STG/I:第七十五話:点と線


 寒気がしてか、反射的に二の腕をさする。

「コロニーって・・・蟻のコロニーと同じようなものですかね?」

 サイキは「我が意を得たり」という表情で彼を見た。

「連中の言い草もそんな感じだった。それが一兆・・・兆ってなんだよ・・・俺でも億がせいぜいだ」
(マジか。億の実感があるのか)
「でも・・・待て下さい・・・だとしたら全てが地球に向いているとは思えない・・・」
 あの宇宙人も言っていた。
「そう! 蟻の巣だってそうだろ? 大概てめーんところに来るコロニーは一つとか二つとか三つ。そこからワラワラくる。でも、それが何処から来るかはリアルに後を追わないとわからない。家ん中ですら簡単じゃねーのに広い宇宙でわかるはずがない。だから俺は諦めた・・・仕舞い込んだ」
「でも、待って下さい。近いはずですよ・・・もっとも宇宙規模の近いだから、天文学的距離ですが。それでも最も近いコロニーから来ている。蟻もそうです。テリトリーがある。移動するのはコロニーからのテリトリー内のはず。・・・フェイクムーンの情報が役に立つかもしれない・・・」
「どうして?」
「普通・・・宇宙船に限らず、航空物っていうのは迷わないようにGPSで進路を記録しているでしょ?」
「・・・ましてや広い宇宙だ・・・」
「何も宛が無くて航行するはずがない」
「フェイクムーンは宇宙につくと言ったんだな?」
「ええ、多分ですが・・・」
「ならコロニーの位置を知っている可能性はある」
「しかし・・・彼らは元々がSTG21でしかたら・・・」
「うーん・・・・いや、可能性が無いとは言えない。仲間なんだろ?・・・ある! 絶対にあるわ! やっぱりさっきのデータ返す。なんだ、部隊パートナーとやらに分析させた方がいい!」

 サイキはスーツからUSBメモリを取り出そうとする。
 
「いえ、彼女には既に焼き込まれていますから。大丈夫です」
「そうか」
「あくまでソレは保険なので。ほら、よくあるじゃないですか映画やドラマでも。取引の保険」
「まーな。案外あれはリアルでも効くから」
「やっぱりそうですか」
「ああ。もっとも預けるべき相手がリアルでは早々いないのが問題なんだが・・・俺でいいのか?」
「サイキさん以外に誰がいるんです」
「・・・わかった。俺がアカウント凍結されたのがまさか役に立つとはな・・・」
「そうですね」
「よし、ダメ元だ、やらせよう!」
「蟻と考えるとイメージが湧きやすいです」
「だな! 出てきたヤツをどんだけ叩いてもどんどんやってくる。無限のごとく。道からフェロモンを辿って止めどなく。リアルで蟻と戦ったことあるか?」
「ええ・・・嫌というほど」
「なら早い。最近の連中は蟻すらわからんこともあるから」
「連中はコロニーを絶たない限り延々とやってくる」
「そう! コロニーを処分しな限り何時までも来る。しかもワラワラ来るヤツも放置出来ない。戦いながらだ。尖兵隊を倒し、道を絶ち、巣を探し、殲滅しないといけない。地球の防衛、フェロモンを消し、コロニーの索敵。索敵中もアイツらと遭遇するだろうから、ソイツらと戦闘も考えられる。そしてコロニー攻撃。それらが全て必要だったんだ。もしくは別な方へ誘い出すか・・・」
「いえ、蟻と考えるとフェロモンに相当する何かがないと恐らく誘い出せないですよ。彼らは真っ直ぐに道を辿る。味方がどれほどやられても・・・それが恐ろしい」
「そうか・・・そうだ。あの大戦でもそうだった! やつらは真っ直ぐ来る」
「やっぱりこの戦いはソコに気づかない限り終わるはずがない戦いだったんだ・・・」
「俺たちがこれまでやっていたのは巣穴からくるヤツらをただ叩くに終始していた。それだと戦いは終わらない。道を絶ち、巣を落とす!・・・もっとも、そこまでやって取り敢えず一安心する程度なんだろうが・・・。あのクソマザー共は黙ってやがったな!」
「そうでしょうか?・・・彼女らも全てを理解しているとは思えない。理解していれば、これほどの技術を持っているんだ。無人機でもなんでもAIアンドロイドの操縦でいくらでも攻撃が出来たはずだ。何か出来ない理由があった・・・」
「でもよ、ヒントぐらい出せんだろ?」
「内政干渉になる」
「あ~・・・」
「コロニーの位置なんて決定的ですよ。しかも『じゃあどころから来ているんだ?』って話がなるじゃないですか」
「そりゃあ・・・ああ・・・だからか」
「ええ。言えない。自分で考えろは妥当です。会社でもそうじゃないですか」
「まあな。後に引けなくなるようなことは言わねぇ」
「でも次の戦いまで相当な時間を稼ぐことが出来ます。蟻のコロニーも一度壊滅させるとすぐには次が出来ませんよ。そのまま出来ないこともある。羽蟻がどう来るかは風次第ですからね。運次第なんでしょう。これが宇宙規模なら百年か・・・それとも千年か、万年か・・・それが我々の解決策」

 自分で言いながら妙に説得力を感じた。
 恐ろしく微かな希望。
 でも明確に出来た目標。
 ドアの先。
 次のステージ。
 全滅させようと考えることそのものが間違っていた。
 彼らが宇宙そのものだとすれば、自然そのものだ。
 宇宙が終わるということは、この宇宙が破滅する。地球も当然終わり。
 端から共に歩むしかない。
 この不安定な状況の下、共に生きる。
 そして生きてきた。
 知らずに。

「思い出した。・・・マルゲリータが言っていたんです。彼らが来る時はいつも一定方向からって・・・」
「大戦後に入れた変わり者の一人か? 索敵が得意なんだっけ。でも、それって単にテリトリーの問題じゃねーか? 日本の裏側はブラジル・本拠点辺りがやってんだろ。今何かと大変みたいだけど、まだあるだろ?」
「ええ。私もそう思ったんです。地球は回っているし、でも彼女は違うと言った。ソロでプレイしていた時に、暇にまかせて公式の世界出撃統計をマッピングしたら反対側から来て無いって。確か・・・日本・本拠点から四十五度の方位から来る・・・だったかな?」
「その先にコロニーがある・・・」
「可能性はありますよ。実は、そのマルゲを中心とした超長距離昨敵隊が今索敵に向かっているのですが、その方針は彼女の提案なんです。四十五度の方位」

 全身が熱くなってくる。

「シューニャ、過去のデータから絞るんだ! 可能性のあるポイントを。もっと正確に。それと道を誘導するなにかがあるはずだ! 隕石がフェロモンを出すとは思えない。宇宙だしな。何かチルチルミチルみたいにパン屑かなにかに相当する・・・それこそ隕石の欠片でも残しているはずだ。道標になるようなものを。俺たちだってヤルだろ。索敵ビーコンを設置する。ソレに相応する何かが。連中はそれを辿ってくる。そもそも隕石の奴らも斥候みたいなのがいるんじゃないのか? 蟻だってそうだろ。ん?・・・どうしたシューニャ、おい、大丈夫か? おい!」

 シューニャは呆然としていた。
 瞳孔が開き呆けたように口を開けた。
 ビニール製の古いダッチワイフ人形のように間の抜けた顔をしている。

「アメジストかもしれない・・・」
「アメジストがどうした?」
「ひょっとしたら・・・アメジストが道を示しているのかも・・・」
「どうして?」

 全身に電撃が走る。

「そうだ! だからだ・・・だから急に来なくなった。グリンを助けた恩返し! アメジストと交わした契約!」
 居ても立っても居られず無意識に立ち上がっていた。
 アメジストと交わした約束。
 グリーンアイと交わした何か。
 思い出せない大切なこと。
 フロアスタッフが何事かと彼をみた。
「なんだそれ? 何があった?」
「いや・・・そんな馬鹿な。そんな都合のいい話・・・それにあれは夢だったんじゃないいか・・・」

 座った。

「だから何があった! 俺にも話してくれ!」
「でも・・・そうだよ・・・あれから来なくなった・・・・あれから来なくなったんだ。ずっと疑問だった・・・どうして急に来なくなったのか。大戦の後で連中も欠員が出ているのかと思った。補充する必要があるって、作戦をたて直す必要があるって・・・でも、一方で納得が出来なかった。隕石なんていくらでもある。そこら中に、眠っているヤツらを『ほら、行け!』と言って起こすだけでいい。いくらでも送り込めるはずなんだ・・・なのに来なかった。ずっと来ていたのに。大なり小なりずっと・・・ずっと・・・」

 サイキは目を見開き、呼吸を忘れ、全身を目にし、耳にした。

「アメジストが・・・グリンが道しるべだったんだ・・・それをやめた。彼女は・・・恩返しに・・・だから来ない・・・。ひょっとしたら彼女がログインしなくなったのはフェロモンを消しているんじゃないのか・・・だから来れない・・・」

 涙が突然溢れかえる。

 それが原因で部隊にこれなかった。
 自らの足取りを誤魔化すために?
 なのにわざわざ俺を助けに来た。
 そしてまた消えた。
 近くにいると位置がバレるから。

 サイキはそんな彼を一心不乱に見つめた。

「・・・ということは・・・また次が来る!」
「どうして?」
 乱暴に涙を拭う。
「蟻ですよ。彼らには偵察蟻がいる。多くはない。それをあらゆる方面へ派遣する。そこで餌場が見つかればフェロモンを撒いて道をつくる。そこを働き蟻がまっしぐらに来る。ヤツらは能率とか考えない。まずは見つかったら規模とかお構いなしに大群で来る。でも、道が途絶えた後、偵察蟻と思しき蟻を始末すると少しの間はこない。でもある程度その状態が続くと偵察蟻の代わりが来るんです・・・フェロモンを消さない限り。そこで餌場見つかれば・・・・彼らはまた来る!」

 息が苦しくなってサイキが突然吐息を上げた。

「それは何時だ!」
「わかりませんが、もう暫く着ていない。もう来ても不思議じゃない・・・」
「少なくとも偵察蟻を始末しないと」
 シューニャはなにもないはずの右上の虚空を見つめた。
 釣られてサイキも見てしまう。
 顔を歪め、シューニャは頭を抱えた。
「大丈夫か・・・頭が痛いのか・・・無理に思い出さなくてもいい・・・」
 サイキはまるで子供に語りかえるように静かに言った。

 ここへ来て何度目かの沈黙が流れる。

「シューニャ・・・帰ろう。もういい!」
 サイキは立ち上がりシューニャの両肩を揺さぶる。
「あの、お客様。どうかなされましたか?」
 フロアスタッフが二人心配そうに覗き込んだ。
「ああ、悪い。大丈夫だ。連れが少し気分が悪くなったようでチェック頼む」
「わかりました。もしよければ少し横になられた方が」
「ありがとう。でも大丈夫だ。・・・彼は地球の救世主なんだ。こんなことではヘコタレやしない!」
 給仕は一瞬ポカンとするが笑顔を浮かべ請求書とカードを持って下がった。
「それしか考えられない・・・・。ずっと考えていたんだ。フェイクムーンが来るまでどうして彼らは来なかったのか。必ず理由があるはずだ。どんな事象にも必ず原因と結果がある。たとえ偶然に見えても。フェイクムーン以後まだ来ていない・・・フェイクムーンはどうして来れた?・・・仲間がいると言っていた。地球にいるんだろう・・・だから彼らは地図をもっていた。彼がきたルートはこれまでの隕石型とは異なったルートだった。だから・・・単独で来たんだ・・・仲間を連れて帰る為に・・・宇宙が動き出す前に・・・シューニャが聞いていた。『それでいいのかって』でも『それでいいんだって、宇宙は自由だからって』なら・・・次はすぐだ・・・フェイクムーンは眠っている・・・フェイクムーンがどこまで行ったか・・・彼らは気づいていても不思議じゃない。アメジストを・・・グリンを助けないと・・・。あれ・・・まずいぞ・・・」
 給仕からカードを受け取ったサイキが振り向く。
「真っ先に見つかるのは・・・むしろ・・・マルゲリータ!」
 立ち上がったシューニャに領収書を渡している給仕が驚いて見た。
 サイキが笑みで給仕の視線を遮り無言で帰るのを促す。
「なんやわからんがピンチなんだな」
「すぐに戻らないと!」
「わかった車で送る。今度 その話も詳しく聞かせてくれ」

 スーツ姿の壮年の男二人が必死の形相で足早にロビーをあとにする。

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