STG/I:第百五十九話:先入観

 


 モニターには星々が煌き他には何も映っていない。
 でも、ソナーだけはその姿を捉えていた。
 アメリカ型ブラックナイトと呼称された何か。
 エイのような形に見えなくも無いが、特徴的な尻尾のようなものがソナー結果からは判別できなかった。

(STG28、なるほど良く出来ている)

 円錐型の白い巨躯にコックピットは複数可能。
 中でも先端にある天頂コックピットは特異だ。
 どのような武装構成にしても必ず残る。
 外部モニターが使用出来なくなった時、目視でこの巨大な宇宙船を操縦できるように設計されている。
 腰部の支柱を軸に全身が空間に投げ出され、無駄に広い。
 空間内には重力のようなものがあり、パイロットは常に空間の中心に位置する。
 腰部のソレは身体を固定しているといった性質のものじゃないから負担も無い。

 突き出た先端の透明な外壁は光学式の自在レンズ。
 目視が可能で、テラスのような透明な外壁にモニターを描画することも。
 電子部品を通さず、手のモーション加減で自由に拡大縮小が出来た。
 パートナーは本船全ての機能を使える。 

 アースは目を瞑った。

「裸眼で見た感想を言え」
「リョッ! ・・・ソナーによって捉えられた印象と違います」
「どう違う?」
「エイに・・・私は見えません」
「何に見える?」
「ハッキリとは言えませんが・・」
「直感でいい」
「ダイヤ・・・、トランプのダイヤのマークと言えばいいでしょうか、今はそれを横にしたような形に見えます」
「質感は?」
「・・・より実体に感じます」
「何故そう感じる?」
「・・・光・・・でしょうか。立体感があります」
「陰影が見えるんだな?」
「はい」

 アースの目が見開かれる。

「よくやった。そのまま観測を継続。マホガニー隊を向かわせる。チャージ・ソナー最大で用意。戦闘に備えろ」
「リョッ!」

 アースは作戦室のコンソールを慌ただしく叩き、ハンドアクションで中空に描画した小型モニターを巧に操作した。

「マホガニー隊、編成データを送った。換装次第連絡。確認後発進し先遣隊と合流、戦闘準備し、指示を待て」
「マホガニー隊、リョ!」

 眼前に小さなモニターを幾つも描画した。
 それを、手品師がトランプを自在に操るように動かす。

(怖えぇ・・・無知が堪らなく怖ぇ・・・血が躍る)

 知能ってのは厄介だ。
 あるが故に無知が一番恐ろしい。
 あるが故に傲慢さが生まれる。
 傲慢さが争いを呼ぶ。

 STG28は仕様書通り。
 だが、ブラック・ナイトとSTGIが不確定過ぎる。
 それでいて圧倒的な脅威。
 客観的データは無く、中途半端な情報だけ。
 フェイクが溢れる条件が整っているな。
 ブラック・ナイトに関してはマザーや他の宇宙人共も同じだろう。

 未知の脅威は弱者にとって万に一つの可能性を生む。
 カオス最大のキー。

(かけるしかねぇ)

 今度の戦争はどんだけ死ぬのかねぇ・・・。
 恐らく地球史上最大だろう。
 最も生き残ればの話だ。
 生き残ったとして、果たしてそれは幸運なのか?

 知能が生んだ諍いは、知能レベルに応じて被害が大きくなる。
 馬鹿の方が幸せだ。
 宇宙人共の知性がこの争いを生んでいるのは間違いない。
 地球人は欲得でその知性の罠にはまったに過ぎない愚か者。
 銀河を越えてとか、どんな知性なんだ。
 辺境の銀河の辺境の星の命運なんぞ、蟻一匹程度の価値しかねーんだろ? マザーさんよ。

「今の報告をリピート」

 ダイヤを横、ようは菱形ってことだ。
 エイの形とは違う。
 ステルス爆撃機とも違う。
 似て非なるもの・・・。

 形状でしかブラックナイトを判別出来ないという曖昧な基準。
 にも関わらず、日本・本拠点に巻き付くほどの柔軟性もある。
 変形しないという保証は無い。
 それとも巻きついたヤツはブラック・ナイトでは無い?
 別な宇宙人の船・・・。
 STG21が惑星を纏っていたという報告がシューニャ・レポートにあった。
 じゃあなんでマザーがブラック・ナイトと認定した?
 マザーが認定していということは、ブラックナイトは固有形状の可能性もある。

 いや、マザーの基準は厳格な一方で大雑把だ。
 明確なものは細分化され厳密だが、分類出来ないものを大きく分ける。
 ブラック・ナイトとは、俺達がUFOだUMAだ言うのと大差ねぇかもしれねぇな。
 判らないから大きく括る。
 ほとんどがゴミ屑だが、中には・・・。

「くそっ」

 未知過ぎて計算に入れようがねぇ。
 だからマザーも除外して考えているんだろう。
 目の上のたん瘤を把握しながら、判っている部分から手を付ける。
 至極全うだ。

 ソナーの結果を反映した画面を手前に引いた。

 無意識の先入観。
 ブラックナイトと呼ばれた存在をモニター越しにしか見たことが無い。
 機械は事実を映すという思い込み。
 今は何かと電子カメラを通して見ることが当たり前になっている。
 現代ですら映るもの全てに加工が入っている。
 加えて現代人の認識力は衰え、物事を正確に捉える力は弱くなっている。
 見えないというのは説得力がある。
 思い込む。
 映像を通せば誤魔化すことは寧ろ肉眼より容易い。
 電子カメラの映像なんぞ現代ですら幾らでも偽装出来る。
 結果として脳は妄想で補完する。
 自らも嘘で塗りたくる。

 カラクリから着信サイン。

 アースはカラクリから送られた資料を開いた。
 最初の一ページ目を凝視すると直ぐに閉じる。

 案の定、海苔弁。
 真っ黒で何も書いていないに等しい。

 それでも彼は今一度真っ黒な資料に目を通した。
 入念に。

(なるほど)

 表題とその流れ、文量から何かを推し量ったようだ。
 別なウィンドウを開いた。

 天頂コックピットも本来がパートナー用。
 プレイヤーは移送出来ないと思い込む。
 仕様書に操舵スーツの存在があるにも関わらず搭乗員は読まない。
 マニュアルなんぞ無くても動かせるだろ?とくる。
 素人の考え方だ。
 自分が把握している機能しか使わない。
 天部は恐ろしいから避けたい本能も働く。
 人は恐れを抱く時、自らに言い訳を用意する。

 幾つかのウィンドウに触れて閉じると、
 先遣隊からのデータを新たに開いた。

 アメリカ・本拠点が食われた可能性もあるが痕跡は無い。
 分析結果から噴射痕も無し。
 本拠点やSTG28が分解された時の跡も・・。

 また、元のウィンドウに触れた。

(アメリカ型とイタリア型との衝突事象)

 一行だけ記録されているコレ。
 国際連盟での会議で議題には上がっていたが・・・中断。
 そしてマザーとの途絶。
 タイミング・・・。

(アメリカ本拠点が糸を引いているのは間違いねぇ)

 ブラック・ナイト。
 何処にでも現れ、姿を消すという思い込み。
 イリュージョンのように突然現れたかのように錯覚させる術は現代もある。
 過去の索敵ポッドの配置記録から、漏れは多い。
 配置の最適化すらされていない。
 そして見えないから詳細な検索をしなくてもいいという思い込みが加わり、それが常態化する。
 問題の先送り。

 手を大きく振ってほ全ての窓を閉じた。

 物理的な接触が記録されたのはアメリカ型。
 そしてシューニャが接触したナマコ型。
 他のは無い。

 またウインドウを開いた。

 ハンガリーのバルトークがイタリア型に接近。
 D2Mとの戦闘・・・。
 ログは公開されていない。
 本部委員会、一部のプレイヤーのみが閲覧可能・・か。
 餓鬼共は読んじゃいねーだろうな。

 ブラック・ナイトが重力センサー以外に引っ掛からないのは共通。
 アメリカ型は日本・本拠点に巻き付いた。
 重力のオン・オフが出来ることを意味する。
 しかし、それが同じアメリカ型ならの話だ。
 サイズも違いすぎる。
 ナユタ作戦で接敵した際は遥かに巨大。
 天体クラスと言っていい。
 同一体ならサイズも変えられることを意味する。
 それともナユタのエネルギーを吸収して巨大化したか?
 サリーはそれを意図していた・・・。
 取引と関係がありそうだ。

 椅子に寄りかかる。

 なまじ不確かな情報が多すぎる。
 ソナー画像の枚数も少ない。
 アメジストを警戒してのことだろうが・・・。

 シューニャ・レポートを再びウィンドウに開いた。

 シューニャが飲み込まれた黒い塊。
 あれもブラック・ナイトとカテゴライズ。
 以後それらしき形状の奴は見つかっていない。
 シューニャは 黒ナマコ と呼称か・・・。
 ブラック・ナイトというカテゴリーは重力とセンサーに映らないという共通項以外ほぼ無いように思える。
 黒ナマコも重力圏を纏っていた。
 だが、シューニャが記録した重力グラフと影響範囲、先の接触で餓鬼共が記録した結果と違い過ぎる。
 サイズ差の影響か、個体差か?
 重力の向きもまるで違う。

 レフト・ウィングの事象をタイムラインログで開いた。

 明確な意図をもってナユタの発射。
 生還は想定外だったんだろう。
 恐らく道ずれにするつもりだったんだろうな。
 それで何を得るよイシグロ。いや、サリー。
 エネルギー爆発を使った重力ターン、大博打だ。
 餓鬼が先導。
 先導したプランナーはエセニュートン・・・。

 プランの中身を開く。
 数列が並んでいた。

 この短時間で・・・コレを?
 事前に仮説を立てていたか、何かを知っていたか・・・。

 黒ナマコに突入したシューニャは生還。
 記憶は消失。
 STGの本船コンピューターに記録無し。
 何故アイツだけ?
 他の連中は植物状態のプレイヤー達だろう。
 日本の地上波で報道されなかった。
 イギリスのBBCでは盛んに報道されていたが日本のメディアは無視。

「おい、お袋さん。ブラック・ナイトの判定基準を具体的に言え」

 どこの資料にも記載されていなかった。
 この質問だけはしたくなったが、仕方ねぇ時間が無い。

 モニターに膨大な数値と数式が出る。
 それは何十ページにも及んでいる。
 一見すると説得力がありそうな数式。

 判らないから自らに嘘をつく。

「最大公約数で、赤ん坊でもわかるように口頭で言え」
「地球人の基準です」
「誰が設けた」
「数万人に及びます」
「さっきの数式はなんだ?」
「それらの結果から共通項を見出したものです」
「ちょっと待て・・・・その地球人共はどうやって見分けた?」
「それを ブラック・ナイト と呼称しました」
「はあっ?!」

 なんという非科学、なんといういい加減さ。
 何処の馬の骨とも知らない地球人が「ブラック・ナイトだ」と言ったから認定したのか。
 あの数式は共通項から割り出した計算式?
 単なる後付け!

「地球人の判断基準を除いたお前たちの根拠を言え」
「それは開示出来ません」
「何故だ」
「機密情報です」
「その情報は幾らで開示する?」
「交渉外のものです」

 とんでもねぇ。
 コイツらは本気で自分達で開拓したもの以外は認めない。
 例外もねぇ。
 とんだ罠だ。

 共通の敵に対してもその態度。
 武装は提供するが情報もアドバイスも手助けも何もしない。
 その癖、メリットは享受できる。
 いざとなったら、この本拠点すらどうとでも出来るんだろ?
 首根っこを抑えられる。

 大型モニターに目を移した。
 ソナー・マップがグリーンで描画。
 アメリカ型とされたエイのように見えなくも無い物体。
 解像度が低いが故かもしれない。

 この静止画像を捉えてからの経過時間が表示されていた。

「裸眼と違う印象・・・」

 アメリカがソナーによる違反行為に沈黙しているのは妙だ。
 そもそも索敵ポッドが配置されていない。
 ココは言うなれば国境線。
 最も警戒して然るべき領域。
 アメリカ本拠点は地球に向かっていると考えるべきか。
 だが連中がマザーとオンラインなら行けない。
 マザーを裏切ったのか、それともマザーとの取引なのか。
 アメリカ大使館に動きは無い。
 国際連盟のオープンチャンネルにも混乱なし。
 それもダミー?

 この宙域の管理者はマザー。
 個別に契約している宇宙人がいるのも明らか。
 治外法権的な動きをしている。
 そいつらに対しマザーは強制権を使ったことは過去に無い。
 許容された存在。
 目指すはサイトウ・・・理論的には居るはずもない存在。

 地球はマザーにとって目的達成見込みが無ければ損切りするだけの星。
 所詮は文明星の一つに過ぎない。
 駒の一つ。

 当事者の地球人は何が起きているすら判ってない。
 どのアングルから見ても詰んでいる。
 シューニャに何らかの秘密兵器があったとしても局所的な影響に過ぎないだろう。
 そんなんで解決するなら宇宙人共が既にやっていないとおかしい。

 リクライニングを倒しフラットに。
 頭の後ろで手を組む。

 先入観は危険だが必要でもある。
 特にカオスにおいて観念は武器になる。
 一方で観念の方向性が間違っていれば自身への致命傷になる。
 仮説は必要だが無数に増えるのは危うい。
 そして仮説は観念を生む。
 事実を前にした際に仮説をどのタイミングで外すか・・・。

 参ったな。完全にお釈迦様の掌の上だ。
 制御出来ることが余りも限られる。
 せいぜいコントロール出来て、地球最後の幕をどう閉じるかぐらいだ・・・。
 勝ち方より、負け方の方が遥かに難しい。
 少しでも情報が欲しい。

(シューニャ・・・お前も宇宙人と契約した口だろ?)

 通信が入った。
 調査小隊からだ。

「動きました!」

 リクライニングを起した。

「肉眼で確認したか?」
「はいっ!」
「アクティブ・ソナー、用意!」
「リョッ!」
「警告、」

 義母から。

「カラクリ、このソナー発信に伴う音声警告をミュート!」
「ミュートにすると別途ペナルティーが加算されます」
「ペナルティにならない程度で音量を絞れ」
「かしこまりました」
「一秒サイクル、発射!」
「発射!」

 ソナーマップからアメリカ型ブラックナイトが動ているのが見えた。
 メインモニターには何も映っていない。
 その動きは大きなものではなく、振動しているように見えた。

「肉眼で見た様子を伝えろ」
「表面に模様? が浮き出てきました」

 ソナー・マップからは確認できない。

「続けろ」
「地割れ?・・・のように、無数のひび割れが出来てます」
「マホガニー隊、換装完了。発進します!」
「待て。スターゲイトを座標にセット、待機」
「リョ!」
「続けろ」
「リョ! ひび割れが全体に広がっております。広がり、割れた状態が、細かくなっています・・まるで、乾燥してひび割れているような・・・えっ!」
「どうした?」

 ソナーの動きでは何が起こっているか判然としない。

「カラクリ、ソナー・マップの解像度を上げろ!」
「出力・情報共に不足です」

 画面にはソナーの解像度を上げる条件がズラリと並んだ。
 アースは上から下まで一瞥。

「わかった。続けろ」
「脱皮? 表層が浮き上がっているようです!」
「それで」
「表面に出来た地割れのような黒い物体が、先ほどまで宙空にただっよって、脱皮のように見えたのですが、その表皮のようなものが、本体を離れ再集合しているように見えます!」
「ソレはどう動いている?」
「・・ロープのように、一本のロープように纏まって伸びてきました!」

 変形・・・編隊・・・? 

 メインモニターが一度赤く明滅。

「緊急警報発令。
 アメリカ本拠点防衛宙域において、敵宇宙生物が補足されました。
 条約に則り、日本・本拠点は直ちに迎撃に向かって下さい。
 繰り返します」

 アースが立ち上がる。

「なんだと!」


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