STG/I:第百五十三話:覚醒


 
 目が覚めたらココに居た。

 前後の記憶が全く無い。
 昨晩も遅くまで起きていたけど、ベッドに寝た筈だ。
 なのに、起きたら違うベッドの上。
 着替えた記憶もないのに入院患者のような恰好をさせられている。
 ココは何処なんだ。

 目を開けたら知らない場所ってやつがこれほど恐ろしいとは。
 経験して初めて判った。
 不安で仕方がない。
 だから叫んでいたんだ・・。
 こりゃ怖いよ。
 オバちゃん・・元気かな。
 優しく声をかけて上げれば良かった・・・。

 映画のような光景。

 白い部屋。
 白と言っても、やや薄汚れており新しくない。
 窓一つない空間。
 多分、扉は2つ。
 ビルの一室?
 それとも地下だろうか?
 野戦病院を彷彿とさせるような簡易ベッドの列。
 申し訳程度のカーテンが辛うじてプライベート空間を作っている。
 壁側には数人の迷彩服を着た兵士らしき姿。
 銃を肩から下げていた。
 まさに映画だ。
 そう思うと猛烈に笑えてくる。
 それが去ると得体の知れない恐怖が這い上がって来る。

 皆が白い服に着替えさせられている。
 カーテンの合間から見えたベッドに横になっている者。かなり若い。
 VRヘッドセットを装着していた。
 頭を抱える者、カーテン全開で大の字で寝る者、ストレスを抱えた熊のように同じ場所をウロウロする者。
 複数人で集まって話をしている者も居たが、少しすると兵士が寄ってきて散開させられていた。
 男と女は部屋を分けられているのだろう。
 ココには男しかいない。
 年齢もまちまち。

 恐らく三人一組で覚醒した者達の精神的ケアに当たっているんだろう。
 それが複数組。
 看護師らしきナース服を着た女性と男性、そして迷彩服を着た男のセット。
 慌ただしく動いている。
 兵士はヨーロッパ系だけど、看護師は日本人だろう。
 言語の都合だろうか。
 主に女性の看護師が話をしている。
 美人が多い気がするのは偶然だろうか?

 男性は目を開けた。

 起き上がることなく暫く天井を見ている。
 ゆっくり立ち上がると、改めて天井をグルリと見渡す。
 何かに目を凝らしている。

「カメラ、かな・・」

 カーテンを少しだけ開け、顔を半分だけ出すと、辺りを見渡す。
 直ぐに閉めた。
 兵士がこちらを向きそうだった。
 力無くベッドの縁に腰を下ろし、頭を抱える。

「夢じゃない、か・・」

 気だるい。
 まるで世界がスローに見える。
 気を張っていないと恐怖が下から這い上がって来る。
 本当にこれは現実なんだろうか?
 頬を触ってみるが現実感に乏しい。

 男は再びベッドに横になると、小一時間前の出来事を整理し出す。

「STG28は大規模なテストなんです」

 看護師は言った。
 何時からだ。
 STG28を現実だと信じたのは。
 隕石型宇宙人との戦い。
 それが作りもの。
 俺の人生は何だったのか。
 あの情熱は。
 いや、ある意味でアレは確かに作り物なのだろう。
 あの中での出来事は自分にとって現実そのものだった。
 それが全て作り物。
 受け入れられない。
 自分の中で理由の判らない抵抗感がある。
 生理的な嫌悪。
 あの体験が作りものな筈が無い。
 そう思えてしまう。
 頭以上に、肉体の方が信じられないようだ。
 寧ろ頭の方は猜疑心が充満している。
 STG28は作りもの。
 すると、何処からともなく怒りが湧いてくる。
 誰に対して?
 何にし対して?
 わからない。
 少なくとも、自分に対して怒っている。

「よく考えて下さい。隕石が、石が、意識を持つと思いますか?」

 慎重に、訝しげに覗き込む看護師の瞳が忘れられない。
 STG28が・・・ゲーム?
 いや、ある意味ではゲームなんだろうけど・・・。

 どうして現実だと思ったのか。
 報道でカルトに身を沈める人種を少なからず軽蔑していた。
 愚か過ぎると。
 普通に考えれば異常だと何でわからない。

 そうだ。なんで判らない・・・。

 一方で今でも信じられない自分がいる。
 新しい情報を無意識に拒否している自分がいる。
 受け入れられない。
 こういう気持ちなんだろうか。
 自分の信仰を否定された時というのは。
 どうしても受け入れられない。
 全てが無意味だったと突き付けられたようで。
 自分の人生が偽物であると言われたようで。
 辛い。
 泣きたい。けど、泣けない。
 叫びたい。でも、叫べない。
 騒ぎ立てると連れて行かれる気がする。

 最初に覚醒した時、個室に連れて行かれ詳細を説明された。

 その時は全身に力が入らず車椅子で移動させられた気がする。
 頭に霞がかかったようで、夢見心地だった。
 何時間も揺られていた感覚が今も残っている。

「STG計画は、遠い将来 火星へ人類を送る為のテストなんです」

 今回で重ねること28回。
 参加者は世界中から大規模に募集され、自由意志で申請、選ばれた。
 特別な訓練を受けない一般人が、特殊な状況下でどういう行動をし、社会を形成し、精神に影響を与えるか。
 そうした実験であると。

 自身がサインした書類も見せられた。
 自分の字に見えなくもない。
 そもそも自分の字を久しく見ていない気がする。

 バージョンアップを重ねる毎に人数と対象国は拡張され順調に思えた。
 ある時、ハッキングを受ける。
 犯行声明を出したのは”ナンバー28”と称する団体。
 被験者に“ナンバー28”の構成員が居た。

 彼等の主張は「地球人という毒をこれ以上拡散させないこと」らしい。
 端的に言えば「プロジェクトに反対」ということだ。
 目的は「人類のリセット」。
 構成員だけが生まれ変われるというお決まりの謎原理。

 ハッキングを受けた際、あるプログラムを埋め込まれる。

「Mr・サイトウをご存知ですか?」
「はい。会ったことはありませんが・・・」
「彼がソレです」
「ソレ?・・・ソレって、どういう?」
「“ナンバー28”が投入したAIプログラム。コードネームは”メシア”。俗称”サイトウ”です」
「・・・すいません。何を言っているのか全然頭に入ってこない・・・」
「混乱するのは無理もありません。・・・ですが、我々には時間がありません」
「このまま説明は続けさせて頂きます」

 男性の看護師が言葉を継いだ。
 その顔は笑みが張り付いている。
 兵士は興味無さそうに辺りを見渡していた。
 ポーカーフェイスだが、いい加減飽きたといった感じ。

「はい・・・」
「彼はプログラムです。そのような映画を見たことありませんか?」
「あー・・・まあ、多分あります。思い出せませんが。ありますけど・・そんな、それこそ映画じゃあるまいし・・・」
「わかります。ですが、皆さんご存じないだけで、もう、私達はそういう世界に生きているんです」
「・・・そういう世界?・・・」

 言いながら漠然と「あり得ない話では無いかもしれない」とも思った。
 昨今のゲームの変化を思い返しても著しい。
 そもそもあのVRデバイスだってゲームのだ。

 AIによる改変プログラム合戦。

 組み込まれた様々な仕組み。
 戦いの副産物として無意味に肥大化し複雑化したシステム。
 “STGシステム”は御しがたいほど大きな矛盾を抱えていると彼女は言った。
 基本設計者ですら何が起きているか判らなくなるぐらい。
 打開する為に導入された新要素。
 それが功を奏したのか、サイトウは徐々に影響力を失い問題は解決されたかに思えた。
 しかし、没入したまま戻れないプレイヤー達の増加。
 遂には突破不可能と思われたコアプログラムのセキュリティーがサイトウによって突破される。
 中継ステーションの消失もそれが原因だろう。
 遂に運営が直接干渉できなくなる。
 そして大規模な救出作戦が組まれた。
 それが今ココ。

「設計者ですら判らないなんて・・・そんな馬鹿なことが。余りにも無責任ですよ・・・」
「そう言われても仕方がありません。ただ、ご存知無いかもしれませんが、現実的に皆様が利用されている様々なサービスが既にそれに近い状態です。綻びは至るところに出ています。巨大システムを全て理解している人は一人もいません。把握しているのは構造や概念だけです。エラーがあれば一時的に回避するプログラムを作ってパッチを充てる。それが現実です。ですから、実際には何ら不思議ではありません。特にSTGシステムはAIによって作られています。だから尚更なんです。AIによって作成されたプログラムやシステムはAIに任せるしかないのが現実です」
「でも、解決出来ていないじゃないですか」
「残念ながら」
「・・・STGを設計したAIって・・・マザーのことじゃ?」
「流石ですね。このシステムを設計したAIプログラムの俗称です」
「どうして解決出来ないんですか? 同じAIですよね?」
「投入された改変プログラムであるサイトウによって阻害されているからです。同じAIでも目的を決めるのは人間です」
「プログラムは詳しく無いのですが、異物だから判りますよね?」
「生態と違ってコードに差別はありません。ましてやサイトウはSTGのOSから作られています。そしてマザーのプログラムリソースを使用し、システムを改変しています」
「でも、そういうのって、改変履歴が残りませんか?」
「お詳しいのですね」
「いえ、本当に詳しくはないのですが、全く無関係な仕事でも無いので」
「仰る通り。当初はそれで対処出来ました。ですが、ある段階からサイトウはアカウントを作って人類に成りすましルールを改変しております。人類として正当な改変を行っている。だから見分けがつかないのです」
「ごめんなさい。意味が判らない・・・」
「システム改変はプレイヤーの合議で正式に可能です」
「・・・STG国際連盟の・・・・人類との合意事項って・・・」
「そうです」
「じゃあ・・・自ら選んでいると錯覚して私達は墓穴を掘っている・・・」
「残念ですが」
「あれ?・・・まさか我々に味方する宇宙人って・・・」
「私達のことです」

 全てが繋がった気がした。
 体が震えている。
 全部ゲームだったんだ。
 ゲーム内で大騒ぎしていただけ・・・。
 全てがゲーム内での出来事。
 隕石型宇宙人なんて居ないし、
 地球はピンチになど成っていない。
 この世の終わりのような心境で連日バカ騒ぎをしていた。
 安堵して良いのか、この感情をどう処理したらいい。

「改変を先導したのがサイトウ・・・」
「はい。全員を帰還させるには彼を見つけ排除しなければいけない」
「でも、この姿だってSTG28でログアウトした際の姿と同じなんですよ・・・」

 彼女は慈愛の笑みを浮かべると言った。

「ゲーム内の暮らしがありましたよね。あれも先ほど申し上げたように作り物です。ログアウト後のアバターも実際にスキャンして作ったものです。ご家族も、全て。覚醒された際に出来るだけ混乱を来たさないように考慮されてのことです。ご家族や、細かい部分に関しては、トレースを拒否される方も少なくありません。ご家族の許可も必要ですし、断られる方もおります。実際の環境とはどうしてもズレが生じます。ズレた分は全て架空の設定でマザーによって補われます。それらも了承されたうえでのご参加なんですよ」
「職業や、趣味や、そうしたものが現実と合致しているのは・・・」
「ご自身で許可されたからでしょう。ですが、今申し上げた通り誤差は生まれます。同意内容次第ですが、仮に全てを許可された場合でもズレは生まれます。何より、サイトウによって、仮想空間での暮らしは歪められていますから」
「そんな・・・まるっきり映画じゃないか。幾らなんでもそんな負荷が今のコンピューターで可能とは思えない!」

 女はタブレットを操作した。

「例えば、貴方は三日前の夕食、あちらでログアウトされた後で何を食べましたか?」
「・・・牛丼だったかな?」
「違いますよね。生姜焼き定食です」
「・・そうだっけ・・・」
「この程度はサーバーでトレース出来ますので判ります」
「・・・」

 作りもの。
 全てが作りもの。
 もっと未来の話だと思っていた。
 そんなこと。
 映画や漫画だけの話だと。
 こんなにショックなんだ。
 何かが崩れていく。
 自分の中で何かが。
 じゃあ、今のこれが現実だってどうして言える?

 待てよ、何かのドッキリじゃないだろうか?
 番組で見た事がある。
 あれはチープだったけど芸人は騙されていた。
 ベッドが安っぽいのはそういう理由じゃ。

「これはTVショーですか? ドッキリとか?」
「違います。現実です」

 こんなテストに応募するだろうか?
 確かに魅力には感じる。
 資料を読むとミッション完遂後は相当な額を頂けるようだ。
 衣食住や健康すら保証され、ゲームをしていればいい。

 ・・・やるかもしれない。

 アメリカでの大規模テスト。
 隕石型宇宙人との宇宙戦争という設定。
 考えてみると、STG28の円錐というシンプル過ぎるデザイン。
 あれはサーバー負荷を減らす為のアイデアなのかもしれない。
 外装の変更に対する戦果の導入コストは異常に高かった。
 それが理由なんだ。
 昔の3D表現がワイヤーフレームだったように、処理負荷を減らす為の手段。

 でも・・・

 そんなことがあるんだろうか。
 運営するプレイヤーは専門的なミッションを与えられていると言った。
 つまり我々は大衆の行動シミュレーション要員。
 面白そうだとも思える。
 到達フェーズに応じて変わる報酬。
 充分なお金を貰えて好きなことが出来る。
 しかも世界中のプレイヤーと。
 ある意味では夢みたいな話だ。

 今もSTG28に戻りたい自分がいる。
 あっちはどうなっているんだろうか。
 今日 隕石型宇宙人が攻めてくる可能性が高いと聞く。
 でも、なんでそれが判る。
 アース・・・。
 彼はなんで判る?

 男は上体を起こした。

「ゲームだからだ・・・」

 アースは運営側の人間。
 だからアイツの引き連れたプレイヤーはあんなにも強い。
 チートだ。
 ゲームマスターなら公式チートが許されている。
 終わらせる為の作戦で投入されたのがアース達なんだ。
 だから知っている。
 スケジュールを!

「ゲームなんだ・・・」

 STG自体は単なる仮想空間上での出来事に過ぎない。
 システムをダウンし、バックアップから原因を究明、デバッグし、STG29としてやり直せばいい。
 けど、プレイヤーは本物の人間。
 没入したままのプレイヤーが脳死状態になる可能性は少なからずあると言っていた。
 実験規模が大きいだけに、例え一割が脳死状態になったとしても桁違いの影響になる。
 国際問題になるのは避けられない。
 例えアメリカ政府と言えども揉み消せないだろう。
 下手すれば世界大戦の引き金にも・・・。
 たかがゲーム、されどゲーム。
 ゲームが現実に追いつき、追い越した。

 急にカーテンが開いた。

 男性看護師ではない。
 見慣れない顔。
 一方で既視感がある。
 着ているものからして同じ救出されたプレイヤーのよう。
 若くは無いが、中年というほどの年齢にも見えない。
 落ち着いて見えた。

「失礼」
「・・・誰ですか?」

コメント