STG/I:第九十二話:陰陽

 
おまっ! マジで言ってんの」
「ちょっと待って下さい! その前に」
 エイジはナユタのチャージがタイムスケジュール通りに行われていることに気づいた。
「シャドウ、ナユタのチャージを一時停止して。五十%以上のエネルギーは全て各船へ均等に返して。五十%は維持。取り敢えず、シャドウから全パートナーへ修繕を最優先でって伝えて」
「わかったわ」
 真っ黒なエイジのパートナー、シャドウが落ち着いた女性の声で答える。
「ミリオタさんが仰るようにシャドウの分析でもセントラルコアを包んだエネルギーは十中八九ナユタの光と出てました」
「だから?」
「積極的戦闘は無駄だと思います。レフトウィングの、STG28の攻撃は無意味なんだと思います」
「最初から知っとるわ。俺を誰だと思ってるんだ。だからといって何もしないというのはマザーが黙ってねーぞ」
「無駄死にでいいんですか?」
「いいわけあるか」
「そもそもなんでミリオタさんは今日の現場検証に行かなったんですか?」
「行けるかよ・・・あの子の、マルゲリータの、あんな様子見せられたら・・・」
 頭髪をつま先まで伸ばし全身を覆っていた。
 自らを毛玉の妖怪のように。
 明確なコミュニケーションの拒絶を体現しているとミリオタは思った。
 僅かにでも表情すら見せないほど髪の毛は密に覆われ、彼女は俯き沈黙していた。
「・・・逃げたんだ・・・」
 思わず口をついてしまう。
「あんだと! 今、なんて言った!」
「す! すいません・・・」
「ふざんけんな!・・・お前に何がわかるってんだ」
「・・・でも・・・隊長にあれだけ言ってたから何が何でも行くと思ってました」
「・・・元来がコミュ障だぜぇ。無理だよ・・・彼女を思うと今だって胸が張り裂けそうなんだ。どうすりゃいいかわかんねーんだよ・・・」
「ミリオタさん・・・」
「これだから男は」
 ケシャの声。
「なんだよ地雷女!」
「・・・」
「割り込んだ上にダンマリかよ」
 ケシャも隊長代理との会話は聞こえている。
「だから接点の無い新人の トルテさん に」
「・・・分析班だしな。俺にしちゃあ・・・妥当だろ?」
「彼女、可愛いもんね」
「さっきから何が言いたい! 地雷女」
「・・・」
「なんなんださっきから! お前はよ!」
「良かったです。ミリオタさんがいてくれて。本当に心強いです・・思ってたより良い人だし」
「フラグ建築すな。それに嘘こけよ。誰が良い人だよ。俺は正真正銘の嫌われ者だかんな。知ってんだよ。短気で単細胞で。今でこそシューにゃんのお蔭で喋ってるけど、リアルで友達0人絶賛更新中の男だ。良い人なわかあるかよ、参ったか!」
「ぷぷぷー」
「だからなんだよ地雷女」
「・・・」
「まーたダンマリかよ。全く嫌な奴だなぁ。お前だって0人だろ! どうしてシューニャの連れてくるヤツはこんなのばっかなんだよ・・・ったく」
「・・・僕もです」
「そう言えばお前もシューニャが連れてきたんだな」
「そうじゃなくて。僕も友達なんて居たことありません・・・」
「嘘こけ。何でもかんでも同調すりゃいいってもんじゃねーぞ」
「・・・居そうに思えますか?」
「居るにきまってんだろ!」
「って・・・何で泣いてんだよ!」
「・・・友達になりましょう。嫌われ者三人で・・・」
 消え入るような声でエイジは言った。
 ミリオタは神妙な顔。
「え、待って。私もなの?」
 ケシャが映像込で割って入る。
 彼女がシューニャ以外にモニターで顔を見せることはまずない。
「お前は立派な嫌われ者だろ! 自覚しろ。それと空気読め・・・」
「あんたには言われたくない・・・」
「ちょ! お前何一人で号泣してるんだよ! やめーや!」
 エイジは声を出さずに俯いて泣いている。
「あんただって泣いてるじゃん」
 ミリオタもまた涙を流している。
「お前だって・・・って、少しは泣けや! 冷徹女!」
「ふん」
 モニターからケシャが消えた。
 
 各部隊からダメージのチェック終了や修復度のパーセンテージがモニター上で続々と上がってくる。
 
「エイジ、ぼちぼちリーダーから一声上げんとマズイぞ」 
「そうですね・・・。あの、厳密には攻撃をを仕掛けず様子をみます」
「コッチが撃ったんだよ。手遅れだ。和平交渉はない」
「和平交渉じゃありません。勝つ為の戦いです」
「勝つ? はぁ? お前、正気か?」
「コッチからは手を出さず、空きを見せず、逃げながら戦うんです」
「さっぱりわかんね。・・・・わかんねーけど、わかったよ。お前が隊長だ。しゃーない! シューにゃんもお前もわけわからん作戦たてるな。戦うなっ、つーのが一番キツイぞ!」
「すいません」
「隊長なんだから謝るな」
「それと・・・」
「次はなんだ」
「指示もミリオタさんから出していただけると・・・」
「なんでだよ」
「私が言うと説得力が・・・」
 ミリオタは何度かエイジに「ドスを聞かせろ」「お願いじゃない命令なんだ」と自分なりの考えをぶつけてきたが彼の物言いは常に弱腰だった。その爲、エイジはミリオタを通して代弁してもらうことが癖になっていた。その方が通りがよく、彼の精神的負担も少なかった。
「ま、何時も通りか」
「すいません」
「すいません言いすぎだよ」
「すいません・・・」
「ま、いいわ。救護班は出すか?」
「今はやめておきましょう。まずは可能な範囲内での現状復旧です。遭難しているのは実は我々って可能性もありますから。二重遭難は避けたいです」
「そっか・・・まずは自分か。そうだな。よっし、わーった。何を言えばいい?」
「まずは可能な限りの修復。平行して索敵。距離を保ちながら出方を見ます。ミリオタさん、レフトウィングはブラックナイト隊が指揮をすること、修復しながら迎撃体制を整えると告げて下さい。被害が特に大きい外殻部の部隊へは余裕のある部隊から派遣することを告げて下さい。あと、全部隊の搭乗員パートナーは出力七十%を本レフトウィング維持の為に使わせてもらうことを名言して下さい」
「あ~、一気に言うなや! わけわかんね。一つずつ頼むわ」
「まずは・・・ブラックナイト隊が指揮をとります。それから、」
 
 ミリオタはエイジの言葉を一つ一つ聞きながら代弁した。
 それぞれの部隊員は大きな猜疑心と、相矛盾する心強さを抱きながら放送を聞く。
 その裏側では部隊員同士の激しい言論バトルが行われていた。
 
「本当に任せられるのか?」
 エイジに関する悪い噂は既に一部の部隊では流れていた。
 部隊を全て首になったこと。
 戦闘の戦績が最低記録であること。
 外にも様々。
 多くは否定的な感想を持った。
「あんなヤツに任せられるのか?」
 それを聞いた者達は不安と欲と恐怖の間に揺れる。
 一部の懸命な搭乗員は、今しがた行われたレフトウイングの操舵を彼がしていたことを突き止め、彼は信頼に足る隊長ではなかろうかと意見を述べた。しかし、それを素直に受け入れる者は少なく、大多数は「偶然」で済ませる。
 
 幸いしたのは三つあった。
 
 嘗てのエイジが所属していた部隊を含む及び腰だった連中はほぼログアウトしていること。嘗てブラック・ナイトが第一防衛線に忽然と現れた際の生き残りが隊長のシューニャであること。その代理なら何か下々の者には知り得ない途方もない解決方法を知っているのではなかろうかと言う期待。そして、彼の指示が自分たちにとって必ずしも不利益にもなるものではないこと。
 代弁している副隊長であるミリオタの評判はかなり悪いものだったが、数少ない大戦の生き残りであること。豪腕で有名だったドラゴンリーダーの右腕だったことから何か期待に応えられる何かがあるのではないかと虚像を勝手に作り上げた。「彼らなら、何とかしてくれるんじゃなかろうか」そんな期待と、現状を厳密には把握していないということが良くも悪くも人々を実際の根拠無く落ち着かせた。
 
「あ、あら、あらわらました!」
 
 情報部からの突然の報。
 レフトウイングの搭乗員ほぼ全員がモニターを見る。
「形状から元アメリカSTGI、推定ブラック・ナイトと思われます!」
 恐怖に震える声。
 アレのいる場所だけ星が見えない。
 あらゆるセンサーが反応しないことでその存在を確認出来る巨影。
 アクティブ・ソナーだけがその存在を映し出した。
 間違いなくそこにある何か。
 それは突然ソコに居た。
 船内オープン通信では悲鳴も混じり軽いパニック。
「外殻部の修繕具合は?」
 エイジは小さな声で聞いた。
 幾つか悲鳴が返って来た。
「リカバー十%といった感じです」
 外殻部の一人が応えた。
「エイジ隊長に感謝します」
「こちらこそ。いつも守ってくれてありがとうディフェンダーの皆さん・・・本当にありがとう。よろしくお願いします」
 通信が切れる。
 外殻部に位置するディフェンダー特化のSTG乗組員は何人かがモニター越しに顔を見合わせた。「驚いた。部隊内ですら俺たちディフェンダーはぶっ壊れてナンボって態度されるのにな・・・」「見てくれる人はいるのね」「だな・・・」と直通通信で話した。
 
「接近して来ます!」
 
 悠然と泳いでくる。
 漆黒が迫ってくる。
 大きすぎて、黒過ぎて、距離感が掴めない。
「連続アクティブ・ソナーを停止して下さい」
 エイジは知らず直接指示していた。
 それを見てニヤリと笑うミリオタ。
「え!? それじゃ距離が掴めません」
「現在の距離を出来るだけ維持。ソナーは断続で、三秒に一回」
「一気に間合いを詰められたらどうするんですか?」
「余り刺激したくない。それに彼らだって様子をみている」
「なんでわかるんですか!」
「だって。殺す気なら、もうやってるでしょ・・・」
「・・・わかりました」
「現在の距離を保ちながら回り込んで」
「回り込む?」
「ガタガタ言う前にとにかくヤレや!」
 ミリオタが割って入る。
 エイジがニコリと笑った。
 
 レフトウイングが動き出す。
 ゆっくりと旋回。
 ソナーが打たれ、STGの外殻に反響し「ポーン」という音が聞こえる。
「船首は常にブラック・ナイトに向けて下さい」
「エイジ、それだとイザという時に動けないぞ」
「構わないです」
 エイジはモニターに映るブラック・ナイトを冷たい目でジッと見たまま言った。
 レフトウイング船体側面の小さなスラスターが一斉に噴射。
 
 ソナーを打ち、ポーンと音がする。
 
 レフトウイングが回り込むと漆黒の闇も向き直った。
 僅かにだが距離がつまりつつある。
「これ以上、距離を詰められないように」
 強い口調で言っていた。
「スラスターでは速度に無理がある」
「パートナーの皆さん、急場で恐縮ですが、大至急外殻部のSTG28の推進装置が外側を向くようにフォーメーションを立案し、即実行して下さい。最短の方法で!」
 シャドウが頷く。
 
 ポーンと音がする。
 
 距離が更に詰まっている。
 さっきより詰まる速度が速い。
「エイジ、ナユタのチャージ再開させろ! 至近距離から叩き込んでやる!」
「ナユタをチャージ再開、プラス十%」
「そんなペースじゃ間に合わない! アイツの重力圏に吸い込まれるぞ!」
「相手との距離がつまりだしたらプラス一%のピッチ。距離が保たれたらチャージ停止。最大で八十八%で止めて下さい」
「何を考えている! この巨躯だブラック・ナイトは、」
 
 ポーンと音がする。
 
 詰まっている。
 速度はさっきと変わらない。
 ナユタのチャージが進み、少しずつ発光するレフトウイング。
「距離をとらないと飲まれるぞ!」
「わかってます」
「わかってるならさっさと!」
 ミリオタが言いかけると、
 レフトウイング左側面部がフォーメーションを変えた。
 青白い炎のようなエネルギーの尾が左翼から伸びる。
 
 ポーンと音がする。
 
「距離開きました!」
 エイジは彫像のように動かなかった。
 口を開きかけたミリオタは、その彼の様子を見て閉じる。
 
 ポーンと音がする。
 
「位置関係戻りました」
 安堵する声が聞こえる。
 レフトウイングの発光が僅かに小さくなる。
 
 ポーンと音がする。
 
「あっ! 急に詰まった!」
 レフトウイングのナユタのチャージが一気に進み強く発光。
 コックピット内で部隊会話を流しているのだろう。
 彼らの悲鳴も同時に響いてきた。
「重力圏までどれくらいですか?」
「わからない! わからない! 助けて! 助けて! 誰か!」
「言えーっ!」
 ミリオタが吠えた。
「・・・十、二?・・じゅ、じゅう、五?」
「すいません、このピッチなら十三秒!」
 別な者が答えた。
「チャージは?」
「上げてます!」
「エイジ!」
 
 ポーンと音がする。
 
「あれ? 開いた・・・開きました」
「そのまま距離をとって下さい」
 ゆっくりと迫るブラック・ナイト。
 漆黒と向かい合いながら真っ白に光る巨躯を旋回させるレフトウイング。
 距離が詰まるごとに強く発光し、開くと暗くなる。
 それはさながら宇宙に浮かぶ蛍だった。
 
 ポーンと音がする。
 
「定位置の距離です・・・」
 
 突然、一気に漆黒が膨張する。
 同時にSTGが猛烈に振動し音を発する。
 まるで直接揺さぶられているかのような力強く、それでいて微細な振動。
 何よりも音なき音が彼らを包む。
 吐き気をもよおす搭乗員達。
 既に吐いた者たち。
 頭を抱え悲鳴を上げる者達。
 泣き叫ぶ者たち。
 エイジはたまらずモドス。
 すぐに口を手で拭うと叫んだ。
「ナユタ・チャージ最大へ!」
 悲鳴が返って来た。
「シャドウ! ナユタ・急速チャージ!」
「チャージ!」
「・・・いや、待って。・・・チャージ停止」
「チャージ停止」
 
 星が見える。
 
 モニターからブラック・ナイトの姿が消えた。
「エイジ、何が起きた・・・頭いてぇ・・・、気持ち悪ぃ・・・」
 
 ポーンと音がする。
 
「え?・・・ブラック・ナイト・・・消えました」
「消えただと? 嘘だろ」
「いえ、ミリオタさん、確かに、消えてます」
 モニターを指し示す。
 

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