STG/I:第百四十六話:選択

 

 外灯も無い闇の中。
 弱々しい光が微かな希望のように灯っている。
 闇を割く一筋のヘッドライト。
 車は灯から少し遠い位置に止まった。
 昔ながらの日本家屋が薄っすら浮かび上がる。
 止まるや否や、運転席側の後部座席が開いた。
 背中がやや弓なりになった小柄な男性が下りて来る。
 助手席からは山のような上半身をした男が慌てて下りた。



「明日は四時半に迎えに上がります」
「正午でいい」
「でも、ドランゴンは・・・」
「正・午・だ」
 背格好に似合わない迫力。
 声は切れ味を感じさせる。
 その一方でノイズの混じったザリザリとしたもの。
 まるで刀身だけは研いで鋭いが、後は錆びている。
 そういった印象の声。
 大男は憤りを瞬時にかみ殺すと、運転席の何者かと簡単な言葉を交わした。

「わかりました。では正午に」

 車は山のような大男を待たず直ぐに動き出した。
 流れるように山は助手席に滑り込む。
 車は速度を上げ去っていった。

 ヘッドライトに一瞬照らされた男は、何処にでもいるような老人。
 再び闇で満たされる。
 老人は星空を仰ぎ見た。

「長生きするものだなぁ。トモザカ、マガキ、皆ぁ・・・」

 どこか恍惚して見える。
 目を瞑ると、口角が歪む。

「ざまぁねぇ・・・人間も終わりだ。所詮は賢いふりをした猿。でも、敵はとるぜ・・・」

 灯から二つの小さな光が出て来た。

「じいちゃーん! おかえりーっ! 宇宙人たおしたぁ~?」
「地球すくったぁ~っ?」

 小さな男の子達だ。
 闇の中にも関わらず老人の元にまっしぐら。
 足元に抱きつく。

「まだ起きとったんか。寝らんと強くならんぞ」
「ねぇ! 宇宙人たおしたぁ~?」
「地球すくったぁ~っ?」

 老人は笑みを浮かべると二人を抱き寄せた。

「むぞらしか、むぞらしか」

 その抱擁は柔らかく強い。

「明日からだ」
「エイジってどうなったの?」
「なきべそエイジ!」

 老人の顔がほころぶ。

「戦こうそうだ」
「うっそっ!」
「すげーっ!」

 玄関から別な顔が覗かせる。
 強い光を放ち彼等を照らす。

「お爺ちゃん、いつ帰ったの? こら、早く寝なさい!」
「え~っ!」「ききたいっ!」
「寝らんと、いいパイロットになれんぞ」
「え~・・・ききたいぃ・・・」
「ききたいよ~」

 二人は絵に描いたような地団駄を踏む。

「ほれ、上官の指示は聞かんと」
「お爺ちゃん、言い方っ!」
「お~オジ~オジ~」

 子供達は腹を抱えて笑い、三人は手を繋いで歩き出す。
 玄関が締められ、暫くすると燈が消えた。


 花火が消え、闇が覆う。

 眼前に巨大な円錐。
 冗談みたいな光景。
 皆はそれをSTGIバルトークと呼んだ。

 多くが呆然と周囲を見渡す。
 お互いの目線が折り重なる。
 手を見つめる者。
 頬に触れる者。
 無意識の行為。
 生存確認。

 歓声は無かった。
 何が起こったか判らないのだ。

 武者小路は頭の中で今起きたことを整理している。
 直前に見た着弾予想は、まさにバルトークを指し示していた。
 そのバルトークは無傷。
 防いだのは天照。
 そして天照の盾は万能ではないようだ。
 ダメージに応じて削れている。
 盾の多くは消失し、幾つかは発光が薄くなっている。

 D2Mは日本・本拠点よりバルトークの攻撃を優先させた。
 先だってあった人類初の宇宙戦争。
 消えたブラック・ナイト。
 その後の会議で双方が先に手を出したのは相手だと証言。
 STG国際連盟の多くはD2Mを支持。
 エイジとミリオタはハンガリー側を支持。
 その決議がまだ終わっていない。

 それは圧倒的大多数が興味の無い中ニュース。
 だが、武者小路は熱い視線で見守っていた。
 彼からするとエイジ達の判断は無策に思えた。
 単純な感情論。
 この世は感情論では動いていない。
 アメリカを敵に回すのは得策じゃないと。

 武田隊長とも本件を話し合ったことがある。
 彼こそが宰相になるべき人。
 エイジは単なる運で宰相になったに過ぎない。

 思い返すと今も歯ぎしりをしてしまう。

 マザーから切り離されたのはそれが原因?
 STGアメリカはマザー達と繋がっている?
 交渉する為の材料は何だ?
 思考が逡巡する。

 本拠点機能が一時的に奪われた際、アメリカは何かを探していた。
 多くの多国籍軍が兵器やら設計図やら盗んでいたにも関わらず。
 D2Mは別なものを探していた。

(バルトークが狙われる理由と関係があるのだろうか?)

 その時、バルトークはその長く巨大な円錐をゆっくりと動かした。
 まるで日本・本拠点を庇うような位置をとる。

 エイジは自分が何をやったか頭では理解してないだろう。
 所詮は子供だ。
 子供に命運を握られている。
 その理不尽さに腸が煮えくり返る。
 彼が悪いわけではない。
 己の、大人達の不甲斐なさに憤りを禁じ得ないのだ。
 単なる偶然に翻弄されている。

 武者小路はエイジを見つめる。
 彼はシューニャの言葉を思い出していた。

「心の声・・・」

「エイジ宰相。協力に感謝します」

 ゾルタンの声。

「こちらこそ! ありがとう・・・ございます」

 エイジはバルトークへ向け、本拠点の一部の情報を咄嗟に共有した。
 武者小路が気づいたら目くじらを立てることは確実。
 情報は何時の世も戦場を決する。

「あわやだったな・・・ゾルタン」
「ああ、危なかった。・・・ブダ、よくやった」
 ブダは笑みをたたえる。
「エイジ宰相のお蔭と言っていいでしょう」
「あの新人の宰相、大丈夫なのか?」
「我々を信じてくれたんだ」
「近距離で跳ぶとこうなるの! 誤差が大きいんだから!」
「でも、損傷なし」
「結果論!」
「いや流石だよ」
「当然でしょ」
「会議でも我らを支持してくれた」
「そして・・・早々にD2Mは口封じか」
「恐れ入るよ」
「政治的戦闘にも慣れているし、本当に厄介ね」
「でも我々にはバルトークがある」
「それを言うなら彼らにはSTGIがある」
「流言飛語の域を越えないよ」
「消失したとも聞く」
「とにかく、間に合った」
「あの時のリベンジマッチ、やるか?」
「いいね」
「恨み、忘れてないから・・・」
「待て、待て。今はそれどころじゃない」
「それにしても、今のはなんだったんだ?」
「ライトニング・シールド?」
「いや、恐らくあれが噂に聞く日本の秘密兵器だろう」
「さすが変態の国、とんでもないものを考えてくるな!」
「だから大好き!」
「はいはい」
「配置につけ」
「ヨーッ!」「ヨーッ!」「ヨーッ!」「ヨーッ!」「・・」
 バルトークがまるで威嚇するトカゲがごとく円錐を大きく開く。

 その様子を見つめるD2M隊長、Mr.D。

「またかゾルタン・・・」
「あの時、始末しておけば」
「それが出来ていれば、今こうなっていない」

 全く同じ外見の搭乗員三人。
 全身を覆う黒のマシンスーツ。
 顔は見えない。
 アバターはロボットベースなのか、それとも男性ベースなのか。
 見ようによっては女性ベースにも見える。
 中世的な印象。

 STG28にはアバター服飾デザイナーがリアルマネーで仕事もしている。
 3Dモデルに素材設定込のセットで売られている場合もある。
 買取は戦果やゲーム内マネー、リアルマネーでも取引されていた。
 3Dモデルデザイナーとは別に素材設定技師もいる。

 STG28においてアバターに凝る意味は現実的にはほぼ無い。
 肉弾戦は基本的に発生しないし、レギュレーションも決まっている。
 あくまで嗜好品の域を出ない。
 だが、上位部隊の多くはオーダーメイドで、この周辺の分野は活発だ。
 理由は現実に近い。

 ブラックナイト隊はその点でも珍しい部隊だった。
 公式アバターが無い。
 理由は色々だが、それどころでは無かったと言うのが本音だろう。

 ノーマルスーツ型の装着アバターは市販品にも多く人気。
 オーダーメイド、再販無しのプレミア付なのは間違いない。
 一般販売品に、その外観は無いからだ。

 三人の視線の先はバルトークに向けられた。


 一時間後、日米ホログラム会談が開催される。

 D2Mの隊長、Mr.Dがエイジの目の前に座っている。
 仲介者はハンガリーのバルトーク隊ゾルタン隊長。
 だが、彼の姿はない。
 アメリカ側が同席を拒否した。

 D2M隊長の後ろに立っているのは副隊長二名。
 STG国際連盟の様式に従っていることが伺える。
 頭上に K と A と表示されている。
 全く同じ外観。
 頭上の名前が無いと判別は出来ないだろう。

 日本側はエイジが座し、背後に武者小路とイシグロが立っている。
 招集をかけたがミリオタは来なかった。
 ケシャはログインしていない。
 武者小路は端から同席してもらうつもりだったが、イシグロは選択肢の結果。
 何より本人が申し出た。

「私を出席させた方がいい」

 武者小路は武田をこの場に呼べない事をポーカーフェイスで一しきり悔いたが気持ちを切り替える。
 イシグロのことは信頼していないが実務経験での能力は折り紙つき。
 こうした場にも精通しているだろうと踏んだ。
 寧ろ問題なのはエイジ。
 思わぬことを喋らぬよう事前に釘をさしておく。

(彼は単なる子供に過ぎない)

 だが、彼の思惑は D の第一声で脆くも崩れ去る。

「高度に政治的な話題ですので、発言は代表同士にしましょう」

 先手をとられた。

「それは前提条件に・・・」

 武者小路が言い掛けたが、Dは右手の人差し指をピンと立てた。
 喋るな、そういう意味だろう。
 交渉はもう始まっている。

 この会談そのものが不利な状況から始まっている。
 それでもバルトーク隊の助けが無かったら出来なかった。
 武者小路もチャンスは最大限に活かしたかった。
 この間、他の本部委員会メンバーは防衛準備に大騒ぎだろう。

 脈絡からも、彼らが妥協することは無いと思われる。
 実際、この会談も中断しかけた。
 彼等は時間稼ぎという意味でも成功。
 STG多国籍軍は既に集結してしまった。
 バルトークが居る事で辛うじて緊張感を保っているに過ぎない。

 彼らの目的は会談前にバルトーク隊からもたらされた。
 俄かには信じられないことばかり。
 言ったことが全て事実とも限らない。
 でも、それを検証する時間は我々にない。
 嘘が一つも無いとは思わない。
 白か黒かは角度によって見え方が変わる。
 彼等の角度では白でも、我々の角度から黒に見えることもある。

 ゾルタン隊長の言うことが事実なら、
 慎重には慎重を来す必要がある。
 今は地球人同士で争っている場合では無い。
 でも、既に地球の存続を諦め、自らの命だけを考えている者達にどんな交渉材料があるというのだ。
 ハッタリは通用しないだろう。
 サイトウを餌に吊ることは出来ない。
 我々は彼について何も知らないのだ。
 もう大した情報も残っていない。
 彼のアカウントが無いことは歴然としている。
 これもアースの仕業なんだろうか?

「わかりました」

 エイジは透き通った声で返した。
 武者小路は顔を上げた。
 彼は特に緊張している様子は無い。

 君は事の重大さを理解しているのか?
 いや、理解している筈がない。
 世間を知らず、社会を知らず、政治を外交の怖さを知らない。
 我々の運命は、こんな子供に委ねられている。

「エイジ宰相は物分かりがいい。助かります」

 マシンボイスが聞こえた。
 かなり音声を弄っているようだ。
 恐らくリアルボイスがベースでも無いだろう。

「単刀直入に申し上げます。Mr.サイトウを引き渡して下さい」

 誰も驚かなかった。
 その設問の想定はゾルタンによってもたらされていたからだ。
 彼の言った通りだった。

「・・・サイトウさんって、あの伝説の・・・」
 エイジは少し驚いたような演技をしつつ、わざと聞き返した。
「そうです」
「でも、アカウントは削除されています、よね?」
「私が指定する地球のある場所に二十四時間以内に連れてきて下さい」
 これは予想外。
「ある場所・・・」
「日本にあるアメリカ大使館です」
「えっ? どういう・・・」
「中身の方ですよ」
「待って下さい。知らないです。サイトウさんがどこに居るかなんて!」
「それが撤退の条件です」
「ですから、僕達は何も知らないんです!」

 ゾルタンから言われた際、
 サイトウの件は改めて確認していた。
 彼のアカウントは削除されて既に無い事実は揺るがなかった。
 残っているのは彼の過去の記録のみ。
 ほぼレジェンドリストに登録されている部分のみで、生データは既に無い。

「では、日本・本拠点の権利を移譲して下さい。我々で探します」
「そんな、出来ませんよ・・・」
「連れてくるか、放棄するか、死ぬか、選んでください」
「えーっ!?」
 完全に相手のペースだった。
「ちょっと、よろしいですか」
 武者小路が声を出す。
 Dは再び指を立てた。
 さっきよりも鋭く。
「しかし、これは!」
 その指を貫くように高く上げる。
「・・・・っく!」
 二の句が継げない。
「あの・・せめて話し合う時間を下さい!」
「今、ここで、選んで下さい」
「こんな大切なこと一人で決められません!」
「であれば、全員、死んでもらいます」


「こちら新宿回遊魚。エイジ搭乗員の集合住宅と思われるアパートの前につきました」
「わかった。予定通り配置につけ。映像はオンラインのまま維持」
 応えたのはドラゴンリーダーことサイキ。
 大きなモニターが五台ほどある部屋に一人。
 その一つに外の映像が幾つも分割され映っている。
 彼の目線の先、広い別室には巨大なプロジェクタースクリーンと大小様々なモニターがひしめいていた。
 ほとんどはまだ電源も入っていない。
 段ボールが彼方此方に散乱し、今まさに設営中なのか、テーブルや椅子、パソコンが次々と運び込まれている。
 それを設置、設定しているようだ。
「わかりました」
 モニターに映し出される古いアパート。
 築四十年はいっているだろう。
「これが本拠点宰相・・・まだ子供か・・・」
 絶妙なバランスで成り立っていたシケモクの山から雑に一本抜くと山が崩れる。
 気に掛けることもなくサイキは火を灯す。
 大きく吸い、吐いた。
「禁煙したんだがなぁ・・・」
 机の上で消す。
「なんでこんな事になっちまったんだろうなぁ・・・シューニャよ・・・」


「君にも家族はいるでしょ?」
「・・・」
 エイジは黙り込んだ。
「君自身が死ぬことに抵抗が無いとして、ご家族はどうでしょう?」
「・・・」
「アバターの話ではありませんよ。地球の、貴方自身の話です」
「・・・」
「ご自宅、お母様の病院、調べはついています」
「そんな、だって、日本なのに・・・」
「日本だからですよ」
「お母さん・・・」
「お母様を失いたく無いでしょ?」
「・・・・・・」
 エイジは下を向いたまま固まった。
「選ぶんだ」

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