STG/I:第百五十六話: 五里霧中



  雷鳴が途絶え、白い鬼灯に無数の穴。
 穴からSTGIホムスビが弾丸のように飛び出した。

「やっぱりそうか!」

 実体化と共に接触型の武装、剣山球で本体の周囲を覆った。
 隕石型には何の意味も無い武装。

 こんな所で役に立つとは!

 特徴的な名前と形状から頭の片隅にあった。
 母親が元華道のお師匠さんだった。

 剣山球は出しておけば自動的に発動する。
 本体が無力化されても関係ない。
 一か八かの賭け。
 単なる思い付き。
 苦し紛れ。

 ホムスビは再び紐状になって消える。

 明らかに隕石型宇宙人とは違う何か。
 STGとも異なる異物か。
 体内に入った細菌を襲う白血球のように執拗に追い回してくる。

 文明側の代物か?
 それとも隕石型宇宙人の新種?
 アダンソン型宇宙人と関係があるのか?
 STGIはアダンソンの船と聞いた。
 この無敵のようなSTGIがまるで歯が立たないなんて。
 理不尽すぎる!

 ガムボールのような外観にメカニカルな要素は無く、有機的、生命的に見えた。
 それでいて物理法則を無視したような動き。
 直線、直角に動き、機械的だ。
 しかも瞬間移動のように速い。
 エネルギー兵装も物理兵器も一切通用しない。

「丸っきり当たらないとかアリなのかよ!」

 球形から姿を変え全て避ける。
 避けると言うより、穴が開く。
 中心を狙えば中心がポカリと。
 シャワーのように撒布すればその粒と同じサイズ同じ数だけ穴が開いた。
 サイコ系の湾曲する兵器をもってしても、曲げただけ穴が移動する。
 正確に、当たり前のように、水と油が混じらないように。
 当然のように!

「シューニャ応えろ! オリジナルだろ!」

 答える筈が無い。
 フィードバックで判る。
 ココに居ない。
 電波が届かない所に居るような。

 分体が死ぬとどうなるんだ?
 主を失ったSTGIはどうなる?
 あの時のサイトウさんの言いぶりからすると放置すると不味い事が起こるらしいが。
 地球にいてはいけないという理由に関係があるのか?
 無知が生死に直結するこの現実。

 グリンに導かれるままSTG29のエリアで狩りをしていたんだ。
 戦いながらSTGIごとスライス、分離する術を習得。
 STGIのエネルギーは予備タンクまで満タン。
 狩りを終える筈だった。
 分体が集結しかけた時。

 白いガムボールが現れた。

 突然に。
 その瞬間まで居なかった。
 宇宙空間に穴が空いたようだった。
 ホムスビの警告も無い。

 僅かな間で全てが起こった。

 オリジナルのSTGIの前に現れた巨大な白いガムボール。
 推力が切れたようにオリジナルは一瞬フワッと宇宙空間を漂った。
 ガムボールはパックマンのように口を開けるとホムスビを飲み込む。
 そして激しい閃光。
 数秒後、オリジナルは消えた。

 スライスされた我々は一心同体。
 死んでいないのは解る。
 微かに繋がっている感触がある。
 産毛の中で一本だけ太いのがあるような感じだ。
 何処にいるかは解らない。
 ごく近いような、凄く遠いような。
 手が届きそうで届かないもどかしさ。
 
 オリジナルが消えた時、ようやく我々は反応出来た。
 真っ先に動いたのがシータ・アサンガ。
 STGIシータ・ホムスビが消える。
 ひも状になって。
 事前に指令を受けていたのが幸いしたのかもしれない。

 アルファ・アサンガ、ベータ・アサンガは攻撃に転じる。
 私は逃げることを選択した。
 ヤツの攻撃方法が判らない以上、全員で交えるべきでは無い。
 シータ・アサンガが追われるのを防ぐ必要もある。

 気づいた時にはグリンも居なくなっていた。
 あの大きな天体を見失う筈が無い。
 オリジナルが消えた瞬間から履歴も消えている。
 隠蔽したのだろうか?

「グリン!」

 彼女も宇宙に接続していない。
 それとも居留守か?
 グリンは時々居留守を使う。
 別な契約者と会っていると言った。

 日本・本拠点は今どの辺に居るんだろうか・・・完全に漂流してしまったのだろうか。
 危機を知らせないといけないのに・・・。

 隕石型のSTG29攻略はもう事実上終わっている。
 だからグリンは言ったんだ。
「もう入ってもいい」と。
 ホムスビが幾ら食っても影響は無かった。
 無限の如くいる。
 STGが束になったって叶う代物じゃ無い。
 数が違い過ぎる。

「奴らは宇宙そのもの」

 STG21の民が言った意味が今なら解る。
 マザーはそれを知っている。
 その時が来れば、ただ捕食されるだけ。
 本当にSTGはその時が来る迄の時間稼ぎ程度の存在でしかないんだ。
 まてよ・・・そもそも時間稼ぎになるんだろうか?
 寧ろ我々が戦うことで注目を集めている気がする・・・。
 きな臭い。

 紐状に飛ぶSTGIの眼前にガムボールが現れる。

 オリジナルがやられた時を想起させる。
 出会い頭の交通事故。
 瞬間的にSTGIは物理形状に戻り静止。

 ガムボールが今まさに飲み込もうと口を開ける。

「ソニック!」

 ホムスビの周囲に強大な衝撃波が発生。
 衝撃波に沿って白い球体は風船ガムのように大きく膨らんだ。
 伸びながらも強引に飲み込もうとしている。
 STGIは方位磁石のようにピタリと開口部に方位をとると、目掛けて飛んだ。
 開口部は閉じられる。

「間に合った!」

 見届けることなく、再び紐状になり消える。

 ガムボールは膨らみ続けている。
 衝撃波の力に押し出されるように。

 逃げながら考えたデルタ・アサンガの策。
 当らないのなら、それを利用する。
 倒せずとも時間稼ぎにはなる。

「今は勝つ為に逃げないと!」

 ガムボールは小惑星ほど極大に膨らむと、ゆっくりと音もなく破裂。
 ストレッチボールを覆った一枚のシルクが表面を滑るように宙空を滑ると元のサイズに戻る。
 そして暫くその空間に佇むと、消えた。


 声が聞こえる。

「気づいたか?」
「はい」

 スーツを着た男が足早に近づくと少年を見下ろす。

 誰?
 聞いたことが無い声。
 抱きかかえられている?
 柔らかく暖かい・・・。
 いい香り。
 転んだ時、母さんに抱きかかえられたことがあった。

「お母さん・・・」

 薄っすらと目を開けると、男が覗き込んでいた。

「君がエイジ君だね」
「はい!・・・貴方は?」
「ドラゴンリーダーだ」
「ドラゴン・・・・・」

 閃光を伴って記憶が蘇る。
 真っ白な霧が一気に晴れ渡り、全てが色を伴った。

「え?・・・ えっ! えーっ! ごめんなさい!」

 女性に抱きかかえられていた。
 グラビアアイドルのような可愛いお姉さん。

 慌てて立ち上がろうとすると、女性はエイジの手を取り引き寄せる。
 再び彼女の胸の中に絡めとられる。

「逃がさない~」
「えっ! えっ?」 
「ようこそ地球・本拠点へ。気に入ってくれたようだな」
「地球・・・本拠点って・・・」
「地獄へようこそ」

 サイキは分厚い手を差し出し、
 エイジの白く小さく華奢な手を強く握りしめると、強引に引っ張り上げる。

「時間が無い」


 ブラックナイト隊・作戦指令室。

 両足を投げ出し、当たり前のように司令官の椅子に座っている老人。
 メインモニターを凝視している。

 資材の中継ステーションを破壊したのは誰か。
 中継ステーションの位置は秘匿されている。
 エリア28外の可能性が高い。
 仕様ではマザーの施設をSTGで攻撃することは不可能とある。
 その時点でアメリカ本拠点の直接的な仕業じゃないことは明らか。
 資材の供給がストップされれば全本拠点が困る。
 同時に最重要施設の欠損をマザーが手を打たねぇとは考えられん。
 だとしたら断絶している時間が長すぎる。
 宇宙人共が動けねー事態が起きていると考えるのが自然か。

 アメリカ本拠点が暗躍しているのも明らか。
 恐らくマザー以外の別ルートだろうな。
 誰と何を取引したか・・・。
 地球人はマザー以外に複数の宇宙人とコンタクトがあるが不明瞭。
 明文化されていない。
 マザーが手を出せない相手なんだろうなぁ。
 特権階級か、特例か。
 同時に大規模に影響を与える事も出来ない。
 STGIとかいう規格外品もソイツらの可能性がある。

 アースは目を瞑った。

 ブラック・ナイトとか言うのが全く解らん。
 存在しているのかすら怪しい。
 騙されているのか、集団幻覚なのか、催眠なのか・・・。
 記録にあるような代物なら、臆病な宇宙人共は出現時点でとっくに撤退している筈だ。
 引くに引けない事情がある訳か。

 それがサイトウなのか?
 たかだが地球人一人がそれほどの価値とは俄かには信じられねぇが。
 ヤツがと言うより、ヤツが得ている何かと考えるべきか。
 間違いなくアメリカの狙いはサイトウ。
 地球での居場所は不明。
 生きていれば何歳なんだ?
 流石に俺より若いだろうが・・・。
 今や超高解像度の衛生監視とAIによる自動判別が出来るこのご時世で見つからねぇとかあるのか?
 恐らくアメリカの連中も高を括っていたんだろうな。
 近々に見つけられると。
 だが、見つからなかった。
 んで、焦っている・・・。

 サイトウを手渡す代わりに何を望む?
 地球を救うことは不可能だ。
 それが出来るなら、こんなまどろっこしいことはするめぇ。
 自分達だけでも生き残る方法だろうな。
 ノアの箱舟ってところだろうよ。
 その為の取引材料。
 誰が望む?
 なんで重要なんだ?

 STGは地球の防衛線を越えることは出来ないが抜け道がある。
 マザーがオフラインの場合は防衛装置が機能しない。
 これが遠隔の最大の欠点。

 でも間に合うのか?
 地球に下りて、乗せて、飛び立つ。
 条約に設定された一週間という猶予はその為だろうな。
 だが、隕石がそれを守るのか?
 いや、違うな・・・。
 恐らく一週間は守る程度の武力を緊急的に行使するってことだろう。

 でも、肝心の取引材料であるサイトウが見つからない訳だからな。
 偽物でも掴まして時間稼ぎでもするつもりかねぇ。
 マザーの武力介入が無ければ地球なんぞ一時間と持つまい。

 アースは立ち上がると球体マップを回す。

「仲良く死のうじゃねーかい。アメリカさんよ・・・」

 下に回転。
 天井を見上げる。
 視界にホットラインのサイン。

「どうだ?」
「アメリカ本拠点、定位置に存在確認出来ず」

 アースの目の奥が光る。

「見せろ」

 メインモニターを凝視。


 仮に俺がシータ・アサンガなら、分体でも地球人に戻れるってことか?

 見覚えのあるパソコンデスク。
 画面には、医療ポッドに拘束されているシューニャが見えた。

「今は、生きていると・・・」

 ログインするのは不味いだろう。
 それともログインしたら覚醒するのだろうか?
 試すには危険すぎる。

 周囲は見えない。
 視点がロックされている。
 赤い光が明滅しているな。
 俺が死んでも理屈上は問題は無いと思うが・・・。
 いや、判らない。

 少なくとも問題があるとしたら、死んだと思うことだ。
 地球の本体が「死んだ」と思ってしまう可能性がある。
 それは肉体の死を引き寄せる。
 現実でもそうだ。
 無意識下で死を望むと肉体は死へ向かって準備を始める。
 あの夢の中での攻防と同じだ。

 辺りを見渡す。

 他の俺達に連絡も出来ない。
 挙句にほとんど思いだせない。
 これだからクラウドは・・・。
 接続ありきのシステムだ。
 人間の脳はキャッシュが少なすぎる。
 地球のアバターにダウンサイズすることで相当な記憶が零れ落ちる。

 接続出来ないことも考え準備する必要があるな。
 面倒くさい。
 その面倒が自分を救う手段になるわけだ・・・。
 ああ・・・面倒くさい。

 デスクの横にあるノートに気づき手に取る。

「結局アナログが最強か・・・」

 年月日、そして、
 ボールペンを走らせる。

「なんだ?」

 手の甲に何か書かれている。
 袖を捲ると数字の羅列が手の甲から腕にかけて書かれていた。
 そして日本語で「エイジに伝えろ」と。

「シューニャ・・・・無茶を言うなって」

 今は地球だ。
 地球のエイジについては何も知らない。
 ログインすればマザーの餌食。

 考えてみると医療ポッドの周囲に誰も居ないというのもおかしい。
 何かあったんだろうか?
 せめてビーナスちゃんぐらい傍にいて欲しかったが。
 所詮AIは模倣するだけだ。

 出来ること。
 このアバターの生態維持に必要な飲食の摂取。
 先ずはトイレか。
 サイキさんにも会って、3日以上動かない時は病院かなんかに入れてもらって栄養剤を流し込んでもらい・・・。

 姿見の前で自分の全身が目に映る。
 妙な違和感を得た。

「おかしい・・・」

 どれぐらい地球人に戻っていなかった?
 この間のトイレはどうした?
 一体全体誰が水分を摂取させた?
 人間は三日と飲まないではいられない。
 何が起きている・・・。


 アースは瞬間見開いた。

 昔から映像記憶が出来る。
 写真を撮るように記憶出来る。
 誰しもが出来るものだと子供の頃は思っていた。
 そして鋭い洞察力で瞬時に見分ける。

 真っ黒く欠けた箇所が見える。
 そこだけ星が無い。
 黒い絵の具が零れたように塗りつぶされた場所。
 映像が欠けているわけではないだろう。
 そこだけ不自然な形に黒い。

 眉を寄せ、目はハの字に曲げ、口をへの字に開け、まるで翁面のような顔。

(これをブラックナイトと言うのか?)

 物体なのか?
 これが生物?
 現象と言った方が適切に思える。
 センサーに反応が無い。
 重力も検知されていない。
 距離が遠いわけか。
 シューニャのレポート通りだとすると・・・。

「ウダ。ソナーを打て!」
「リョ!」

 ポーンと鳴った。
 が、予定範囲に満たず消えた。
 指令室が一回赤く明滅。
 部隊コアの音声が流れる。

「警告。
 STG国際連盟の規定により自国防衛エリア外に到達するソナーは違反になります。
 また、本拠点・本部委員会の許可なく打つことは処分の対象になります。
 エリア内に収まる範囲にして下さい」

 アースは両手でメインモニターの一部を拡大。
 描画ツールで赤い線を選択。
 黒く欠けた位置を丸で囲う。

「ウダ。指向性ソナーを最大出力で発射」
「リョ! 発射まで二十秒!」

 メインモニターに映ったウダのSTGの船主に白いリングが形成される。
 そのリングがどんどん大きくく分厚くなる。

「警告。
 その指向性ソナーはアメリカ本拠点防衛エリアに到達します。
 本拠点・本部委員会の許可を得て下さい。
 警告を無視した場合、本部委員会により処分対象となります」

 リングが収束していく。

 ブラックナイト隊員であっても一般搭乗員なら無視され、その上でペナルティを受ける指示。
 しかし今のアースはブラックナイト隊における大隊長。
 その権限は強く、重い。
 本部委員会により一定の制限は受けていたが、ソナーの発射は許可なく可能な程度の裁量が残されていた。

「悪いな。時期に俺が宰相なんで関係ねーんだわ。ヤレ」
「発射!」

 ポーーーーーン。

 ウダの船内に共鳴しているソナー音。
 モニターを通して聞こえた。
 巨大な鉄琴を強く叩いたような音が1つ長く鳴り響く。

 数瞬の間。

 ソナー映像がモニターに具現化。
 黒い箇所は紛れもなく物体だった。
 それは、どこかエイのような形状に見えた。

「アメリカ型ブラックナイト」

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