STG/I:第六十三話:静、無残


「長門後退、ホムスビ前へ出る」
「おい・・・ちょっと待てよ。話が違うぞ!」
「後退だっ!」
 声を張り上げていた。
「・・・」
 長門がゆっくりと下がっていく。
 マルゲリータが悲痛な顔を向け、声なき声を上げる。

(チャンスはある)

 モニター越しに静が目を開け、シューニャを見た。
 目が合う。
「静、接続用意」
 彼女は内部アクセスコードを持たない存在になった。
 部隊やマザーに接続する機能は失われている。
 ただ、言い換えれば人間と同じようなものだ。
 外部への手足を使って接続することが出来る。
「お供します」
 静が琴を奏でるように腕と指を広げる。
 十指の先端が光り両脇のパネルにスルリと忍ばせ、忙しなく叩く。
「二人共、そのまま警戒宙域まで微速後退」
「シューニャっ!」
 ミリオタが叫んだ。
 シューニャは驚いて見る。
 その叫びには彼の思いが全て含まれて感じられた。
 モニター越しに見つめ合う。
(一人でも多く生き延びて、少しでも可能性の高い手)
 黙って頷く。
「フォロー、頼みます」
 静かに言った。
 モニターのミリオタは形容し難い表情で見ている。
 約束を破った者への罰とも違う。
 去りゆく友への友情が感じられるからだ。
 子供のように自分も連れて行って欲しい。
 そうした保護して欲しいとも捉えられる。
 死なば諸共。
 彼はシューニャを非難している訳ではなかった。
 黙って見返す。
「・・・マルゲ、後退する」
「・・・」
 マルゲリータは言葉なき拒否を示す。
「マルゲ」
「・・・あいあい・・・」
 彼女は震える声で返事をした。

 ゆっくりと後退していく二機。

 静はモニターのシューニャを見ている。
 得も言われぬ情報の羅列に自らのアイデンティティを横たえている。
 これまで味わったことがない数列。
 彼女は気づかなかったが、歓喜の中にいた。
 その静をビーナスが見ている。
「ビーナス、エネルギーワイヤー用意」
「ワイヤー用意」

 来るか。

 来ないか。

 来るか。

 来ないか。

 来るか。

 来るか。

 ジリジリと近づくフェイクムーン。
 近いようで遠い。
 永遠のように長い時間。
 でも、長い時間がシューニャの緊張を解きほぐしていく。
「ビーナス、どれくらいで射程内?」
「十分です」
 なりがデカイから距離感がつかめない。
 速度を上げるか?
 いや駄目だ。
 焦ってはいけない。
 対話の時間を出来るだけ確保する必要がある。
 待てよ、それって・・・重力圏内じゃないか?
「重力圏外から接続は可能か?」
「出来ません」
 まさか届かないか・・・。
 いや、当然届かないのだ。
 くっそ、ビーナスに相談していれば。
 静とのごたごたで完全に失念していた。
「伸ばしきっても無理なの?」
「はい」
「わかった」
 絶望的。
 これならいっそ着陸した方が早いかもしれない。
 そもそも着陸出来るのか?
 静とビーナスを戻す確率が絶望的に低くなる。
 シューニャはメニューを開く。
 ”ログアウト”の項目は生きている。
 ログイン類はマザーが管理しているわけじゃない。
 地球のサーバー運営会社が管理している。
 彼らはそれを大規模なサーバー運営としか思っていなかった。
 大口で美味しい仕事を丹念にこなしているだけ。
 もしこの瞬間に先の大地震が起きたらどうなるんだ?
 誰もログイン出来なくなる。地球は終わりなんだろうか。
 いやそんなこともあるまい、日本が終わりでも他の国がある。
 ブラック・ナイトに吸い込まれた時、ログアウト出来なかった。
 あれは何が原因なんだ。あの時に調べ忘れた。
 何れにせよログアウト出来ないことには話が始まらない。
 まてよ・・・

”そもそも俺はなんで生還できたんだ?”

 いや、今はそんなことどうでもいい。
 静をかえせない事態は避けるべき。
 対話には静がいないと不可能。
 どうしてフェイクムーンは手を伸ばさない。
 ミリオタの言うように死んだのか。
 リーダーが言っていた。
「隊員には極秘だがお前には言っておきたい。月は連中の仲間の死骸だと」
 鉱物の生死はどうやって判断するんだ?
 月も息を吹き返す可能性は無いのか。
 リーダーは可能性はあると思っていると言った。
 でも月が死んだのなら、それを模したフェイクムーンも或いは。
 そんな馬鹿な。
 どんな論拠で。
 どうして月を模した?
 近いようで遠い。

”なぜ手を伸ばさない!”

 この前みたいに伸ばせるはずだ。
 もう届くだろ。
 それとも伸ばせないのか?
 警戒しているとか。
 嘗ての武士を模倣して単機で臨めば対話の意思ありと伝えられるかと思ったが。
 わからないのか?もっとも同じ地球人でも通じない民族の方が多そうだが。
 やっぱり死んだんじゃ。
 そうだ、死んだのかもしれない。

”馬鹿な!”

 唐突に、都合よくそんなことあるわけがない。
 伸ばせないと考えるべきだ。
 どうして伸ばせない。
 本隊の接触で何かあったか?
 何もなかったはずだ。
 一方的だった。
 何もさせて貰えなかった。
 このまま進んでは引力圏内。
 大人しく着地させてくれるとも思えない。
 静を置いていくか。
 
 静を見ると、彼女は目線に気づき見返した。

 静を置いて対話が出来るわけがない。
 それじゃ単なる自殺だ。
 伸ばさないのかもしれない。
 私達を試している。
 何を考えている。
 出方を見ているのか。
 対話の意思ありと流すか。
 いや、無駄だ。
 有線接続でしか対話は出来ないと静が言っていた。
 でも流すだけ・・・。
 いや、この通話が他の者に聞かれるリスクの方が大きい。
 本部委員会に聞かれたらことだ。
「マスター、後三分後にフェイクムーンの引力圏内です」
 待つか。
 引力圏ギリギリのラインで。
 でも本隊に動きが見られない今しかチャンスは無い。
 始まったら止まらない。
 たった一発の銃声でも歴史が変わるんだ。

”今しかない!”

「ビーナス、ワイヤーキャンセル。分離用意」
「シューニャっ!四人だからな!」
「ですよ!」
 ノイズ混じりの二人の声が割って入る。
「ああ」
 応えた。
 ありがとう二人共。
 リアルでこれほど俺のことを思ってくれる人がいるだろうか。
 親ですら違うというのに。
 死ぬつもりはないよ。
 だから四人だ。
 二人の映像が途絶える。

「二機、通信圏外です」

 現行装備のホムスビは最大で三機に分離が可能。
 部隊長のみ許された仕様。
 通常は司令船としての目的に使用される。大きく前部と後部で機能が全く異なる。
 シューニャが座す上部コックピットが最も機体強度が高くダイヤと呼称される。中央はリングと呼ばれ複座後席が移動し操縦することも可能。無人機として索敵用に飛ばすことも出来る。言い換えると上部は司令船の心臓部。前部と中央部をダイヤモンドと言い、後ろ半分を切り離し脱出時に使用することも想定してある。
 後ろ半分、後部がビーナスのいるSTGコア。通称リングケース。武装のほとんどはリングケースに収まっておりメイン動力炉をもつ。搭乗員パートナー本体とSTGのコアがありパートナーはコアの真上に収まっている。リングケースを切り離すということは武装放棄にも等しい行為だった。
 
「フォーメーションをダイヤモンドへ、リングケースと分離」
「了解、切り離します」
 ヤジリの先端のように、複座コックピットごと分離され、ゆっくりと前進。
 双円錐のダイヤモンドが姿を現した。
 光を浴び外殻が反射する。
「ビーナス、サポートを頼む。引力圏を外周してくれ。作戦終了後ダイヤモンドを回収。引力に巻き込まれるな」
「ラジャー。ダイヤモンドとエネルギーワイヤー接続開始します」
「いや、ワイヤーはいい」
「それでは妨害波で通信が途絶えます。我々のSTGではフェイクムーンの妨害波を中和出来ません」
「わかっているけど先の件もあるから。静がハックされた際にリングケースを巻き込む可能性がある。それは避けたい。通信切断後は独自判断で行動してくれ」
「わかりました」
「ビーナス、いい子にしてるんだよ。・・・例の件、頼むぞ!」
「はい。リングケース離脱します。回収の合図は赤三つ!」
「了解したリングケース!」

 ビーナスの乗ったコア部分、リングケースが逆噴射、遠のく。

 暫くすると、心配そうに見つめるビーナスの映像が途絶えた。
「例の件って何ですの?」
 静が問う。
「内緒ぉ~」
「あら」
 シューニャは笑った。
 何故笑う。
 緊張でおかしくなっているのか。
 笑いは狂気の一歩前。
 静はなんだか嬉しそうだ。
「静、運転出来る?」
「申し訳ありません。ソフトが焼かれているので」
「え?・・・ビーナスの仕事か?」
「そうですが、これは感染時の平常対応です」
「そっか・・・なるほど。電子業務を出来ないようにするのか・・・」
「そうですの」
 それもあって拒んだのか。
 何も出来ないとはそういう意味か。
 でも俺だって何も出来ない。
 無能と言われた。
 やれることをやればいい。
 例え賽の河原とわかっても石を積み続けるのみ。
 俺にはそれしか出来ない。
 それが出来る。
 人間の俺ですら出来るんだ静ならなんでも出来るよ。
「ホムスビ、操舵頼む」
「かしこまりました」
 分離したホムスビ・ダイヤモンドにもコアほどの処理能力は無いが多くの機能が複製されている。
「御役に立てずに」
「いや、もう役に立っているよ」
 静はじっと見つめている。
 意味がわからないのだろう。
「静、繰り返しだが言っておく。これは命令だ」
「はい」
「死なない程度に頑張ってくれ!いいか」
「はい!」
 身体が震えてくる。
 緊張がピークに達し肉体が上手く動かないのだろう。
 俺は本番に弱い。
 練習で余裕だったのに本番で何度も失敗した。
 成功したことがない。
 この緊張が全てを駄目にした。
 強く息を吐く。
 今は静がいる。
 誰かを守る為なら勇気が出る。
「エネルギーワイヤー準備」
「準備します。充填開始」

 まだ伸ばさないか。

 やっぱり死んでいるのか?

 このまま着地して何事も無いってことも。

「引力圏内に入ります」
「わかった」
「5・4・3・2・1、引力圏内です」
 近間で見ると、まるっきり月そのものだ。
 自由落下で行くか。
 それとも加速するか。

 突然、船内が警告ランプで真っ赤に染まった。

「フェイクムーン高エネルギー反応!」

 それは一瞬の出来事。
 雷が落ちたようにダイヤモンドは光に包まれる。

(生きてた!)

 シューニャの耳には静の悲鳴だけが残った。


*

 フェイクムーンの引力圏内に入ったと思われたダイヤモンドは突如強力な光の矢に射抜かれる。分離後に飛ばした索敵ポッドの映像からそう見えた。リングケースからは正確な様子は直接見えない。映像から突き立てられた光の槍は先端が刺さった直後に霧散。
「ダイヤモンドのコックピットを直撃。損害不明」
「ホムスビ、マスターのバイオグラフは」
「未接続のため確認できません」
「ログイン状態は」
「マザーとの接続も確率出来ない為、確認出来ません」
 マザーと接続しているか、部隊で繋がって情報共有していないと出来ない。
「カメラを拡大、コックピットに合わせて下さい」
「わかりました」
 光の槍はシューニャの前席に直撃したのは間違いない。
 外部装甲は完全に貫通。
「ダイヤモンド、フェイクムーンに落下します」
 ホムスビが告げる。
「リングケース、ダイヤモンドを回収します」
「マスターの指示とは異なります」
「作戦は失敗。以後、規約に則り本船は私の指揮下に入ります」
「状況より権利確認しました。書き換え完了。マイ・マスター」
 ダイヤモンドは徐々に落下速度を増している。
「ダイヤモンドが欠けている。ホムスビ、ドッキング迅速に」
 リングケースは一気に加速。
 ダイヤモンドと同じ軌道に。
「エネルギーワイヤー発射」
 エネルギーの束がダイヤモンドを捕縛。
 掴まれたダイヤモンドはガクンと船体が揺れる。
 貫通した穴から船体の破片が飛び出した。
 その中に人型のようなものが見える。
「デブリ回収」
 ワイヤーが伸びるが多くのデブリは散らばった。
 人型もその一つ。
「網状に」
 エネルギーの線は網状に繋がると漁網のように広がる。
 なおも落下は続く。 
「ドッキングアプローチ開始」
 リングケースが欠けたダイヤモンドと接続。
「ドッキング完了しました」
 シューニャのバイオグラフは地平線を描く。
 部隊パートナーのステータスには”危険”と表示。
「回収完了」
 漁網にデブリごと人型は回収。
「直ちに収納し、引力圏外へ。警戒区域まで後退」
 リングケースの外壁が開きデブリは船体へ引き込まれていく。
 それを確認するとビーナスは呼びかけた。
「静、どうなりましたか。何が起きたのですか?静」
「船内音声回復します」
「ああああっ!ああああっ!はああああっ!はぁっ!ああああっ!」
 音声モニターから半狂乱とも言うべき静の声。
 映像モニターの前席はノイズのまま。
 後席では静がコックピットの至るところをあらん限りの力で叩いている様子が。
「ホムスビ、詳細ステータス確認」
「接続されていない為、確認出来ません」
「静、暴れるのを止めなさい。マスターはどうなりましたか?」
「いやあああああ!いやあああああ!やあああああっ!」
 頭を抱え、絶叫が満たす。
「ホムスビ、アンドロイド暴走状態の為、後席にショック」
 後部座席に電流が流れるが、静はシートベルトを引きちぎる。
 そして立ち上がるとコックピットをなおも叩き叫び続ける。
「やだあああああっ!やだ!やだっ!いやっ!いやああああっ!はあああっ!」
「ショック最大」
「未着席のため不能。コックピット損傷甚大。出力が不十分です。部隊長の生死不明につき隊長代理権が行使可能です」
 隊長が不慮の事態に見舞われ一時的に指揮権行使が不可能になった場合。
 副隊長が接続時は副隊長が、連絡がとれない場合に限り部隊長の搭乗員パートナーが任を負う。
「隊長代理権行使。部隊パートナー静を強制スリープ」
「認証されました・・・不能。制御下に無い為、命令を実行出来ません」
 なお暴れ続けている。
「ホムスビ、ショックガンをチャージ」
「ショックガン・チャージします」
「制圧に向かいます」

 STGコア。
 ドーム状の広い空間。
 百畳ほどあるだろうか。
 中央に大きなドーム。
 STGの心臓部。コアである。
 ドームの上部に突起。
 蓋が開く。
 そこには全身を真っ白い密着スーツに身を包んだビーナスが寝ていた。
 実体である。
 通常、搭乗員パートナーは本船に格納。
 開ききると目をあけ上半身を起こす。
 座席横のショックガンがポップアップ。
 無造作にショックガンを手に取り、滑り台を下りるようにドーム下へ。
 ドーム壁面に触れると、大型の口径をもつ両手持ちの銃が十挺並ぶ。
 その一つを手にとると他の武装は格納。
 天井を見上げる。
 五十センチほどの無数の細い穴。
 ビーナスがその一つに目線を向けると、管が伸びて彼女を飲み込んだ。

コメント