働きで帳消しになっている雰囲気だが些細なきっかけで凋落することは明らか。
エイジずっと考えていた。
具体的にでは無い。
ぼんやりと。
考えるとはなしに考える。
シューニャがよく言っていた。
今は少し理解出来る。
その瞳が収束していく。
(やっぱり武者小路さんに伝えておくべきだ・・・ミリオタさん・・・)
*
翌日もアースはマイルームに引き籠っていた。
ただ読んでいる。
それ以外の何もしない。
分析班は「パートナーに聞けばいいものを」とシステムを理解していないと嘲笑。
イシグロと武者小路は笑わなかった。
小隊も前日と同じ行動だ。
全員がミッションルームに直行。
即座にミッションを開始。
SSランクのミッションの中でもクリア不能と名高い「ウラブ・ラ・スラウガ大戦」を最小人数でクリアすると次のミッションに移行する。
その時、観客から一際大きな歓声が上がる。
ロビーのメインモニターにも流れたからだ。
結果、更に観客が増える。
次のミッションをクリアした時はオーディエンスの興奮は頂点に達した。
シミュレーターのミッションはオープンに設定すれば鑑賞が可能。
途中参加をオープンにすれば随時参加も可能である。
二日目の午前の段階ではそれはクローズだったが、午後にはそれもオープンになった。
噂が噂を呼び、ミッション再生回数はあっという間に記録的な伸びを見せ、指示派、冷やかし、反対派を含め中隊、連隊を組織した大規模シミュレーションへと移行していく。
同僚の真田からその報は直ぐに武者小路にも届いた。
午後の休憩を挟んでからは破竹の勢い。
ワントライで三位を獲得したミッションも出てくる。
その度にロビーやミッションルームはお祭り騒ぎ。
彼らへの賛辞は回を重ねる毎に大きくなる。
にも関わらず、前日通り午後五時半に小隊全員がログアウト。
アースだけが前日同様マイルームで午後七時に退出する。
二日目の終わりには驚くべき結果が出た。
イシグロや武者小路は天を仰ぐ。
多数の移籍希望通知がブラックナイト隊に届き自動承認。
全員がアースの小隊への参加を希望していた。
その数は史上稀にみる人数。
彼らはいとも簡単に部隊を除隊、もしくは解隊すらして編入して来た。
アースの小隊は一夜にして中隊へ昇格する。
そして武者小路が恐れていたことが現実になる。
作戦メンバーにも心境の変化が起きる。
簡単にワールドレコードを出す彼ら。
彼らの言説を証明するスコア。
肯定的な反応を示すメンバーが増えてくる。
最も、謀反の現場にいたメンバーは流石に慎重だった。
それでも明らかに肯定的な雰囲気が大きく膨らんでいる。
武者小路は落ち着かなかった。
(完全にアースの策略にはまっているかもしれない・・・)
イシグロも悪行を流布することがこれ以上効果的では無いことを察し止めた。
完全に流れが相手にいっている。
しかも、それは激流だ。
情報が却って悪い流れに加担する恐怖を味わっている。
かといって今更情報を統制すれば一層不味いことになるだろう。
メンバーの結構な人数が統制案を出したが、流石にイシグロも否定した。
「制限する時は、時と場合が肝心だ。少なくとも今じゃない」
流れは強力でどうしようも出来ないように見える。
もし何か抗えるとしたら彼らよりスコアを出すしか無い。
武者小路はイシグロに相談した。
トップメンバーを結集して彼らよりスコアを出す。
ゲームは実力社会が根底にある。
が、イシグロは冷静だった。
自分たちの過去のミッション成績を黙って表示し、言った。
「これでか? どう逆立ちしても不可能だ。これを超えられるプレイヤーがいるとしたらサイトウぐらいだろう・・・」
到底適う筈もない数値。
策で埋まるとは思えない圧倒的実力差。
「これは奴らの罠だ。ここで下手を打てば最悪の結果を自ら招くことになる」
イシグロの言葉を聞いて武者小路は慄く。
嘗ての仕事のことを思い出したからだ。
自分が彼らと同じ過ちをしようとしていることに気づき震えた。
夜、ミリオタはログインして来た。
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