STG/I:第百四十七話:獅子身中の虫

 

 マルガリータは一人出撃した。
 STG29を匿ったことを伏せたまま。

 彼女はSTGの換装中、ビュッフェに中隊メンバーを招集。
 既に任務に当たっている隊員はホログラムでの参加。
 参加率は高い。
 その様子を他の小隊が目にしている。
 河童とミケは特に入念に指示を与えていたと言う。

 彼らの真剣な眼差しは事の重大さを示していたが、周囲にとっては他人事だった。
 本拠点内の一般兵に至っては今しがたのアラートすら気にしていない。
 良い鴨が来たとばかりに煽り立てる。

「やれ! やれ!」と。
「我が軍の強さを思い知らせてやれと!」

 アースの偉業にお祭り騒ぎが加わり拡散されている。
 それを引っ張るのは彼の部隊外の配下であることは気づかれていない。
 アース部隊への入隊希望は膨れ上がっている。
 このままでは本体の部隊数を遥かに凌駕する。
 彼らは雰囲気に飲まれていた。
 酔いしれていた。

 彼女の中隊だけが臨戦態勢に入っていた。
 大戦を想定し、自分用に荒組していたプランに、帰還する間に考えた内容を付与、イシグロのアイデアも組み込んだプランを中隊メンバーに参考として配布。
 ミーティングを終えると彼女は脱兎の如く飛び出し、毛玉が転がるように走っている。
 走りながら彼女の毛が短くなるのが目撃されている。
 彼女の毛玉は心理状態によって変化する設定だ。
 武者小路における甲冑の炎エフェクトと同様の類。

 彼女はビュッフェで可能な限りレーションを補充し、食べながら、飲みながら走る。
 そして出撃する。
 一瞬、換装されたSTGトーメイトを見て立ち止まり息をのむ。
 ハンガーにビーナスと静姫がいた。

「マスター・マルガリータ。指示通りに換装完了しました」
 
 ビーナスがコントロールルームが声をかける。

「ありがとう!」

 発信の通知は運営全員に告げられていたが、見送る余裕のある者、気にかける者はほぼ居なかった。
 運営の特権上、彼女の出撃に許可は必要なく、警告も無い。

 黙して見送る静姫とビーナス。
 本来であれば宰相のパートナーがフォローを入れる案件。
 だが、エイジのパートナー、シャドウはアップデート中で何も出来ない。 
 二人は宰相に告げるようにとも告げるなとも言い渡されていない。
 そうした場合、彼女達は沈黙を選ぶ。

 二人に告げられた彼女の索敵行動は驚くべきもの。
 エリア28外縁部を中心に、可能な限り広範囲にセンサーを設置したと彼女は告げる。
 何をするにしても自信の無い彼女からは考えられない大胆さ。
 センサーはある意味で釣り餌になり隕石型を導く可能性があり、慎重であるべきだ。
 それは散々話し合われたテーマで彼女が知らない筈が無い。
 ビーナスに理由を問われたが、彼女は質問に答える代わりにこう言った。

「隕石型が直ぐ隣にまで来ています!」

 自身は配り終えたセンサー補充と換装の為に戻ってきたと。
 であれば、中隊の随伴機が入るべき状態。
 何より本拠点宰相であるエイジに伝達すべき案件だ。
 だが、彼女の経験・発想、考え、共に及ばなかった。

 STGトーメイトは使い捨て型スターゲート五輪を装着、その身に通す。
 円錐一機を囲う巨大な機械のリング。
 円形だが、視力検査のCの字のように一か所が欠けている。
 輪投げの環のように折り重なって見えるが、僅かにリング同士は接していない。
 無数のエネルギーワイヤーで中央から固定され、本体の動きと一体化。
 射出時に本機から供給される。
 リングはゆっくりと回転し出す。

 彼女は現在望みうる最高の索敵能力を誇るレベル最大のアラビアータに換装。
 この装備は外敵に対して何も出来ない。
 純粋なる索敵装備。
 大規模作戦での運用を想定された装備だ。
 見つかったら逃げるだけ。
 しかも、真っすぐに。
 直線での速度こそ目を見張るが機敏な動きは出来ない。
 放たれた矢に等しい。

 唯一攻撃装備らしき部分と言えば極限まで硬くした先端のみ。
 だが、そこでの攻撃は非現実的な選択。
 あれで刺せる隕石型は機動性の無い超大型に限られる。
 しかも貫くことは不可能。
 的に刺さる程度のもの。
 その後の攻撃手段は無い。
 無意味な行為。

 彼女が先端を硬く設計した理由にも深い意味は無い。
 好きだった弓道を思い出してのこと。
 おふざけで強度を上げて行ったら不意に思いだした。
 彼女が初めてSTG28を見た時、矢じりに見えたのだ。
 アラビアータを装備すると細長い雫型になる。
 STG28は円錐を基調とし、形状そのものをデザインすることは出来ない。
 換装される武装によって自動的に変化する。
 マザーは「装備を最適に利用する為」と理由を言った。
 彼女はその形状が気に入っていた。

「お願い・・・」

 何をお願いしているのか理解していない。

「ゲートアウト先の安全を確認中だよ」

 ゲートをくぐっている間は暗黒の中を静止したような状態になる。
 モニターは真っ黒になり計器類の証明は二割程度。
 壁紙に切り替えることも出来る。
 多くの者はSF映画の定番、無数の星が線になり収束する動画を再生する。
 しかし、それらは「最初はいいけど酔う」等の理由からデフォルトは真っ黒になった。
 駆動音はせず、流動体が定期的に流れる音が規則正しく聞こえる。
 この音は消すことは出来ず、ゲート中はBGMを流す者も居る。
 だが、この辺りをいじるのは長期プレイヤーに限られるだろう。
 ビギナーには考えも及ばない箇所だ。

 この状態はゲートアウトするまで続き、距離や出現先の状態によって変化する。
 衝撃も振動も無く、まるで止まっているようだった。
 安全性を確保出来ない場合は、選択肢が出る。

 ・最も近い安全な位置にゲートアウト。
 ・場所を再設定してゲートアウト。
 ・元の場所にゲートアウト。

 通常、元の場所には戻らない。
 ゲートアウト時には破壊的な衝撃波が発生するからだ。
 経験した多く搭乗員が「このまま帰れないんじゃないかと思って怖かった」や「二度としたくない」という感想を持つ。

「安全確認出来たよ。発破するね!3・2・1、発破!」
 
 衝撃波が発生。
 空間が束の間クリーンになる。 
 そこにヌッと現れた白い円錐。
 STGトーメイト・アラビアータ・エクストリーム。
 大戦に備えて用意してきたマルゲリータのSTG28決戦装備。

 通常STGの二倍半ほど細長くなり伸びた雫型をしている。
 先端が細い。
 通り抜けると射出されたゲートは蒸発するように霧散。
 ナノマシンにより分解された。
 残りのスターゲートを四つ抱えている。
 索敵型は最大で五つのスターゲートを抱えられるが特化系統や装備レベルによって異なる。
 初期型は一つ。

 使い捨て型と据え置き型ではその機能が大幅に異なる。
 使い捨て型のスターゲートは足取りを追われないメリットがある。
 だが、その出力から最大でも二機しか通れない。
 また、随伴機を通す場合、事前に登録する必要がある。
 中隊や大隊が丸ごと通る固定の大型スターゲートは条件が異なる。
 固定型のスターゲートは安全を確保された状態での出撃となる。

 距離も固定型に比べて短い。
 短いと言っても宇宙規模。
 エリア28を一輪で半分ほど縦断出来る距離。
 距離に関係なく一度使った使い捨て型は再使用できない。
 発破の衝撃波に耐えられる物体があった場合、ゲートアウトは出来ない。
 ゲートアウト時に必ず安全確認が行われる為、しばし空間に閉じ込められる。
 しかも安全確認精度は百%ではない。
 移動先に確認出来ない異物があった場合、蠅男現象に似たことが起こりえる。
 そうした理由により未知のエリアほど物理的移動手段をとる。
 その為、緊急時にしか使用されない。
 通常は安全が担保された固定ゲートを使用するか、飛ぶのが通例だ。
 また、一般隊員に運営の許可が必要。

 残りのリングが回転しながら移動する。
 後四つ。
 これを失ったらスターゲートでは戻れない。

 何かを探るように丁寧に推進。
 マルゲリータは立体モニターに目を凝らした。
 無数の索敵情報が流れる。
 全てグリーン。
 モニターには空気の綺麗な星宙を見るように無数に煌めている。
 慣れていない隊員は全く意味不明だろう。

「まだ来ていない・・・。逃げしてあげないと、でも、どこへ・・・」

 浮遊する大きな無機物から光る触手が伸びてくる。
 彼女は思わず叫んだ。

「あっ! 良かった・・・。待って! 延ばさないで!」

 触手はまるで言葉が通じたかのように、おずおずと巨大な鉱物の中へ戻っていく。
 彼女が施した偽装だ。
 外見上は全く区別がつかない。
 ただし大きな物質や小さすぎる塵等は貫通してしまう。
 索敵型のSTGならバレてしまうだろう。
 彼女はホログラムで出来た鉱物の中へ消えた。


「委譲に同意したと結論づけます」

 D が振り返り同じ顔をした後ろの二人を見る。
 呟くような声がした。

「・・・そうして下さい・・・」
「?」
 武者小路は声なき声を発する。
「移譲を許可するということですね?」

 D が向き直る。

「・・・・違います・・・」
「では、どういう意味ですか?」
「殺して下さい」
「えっ?」

 思わず武者小路の声が漏れる。

「お母様を殺して構わないと?」
「はい・・・」
「エイジ君!」

 思わず声を上げたが、D がひと睨みすると黙った。

「喜びます・・・多分」

 エイジは下を向いたまま言った。
 イシグロは初めて表情を変える。
 動揺を隠せない武者小路。
 その感情はエフェクトが無くとも明らかだ。
 D はしばし固まった。
 エイジの両肩だけが揺れている。

「脅しと思いましたか・・・」
「違います」
「では、本当に構わないと?」
「はい・・・」
「君のお母さんを殺して構わないと、今すぐにでも」

 語尾が強められた。

「はい・・・」

 一瞬、エイジ以外の全てが止まる。

「・・・・我々も随分と舐められたものですね」
「・・・喜ぶんです・・・」

 初めて D が大きく動く。
 これ見よがし身を乗り出す。

「白を切るし、明け渡さないし、君のお母様が殺されるのを認める。それが結論ですか?」
「違います。・・・知らないし、渡せないし、誰にも死んで欲しくないです・・・」 
「なのに、君のお母さんは死んでも構わないと?」
「はい・・・」

 武者小路が彼以上に震えている。
 それは怒りだった。

「その次に君を殺しても構わないと?」
「はい・・・」

 蚊の鳴くような声。
 D は座り直すと、左手を上げかけた。

「待て!」

 武者小路は刀に手を添えている。
 無意味な行為。
 相手はホログラム。

(わかってる)

 ココでは如何なる戦闘行為も出来ない。
 だが、同時に最悪のメッセージでもあった。
 D は上げた手をゆっくり下ろすと、初めて声を荒げた。

「サリー! どうなっている。話が違うぞ」

 武者小路は驚いてイシグロを見る。
 イシグロは身じろぐこともなく言った。
 
「そうきたか・・・。これだから・・・」

 エイジから距離をとり、中間の位置で壁に寄り掛かった。

「どうもこうも無い。言った通り初めから我々はサイトウを知らないし、ましてや地球でのサイトウがどこに居るかなんて雲を掴むような話だ。彼が言っていることは事実だよ」

 エイジは俯いたまま沈黙している。
 顔をぐしゃぐしゃに歪めていたが涙は無い。

「どうして本拠点を制圧しなかった?」
「報告した通りだ。作戦は失敗。味方は全員いなくなった。今の私には事務以外の権限は実質無い。知っての通り武力で権利を奪うことは不可能だ」
「大丈夫だと断言したのは貴様だ。カルトはどうなった?」
「彼らは嘘を真と信じた段階で手を離れている。今や私は蚊帳の外だよ。彼らは勝手に動いている」
「信じられんな。言い訳ばかり・・・。契約を遂行しろ」
「それはお互い様じゃないんですかね・・・・」
「どこが? そのような契約はしていない」
「ペテン師が・・・」
「いつもヘラヘラしていたお前が随分強気だな」
「そうでもない。心底慄いているよ。だが、なんだろ?・・・彼と同じで、もう死が怖くないんだ」
「では、試してみよう・・・」

 D がゆっくり手を上げようとする。

「そうだ。交渉決裂記念に一ついい情報を教えてやろう。アース曰くだが、連中は明日にも攻めてくるらしい」

 明らかな動揺が見える。

「何故それを早く言わない!」
「契約に無いからな。それに、私もついさっき聞いた」
「サリー・・・まだ懲りないのか・・・」
「だから怖くないんだよ。どのみち終わりなんだから。手遅れなんだよ!・・・全てが」
「本当に言ったのか? 確かなのか?」
「確かなものなんてあるのか? ましてやアース曰くだ」
「どうなってる・・・話が違うぞ・・・」
 K が口を開く。
 男の声。
「そんな話は聞いてない・・・」
 A が続く。
 女の声だ。
「どんな取引を宇宙人としたのか知らないが、アースが嘘をついている可能性は常にある。ヤツの言葉を信じ過ぎるのは危険だ」

 D はイシグロを無視し後ろの K と A と何やら話を始める。
 声は聞こえない。
 ホットラインだろう。

「D・・・あの条件を飲め。ここは引け」
「サリー・・・」
「俺を殺したいなら殺せばいい。未練は無い。だが、このタイミングで俺を失うと後悔するぞ」
「・・・わかった。一時間後に結論を出そう」

 武者小路が D を睨むとこれ見よがしに言った。

「三分後の間違いでは?」

 時計は既に止まっている。
 D は無視。
 指をグルリと回すとタイマーが消えた。

「では、一時停戦ということで?」

 イシグロが言う。

「一時停戦に合意する」

 右手を顔の横に軽く上げた。

「エイジ宰相、停戦協定に応じますか?」

 下を向いたまま首をこくりと頷く。

「声に出して下さい。一時間の停戦に応じると」
「一時間の停戦に応じます・・・」
「一時間の停戦に応じる」

 D が続く。

 その瞬間、ポーンと電子音が鳴る。

 部屋の天井に青いリングが灯り、ゆっくりと降りて来る。
 驚いたのは武者小路だけ。
 六人を一つの青いリングが囲う。

「停戦協定が締結されました。協議再開は一時間後ですね?」

 義母の声。

「はい」

 D が言った。
 この場の全員がエイジを見る。
 武者小路が肩に触れる。

「エイジ君・・・答えて」
「・・・はい・・・」

 下を向いたまま。

「一時間後に協議は再開されます」

 リングが弾ける。
 欠片は室内をピンポン玉のように跳ねると、収束し、六人の右手首に輪となって顕現する。
 K が「左に」と言う。
 イシグロも「左に」と続いた。
 すると、二人のリングは左手に移動。
 薄っすらと青く光る。
 彼等とイシグロだけがこのシステムを理解しているようだ。

(なるほど・・・)

 契約で縛られていることを意味していることを察する。
 何らかの罰則規定があるのだろう。
 武者小路は理解した。
 
 一瞬ライトダウンすると、直ぐに明るくなる。
 その時、既に D達 の姿は無く、円台も消えている。
 ブルーの腕輪がアクセサリーのようにアバター化していた。
 注視すると光り、残り時間が表示。

(実体化している・・・)

 イシグロが退出しようとすると、
 すかさず武者小路が抜刀。
 切っ先はイシグロの首。
 ペナルティは灯らない。
 ここではペナルティは受けない。
 そして当然、斬ることも出来ない。
 単なるエモーション。
 だが、メッセージは放たれた。

「スパイがっ!!」
「・・・それは見方による」

 イシグロは何食わぬ顔で退出。
 エイジは項垂れたまま。
 武者小路は何かを言おうとしたが、黙って彼を見下ろす。
 耳に手を当てながら彼も退出した。

「武田隊長、よろしいですか? 大変なことになりました・・・」

 エイジは一人取り残された。

「母さん・・・シューニャさん・・・」

 涙が流れた。

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