STG/I:第百四十八話:静けさ

 

 人は個々の能力の範囲内でしか現実が見えない。

 それは持って生まれたものであり、積み上げられたものである。

 事ここに至っては今更どうしようも無いものだ。


 アメリカとの会談を終えた三人を迎える者は居なかった。


 本部は、簡単な言葉さえ通じないほどに混乱。

 委員会の一部は緊急会談の終わりに気づいたが、その結果を気にする者は少なかった。

 結論はモニターにも表示されている。

「一時停戦、一時間後に再協議」

 気づいた者の多くは「これで一呼吸出来る」その程度の感慨だった。


 アースを支持する派が増え、彼らの部隊内部隊へ編入されていく。

 情報が多すぎて個々の能力に齟齬が生じ、判り切ったことを質問してくる者もが増えた。

 誰かが言った。


「今更そんなことを聞くな! これから微分積分の問題を解かなきゃいけないのに、数字とは何だと聞かれているようなもんだぞ!」


 今起きたことを整理するので精いっぱいな者はまだ冷静だ。

 アースの発言を解析する少数チームも現れた。

 現実感を帯びた為か、一部では天照作戦の信憑性について検討が始まっている。

 パニックになる者も現れ、本部から零れる様にゲームを止める者も出てくる。

 エイジがよく知るメンバーの多くは、部隊メンバーの説得と並行して戦闘準備を急ピッチに進めている。


 一般兵に至っては天下泰平。

 今のアメリカとの一戦を何かのイベントと捉えていた。

 第二、第三のお祭り騒ぎを期待しロビーは盛り上がっている。

 最も、一部の優れたチームは本部に問い合わせているが、混乱から事実上無視されていた。

 何が嘘で、何が真実で、何が現実で、何が未来なのか。

 ほとんどの者は判っていなかった。


 スパイと名指しされたイシグロは何も問われること無く本部に戻る。

 誰も気にする者は居ない。

 彼は無視された存在として立場を確立していた。

 イシグロは変わらぬ様子でコンソールに座すと何やら調べ出す。

 

 武者小路はイシグロを即座に凍結する提議を上げるつもりだった。

 提議はあくまでも形だけであり、民主的プロセスをとったという証拠づくり。

 宰相がもつ権利の多くを武者小路も得ている。

 本部委員から説明を求められても、エイジに強制権を執行させる心づもり。


 アドバイスを貰うつもりで古巣である武田隊長の元に向かった結果、目論見が外れる。

 武者小路が戻ってきた時、部隊 暁の侍の作戦室には、フルメンバーが揃い踏み。

 この意識の高さ、荘厳さ、武者小路は勇気づけられた。


(やはり我々が本部を司るに相応しいメンバーだ!)


 だが、武田の口からは、想像にしない答えが返ってきた。

「イシグロは泳がせよう」

 普段穏やかな武田から想起出来ない確固たる意志力でもって発せられる。

 会議は僅か三十分。

 久しぶりに 暁の侍 は揺れに揺れた。



 白い煙がゆらゆらと立ち上っている。

 僅かな星が見えた。


 今日は天気が良かったようだ。

 思えば暫く外を眺めていなかった気がする。


 眼下には街の灯り。

 宝石箱のように煌めいている。


 子供の頃に街の夜景を作ったことを思い出した。


 自重気味に笑う若い男性。

 パリッとした白いYシャツに濃紺のスーツ。

 誰に会う訳でも無いのに毎日着替えている。

 男の目の下には深い隈。

 二重もクッキリと刻まれている。

 シャープな体系。

 筋肉質では無いが、日常的に鍛えられているのが伺える。

 知的な面差し。


(彼もう駄目だ・・・)


 エイジの顔が頭に浮かんでいた。

 

 どう転んでも所詮は子供。

 調子の良い時はいいが、雲行きが悪くなると一瞬で崩壊する。

 恐らく戦えないだろう。

 そうなると俺が天照に乗るのか・・・。

 参謀が主要兵器に最前線で搭乗する?

 馬鹿な。

 でも、天照が無ければ幾らも防げないのも事実。


「かと言って・・・」


 どうシミュレーションしても私では出力の三割が関の山。

 居ないよりマシだが。

 指揮を執る方が重要だ。


 闇夜の空を見上げる。


「まさか母親を差し出すとはなぁ~・・・」


 世も末だ・・・。

 思いだしただけでも胸糞が悪い。

 在野の連中はあの程度の情しかないのか。

 親は子を育てるだけのマシーンか。

 用が無ければ自ら差し出す。

 そんなヤツだとは思わなかった。

 下らない約束をしたものだ。

 我ながら嫌になる。


「お前は情に流され過ぎる」


 不意に思いだした。

 同期の言葉。


「うるせーわ」


 やっぱりエイジの成功は単なる偶然に過ぎない。

 思いつきだけで生きているような人間。

 なんの知的背景も無く、文化も歴史も思想信条も無い。

 あんな連中ばかりだから愚民政策が横行する。


 男は手持ちの空き缶に煙草を入れると、ベランダの床に置く。


 このゲームはほんの一休みのつもりだった。

 それがこんなにも長くここにいることになろうとは。

 死ぬ前に武田隊長を政界に送りたかった。


(その夢も潰える・・・)


 今の政治家は私利私欲のみ。

 馬鹿な国民は絵に描いた陽動で尻尾を振る。

 寄らば大樹か話題性。

 投票に行けばまだマシだが、行きやしない。

 結果、操作された票がまんまと機能する。

 この国が内側から破壊されようとしているのに。

 イシグロのようなスパイまで・・・。


 突然、一回、二回と欄干を両手で強く叩いた。

 三回目をやろうとして、思い留まる。


「クソッ・・・」


 無力だ。

 アイツらの言った通り。

 所詮はただの凡人なのだ。


 俺と違って武田隊長は賢い。

 話に乗らなかった。

 冗談と、笑い飛ばすわけでもなく。

 挙句に、日本・本拠点の宰相すら断る。

 彼が腰抜けじゃないことは明らか。

 言うように時期と情勢は見ないといけない。

 真に賢い人間は政治家にはならないのかもしれないな・・・・。


(でも、それじゃ駄目なんだ)


 その結果が今のこれだ・・・。

 もう既に手遅れかもしれない。

 手遅れ・・・。

 まさかこんな突拍子も無いことで日本はおろか地球が終わるとは神も仏も予測すまい。

 あれほど心血を注いで戦ったのに、何の意味があったというのだ。

 こんなことならもっと遊んでおけば良かった。


 また、エイジの顔が浮かんだ。


 あの時は勇気づけられた。

 彼のような子供がいるなら希望が持てるかもしれない。

 でも、それは誤りだった。

 ヒロイズムに浸って偶然成し遂げただけの偉業に過ぎない。

 彼の過去の戦績が物語っているじゃないか。

 所詮、彼も凡人なんだ。


 彼を推したシューニャ・アサンガなる搭乗員も同じだ。

 絵に描いたような凡庸な戦績。

 なんの突出した才能も無い。

 単なる偶然。

 その場に居合わせただけのラッキーマン。

 マザーから得られた天文学的戦果も単なるラッキーに過ぎないのだろう。

 そんなヤツに見初められた新たなラッキーマン。

 それが彼、エイジ。

 それが全て。

 そもそも子供に隊長を委ねるなんて正気の沙汰じゃない。

 大人として、恥知らずも甚だしい!


 大きく深呼吸する。

 下に向かって吐き出した。

 長く、長く。


「パパ、息くちゃーい!」


 思いだして笑みが宿る。

 禁煙したのに・・・。


(あとどれくらい時間があるのだろうか・・・)


 子供達の未来が終わってしまう。

 知った以上は無視できない。

 どの面下げて一週間生きばいいんだ。

 いや、今この瞬間にも落ちて来ないとは言えない。

 娘の未来が欲しい・・・。

 成長した姿を見たい。

 頼む。

 誰か・・・。


 ノロノロとバルコニーから室内に戻る。


 物の少ない部屋。

 白を基調とした今風のモダンな趣。

 床の間風の凹みに、古い武者鎧と日本刀が飾られている。

 足を止め会釈をすると、パソコンの前に向かった。


 無骨で頑丈そうな、無駄に大きな黒いテーブルの中央に大きなモニターが三台。

 煌々と七色に光るキーボード。

 VRヘッドセットとコントローラーも置かれている。

 机の両端には二台の中型モニター。

 一台は歴史文献に見られるような戦略マップが幾つも表示。

 もう一台には様々なメモや記録、ニュース等がマルチ画面で出ている。

 一つのウィンドウタイトルには NASA とあった。

 テーブルの下には小型冷蔵庫。

 その上にはグラスケース。

 菓子パンやお握り等も積まれている。


 網目調の大きな黒い椅子に腰かけると静かに座った。

 メインモニターを見る。

 マイルームで横になっている武者鎧の男性が映っている。

 マウスを動かしクリックすると腕輪の時間が表示。


(後二十分か・・・)


 目線が動き、モニターの下にある写真立てが目にとまる。

 三人の嬉しそうな顔。

 もっとも一人の顔は輪郭に沿って綺麗にくり抜いてある。

 真ん中には美しい少女の笑顔が眩しい。


「なんでこんなことに・・・」


 これから会いに行くか?

 どうせ助からないんだ。

 意地を張っている場合では無いだろ。

 本当に地球は終わりなのだろうか?

 それとも、噂通りこれは壮大な実験なの?


「いっそ、そうであってくれ・・・」


 NASAのデータを見れば、現実である可能性は高い。

 藤森はあれ以来何も言ってこなくなった。

 ヤツも今頃俺の言った意味を理解している頃かもしれない。

 恐らくアメリカは自分達だけが助かる為に動き出している。

 そのキーマンがサイトウだとは。

 サイトウとはなんだ?

 彼は何をしたのだ?

 日本政府は何をしている。

 全く知らないという訳でもあるまい。

 いや・・・知らないかもしれない。

 あり得る。

 議員に電話を・・・


 テーブルのスマホを手にとったが、やめた。


「気でも狂ったかと言われるのが落ちか・・・」


 今ならモルダーの孤独がよく判る。

 俺はモルダーにはなれない。

 一人で戦うなんて不可能だ。

 俺がスカリーの立場なら、やはりコイツは頭がオカシイと思うだろう。

どう考えても不可能だ。真面な作戦行動すら怪しい・・・。


 娘の写真に目がいく。


「会いたい・・・」


 どうして言わなかった。

 愛していると。

 当たり前だと思っていた。

 居るのが。

 当然だと思っていた。

 わかっているものと。

 何よりも大切だ。

 当たり前じゃないか。

 どうして・・・。

 どうしてもっと。

 彼女とだって、

 何故なんだ・・・

 どうして今なんだ。


 端正な顔をした武者小路の顔が苦痛に歪む。


 頬を叩く。

 次に逆側を。

 彼は顔が真っ赤になるほど自らの顔を叩き続けた。



 会談後のエイジは本部に戻らずマイルームに向かっていた。


「・・・おい」

 ミリオタが立っている。

 呆然と見返す。

「なんだよ・・・死んだ魚みたいな目して」

 ぎこちなく笑う。

 エイジは何も言わず、通り過ぎようとする。

「どうした。・・・何があった」

 振り返る。

「どうしてなんですか?」

 力無く応える。

「・・・何が?」

「地球が無くなるかもしれない時に、どうして皆・・・そうなんですか?」

「そうって・・・・」

「次は無いんです」

「・・・」

 ミリオタは顔を歪める。

「そうだ。・・・もう終わりなんだから、マルゲリータさんに告白して振られて下さい。笑って上げます」

 力なく笑みを浮かべる。

「さようなら・・・」

「エイジ・・・」

「ありがとう・・・嬉しかったです」


 エイジは頭を下げ、走り出す。

 ミリオタは膝から崩れ落ちると、声を押し殺して泣いた。


 マイルームの戻るとベッドに横になる。


「大丈夫だよエイジ」


 嘘だ。

 シューニャさんは嘘をついている。


「誰だって最初は出来ないよ。私なんて何時までたっても出来ない」


 笑っている。

 嘘だ。だって、出来ていたじゃないか。

 それに、最初から出来る人だっている。


「比較しても出来るようにはならないよ」


 そんなの知ってる!

 

「才能がある人に限って投げ出すのも早い。出来ないから粘れることもある」


 嘘だ!

 オリンピック選手なんて違うじゃないか!


「彼らは何でも出来るの? 出来ないことも一杯あるでしょ。君の方が出来ることもあるよ」


 絶対に嘘だ。

 僕は生まれてこなかった方が良かったんだ。

 だから父さんは死んだ。

 母さんも本当は思っているに違いない。

 叔父さんだってそうだ。

 皆、本当は僕に死んで欲しいんだ。


「エイジのお蔭で助かったよ」


 嘘だ。

 絶対に嘘だ。


「勝つつもりなら、逃げるのも手だよ」


 勝つなんて無理。

 無理なんですよ!

 もう嫌だ。

 僕にはもう無理です。

 ごめんなさい。

 許して下さい。

 生きててごめんなさい。


「ありがとうエイジ。本当に頼りになる」


 嘘だ。

 本当は死んで欲しいんだ。


「誰だって自分にしか出来ないことが目の前にある」


 嘘だ。

 あっても僕には出来ない。

 僕には無理です。

 ごめんなさい。

 馬鹿で、無能でごめんなさい。


「結局の所、自分の持ち場を一人一人がしっかりやるしか無いんだと思う」


 ごめんなさいシューニャさん・・・。

 ・・・死ぬ前に会いたかった。

 一杯話したかった。

 レフトウィングのこと。

 ミリオタさんのこと。

 ケシャさんのこと。

 マッスルさん達や、皆のこと。

 あの武者小路さんやイシグロさんと話しているんですよ僕が!

 皆のことを紹介したい・・・。


「マスターは戦っていると推測します」

「御意。何時もそうでした」


 ビーナスさん・・・静さん・・・。

 でも、僕はそんなに強くはなれない。

 シューニャさんみたいに強く無い。

 僕は嫌になるぐらい弱い人間だ。

 死んだ方がいい。

 

「お前、本当は強いのな・・・。俺とは違う・・・・俺は・・・駄目だ」


 ミリオタさん・・・。

 僕は強くない。

 僕は弱いんです。

 どうしようもなく。

 誰よりも・・・。

 僕は・・・。


「天主様はダンベル何キロ上げられるんですか!」


 ダンベルって、そもそも何?

 鉄の塊みたいなの?

 そんな目で見ないで。


「始まったら一週間だ」 


 アースの言葉が去来する。


 なんで判るんだろう。

 武者小路さん達が言うハッタリなんだろうか。

 知っているなら何で怖くないんだろう・・・。

 終わりと判かったのに・・・。

 誰よりも判っている筈なのに・・・・。

 なんで皆を煽っていたの?

 何のために・・・。

 本当に地球を征服するなら、小隊のメンバーだけで出来た筈だ。

 あれほどのシミュレーション結果を出しているんだから。

 他の国にも適うチームなんて無い。

 最後は圧倒的一位をとっていた。


「でも、やけくそには見えなかった・・・」


 シューニャのノートを呼び出す。

 軍神と呼ばれたアースというプレイヤーに関する発言、とタグが付されている。


「アースさんは我ら凡人にはさっぱりわからない人。嘘ばっかりだし。いや、御幣があるな。嘘というか、嘘にしか聞こえない事を言う。表面上の言葉だけ聞いたら嘘なんだけど、真意をくみ取ると嘘は言っていない。それがほとんどの人は判らない。彼には何時も信者が出来るんだけど何も判っていないね。でも、彼はそれを判っている。理解し、受け入れい、利用している」


 シューニャさん・・・。


「僕には言っている意味がわかりません」

「会ったら尚更判らないだろうね。考えると彼は判らなくなる。なんていうか、直感のようなものを働かせるといい。子供の頃には誰しももっている本能みたいな感覚。子供って凄いじゃない」

「そうなんですか?」

「凄いよ。私は・・・彼の底の底にあるのは人間愛って気がする。だから、なんか許せちゃう。私らの世代ならね、彼が来ただけで『勝った! もう大丈夫だ!』なんて気になっちゃうぐらい凄い人だよ。ただ・・・恐ろしいんだけどね。それは間違いない。全てを捨てられる人だから・・・」

「僕は苦手かな・・・」

「案外相性いいかもよ? 君は人の本質を言葉にしないだけでよく捉えているよね。何も知らないって顔で。それも才能だよ」

「え、僕がですか? 何かそんな事を言ってましたか?」

「言わなくても動きで判るよ。寧ろ、本心は行動にしか出ないからね。言葉では何とでも言えるから・・・」

「自分では判らないです・・・」

「突飛な話に聞こえるかもしれないけど、人間って、駄目だと思ったら自分の力は発揮されないし、大丈夫だと思ったら案外必要以上の力が発揮出来る。勘違いしているのは、成功するかしないかは別問題って言う点だ。個々人に出来るのは自己ベストのみ」

「でも!・・でも、出来ることが違い過ぎます」

「小さいスケールで見れば個々の才能差は大きいよね。でも。事が大きければ大きいほど個々人の差は微々たるものになる。何より決定打になる要因は別だったりする。判りやすい例で、ベルリンの壁崩壊なんか典型だよね。少なくとも積み上げたものがあっての結果だけど。何も無ければ何も起こらない。それは天才であろうと同じ」

「でも、天才だったら出来ることが多いじゃないですか!」

「ミクロなスケールではね。でも、それは背景のことを考えていないよ。天才は膨大なバックアップがあってこその存在だよ。そのバックアップをしているのは圧倒的な名も無き人々。選手の靴紐を作ってないのは誰なんだなという話。その素材を開発したのは? 結果的に、多くの人々の才能と経験と努力の結果が集約するから天才もより速く遠くに行ける。でも、結果が出るかどうかは判らない。でしょ? 実際のところ、金メダル確実視されている人がメダル逃すことはざらにある。つまり終わってみるまでわからないんだよ。出来ることは自己ベスト」

「でも・・・僕なんか足手まといにしならないです・・・ゴミ屑なんです・・・」

「違うよ。苔の一念岩をも通すって言うよね。事実そうなんだよ。問題があるとしたら君が駄目だと思っていることにある。君が今、目の前にあることをやることで、周り回って誰かの助けになる。そういうもんだよ世の中って。そして、実力を発揮出来ていたらそれ以上は出来ない。アースさんは、それを無自覚に引き出す才能がある。彼は嫌われ者になれる天才でもあるし、それを簡単に利用する」

「・・・僕にはわかりません」

「それでいいよ。判らないことは判らないままにしておく。無視はしない。判る時まで心の棚の上に仕舞っておく・・・。実際、判らない事だらけだよね」

「・・・能天気なんですねシューニャさんって。羨ましいです」

「私が能天気? そうなんだ・・・そっか。ありがとう。心が軽くなったよ」

「ありがとう?」


 なんで・・・ありがとう。

 なんで笑っていられるの。

 一度も会ったことない人をどうしてそこまで信頼できる。

 あの人のどこが信頼できるんだろう。

 判らない。

 嫌われる才能は大ありだけど。

 わざと嫌われるように・・・。

 どうして。


「好かれるより嫌われた方が相手をコントロールしやすいんだろうね」


 エイジはベッド脇のモニターを見た。

 シャドウのアップグレード完了の表示。


「お母さん・・・」


 顔つきが変わった。


 僕は母さんが死ぬまでは死ねない。

 お父さんとは違う。

 裏切りたく無い。

 僕だけはお母さんを苦しめたくない。

 僕が死ぬのは母さんの後。

 絶対に母さんの後。

 それだけで生きてきたんだから。

 それだけは絶対に譲れない。

 僕が生きる理由はそれしかない。

 目の前の事・・・。

 僕が守らないと。

 僕が・・・。

 僕だけでも・・・。


 眠りに落ちた。


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