STG/I:第百三十二話:バトン

 


 時計も無いのにサイトウは手首を見た。
 三歩近づく。

「まず、この一連の騒動の概要を話そう。ただし、これは私の考察の結果だからな。流石に解っているだろうが、地球は窮地に陥っている。最初は単純だった。全ては隕石型宇宙人による襲来と、その撃退に集約されていた。そこにアダンソン、そしてマブーヤが来たことで事態は複雑化した。それらはブラック・シングの顕現等にシンクロしている。あくまで私の推測に過ぎないのだが、アダンソンやマブーヤの狙いはブラック・シングの利用にある。そしてその為の実験をアダンソンは繰り返している。マブーヤやそこに便乗しようとているようだ。マザー達は別な視点だ。基本的に知的生命体の星を守ろうとしている。その理由は、彼女らにも国連に相当するものがあり、そ平和維持活動といった具合だろう。派遣された彼女達にもメリットはある。簡単に言えば何れ来るであろう備え、だな。他所の国の災害を見て、備えるようなものだ。隕石型は言わば自然災害だから必ず来る。主権や文明への干渉を避けつつ、あらゆる観察とデータ収集、考察、それが目的と思われる。だからSTGでの詳細なデータは常に全て吸い上げられている。STGは言うなれば銀河レベルでの国連軍のようなものだが、人材に相当するものはほとんど出さない点が違う。武器だけ渡し、それを教授する為のコンピューターやマニュアル、ルール、機体、素材は出すが、技術は拠出しない。そして何より、戦うか戦わないかは主権星に任せるといった具合だ。役に立つ地球人と個別に契約することが稀にある。俺もその一人だ。詮索はしないが、気をつけろ。当たり前だが一筋縄ではいかない。利益を享受出来る範囲内でしか交渉は成立しない。地球のようなブラフは通用しない。通用したとしたら彼女らの叡智外の見識なのだろうが、ブラフがバレたら始末される。もう解っているだろうが、彼女達が主体的に守ってくれることは無い。我々の発想力、行動力に合わせ装備はグレードアップされて来たが、如何せん、人は見たいモノだけしか見えないし、理解出来ないものを生み出すことは出来ない。よって文明の枠を越えることは無い。・・・気張るなよ。もたないからな。超長距離マラソンを想像しろ。歩ったり、途中で休むこともありだ。やる気があり過ぎるるヤツ、やる気が無いヤツから潰れていく。休んでても歩むことは忘れるな。そんなところかな・・・」

 一歩下がった。

「ちょっと喋りすぎたか。でも、時間はあまり無い。とにかく浴びるだけ浴びておいて欲しい。いずれ繋がるかもしれない。次は、STGとSTGIのことにザッと触れよう。凡そSTG36の中で最悪の事象が進行中と推測している。私が知る限り1/4程度のSTGが既に絶滅している。半分はもう後先無いだろう。STG同士で横の連携をとることは禁止されている。文明の枠を越えることは許されてない。我々が既に犯したミスであり、経験済のことだ。マザー達に殺されるから注意しろ。STGの仕様に深く潜れば記載はある。言明はされていないだろうが「コレ」という記述がある。過去の負の遺産だな。ルール違反に対し、彼女らに情状酌量の余地は無い。私の友人もそれが原因で何人か殺された。この場合の死とは地球での死を意味する。パートナーを上手く利用しろ。だが、それも観察されているからな。また、コレらの悲劇は主に理解していない地球側に責任があり彼女らのせいではなかった。STGIだが、マザーの治外法権だ。搭乗している間はアダンソンのルールに従い、マザー達のルールが適応されないと思われる。どこへでも行けるが、必ず本拠点へ戻る必要がある。マザーはSTGI搭乗員を好ましく思っていない。まあ、当然だ。ルールが適応出来ないからな。STGを狙ったり、本拠点を狙ったりすると、規約違反として戻れなくなるようだ。そして全力で殺しに来る。STGIを狙うことは問題無い。STGIは味方とは限らない。エネルギーを得る為に遠出することを躊躇うな。でも、必ず戻れ。マザーのご機嫌をあまり損なわない方が良い。彼女らの恨みをかって良いことは何もない。STGIはアダンソンに帰属するが、彼らはあまり干渉してこない。ただし必要な案件がある時は強制的に事に当たらせ選択権は無い。逃げることも出来ない。アダンソンを理解するのは難しい。私も未だに判らない。あまり深く考えるな。そしてSTGIは個別の契約に対し絶対的に縛られ、包括されたルールの影響を受けないようだ。つまりSTGIは一機毎に全く異なる。嘗てSTGI同士の戦いもあったが、省略する。そうだ、知っておく必要があるな・・・。STGで地球を攻撃することは不可能だが、STGIでは可能だ。それを君がどう解釈するかは任せる。マザーのことは私の方で今後も交渉を試みる。君は隕石型の驚異に集中し、STG28を導いてくれ。どのみちSTGにはそれしか出来ない。それは結果的に君を守ることにもなるだろう」

 歩み出ると膝がガクッと沈みかける。
 それでも構わず前へ二歩出ると、喋った。

「隕石型宇宙人だが、どういう訳か今はSTG29が本格的な攻撃を受けている。これはマザーの予測に無かった。本来であれば今頃28が攻撃されている頃だった。台風の予測同様、隕石型の動きはある程度予測が可能だが、それらの恩恵を我々が受けることは出来ない。そして予測は予測過ぎない。外れることもある。その為の影響が出ている。彼女らは予測に忠実に動く。マザー達も混乱しているだろう。今回は予測方位と違った結果になったが、だとしても28への襲来の可能性が無くなったわけではない。隕石型の進路は概ね決まっているし、そこに28も含まれている現実は変わらない。ただそれは本来有り得ないシナリオだったようだ。言うなれば、台風とは無縁の地域に突然進路を取るような状態といえばいい。そこには直接的な原因を生んだ何かがあると考えるのが自然だろう。私はその為の原因を探っている。彼女たちは地球側にその可能性が無いか調査している一環だ。他のSTGでもやっているだろう。これは聞いても言っても支障は無いから安心してくれ。君が楽観的であることを祈ろう。マザーからすれば、シリアルナンバーがついてしまった段階で最終的な破滅は避けられないと聞いた。彼女らの高度な予測からと思われる。ただ宇宙規模の話だから、明日どうこなるようなスパンじゃない。少なくともこれまで例外は無いようだ。我々に課せられたのは、如何に長く生き延びるかにある」

 フラフラと前へ三歩出る。
 片膝をついた。

「次に、ブラック・シング、ブラック・ナイト、これらも私が命名したのだが、ブラック・シングは君も知っているのじゃないか? 固有形状をした黒い空間物質だ。アレが何かは全く解っていない。STGでは観測できないし、STGIも似たりよったり。マザーは双方に差異を見いだせない為、十把一絡げでアレをブラック・ナイトと判定しているが、アレらは似て非なるものだ。何度言っても聞きやしない。証明出来ないからな。連中は定義できないものを纏めてしまう。アレらに言えることは多くない。とにかく重力変動の観測に注視することに尽きる。そして異変を察したら直ぐに逃げることだ。シングは、ある因子が放出される。コレが相当マズイとわかった。驚異レベルからしたら隕石型の非ではないようで、マザー達は躍起になっている。STG21の友人から得た情報だ。彼らはナイト因子の観測に成功し、それを利用した。だが、ルールを破ったことで処分された。既に死滅している。絶対に吸い込むな。浴びるな。貫かれるな。恐らくブラック・ナイトはSTG等と同じで船と思われる。何者かのね。ある意味で人口物と考えている。シングとはそこが決定的に違う。証拠は無い。そしてSTGIとアレとの相性は最悪だ。アレらが突然現れた原因についてはミッションに無いが、私は隕石型の進路と原因があると考えている。何れにしてもアレは誰も何も出来ない。通り過ぎるのを待つしか無いと、俺は考えている」

 両膝をついた。

「ジェラスについて語ろう。マザー達の枠には居ない知的生命体と仮定している。ブラック・シングやナイトとも関係があるだろう。それ以外は全く判っていない。目的も不明だ。単に賑やかそうで寄ってきた・・・なんて、こともありそうな気がしている。命名した名前の通り極めて嫉妬深い。気に入られても厄介、目障りになっても厄介な相手だ。愛らしくも恐ろしい生命体である。俺は幸か不幸か気に入られてしまったようだ。完全に自由を奪われていた。今は君のお陰で自由になったが、恐らく血眼になって探しているだろう。そして何れ見つかることは避けられない。あまりにも見つからなくて癇癪を起こされても困るから、時々、顔を出さざる負えないよ。彼女に関してはマザー達も把握出来ていないようだ。そして、ジェラスもまた観察出来ない存在であり、観測出来ないものは基本的に連中は頭数には入れない。具体的な驚異があれば別だが。今の所、俺以外は被害ねーんじゃないかね。彼女らに興味を抱くのは好奇心の強いアダンソンぐらいだろう。だが、そのアダンソンは、言ったように、ジェラスに殺されたと思われる。全て推測だ。宇宙に接続出来ていても、未知は広がるばかりだよ・・・。地球の私はそう遠くないうちに死ぬだろうが、私を探すな。私を見つけたら、それがどの勢力であろうと、地球は終わりだろう。だから私を守れとは言わない・・・」

 四つん這いになった。
 そのまま這って一歩前へ出た。

「もうエネルギーが無い・・・コレも言っておかないと・・・。アバターの運用に慣れると複数を同時に動かすことが出来るようになる。個々の能力次第だから、全員が出来るとは限らない。没入度によるし。少なくともSTGIに乗れるものは確実に出来る。STGでのアバターは知っているように活性化出来るのは一体までだ。だが抜け道はあり、複垢で可能だ。STGIのアバターはSTGとは理屈が全く違う。STGIが作っている。メイクに慣れると、複数作ることが可能だ。それはSTGIも同じで、STGIはリソースを割いて分裂可能なんだ。俺はコレをクローンと呼んでいる。ただし、100=100+100ではない。当然ながら50+50=100だ。そして分裂するほどにパワーダウンする。ロスも含めれるともっと少ないだろう。分裂メリットは多く、統合した際に、個々が得た情報や開発した能力を総括することが可能だ。だが、分裂の数が多いほど統合は難しくなる。恐ろしいのは自我を保つのが難しくなる点だ。複数人の経験が一つになる為、どれがオリジナルの経験か判らなくなる。この恐怖は経験しないとわからないだろう。そして再分裂した際に激しい記憶の断片化が進む原因にもなっていると判った。オリジナルは分裂元だから自覚が出来るが、再統合した際に一時的にわからなくなる。本当に解らなくなるんだ。統合前に自我を保て、境界を把握しろ、認識するんだ。整理した後は宇宙にストックし、忘れろ。忘れることに努めろ。これは繰り返すほどに加速度的に悪化するから。結果、何が起きるか、自我が壊れる。嘗てのSTGIパイロットにいる。認識力の著しい低下が落ち、記憶が曖昧になり、自我が保てなくなる。統合出来なくなる。リアルな分裂が起きる。統合出来なかったクローンは個別に存在し、次第に「俺」は「俺」だと思うようになる。自我モドキの芽生えだ。お前が、自分をシューニャと信じて疑わなかったようにね。それがもっと明確に起きる。進むと完全に戻れなくなる。問題は死ぬだけで済まされない点だが割愛する。アダンソンのルールは恐ろしいぞ。諜報活動やSTGIの能力開花に絶大な恩恵を与えるのは間違いない。分裂しなければいいと思うだろうが、そうはいかなくなる。いずれわかる。生命体は能力があるから利用したくなる。能力があるが故に飛躍する。飛躍すれば更に飛翔する。そして限界を知らず超える。それを多くは自覚出来ない。急速な飛躍は崩壊を生む。それでも止まらない。止められない。昔から言うように「腹八分目」にしろ。火事場の馬鹿力は、止む終えない状況の為にあるものだ。常時出したら短期で壊れる。長く生きろ」

 サイトウは完全に突っ伏した。

「来るな! 万が一統合に失敗しても気に病むなよ。巣立ったクローンは最早別人格だ。クローンはクローンで育っていけば何れ新たなオリジナルになる。俺たちは皆誰かの派生だ。兄妹だ。どのみちオリジナルの時代は遥か昔に終わっている。オリジナルがオリジナルであることにこだわりすぎると過去のような悲劇が生まれるだろう。尊重してあげろ。見分ける唯一の方法を教えておこう。オリジナルは分裂出来る。クローンは分裂出来ない。それだけだ。あのSTGI達のように悲劇を生むな・・・六機ある時にこうであれば良かったんだが・・・欲というのは実に人を愚かにする。・・・まぁ、この土壇場で君が居てくれたことだけでも幸運だ・・・生きていれば、私の方からまた会いに来る。・・・君がいい生徒で良かった・・・」

 鏡の大地にサイトウの体がゆっくりと沈んでいく。
 前回の初遭遇を彷彿とさせた。

「・・・STGでBANされるとSTGで得た記憶は全て消える。だから、もし私がSTGに新規でログイン出来るようになったとしても・・・俺は君のことを知らないことになる・・・知らない俺に出会ったら・・・育てて上げてくれ・・・頼む・・・」

 消えた。
 今は理解出来る。
 あの時に遠くで倒れた黒い何か、あれがアダンソンだったんだ。
 サイトウさんは死んだのだろうか?
 いや、違う。
 彼は死なない?
 死ねない?
 解らない。
 でも、彼は・・・何かが違う。
 それがマザーやアダンソンとの契約に由来するものかもしれない。
 そしてサイトウさんは最後まで自分ではなく第二の椅子を凝視していた。
 第二の椅子の主を警戒していた。

 第三の椅子を見る。
 前回迄は無かった椅子。
 彼の、サイトウさんの席。

(だとすると、この席は・・・)

 二番目の席を見る。
 昔からあった。
 私は夢の中で、きっと将来の結婚相手ぐらいに漠然と思っていた。

(違うんだ・・・)

 私には身に覚えないの無い誰かがいる。
 それも、ずっと前から・・・。

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