STG/I:第百十六話:それぞれの道

「お帰りなさいませマルゲリータ様お疲れでしょう」
「あー静ぅ!」
 ヒシッと静の腰に抱きつくと、静は抱きしめ返した。
「・・・静は変わって無くて安心する・・・」
「本当にお辛ったですね」
「あの・・悪い、俺たち、居ても大丈夫?」
 河童が雌猫と顔を合わせる。
「それね。いいなら私も聞きたいんだけど」
 猫が続く。


「私は構わないけど。・・・問題ない?」
 マルゲは周囲を見ずに言った。
 意図を瞬時に理解する。
「問題ありません。ただ、一度お休みなられた方がいいと存じます」
 マルゲリータの熱視線を受けて静は言い足す。
「それとも、直ぐにお話されますか?」
「話したい!」
「御意。話す内容は周知の事実ですので皆様もお聞きになって構いません」
 彼女達以外にも遠巻きに二十人はいただろう。
 全員ブラックナイト隊の仮隊員。
 静とマルゲリータ達が歩き出すと、少し遅れて一グループが付いて行く。
 すると、次々と続いた。

「色々と聞きたいんだけど・・・」

 コミュニティールームへ向かうマルゲリータの足取りは重かった。
 長旅の疲労、久し振りで慣れない大勢の人達、混乱から来る不安。
 静が改めて休む事を提案すると、マルゲは索敵に同行した子らを説得する。
 自分は聞くが、皆は休んで欲しいと。
 静と会って少し落ち着いたのか、その疲れが我が事となって実感したからだ。
 静が知らぬ間に信頼感を構築していたようだった。
 索敵小隊メンバーはマルゲの言うことに素直に従った。
 それを見た何人かは、その際には自分も呼んでもらえないか声をかけ、パイロットカードを交換してログアウトして行く。
 再び歩きだした集団。
 多くは浮かれている。
 単なる冷やかしだ。
 あの有名な「静姫」が目の前にいるのだ。
 加えて英雄リストに名のあるマルゲリータもいる。
 言うならば原宿の竹下通りでたまたまアイドルに遭遇した感覚。
 全くの新人は状況を何一つ理解していなかったが、他部隊からの移籍組の熱に煽られ、何か良いことが起きそうだという期待感で付いてきていた。

 転籍組が浮かれるのも無理は無かった。
 静姫は部隊パートナーコンテストで殿堂入りを果たしている。
 活躍の上でも他のパートナーの抜きに出ていた。
 なまじ本部と関わりが薄かったことから情報も乏しい部隊。
 噂は尾ひれついた。
 静は部隊員を守るため割腹自殺を図ったというデマも出回っていた。
 加えて彼女がSTG国際連盟に目を付けられても部隊の為に働く姿は、彼らにとって驚異や恐怖ではなく憧れでありカリスマであった。

 道中マルゲリータは無言だった。

 多弁だった静が無言だったのに釣られた部分が大きい。
 彼女の凛とした表情は雑談を退け、取り巻き達もスクリーン・ショットを忘れるほど緊張感を醸し出していた。それは突然大きくなった隊のパートナーとして威厳を保つ為に静が意図している行動でもあった。

 室内には、静、マルゲリータ、河童、雌猫、その場に言わせたブラックナイト隊の仮メンバー達が顔を連ねた。

「シューニャ隊長は今どうしているの?」
 マルゲはいきなり核心から入った。
「シューニャ様は、今隊長ではありませぬ」
「なんかそうみたいね。びっくりしちゃった。なんでなの?」
「シューニャ様は・・・」
 マルゲリータの顔に緊張が走る。
「・・・何かあったの?」
「ログアウトされてます」
「なーんだ脅かさないでよ。うん、ログインリストは見たから知ってるけど。どうして隊長を辞退されたの?」
「シューニャ様は行方不明なんです」
 宇宙人認定されたことは言わなかった。
 一部の者しか知らない。
 静からしたら何ら確証に乏しい情報だったからだ。
 もっともマザーにつながっていたら話は別だっただろう。
 マザーは具体的に訊ねられない限り答えることは無い。
 それは彼女達も同じだった。
「・・・え? どういうこと?」
「マルゲリータ様と私達が現場検証に出発した後・・・」

 静は日本・本拠点で起きた出来事を端的に説明する。
 河童と猫は終始黙り、次第に深刻な顔になった。
 外野にとっては始めて聞く単語ばかりで皆目見当がつかないといった風情。
 それでも英雄リストに掲載されているマルゲリータの様子から、すっかり飲まれていった。
「日本・本拠点は推定アメリカ型ブラック・ナイトの出現により全機出撃。その後、推定イタリア型のブラック・ナイトの出現。人類初のSTG28同士の戦闘の後、アメリカ型が同じ宙域に顕現。イタリア型と交戦もしくは融合。その際にシューニャ様が搭乗するSTGIが飲み込まれ消失と記録されております。ブラック・ナイト関しては全てが推測の域を出ません。本拠点は一時、指揮権を剥奪されましたが、必要運用数を満たし再び独立しました。私が帰還したのはその変わり目でした。グリン様はメディカルにて治療後に覚醒。以上です」
 周囲からは「ブラック・ナイトってなんだ?」「敵じゃね?」「この部隊のことでしょ?」「この部隊名の由来になったボス敵って書いてあるぞ」「STGIって何?」「シューニャって誰?」「英雄の筆頭にいる人だよ」「黒人なの?」「女なの?」「中の人はどうだろ?」「指揮権ってどういうこと?」と新人らしい発言がコソコソと聞こえていた。
 毛玉が震える。
「ちょっと意味がわからないんだけど・・・」
「ええ・・・そうですよね」
「シューニャさんが・・・食べられた?」
「厳密には行方不明です」
「どういうこと・・・どう・・・なんで・・・」
 猫が彼女の背中を擦る。
 河童は深刻な顔で考え事をするように明後日を見た。その表情はさながら冷やかしでゲームを始めたものの思っていたのと違ったといった感じを受けた。
「御免・・・ほとんど何を言っているかわからない・・・」
 マルゲリータは膝がガクガクと震えた。
 静が手を握る。
 猫はずっと背中をさすっている。
「アメリカ型? イタリア型? イタリア型って何・・・それで戦闘? なんで地球人同士が戦っているの? なんでシューニャさんのSTGが飲み込まれるの?・・・STGIって本当なの? わからない・・・意味がわからない・・・なんで・・・なんで・・・」
 震えるマルゲリータを静が抱きしめると彼女は堰を切ったように泣き出した。
 その上から猫は二人を抱きしめた。
「大丈夫です・・・大丈夫、シューニャ様は何時も帰ってきました。実績が表してます。シューニャ様の帰還率はとても高い。今度もきっと、必ず・・・」

 マルゲリータがもたらした情報はほとんどが些細なものだった。

 本部委員会の嫌がらせの数々。
 見つかるはずもない証拠。
 退屈かつ陰鬱な旅であったことは想像に難くない。

 ただし一つだけ気になる情報を彼女はもたらした。

 調査中に人工物らしい飛翔体を見かけたという。
 映像をプレイバックすると映っていなかった。
 マルゲリータ同行の元で静も後で見てみたが何もなかった。
 センサーにも計測されておらず記録が無い。
 そこでもお目付け役と一悶着あったようだが見えたはずの彼らはそれを否定する。
 理由は映ってないからである。
 長旅のストレスで見えないものが見えたのだろうと。
 マルゲリータは「接近して調べましょう」と提案したが却下される。

 彼女の形状証言はある船を想起させた。
 STGIホムスビ。
 静は黙っていた。
 その性質上確率の低い情報を発信しない。
 STGIに関しては情報がほぼ無い。
 彼女が見たのはアメジスト戦の時のみ。
 他の対象物との比較から目測で外寸を割り出し、特徴、戦闘能力も記録していたが、マルゲリータの発言からはサイズは不明。これらはマザーに接続された際に吸上げられる情報でもある。

 以前の静であれば記録はするが言及はしなかっただろう。

 人間はストレスや脳機能の障害他、様々な要因で割と簡単に幻覚を見る。
 可能性の低いものをいかに排除するか。
 それは彼女らの存在理由でもある。
 それでも彼女が重きを置いたのはマルゲリータに対するシューニャの評価価値であり、発言や彼女の戦績からであった。
「静、あの子はさ、凄い才能があるよ。自分では無自覚みたいだけど、彼女の言うことは無視出来ないよ」シューニャは何度もそう言っていた。
 索敵スコアの高さはある程度それを裏付けるものだった。
 本来索敵スコアは戦況や戦場により大きく変動してしまう。
 それが乗り手をより少なくさせている原因である。
 ところが彼女のスコアは一定範囲にとどまっていた。
 シューニャは数値に現れていないものも見ていたようだ。
 センサーでは見分けがつかないアメジストを見つけた実績。

 静が獲得したアイデンティティーはマルゲの証言を無視していいものには思えなかった。

 この後、マルゲリータの小隊を中心に、同席した者達で中隊を編成。
 これに静、ビーナスが加わり、独自の作戦を構築する遊撃隊へと変化していく。
 その第一目標が「人工物の再調査」となった。

*

 地球でのシューニャには明白な異変が起きつつあった。

「おい、大丈夫か? 無理をするな」
 頭を抱え、その顔はクシャクシャに歪んでいる。
 サイキはボトルを手に取り、水を飲むことを促したが、彼は見えていないかのように反応しない。
 目の様子がおかしい。
 痙攣するように眼球が時々震えた。
「地球人のスペックでは荷が重すぎるようです。STGのアバターならもう少し宇宙のログにアクセス出来るはずですが、コッチでは無理ですね。何もかもが足りない。スマホと同じでアンテナが立ってないのに繋ごうとするような感じで無駄にエネルギーを消費する。そもそもスペックが足りない。フリーズ、してしまいそうだ・・・全身が・・・ちょっと・・・オーバーヒート、してます。とにかく・・・とにかくアレは、ブラック・ナイトは、この宇宙のモノじゃない。アレにはこの宇宙のモノが通用しない。だからマザーにも乗り越えられない、のでしょう・・・」

 彼の中は混乱していた。
 生命活動に必要なリソースを一気に浪費してしまった。
 生きる為の回路が危険を告げ、シャットダウンしようとする。
 でも、シャットダウン出来ない。
 彼の意識もシャットダウンを試みたが、出来なかった。
 肉体は混乱の一途を辿りつつあった。

(駄目だ、一時停止しても流れ込んできた量が多すぎる)

 止まらない。
 頭が痛い。

(ジョブをクリアして!)

 出来ない・・・シューニャ、地球人では上手く出来ないんだ。
 地球人は肉体と意識が分離している。

「ああっ・・・ああっ・・・」

 呻いた。

「シューニャもういい。一旦寝ろ。睡眠薬もあるぞ」

 サイキは喋るよりも早く動いていた。
 アタッシュケースを握る。

(吐き出して、壊れてしまう!)

「駄目だ。吐き出さないと!」

 シューニャは突然叫んだ。
 サイキの手が止まる。
 彼はシューニャを見た。
 目が痙攣し、激しく上下左右に動いている。
 すると一方的に早口で喋りだした。

「彼女達が恐れるのは当然なんです。他の文明を滅ぼしてでも生き延びたい。方法を探している。だから時間稼ぎをしている・・・この銀河にSTGをバラ撒いて・・・私達だけじゃない!」

 また叫んだ。

 サイキは静かにケースを開けると、ほとんど無意識に二丁目のスタンガンを握っていた。
 シューニャは明後日の方を見ている。
 見ている?
 白目だ。
 裏返っている。

「グリンを通して見えました。一つ彼女に関して言うと、恐らく彼女は我々と同じ立場にあったものだーっ!」

 声量のコントロールが出来ていない。
 大きすぎる。
 シューニャは立ち上がったまま、今度は頭が激しく震え出した。

「彼女らの星は既に死滅した」

 次は小さすぎてよく聞こえない。

「立場は俺たちと同じなのか。でも、アイツ・・・アメジストってことは隕石だろ?」

 シューニャは何事も無かったように座ると涼しい顔をしてペラペラと喋りだす。
 目だけは裏返ったままだ。

「厳密には違います。彼女は隕石型宇宙人と融合しているだけです。元の姿は違う。アメーバみたいな感じです。自在に姿を変えられるし、自分を分けることも出来る。多い方が主導権を握るが、分裂した方も個我を維持し勝手に動き回れる。そして本体と合流した時に一瞬で情報を共有できる。本体と離れると食事は各自がとらないといけないし、死ぬこともある。外郭の隕石は例えるなら我々がSTG28に乗っているようなものです」

 まるでAIスピーカー。
 淡々と喋った。

「あれが船なのか・・・同じ知的生命体・・・ああ見えて」
「はい。STG21の民も言ってました。我々は宇宙につく。だから死滅した際に、何らかの命の選択があるのでしょう。宇宙につく、マザーにつく、その他の選択肢も可能性があります」
「なんだって? よく聞こえない。それともう少しゆっくり言ってくれないか」
「フェイクムーンの内核もまた彼らのスターシップでした。隕石は外郭を覆っているだけです。だけといっても動かせる。純然たる隕石とも違います。彼らは隕石型についた」
「グリンは本当に味方なのか? お前はさっき敵だとも言ったが、どうしてだ? 契約ってなんだ? 覚えていないってどうしてだ?」

 聴いてはいけない。
 そう思いながらもサイキは聞かずにはおられなかった。
 だが、答えは返って来なかった。

 シューニャは突然電池の切れた玩具のように動かなくなった。

 頭を垂れる。
 不自然に背筋だけが伸びている。

 後ろ手にスタンガンを握る手が痛い。

 シューニャは静かに頭を上げた。
 突然、喋りだした。
 まるで中途停止した印刷ジョブを全て吐き出すように、
 メモリーを全て読み出すように勝手に喋り出した。

「STG28もブラック・ナイトの餌。STGIは寧ろ好物に調整されている。隕石型は宇宙ならざるモノを排除する為の存在でもある。しかしブラック・ナイトは既にこの宇宙のモノを食し擬態化している。ある意味では免疫反応がウィルスに乗っ取られた細胞を無視してしまうように隕石型もブラック・ナイトを無視しまっている。それまでに長い長い宇宙時間の戦いがありそうさせた。多くの銀河が食われた。グリーン・アイと呼称するエネルギー個体もその途中の犠牲者だ。貴方がたが言う隕石型宇宙人とは、この宇宙を構成する鉱物に過ぎない。同時に、今起きていることは宇宙規模の自然現象に過ぎない。例えるなら、気温が上昇する。急激に下降する。積乱雲が出来る。台風が発生する。そうしたものと同じだ。ただし地球に進路を捻じ曲げたモノがいる。それは由々しき事態である。その結果として隕石の雨がこの宙域に降り注いでいる。隕石型に関してはただそれだけの話だ。我々はソレを探している。ただしブラック・ナイトは違う。アレはわからない。この宇宙の記憶にはない。どうにも出来ない。餌を撒いて誘導するぐらいしか私達には出来ない。時間を稼ぐことしか・・・」

 目が黒目に戻った。

「なぜ、ブラック・ナイトがこの宇宙に現れたのか、どうしてSTG系が好物なのか、恐ろしくて・・・そこまで迫れなかった・・・恐ろしい・・・怖い・・・。母さん・・・夜が怖い・・・眠れないんだ・・・疲れがとれない・・・寝ると戦いが待っている。もういやだ。もう友達の死を見たくない。彼女の死を見たくない・・・でも、死は開放じゃない。死んだら地獄の始まりだ・・・もう二度と戻れない・・・孤独だ・・・」

 聞き入っていたサイキは彼を見た。
 突然シューニャは子供のように全力で声を上げて泣き出す。

「シューニャ・・・お前・・・何なんだ・・・」

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