STG/I:第七十六話:傷をもつ男

 
 車が出される間、サイキは言った。

「俺に出来ることは何でも言ってくれ。何でもする! 言う機会を逸したが、シューニャが言っていたSTG28のゲーム運営会社あるだろ? 買収して今俺のグループ会社になっているから、さっきのデータ解析も強ち不可能じゃないかもしれん」
「え?・・・でも、あの会社を買収することは出来ないのでは・・・」
「言っても株式会社だよ。方法は幾らでもある」

 黒い顔をしている。
 彼の知らないサイキがいた。

「それともう一つ。前に言った最先端のAR開発の会社な、STG28に対応した環境を完成してる。STG28モドキのゲームシミュレーターで百人ほど訓練中だ」

 この人は・・・何も諦めていないんだ。
 アカウントを凍結されても。
 出来ることをするって、そういうことだったんだ。
 本当にやっていたんだ。

「ま~ちょっと、アレがナニで十億ほど稼がせてもらってな、ぶっ込めた」
「えええ・・・」
「詳しくは聞くなよ。汚い世界に巻き込みたくない」
「・・・わかりました」
「なーに、お前らがやっていることからしたら可愛いもんだよ。基本は金で済むんだからな」

 車が来た。

 二人して乗り込む。
「行ってらっしゃいませ」
 サイキは手を上げ、シューニャは頭を下げた。
「言っても俺の出来ることはこんな程度だ。訓練している百人だってアカウントは無い。あくまで来るべき時に備えて。この中の誰が招待を受けてもいいようにな。そいつらは全員”ブラックナイト隊”に入るって契約にしてる。運営会社を傘下におさめたから、ダミーじゃないほんちゃんでやらせることもそのうち出来るかもしれん。俺の目算としてはアカウントを勝手に発行出来れば・・・と考えているんだが。コッチは多分は無理だろう。会社の連中はまだ抵抗しているが時間の問題だろう。契約がどうだクライアントがどうだとほざきやがってな。あいつら何もわかっちゃいない!」
「でも・・・そんなことしたら黒服の連中が・・・」
「あ~あのミソッカスか。来た来た大挙して!」

 法定速度ギリギリで飛ばす。
 まるで宇宙を駆けるレッドドラゴンを彷彿とさせるドライブテクニック。

「どうなったんですか!」
「ボロカスにしてやった」

 ニヤリと笑う。

「俺のやってるのは大人しい事業ばかりじゃないからな。そういう連中にも対応は出来るさ。傷をもつ人間をなめてもらっては困る。まさかこんな時に役に立つとは思わなかったがな。少々、金も使ったが・・・っと!」

 ほとんど減速しないで曲がった。
(この人・・・)
 シューニャはサイキのことを大して知らなかった。

「な~に気にするな。金のあるヤツ、権力のあるヤツ。似たり寄ったりだ。あの妄想クソガキ共には大人の怖さを思い知らせてやったわ。ムカついているんだああいう連中には。そのうち組織ごと壊滅させてやる。ちょっとヒネったら色々教えてくれてな、生意気にも世界中に組織はあるみたいだぞっ!」

 赤信号になるギリギリのところで抜いていく。

「大丈夫なんですか・・・その、警察とか・・・」

 あ、赤だ!
 急停車。

「日本は賄賂が効きにくいから面倒だよ。今は上の方から押さえている。だから、まずはアメリカからだな」
「日本人は真面目ですからね」
「それでも前よりかは効きやすくなったけどよっ!」

 映画さながらの急発進。

「コネや金で動く国は話が早くていい」

 怖い顔してる、怖い顔している。

「アメリカにある運営会社も狙っているんだが・・・ま、その話は後にしよう」
「ええ・・・わかりました」
「どうした?」

 このサイキさんに対して自分はなんて頼りないんだろう。
 彼は年下にも関わらず社長であり、グループ会社までもち。
 自分は一体なんなんだ。
 貯金も底をつき。
 ヒモ状態で。
 黒服数人に怯え。
 何も出来ない。
 死に損ないで。

「いや・・・なんな自分は情けないな~と。頼りない隊長ですよ」
「俺はそうは思わん」
「お世辞はいいです」
「リーダーには色々なタイプがいる。さながらお前は次世代のリーダーかもしれん」
「まさかでしょ」
「隊員に本音で同調を示し、何が足りないかを真剣に考え、時に受け止め、無視すべきを無視し、命令を多用せず、共に築いていく・・・でも、決断すべき時は決断もする。俺には到底出来ない。そんな器用なこと。俺は昔のタイプだ。脅して、欲で釣って、力でねじ伏せて・・・そんな感じだ。効果的だが、旧人類のやり方だ」
「いや、それこそ普遍の形ですよ。歴史が証明している。歴史を見なくても現代津津浦浦までそうでしょ。それだけ定石なんですよ。能率的ですし。私も真似るよう上司から執拗に言われました。でも・・・嫌なんですよね。共に働く相手に対して、共に利益を共有しようという取引先や下請けに対して、そういう態度は。私はその方法が出来ないだけです。自分なりのやり方に過ぎません。だからリーダーには向かないんですよ。皆にも舐められていますからね」
「舐められているのを受け入れながら、それをしっかり利用もしている・・・」

 図星だった。

「食えないねぇ。賢いよ。でも・・・本当にいいヤツだ。実際に顔をみて一発でわかった。信頼に足る顔をしている。そして信頼出来た。珍しいよ。普通、頭のいいヤツは信用出来ないんだがな・・・お前だけは例外なのか・・・」

 横目で見た。

「頭は悪いですよ。顔でそんなにわかるんですか?」
「全部含めての顔だが、生き方は顔と後ろ姿に主に出るからな。そこで判断している。まず外れないな」
「でも私はバカですよ?・・・・愚か者です。散々言われてきました」
「違うな。それがわかっていながら愚かさに流されていないからこそ賢いんだ、真に賢いんだ、よっ!」

 サイドブレーキを使ったテールスライド。
 後輪が滑りF1レースのような音を響かせる。

「賢いと思って生きている馬鹿にはつける薬はない。これまでもそうだ。声色一つ変えず、態度一つ変えない。俺だったら、年下の生意気な社長気取りが舐めた口きいてきたら、どんな理由であれ、ボコボコにしているっと!」

 また滑った。

「それはサイキさんだからですよ」

 笑顔でサイキを見る。
 サイキは沈黙するとガラリと表情が変わった。
 シューニャには理由が判らないが、憤然とした表情に見えた。

「俺はお前が思っているような人間じゃない。クズだ・・・」

 赤で急制動。

「そうは思えませんけど」

 道が狭い、ゆっくり動き出す。

「俺はいい人間じゃない。底辺の王道を歩いた屑だ・・・それだけは覚えておいた方がいい。何をしでかすかわからない。肝心な所で裏切るかもしれない・・・」
「それは無いでしょ」
「俺の過去を知らないのにどうして言える?」

 怖い顔で凝視した。
 まるで別人。
 穏やかで陽気な空気は一掃され、固く粘度の高い衣を纏っているようだ。
 シューニャの知らないサイキが再び現れた。

「私は何の才能も無い、何も出来ない人間ですが、でも、どうやら人を見る目だけは多少なりともあるようです。保身の結果なのでしょうが。サイキさんが言う道は、何か言いようがない理由があったように思います。貴方は真の悪党ではないと思う・・・」
「こんなモノを持っていても?」

 ダッシュボードを開けると銀色に輝くリボルバーがゴトリと出る。

「・・・44マグナム?」
「よく知ってるな」

 サイキは左手で握ると外から見えないようにシューニャの横腹に当てた。
 全身が硬直するのがわかる。

「言っとくがモデルガンじゃねーぞ」
「・・・」

 銃口が一瞬見えた時、その可能性は否定された。
 弾も入っているように見えたが。

「エアガンでもね~・・・本物だ」
「・・・」

 緊張で声が出ない。
 でも、どこか心底では心配していない自分がいる。

「俺は心底屑野郎だ。舐めたら命を落とす・・・」

 サイキの本質を感じている無意識の部分が叫んだ。

(違う)

 彼は脅さないだろう。
 脅す前に引き金を引くタイプ。
 STG28でもそうだった。
 駆け引きの前に撃つ。
 脅す時は引き金を引かない。
 別の道があることを意味する。
 そう気づくとふっと力が抜けた。

「こういう言葉があります・・・・『悪に強き者は善にも強し』・・・」

 サイキはダッシュボードに銃をしまった。
 おもむろに左手で自分の顔を殴る。
 何度も何度も。
 そして涙した。
 前が見えるのか疑うほどに。
 運転は慎重になっている。
 シューニャは真っ直ぐ前を見ていた。
 それっきり二人は黙り込んだ。

 マンションの前に着く。

「俺の命も金も全てくれてやるから子供を守ってくれ・・・子供のいる地球を守ってくれ・・・アイツラの未来を守ってくれ・・・。身勝手な男だ・・・屑野郎なんだ、どうしようもねーんだ。所詮はてめーのことし考えてねーんだ・・・治らねーんだよ・・・。祈りもした、奉仕もした、金も全部払った、でも、てめーのことし考えられねーんだ・・・他人なんてどーでもいい・・・義理も人情もねーんだ俺には・・・」
「その方が信用出来ますよが・・・それは嘘です。私にはわかる。最善を尽くしましょう・・・それしか言えません」
「・・・それだけで充分だ。お前のその一言はなんにもまして勇気づけられる。お前は信じられる。どんなお題目より呪文より金より俺にとっては信用に足る・・・」

 車を降りる。

(彼は一体、私の何を見てそこまで思うのだろうか・・・)
 
 彼は降りなかった。
 いつもは必ず降りて頭を下げたのに。
 サイキは何度もハンドルに頭を打ち付けている。

「地球を頼む・・・」

「地上は頼みました」

 何時もの別れ際の合言葉。
 シューニャは振り返らずにマンションに駆け入る。

 今まさにマルゲリータを中心とする索敵班が夏休みを利用し超長距離索敵へ向かっている。四十五度の方位を索敵。恐らく彼女のことだ気づくだろう。何かの印に。それはアメジストの、斥候を呼び寄せるセンサーにもなるだろう。

(そう言えばSTGIのこといい忘れたな・・・)

 まあ、また今度だ。
 今度は無いかもしれないが。
 その時はその時。

*

 トイレに入りサイキのことを考えた。
 果たしてサイキはどういう人間なのだろうかと。
 早々に済ませ、手を洗うと、冷蔵庫から適当な飲み物をとり、籠に積んである固形食を掴み取る。
 マウスを動かしスリープからパソコンを起動。
 コントローラーを握り、マイルームで横にしてあったシューニャを動かす。
 「離席中」が消えた。
 対話が一斉に流れるが、それを無視して作戦室へ直行。

「ビーナス、ミリオタさん、ケシャ、エイジも至急作戦室に来て!」
「なんでしょうか?」
 ビーナスがホログラムで現れる。
「今からマルゲリータにコンタクトとれる?」
「圏外におります。予定通りですと、現在この宙域にいるはずです」

 立体ホログラムを展開し星系マップに位置を表示させた。
 後少し早ければ、或いは間に合ったかもしれない。
 胃が重く感じる。
 もっと早く気づいていれば。
 諦めさえしなければ、或いは。

(駄目だ・・・時に再びは無い。後悔は新たな後悔を生む・・・)

「わかった。なら、超長距離偵察隊に最も早く通信圏内に届く方法を提案して欲しい」
「おーい、どうしたー。天岩戸からお出ましと思ったら、なんだよ唐突に」
 ミリオタが陽気に入室する。
「ちょっと待って」
 シューニャが制止を促す様子を見て、ミリオタはおかしいことに気づく。
「竜頭巾様のブラック・ドラゴン、プリン様のミネソタ、マスターのホムスビ司令船仕様が最も速く接触します。二人はいらっしゃらないので自ずとマスターのホムスビが唯一の選択肢かと思います」
「STGIは?」と聞きそうなった。
 その存在は誰にも言っていない。
 そしてSTGIのスペックは[UNKNOWN](不明)と出ていたことを思い出す。
 パートナーの管轄外であることは思いの外、不便のようだ。
 しかも座標を把握しているパートナーが搭乗出来ないのであれば進むべき道がわからない可能性がある。危険過ぎた。
「どうしたのぉ~?」
「お待たせしました!」
 ケシャとエイジが作戦室に入室。
「時間がない。三人には把握してもらいたい。ビーナス、ホムスビを司令船装備へ。長距離索敵編成に換装して、大至急!」
「対武装はどうされますか?」
「撹乱、逃走、防衛、の優先順位で装備は任せる」
「かしこまりました」
「どうしたシューニャ? なんなんだ」
「超長距離索敵班を連れ戻します」
「なんで?」
「理由は今話している時間がありません」

 ミリオタの顔色が変わった。

「何があった?」
「私は索敵班と合流し帰還を目指すので隊長代行権をミリオタさんに移譲します」
「だから、何があった!」
「エイジ、警戒態勢をレベル二へ引き上げ。作戦室を頼みます」
「えええ! 僕が・・・」
「ケシャ、エイジと一緒に、作戦室を仕切って。彼のサポートを頼みます」
「何時も突然なんだから・・・」
 最近、二人の相性がいいことがわかった。
 二人でいるのを時々目撃している。
「部隊長がホイホイ出ていわきゃないだろ。行くのは俺じゃ駄目なのか?」
「長門では時間がかかりすぎる」
「隊長権限で俺をホムスビに乗せてくれればいいだろ」
「直接確認したいこともありますので」
「俺じゃ出来ないのか? 俺じゃ駄目なのか?」
「すまん・・・」
「またか・・・またなのかよ! どんだけ信用がないんだ!」
 ミリオタは足を踏み鳴らし、拳が空をきる。
「その認識は誤りです」
 ビーナスが口を挟み、彼を直視する。
「信用があるから隊長代行を移譲するのです」
「黙れよ! 裏切り者!」

 ケシャとエイジがギョッとした目で彼を見た。

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