STG/I:第百三十話:思惑

 



 STGIに戻れない感覚がある。

 ホワイト・マターはジェラスの中にある。

 戻った途端に囚われの身だ。

 ブラック・マターにはいないようだ。

 追い出されたか、私が出たことで自ら出たか。


(これでまた新たな知見が得られた)


 STGIの中ではアダンソンの権限の方が強いことを意味する。

 なんらかのセーフティー・システムが機能しているんだろう。

 その影響力は想定より大きい。

 愛らしいが恐ろしい星人、アダンソン。

 狙った獲物は絶対に諦めない。

 逃げても、逃げても、逃げても・・・。

 でも、アダンソンを失うことはこの銀河で一つの可能性を潰すに等しい。


(アダンソンを襲ったのはジェラスかもしれない)


 彼女ほど強大な力を持てばアダンソンの存在は把握しただろう。

 彼女ほど貪欲ならそれを支配することを行動に移す。

 アダンソンやマザー達にとっても想定外に違いない。

 私にしてもそうだ。


 万に一つでもアダンソンを排除出来るなんて考えもしなかった。

 彼らほどの文明ならどうにか出来るという絶対的安心感があった。

 アダンソンの狼狽えぶりを見て気づくべきだったんだ。

 彼らとてこの宇宙における一つの文明に過ぎない。

 裏を返せば、彼ら以上の存在がいても何も不思議じゃない。

 驕れる者久しからず。


 一方で彼が黙って殺されるとも思えない。

 何か残したはず。

 ソレを探す必要がある。


 ブラック・シングの集積。

 アダンソンの死。

 ジェラスはやはり向こう側の存在の可能性が高い。

 彼らの実験が招いた結果だろうか?

 何れにしても色々説明がつく。


 次のアダンソンが来るまで我々は生き延びないと。

 派遣されるのは簡単じゃないだろう。

 以前よりもこの宙域は危険になりつつある。

 パワーバランスも大きく崩れつつある。

 いや、もう手遅れなほど問題が拡大していることを意味するかもしれない。


 マザーはどう出る?

 彼女らはドライだ。

 我々を捨てるかもしれない。

 STG28だけで済むか、それともこの宙域のSTGか。

 まさか全STG・・・それはないか。

 いや、わからない。

 有り得ない話ではない。

 マブーヤがしゃしゃり出てきたのは万が一の準備が整いつつあるということだろう。

 もう彼らは最後処理の前段階にまで来ているんだ。

 先の先を見越している。


 こんな状態でも約定にのっとり犯人探しは必要なのか?


 アダンソンは死んだのに?

 いや、問うまでもないな。

 マザーは厳格だ。

 最後の一瞬たりとも譲歩しないだろう。

 隕石型宇宙人を天の川銀河に導いたモノ。

 犯人はこの渦中にいることは間違いない。


 アダンソンが犯人だと一時は仮説を立てたが、これで可能性は下がった。


 彼らの作る創造物は莫大な力と引き換えに燃費が悪い。

 何かの実験をしていることも明らかだ。

 彼らが受ける恩恵は大きいはず。

 だが、アダンソンの線が無いとすると他はどうなる?

 地球人には出来るはずがない。

 まさかジェラス?

 いや、順番がおかしい。

 彼女が来たのは最近だ。

 まさか・・・地球人ないだろうが・・・。


(蜘蛛の糸を掴むのは誰だ・・・)


 マザーは地球を本当に助けたいのだろうか。

 いや、地球そのものというより、一部の地球人だろうが。

 ノアの方舟を作る気はなさそうだし。

 この宙域はもう幾らももたない。

 寧ろよく生き残っている。

 アダンソンのSTGIが無かったら二〇〇〇年に終わっていた。


(振り返ると奇跡のような月日だったなぁ・・・)


 わからないのはジェラスだ。

 どこから来た?

 どの銀河の所属だ?

 隕石型でも彼女らの枠組みにもいない勢力。

 破滅をもたらすモノか、それとも救いをもたらすモノか。

 少なくとも救いでは無さそうに感じる。

 彼女は赤ん坊に核ミサイルのボタンを玩具で与えたような存在だ。

 恐ろしく、同時に愛らしい。


(疲れた・・・眠い・・・)

 

 次が派遣されない限り手立ては無い。

 座して死を待つのみ。

 それならそれでいい・・・もう疲れた・・・。

 在るが儘、死ねばいい。

 私には終わりがあるだけ幸いだ。

 二次契約をせずに良かった。

 一時は少し後悔もしたが、結局は思った通りになった。

 皆・・・可愛そうに。

 まだ戦っているんだろう。

 命を燃やし尽くし、アイデンティティが崩壊するまで。

 そのどちらかか、両方か。


 この肉体が活動を停止する時、契約上次に目覚めるのはマザーの星だ。

 行き先は動物園か、実験室か、繁殖装置の中といったところだろう。

 彼女達はそんなことはしないと言っていたが。

 頭の良いヤツほど嘘をつく。


 初期の契約がココまで重くのしかかるとはな。

 好きなことで同意しますかと問われれば連打するだろ普通。

 騙されたようなものだ。

 それで契約成立とは片腹痛い。

 もっともコレは地球人が仕出かしたことか。

 騙したのは地球人ということになる。

 地球人を売ったのは地球人だ。

 無知に加えて若気の至りとは言え、取り返しのつかない契約をしてしまったものだ。


 連中の肉体はどの程度で死ぬんだろうか?

 案外死にたいと言ったら簡単に安楽死させてくれるかもしれない。

 他文明を見れるというのも楽しみではあるか。


(どうせ地球にいても・・・)


 男は辛うじてといった風情で目を開け、再び老齢の女性を見た。

 暫く見つめると、再び天井を見上げ瞼を閉じる。


(諦めるわけにはいかない)


 起きる少し前に見たナニカ。

 俺を起こした黒い塊。

 彼のお陰で、ジェラスの支配から離脱することが出来た。

 複雑に混じっている。

 あの感触は遠い昔にも経験がある。

 混ざった男。

 あのSTGI搭乗員に会う必要がある。


 水蜜桃の詩そのものだ。

 ほっといてもどんどん集まってきやがる。

 永六輔さんが「有名人なんてなるもんじゃない」と言っていたが今ならよく判る。

 大切な人にさえ、その存在を知っておいてくれればいい。


 当面は彼のSTGIが鍵だ。

 彼には悪いが仮住まいさせてもらおう。

 因果は結ばれている。

 恐らくSTG内で何かあったんだろう。

 記憶には無いが、彼の命を助けているはずだ。

 彼は何者なんだ?

 自身を率直にシューニャと言った。

 境界が曖昧になっている。

 認識力が低下しているんだ。

 危険なほどに。

 恐らくSTG28のアバターの名前のことを言っているんだろうが。

 ヒトガタに長く居すぎたんだろう。

 昔もよくあった。

 一番危ないパターン。

 自我の消失。

 それこそ彼らにとって好都合。


 彼は混じっていた・・・複雑に。

 好都合・・・。

 いや、有り得ない。

 アダンソン・・・何をやった?

 マザーはどこまで把握しているんだろうか。

 恐らく何も知らされていまい。


 彼に会う必要があるが、門番がマズイ。

 ジェラスと同じ感触だった。

 なんで同居している?

 しかもアレを認識出来ている。


 彼は私を助けようとした。

 アレは私を食べようとした。

 主権は曖昧のようだ。

 アレの狙いは私なのだろう。

 そのために彼を利用したのかもしれない。

 それほどまでに私と彼の間に因果、縁がある。

 その筋道に従った方が賢いだろう。


 足掻くほど悪い結果に陥っている気がする。

 アダンソンにまんまと嵌められたのだろうか。

 彼がもしブラック・ナイト化したら、地球はおろか、天の川銀河は終いだ。


 アダンソンの狙いはブラック・ナイトのコントロールにあるのだろう。

 アレを制御出来れば隕石型宇宙人等は怖いもの無し。

 この宇宙を統べる。

 でも、それは勘違いだ。

 如何にも頭のいい連中の考えそうなことではある。


 他人の庭で致死相当の実験を繰り返しやりやがって。

 我々もSTG20や21のように失敗し消されるのだろうか。

 少なからずマザー達は動揺している。

 想定の範疇に無かったのだろう。

 この銀河は、このまま彼らの壮大な実験場と化すのだろうか。


 俺たちは余りにも無力だ。


 それでもブラック・ナイトだけは駄目だ。

 あれは私達の外側の存在。

 被害はこの銀河だけにはとどまらない。

 この宇宙そのものが終わる。


 観測すら出来ないものを制御なんて出来るはずがない。

 頭の良い連中はどうしてこうも愚かなんだ。

 マザー達にとって対ブラック・ナイトの保険がマブーヤなんだろうが。

 ブラック・ホールの利用に精通しているとは言ってもアレは別物だ。

 連中のことだ、いよいよという時は天の川銀河ごと吸わして終わりにするつもりだろう。


 それは人類の核兵器を使って滅菌して終わりと発想が同じじゃないか。

 なんでこうも単細胞なんだ。

 驕っているんだ。

 想像力の欠如。

 ノー・イマジン。

 マザーは自らの文明を高らかに誇ったが、規模の違いだけで地球の馬鹿共と大差無い。


 彼女らは知らない。

 マブーヤ達はアレを知らないんだ。

 ブラック・ホールとブラック・シングは似て非なる存在。

 ナイト因子の流入。

 静かなる侵略。

 彼らを制御することは出来ない。

 STGIに乗らないとわからない。

 通らないとわからない。

 数値化出来ないもの。

 肉体を持ち得るモノだからこそ獲得できるもの。


 アダンソンやマザーが試みている数値的観測。

 彼らは出来ていない。

 観測すら出来ないものを制御出来るわけがない。


(くそっ、眠い・・・)


 地球の本体もあとどれくらい生きていられる?

 父さんや母さんはどうしているだろう。

 ヨウちゃんは?

 マーちゃん、トモは?

 私の肉体年齢からするともう大人だろう。

 結婚しているだろうか?

 ああ・・・もう一度皆に会いたい。

 会って、言葉を交わしたい。

 手を握り合い抱きしめ合いたい。

 それが出来るのなら・・・。


 どうしてアダンソンは彼にSTGIを与えたんだ。

 恐らく急ぐ必要があったんだろう。

 七つの理にたどり着いたとは思えない。

 彼はオリジナルの地球人なんだろうか。

 アダンソンが残した痕跡。

 それを探さないと。


 この銀河に残された選択肢は少ない。

 隕石型に破滅させられるか、宇宙人共に破壊されるか、ブラック・ナイトに食われるか。

 三つに一つだ。


(ブラック・ナイトだけは避けなければいけない)


 隕石型に破壊されるほうが遥かにマシなエンディングだったとは。

 地球のお偉方も驚くだろう。

 本拠点にいる彼らにしてもそうだ。

 必死に守り生き延びた結果、最悪の終わりが待っているとしたら。

 いや、それを考えても仕方がない。

 もうその程度の簡単な事実すら伝えることは不可能なんだ。

 今は時が来るまで彼の世界に住まわせてもらおう。

 彼の居場所は判る。

 

 病室に小さな吐息が漏れる

 婦人がその吐息に気づいた頃には彼は眠りについていた。


*


 外にまで言い争いが鮮明に聞こえて来る。

 男はゴミを几帳面に出すと、その声を聞いて走り出す。

 自宅の方からだった。


 背は高いが痩せ気味で、肩を落とし、頬はやや痩け、精気の無い顔をしている。

 仕事、家庭、双方の事情で憔悴仕切っている。

 足元はつっかけサンダルではなくスニーカー。

 身なりも正しく、誰と会っても恥ずかしく無い格好をしている。

 歳は若いだろうが、老けて見えた。


 一軒家だが古く、築六十年は経っている。

 慌てて玄関を上がると漫画の絵が刺繍されたスリッパを履く。

 言い争う声のする、真っ直ぐ行った奥の部屋を目指し足早に歩いた。

 扉を開ける。


「どうしたの?」


 やや高めの優しい声。

 朝にも関わらず部屋は暗い。

 常備灯だけがともり、閉められた雨戸とカーテンの隙間から僅かに光が漏れる。

 まるで宇宙服のようなものを身を纏う小柄な女性。

 その彼女を制止しているのも華奢だった。

 フルフェイスのヘルメットを奪い取ったところのようだ。

 二人共髪を振り乱している。

 宇宙服の女は幼い印象で威嚇する猫のよう鋭く大きな眼で彼女を見ていた。

「お願い・・・行かせて!」

「もう駄目・・・ついに頭がおかしくなった・・・」

 そう言うと女性は疲れ切った顔を向けた。

「何があったんだい?」

 穏やかな声で宇宙服に訊いた。

「シューにゃんを助けないといけないの! だから外に出たいの!」

 男は雨戸もカーテンも締め切った窓を見た。

「今は・・・朝だよ? 特に今日は陽射しが強い」

「でも、行かなきゃ!」

「・・・どうして、そこまでして?」

「私しか助けられないから!」

「シューニャンさんとは・・・どういう方?」

 あくまでも慎重に、探るように声をかける。 

「安心して・・・今度は現実の人だから・・・」

 彼女は少しだけトーンを落とす。

「ゲームの人でしょ!」

 女はヒステリックに怒鳴った。

「ゲームばかりするから!」

 女性は慟哭する。

 男は膝をつくと、その背中を擦る。

「説明してくれるかな?」

「後で! そんな時間は無いの!」

「でも、今日は日差しが強いから・・・ね・・・」

「急がないと駄目なの!」


 その時。


「こんにちわー」

 玄関から呑気な声が聞こえた。

 同時に数人が勝手に上がったようだ。

 音からして土足。


 鍵を締め忘れた。


 男たちは当然のように部屋に現れた。

 男が二人。

 廊下にもう一人いる。


 真っ先に入ってきた男は如何にもその筋のファッションに顔。

 上半身は肉厚でその手の職業にもってこいの圧力がある。

 背は高く、相乗効果で威圧的に感じられた。

 もう一人の男はスーツ。

 痩せて丹精な顔立ちだが精気のなさそうな顔。

 青白く、乾いた目をしている。

 如何にもが真っ白な歯を見せ笑ったのに対して、スーツは口を閉じている。 


 一言でいって異様だった。


 この家の主は考えを巡らせたが、全く心当たりが無い。

 そもそも人の家に許可なく勝手に上がり込む。

 しかも土足で。

 色々と有り得ないことが同時に発生している。

 それでも家主はこの男たちと状況に見えない共通点を感じた。

 そこに気づいた時、そのか細い様子から想像も出来ない俊敏さで携帯を手に取る。

 だが”如何にも”が瞬時に反応し蹴った。

 スマホは天井に当たって落ちる。

「足が滑っちゃった~」

 男は満面の笑みを浮かべた。

 綺麗に矯正され、ホワイトニング加工で不自然なほど真っ白になった歯を見せる。

 上げた足を、ゆっくりと見せつけながら下ろす。

「連れのモノが失礼いたしました」

 スーツ男子がバカ丁寧にお辞儀をする。

 ”如何にも”がスルリと部屋に入ると、スーツ男子は入り口を開けた。

 もう一人が姿を見せる。

 何処にでもいそうな中年の女性が入って来る。

 これで入り口は塞がれた。

 女は下手な女優のように状況を無視し、最初から満面の笑みを張り付かせている。

 スーツだけが跪き、女が口を開く。


「救世主ケシャ様。お迎えに上がりました」


 腹が太い女性は喋り慣れた台詞を陶酔気味に言うと、頭を垂れる。

 二人も同調し頭を下げた。


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