STG/I:第百十五話:目覚め

 

 真の闇の中。
 一センチ先も見えない。
 蛍が一斉に光るようにアチコチが様々な色に灯る。
 浮き上がったのはコックピットに座している髭面の中年男性。
 まるで呼吸をしていないかのように静かだ。
 瞼は硬く閉じられている。
 その瞼が動くと薄めを開いた。
 男は固まったまま、ゆっくりと目だけを動かす。

「・・・生きてる・・・のか?」
 男は脳の海馬を弄るが何も出てこない。
 ほとんどが空っぽだ。
 唯一ある何かは朧気で映像化出来ない。
 次に大脳皮質を弄り問い合わせた。
 自分が何か?
 何が起きたか?
 反応は鈍かったが、次第に満ちてきた。
「サイトウ・・・俺は・・・サイトウだ」
 誰に言うとでもなく声を発する。
 皮切りに怒涛のごとく記憶が溢れ返ってくる。
 頭を両腕で抱え苦痛に顔を歪めた。
「わかった。わかったから・・待て、焦るな、物事には順番がある・・・」
 記憶の洪水は引いた。
 大きくため息をつく。
 息が苦しそうだ。
 上体を少し起こそうとすると、連動して背面が上がり、恐らく正式な位置に戻った。
 周囲を見渡す。
 コックピットのメインライトが灯る。
 モニターを見た。
 外の世界が映る。
 満点の星空。
 自律的に動く物は無い。
 いや、微かに見えた気がする。
 でも、今はいい。
「ジェラス」
 彼は目を閉じて言った。
 その声には覚悟のようなものが感じられる。
 だが、何も帰ってこない。
「居ない・・・どこに?」
 何が起きたかは相変わらず思い出せない。
 ただ、自分がサイトウであること、STG28のパイロットであることは思い出した。
 外が宇宙ということは恐らくSTGIの中。
 以前のとはまた変わっている。
「ビーナス、外から本船を映してくれ」
 返事がない。
 ああそうか、ビーナスは居ないと。
 ドラゴンリーダーはまた怒っているだろうなぁと思った。
 思った通りに生きられるわけではない。
 そもそも思った通りに生きても面白く無い。
 タッチャンはどうしているだろうか。
 また、泣いているのだろうか。
 甘えさせて上げたいが、中々そうもいかない。
 何もかもが思い通りにならない。
「へいSTGI。お前の名前を教えてくれ」
 何も帰ってこない。
 自立型では無いようだ。
 面倒くさいな。
 対話が出来る自立型は声をかけるだけで動いてくれる。
 マシンタイプは自分で解明しないといけない。
 サイトウは覚悟すると、アチコチを触りだした。
 小一時間もすると、どう動かせばいいか概ね掌握した。
 今回は簡単だった。
 慣れたものだ。
 これで何度目だろうか。
 それにしても何故、飛行機型なのか?
 STG28とも全く違うし、長く親しんだ人型でもない。
 アイツは楽しかった。
 STGIは今だに謎だ。
 誰かの差し金であることは間違いない。
 契約したつもりは無いが俺をテストパイロットに仕立てているのかもしれない。
 そんな気がした。
 新しいものを触るのは好きだ。
 サイトウは不意に左上を見た。
 
 誰かに見られた気がする。
 目を瞑る。
 ボンヤリと像が浮かんできた。
 黒いオタマジャクシのような塊がコッチを見ている。
 悪いモノは感じない。
 寧ろ感じられるのは同情、歓喜、希望。
 でも・・・ソレは違う。
 お前とはどこか遠くで・・・。
「ナイト・・・」
 口をついた。
 ナイトとはナンだ?
(俺が付けて上げた名前)
 思い出せない。
 
「あの地球人が危ない・・・」
 あの地球人とは?
 あれのどこが地球人なんだ。
(間違いなく地球人だ)
 どこが?
(命を食われているから見えないだけだ)
 では手遅れじゃないか。
(まだ全部ではない)
 その時、突然STGIが動き出す。
「ちょっと待て、俺は何も触ってないぞ!」
 一瞬で星がヒモに延びた。
 高速航行している。
「足が速いタイプだ!」
 これまでの経験から足が速いタイプは厄介と言えた。
 制御出来ないと果てしなくどこぞへと飛んで行ってしまう。
 何時だったかもそうだった。
 自律的に操作しない限り突然前触れもなく動き出すのだ。
 寧ろ掌握するまでは勝手に動く。
 暴れ馬と言えば話は早い。
 気づけば勝手に暴れ馬の背中にいる。そういう状況だ。
 放っておくと振り落そうと勝手にやりたい放題。
 振り落とされた時は致命傷になりかねない。
 逆に制御出来ると心強い友になる。
 攻防の能力はお世辞にも高い方では無いが単独での生存能力はズバ抜けている。
 この手の機種に追いつける連中は居ない。
 コンドライトやアメジストですら目ではない。
 ナイトぐらいなものだ。
 ナイトとは何だ?
 言いながら理解していない自分がいる。
「かなり暴れるぞ!」 
 
 一瞬だがSTGIと通じた。
 目的がある。
 対になる機体がいる。
 ソイツは今ヤバイな。
 STG28が長距離航行する場合は通常スターゲートを使う。
 スターゲートは既知の場所に飛ぶのには便利だが、未知の場所に飛ぶのには様々な危険を孕んだ。ゲートアウト先を良く調べもせず出た場合、確率は低いが惑星のマントルだった日には手遅れだ。もう飛ぶことは出来ないだろう。ゲートを展開出来ない。
 通常はゲートアウトする際に着地先の安全性を確認してから出る。しかしそれは必ずしも正確性には欠ける。理論上の安全性に過ぎないからだ。
 既知のルートなら、入口となるイン・ゲートと出口になるアウト・ゲートを設置するだけでいい。出現時の衝撃波も少ない。アウト・ゲートの周辺は基本的に安全な状態が保たれているからだ。アウト・ゲートとイン・ゲートを設定一つで入れ替えることも可能だが準備時間がある程度いる。別なゲート同士をつなぐことも可能だ。
 未知のポイントへ航行する場合、ゲートは無限に生成出来るわけではない。携行する物理的なゲートの数は決まっている。そしてゲートが尽きてしまえば二度と戻れないだろう。ゲート専用のゲート艦で百が限度。標準装備のSTG28では三が限度だ。
 アウト・ゲートが設定されていない場合、ゲートアウトする際にはゲートイン時の容積と質量に応じた衝撃波が発生する。万が一にも容積が小さく超重量の物質が行った先にあった場合が最も危険である。弾け飛ばずに融合してしまう。所謂、蝿男現象が起きる。そうなったら腹をくくるしか無い。排除不能な異物を検知するとSTG28は搭乗員諸共に自己融解を起こすからだ。
 足が速いSTGIの場合、ゲート無しに超長距離航行が出来た。
 それを知る者はサイトウぐらいしかいない。
 全く異なる理論で超高速航行をする。
 長い長いヒモのように延びる。
 しかもその延びたヒモのどこへでも瞬時に延びたヒモを集めることが出来た。
 他のSTG28から見たら瞬間移動しているように見えるだろう。
 高速航行中はゴム紐を延ばしているような状態で、支点に他の質量は一瞬で集まる。
 ゴムが縮むように。
 支点はどこでも変えられる。
 速度が速ければ速いほど延びていく。
 彼の経験からも他のSTGIとは全く飛び方が違うと言えた。
 戦闘力はお世辞にも高くは無いがSTG28程度なら物の数では無い。
 宇宙には恐ろしい存在が五万といるのだ。
 じゃじゃ馬は彼の操舵を無視し続けると見知らぬ星雲で静止した。
 STGIの厄介な点に情報がローカライズされていない事が上げられる。
 情報は表示されているのだが、それが何を意味しているのかわからない。
 しかも不思議なことに言語らしきものが毎回のように違う。
 この時もそうだった。
 自分が何処にいるかすらわからない。
 それでもサイトウはどこか楽しそうだった。
 過去の経験と感のみを頼りに操舵を試みる。
 現状を如何に瞬時に把握するかが生存の鍵。
 彼は目をギラつかせアチコチを打鍵すると一瞬で周囲の状況を把握する。
「目的はアレか?」
 誰に言うとでもなく声にした。
 暗黒が見える。
 その部分だけ星が見えない。
 モニターには赤い文字の羅列で満ち溢れた。
 文字が何を意味するかわからないが経験と直感で成分不明と出ていると理解する。
「ブラック・シングだ。お前が適う相手じゃない!」
 目を凝らす。
「中にいるのか? 無理だ! 中に入ったら裏返るぞ!」 
 サイトウは知らず何者かと会話をしている。
「どうして・・なんでアイツが!」
 何かが見えた気がした。
 モニターには何も映っていない。
 映っているのは単なる暗黒。
「あの地球人か。クソ! 因縁がついたんだ」
 わかっているのかわかっていないのか激しく打鍵するとモニターに次々と情報が流れる。
 全て真っ赤。
「お前、喋れるのなら声を出せ! 面倒だ!」
 突然、座席が動き出した。
「何を!」
 背部が開くと飲み込まれる。
 奈落の底に落ちると同時に空間に放り出された。
 座席は直線になり、丁度寄りかかかるような姿勢になっている。
 足元に支えは無いが空中に浮いていた。
「この手の操舵は疲れるから嫌なんだよ!」
 全天球型コックピット。
「わかった。それで行こう! 釣り糸を垂らすぞ!」
 次の瞬間、サイトウの乗るSTGIは消える。
 細い細いヒモとなった。
*
 ミリオタは項垂れ、エイジのやや後ろに立っている。
 彼女を忘れていた自分に怒り震えている。
 
「あの・・・只今・・・戻りました・・・マルゲリータ、です」
 彼女の後ろには記憶にすら怪しい同行の搭乗員達。
 隣には何故か親しげな雌猫と河童の搭乗員。
 いちをブラックナイト所属のようだ。
 ミリオタはガタガタと震えつつも涙を堪えた。
 彼女を忘れていた己の情けなさと、無事に帰ってきた喜びと、会議の疲労と、あの時を思い出し震えている。
 エイジはちょっと待ってと手で合図すると、彼の耳元でこう言った。
「告白タ~イム」
 そして小さく笑う。
「おま! そういう状況かっ!」
 ミリオタが小声で怒鳴るとエイジは笑って彼女に歩み寄る。
「おかえりなさい。そして・・・本当にごめんなさい。心からお疲れ様です」
 頭を下げた。
 その様子を見て猫と河童は硬直する。
 日本・本拠点の新しい総代表二人が、一人は涙ぐみ、一人は頭を下げている。
 二人ばかりか、その場にいた全員が硬直していた。
 注目されるのもはばからずエイジは頭を下げ続けた。
「顔を上げて下さい! あの・・・ただいま。エイジさん・・・ですよね」
「はい」
 エイジは顔を上げるとニコヤカに言った。
 マルゲリータの記憶にあるエイジは何時もオドオドしていたのに。
 小動物のような目で見て、タダでさえ小さい身体はより小さく見えた。
 彼女はどこか自分と同じようなものを感じていた。
 それが今の彼にはまるで感じられない。
 彼女は「やっぱり映画とかである、降りる地球を間違った系?」と不安になった。
 エイジは振り返ると、ミリオタの袖を掴んで、マルゲリータの元まで引っ張ると小声で言った。
「チャンスですよ! 今なら自然です」背中を押す。
「どこが・・・」
 マルゲリータは変わりきったミリオタにも驚いた。
 箸が転げても怒鳴るような人だった。
 シューニャが居なかったら彼の居場所は無かっただろう。
 いつも彼の怒鳴りを絶妙に笑いに変換させていたのはシューニャだ。
 そんな大人で大きなシューニャを好きになった。
 今の彼はまるで落ち着いている。
 二人の関係もよくわからない。
 こんなに仲良くなかった。
 寧ろ相性は悪く、フェイクムーンでチームを組んだ時に嫌いだと彼は言っていた。
 今の様子はまるで頼りがいがあり社交的ですらある。
「ミリオタ・・さん、ですか?」
 彼女は恐るおそる言った。
「え?・・・。はい、そうです」
 エイジは後ろでクスクス笑ってる。
「そこ。うるさい」
 エイジは口をへの字に曲げる。
「えーっと・・・あの、マルゲリータです」
「はい。わかります。・・・マルゲ、だよね」
「あ、そうです。マルゲです」
 彼女は頭髪を掻き分け顔を見せると上目使いに彼を見た。
「・・・・」
 ミリオタは声が出なかった。
「あの、色々なことがアリすぎて、ちょっと、整理出来なくて・・・また後でいいですか?」
 マルゲリータは沈黙に耐えきれず言った。
「・・・」
「ハイ、時間切れ」
 エイジが声を上げる。
「ちょ! お前なあ空気を読めや・・・」
 時計を指さす。
「あー・・・そうか・・・」
 次の会議まで時間が無い。
「マルゲさん本当にごめんなさい。STG国際連盟の会議がまだあって、直ぐ次に行かないといけないんです。この埋め合わせは必ずします! このミリオタさんにさせます! なんでもさせます! だから今は・・・ごめんなさい!」
 深々と頭を下げる。
 続いてミリオタも無言でもっと深く下げた。
「あ、ごめんなさい、なんか・・・」
 マルゲリータの知っているエイジやミリオタとはまるで別人だった。
 こんなに喋る人だったんだ。そんなことを思った。
 エイジにしてもミリオタに対してあんな態度が出来るなんて想像も出来ない。
「いえ、こっちこそ本当にごめんなさい。事情が飲みこめないだろうけど、静姫さんに説明してもらいます。それと現在パートナーは凍結中なので、恐らく帰還と同時に搭乗員パートナーはもう動けません。何かあれば静姫さんにお願いして下さい。彼女もまだ完全には理解出来て無いかもしれませんが、ある程度の事情は把握出来るはずです」
「あ、はい。わかりました・・・。確かグリンちゃんが先に帰っているはずなんだけど・・・何処にも居なくて・・・」
 彼女はそれを確認したかった。
 帰ったら彼女の安否を確認し、報告して二度とログインするつもりは無かった。
「帰還してます。メディカルにいたと思います」
 この返事でマルゲは間違いなく自分が戻るべき場所はココだと確信した。
 ミリオタが指で窓をつくるとウィンドウが灯り、静が映った。
「静、マルゲが帰還した。報告を聞いてやって欲しい。それと今、どういう状況におかれているか、彼女が混乱しない程度に少し話してやってくれないか。それと、しばらく彼女についてやってくれ。そうだ、新人くん達も彼女も含めてフォロー頼む」
「御意」
 モニターの静が会釈すると同時にモニターを閉じる。
 その横にビーナスの肩が一瞬映ったが彼は気づかない。
「本当にごめんね! ミリオタさん急ぎましょう!」
「おう! 次はなんだった?」
「もー、また忘れたんですか?」
「しょーがねーだろ! 会議が多すぎんだよ。とっとと教えろ!」
 エイジが笑っている。
 マルゲリータにとっては信じられない光景だったが何故か涙が出てきた。
 二人が走って行く。
 その背中を見送った。
 ざわめき立つ場。
 入れ違いに静が来る。

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