STG/I:第六十四話:淵


 管の中をビーナスはウミヘビのように泳いだ。

 STGのメンテナンスは外殻内部の生体組織とナノマシンにより自動的に行われているが、バランス限界を越えた自己修復不能な事象に対して搭乗員パートナーが事に当たる。逆にパートナーはSTGの生体組織からエネルギーを供給され、病や故障が無いのもSTGのお陰である。よってパートナーは食事を必要としない。またSTGで修復不能なパートナーの事象は本拠点施設で施術される。パートナーとSTGは共生関係にあった。双方はそれぞれコア(脳機能に相応する部位)を持ち独自に思考をする。マザーとは常時接続され、膨大な能力のバックアップを受けられる。共に最優先の使命は搭乗員の安全であるが、搭乗員・パートナー・STGの順に決定権は決まっている。命令を施行することで搭乗員の安全が著しく脅かされる可能性がある場合は基本的に受理されないが、竜頭巾が使用したデス・ロードのように、特定の承認プロセスをとることで最終的には搭乗員の命令が実行可能。
 パートナーはありとあらゆる場所へ侵入出来る専用の通路があり、そこは専任のパートナー以外は通ることが出来ない。無数の管は人間の血管のように張り巡らさせ半ばゲル化した液体で埋まっている。血管を巡る白血球のように自在に泳ぎ、外敵を排除する役目もパートナーにはあった。内部へ侵入された際の白兵戦用装備も多数もつ。

 ビーナスはコックピットのメイン通路にポトリと落ちた。

 同時にホムスビの音声。
「デブリの分析結果が出ました」
「マスターは?」
「シューニャ・アサンガ様と思われるDNAは確認されませんでした」
「映像を」
 ビーナスは指でフレームを作ると、それを引き伸ばす。
 空中にデブリの映像が映る。
 映像を操作すると、黒焦げになったノーマルスーツが見えた。
 ビーナスは空間でタッチし拡大。
「予備か・・・」
 人型に見えた影は焼け焦げた予備のノーマルスーツだった。
 左手で払うとモニターが消える。
「デブリはコンプレスして再生ブロックへ」
「了解」

 コックピット後席扉の前。

 手をかざすと、ギシギシと音をたてながらドアが開く。
 そこは狂気の声に満たされていた。

「誰か助けて!お願い!隊長が!あの人が!彼が!彼!あああーっ!」

 叫んでいる静。
 コックピットのいたる所を叩いたようだ。
 半壊しショートしている。
 床も激しく叩いた後があり小さな凹みが無数にある。
 力任せに叩いた結果、静の左右上腕部は既に折れていた。
 よつん這いになったまま、それでも折れたままの腕で叩こうともがく。
 音に気づいた静が振り返る。
 ビーナスは無表情のままショックガンを構えた。
「ビーナス・・・隊長が・・・あのお方が・・・彼を助けて・・・お願い・・・」
 折れた手を伸ばす静。
「最大値」
「最大値設定」
 銃からホムスビの声。

 撃った。

 静は小刻みに震えると、ぐったりとし、動かなくなる。

「制圧完了」
 静の首を猫でも掴むように一旦は握ったが、少し持ち上げると手を離した。
 目を見開いたままの静の顔がゴツンと床を叩く。
 目には涙が流れた後があった。
 アンドロイドは人間とのコミュニケーションを円滑に図るために涙を流す装置がある。濾過済の純水で緊急時に飲料水として使うことも可能だが、体積の都合上容量は大きくは無い。
 ビーナスもそうだ。必要であれば何時でも涙を流すことが出来る。パートナーは限りなく人間を模しているが、身体能力においては遥かに凌ぐ力をもつ。脳に至っては当然ながら比較にはならない。だが、パワーや強度に関してアンドロイドが上だ。

 彼女は腰にぶら下げた大きな銃を手に取ると、銃口を両肩、両足に向け、

 再び撃った。

 一つ、

 二つ、

 三つ、

 四つ。

 金属製の杭が飛び出し、不自然な体制のまま静は床に打ち付けらた。
 銃を再び腰にぶら下げると、通路を出て、スルリと元の穴へ。

 今度は前席の通路へポトリ。

 パネルにタッチ。
「外壁が損傷しています。簡易スーツでは危険です」
 ビーナスが壁に触れるとノーマルスーツが引き出された。
 彼女らはその性質上、ほとんどの場所で必要な物品を即座に引き出すことが出来る。
 慣れた手付きで装着し、再びパネルに。

「通路エアロック閉鎖・・・・完了。開きます」

 彼女の眼前には宇宙が広がっていた。

 眼下には煌々と輝くフェイクムーン。

 宙空には煌めく星々。

 コックピットの前席はピンスポットで貫かれていたのだ。

 前に回り込み、席を確認する。
 シューニャの姿は無い。
 ビーナスはキビキビとした動作で周囲を確認。
 戻ると、隔壁扉を締めた。
「状態確認完了。データをサルベージ後、損傷部位をパージ、回収後コンプレス、再生ブロックへ」
 静はノーマルスーツを脱ぎ元の位置に戻す。
「サルベージ完了。切り離します」
 重い金属音が聞こえる。
「切り離し完了・・・格納まで三十秒」

 スルリと、もと来た穴の中へ。

 通路を泳ぎ、STGコアに戻った。

 銃を所定の位置へ戻す。

 そしてカプセルに横たわる。

「ホムスビは長門隊と合流。以後の指示は分析後に決定します」
「わかりました」
「発進して下さい」

 ビーナスは長い髪を手で束ね胸を隠すと、目を閉じる。
 コア上部のカプセルが再び閉じられ、STGホムスビは発進した。

 フェイクムーンは初めからそこに居たような自然さでその様子を眺めていた。


*

 まただ。
 また失敗した。
 またなんだ。
 失敗。
 失敗ばかり。
 人生も失敗。
 身体は失敗作。
 人生設計も失敗。
 全て失敗。
 俺は何のために生まれたんだ。
 誰が設計した。
 創造主は誰だ。
 こんな失敗作。
 何のために生きているんだ。
 不良品を世に出しやがって。

 静に悪いことをした。
 連れてくるべきじゃなかったかもしれない。
 でも、メモリの予備は置いてきた。
 サーバーの管理者から予備の大切さを思い知らされたからな。
 にも関わらず何度か痛い目も見たけど。
 管理が面倒なんだ。でも、もう凝りた。
 もう夜中に叫びたくはない。
 ビーナスが逃げられれば開けることが出来るだろう。
 彼女には伝えてある。
 万が一の際の対処法。
 大丈夫だ。
 静、ごめん。
 巻き込んだ。
 ログアウトする間すら無いなんて。
 力量が違いすぎる。

 やっぱり貴方の言うとおり愚か者でしたよ。母さん。

「・・・ようやく終わりだ・・・」

 目が開く。

 横たわっている。
「なんだ、君か」
 声がする。
 誰だ?
「シューニャ・・・だっけ?」
 誰だ。
「幾らなんでも迂闊だったね。防衛線に接触した。あれは自動だから。僕が気づかなかったら死んでいたよ。ブラック・ナイトは怒っているかな?」
 なんだそれ。
 シューニャが動いた。
 なのに自分の意識だけは横になったまま。
(前にもあったような・・・)
「いきなりですね。死にそうです」
 彼とは無関係にシューニャの身体は起き上がると、身繕いをしている。

(まただ。これが臨死体験、幽体離脱なのか。・・・まてよ、そもそも俺は男だぞ?あれはアバターだ・・・)

 相手は見えない。
 気配はする。

「何せ彼女らは好戦的だから」

 乾いた声で笑っている。
 何がおかしいんだ。

「彼氏は怒っているのかい?」
 シューニャが倒れている彼の意識を見る。
「そうみたい」
「彼氏、些か悪手だったよ」

 なんだこのチャラいのは。
 雷雲のような暗くモヤモヤとした存在が近づいてくる。
 どことなく人の形に見えなくもない。

「ソレを返してもらえないかな」

 ソレとは何だ?
 視線を動かせない。
 シューニャは彼らの言うソレを見ている。

「無理よ」
「困るんだ」
「私も困る」
「どうして?」
「彼が大切にしているから」
「人間じゃないのに?」
「うん」
「中のものは我々にとって大切だ」

 二人は黙った。

「返してもらえないなら、今日は帰せないな」
「困ったわね。死んでしまうわ」
「それは大変だ」

 馬鹿か。
 何言っている。
 身勝手なことを。
 シューニャ、騙されるな。

「ほら、怒ってる」
「彼氏は相変わらず怒りん坊だね」
「彼というより地球人ね。彼はまだ怒らない方よ」
「軟弱なんだ」
「か弱いから。すぐに死んでしまう」
「利用されていることも知らないんだろうね」

 雲はボソリと言った。

 利用されている?
 誰に?

「利用?」
「ああ。俺たちは利用するつもりだったが・・・失敗した」

 誰?
 それは誰だ!
 シューニャが此方を見る。

「誰なの?」

 ナイス!
 雲は黒くなり何を今さらといった波動を放った。

「君達の言うマザーワンしかいないじゃないか」

”なっ!”

「驚いているわ」
「はは。その次元か」

 誰だお前ら。

「ところで貴方達は?」

 よし、いいぞ!

「え、わからない?21番目の知的生命体と言えば通じるかな」

”な───っ!”

「凄い驚いている」

 雷雲がゴロゴロと笑う。
 その笑いは草原のざわめきのように広がった。
 共鳴し、
 広がり、
 大きく、
 より大きくなり、
 地鳴りのように響く。
 暗雲が広がり、無数の人の形をなしてきた。

 大勢いる。
 もっと大勢いたんだ。

「君らがどうしてブラック・ナイトを知っているのかな」
「誰?」
「ブラック・ナイトだよ。彼は知っているようだけど」

 誰だ?

「知らないみたいよ」
「いや知っているね。自分のこともわからないんだ?」
「そうみたい」

 人の形をした雷雲が、鉛筆画のアニメーションのようにわらわらと寄ってくる。
 一人じゃなかった。
 何十、何百?ともすればもっと。
 彼の視界の前に群がり視界が闇に飲まれる。
 そして声無き声が何重にも喋っている。
 ボソボソと。
 ハッキリと聞こえるはずもないその声は脳内に確実に届いた。

「ブラック・ナイトの知り合い」
「殺される」
「食われちゃう」
「家が欲しい」
「お腹が減った」
「欲しい」
「家を奪われた」
「怖い」
「若いブラック・ナイト」
「殺される」
「勿体無い」
「赤子」
「またはじめから」
「故郷が欲しい」
「裏切り」
「裏切った」
「バレていた」
「勿体無い」
「やめよう」
「ココも終わり」

 頭が痛い。

「ソレを壊したらブラック・ナイトは怒るかな?」

 声と同時に雷雲以外がいなくなる。

「彼は怒るわね」
「ブラック・ナイトも?」
「さあ」
「見過ごせない」
「そうなんだ」
「食べるつもりだから大切なの?」
「食べないわ」
「じゃあどうして大切なの?」
「わからない」
「困った」
「私、もうもちそうもないんだけど」
「君がいないと話が出来ない」
「そうね」

「じゃあ、約束しよう」

「どんな?」
「マザー・ワンに渡さない」
「そのつもりらしいよ。今はね」
「それなら返すよ。でも、抜かれたら壊す」
「ソレを?」

 雷雲は頷く。

「そう」
「あら」
「仕方ない。彼女らには知られたくないからね」
「それなら怒らないんじゃないかな」
「良かった。待っていて良かった・・・」
「待っていたのね」
「前にあった時、ブラック・ナイトがいると気づいたから。誤解を解きたかった」
「誤解?」
「怒っていたから」
「そうなんだ」
「ブラック・ナイトは怖い。気まぐれだし。この前はまんまと彼女らにハメられた」
「この前?」
「私らの星が滅ぼされた時にね」
「可愛そうに」
「彼女らは保身の為なら何でもする。彼氏も気をつけた方がいい。線引を読み違えたら終いだ。我々のようにね。我々は欲が過ぎた。そこを突かれた。ブラック・ナイトと争う気はない。すっかり星も小さくなってしまった。また大きくしないと」
「大変ね」
「ああ。ヒトガタ、魂なき生き物よ、君達の主人は故郷を失わないといいね。寂しいものだよ故郷が無くなるというのは」
「そうなんだ」

 歩き去ろうという矢先、雷雲は振り返る。

「ところで彼氏達はどっちへつくんだい?」
「どっちって?」
「宇宙の側と彼女らの側だよ」
「考えてないんじゃないかな?」
「それはいけない。常に頭の片隅に置いておいた方がいい」

 雷雲は指らしき部位で自らの頭らしき部位をつついた。

「我々は宇宙の側につくよ。だから一緒になった。彼女らとて宇宙無しには生きられないのに。我々は奢りが過ぎた。遊びが過ぎた。故郷を失う前に気づくべきだった」
「今は気づいた」

 雷雲が轟く。

「そうだ! ありがとうヒトガタ。今のは癒やされた。食べない奴らを侮らないことだ」
「わかったわ」
「しばらくココにいるけど、防衛線には触れない方が良い。あれは勝手に動く」
「じゃあ」
「ヒトガタ。君は死なないといいね。彼みたいに」
「ありがとう」
「私らは手を出さないけど宇宙はそろそろ動き出すよ」
「それでいいんだ」
「ああ、宇宙は自由だから」
 
 雷雲が手を上げた。
 無数の黒い影が彼についていく。
 遠くへ歩いていく。
 手を振って見送るシューニャ。
 だが、その姿は血まみれだった。
 足元に血溜まりが出来る。

 そのまま倒れた。

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