STG/I:第百五十話:信頼


 

「何が起きているの・・・」

 

 マルゲリータは本拠点に戻ってきた。

 自分と部隊で作ったマップに従い、スターゲートを二段階に分け、最後は高速航行から着艦。

 一気に跳んだ方が速いが、自身の直感を信じた。

 そして、改めて本拠点のマップが誤っていることを確認した。

 

 着艦許可は自動で行われ、オペレーターからの返事はない。

 それそのものは気にしなかったが、センターロビーで異常に気付く。

 

 静か過ぎる。

 

 先ほど帰還した時とは真逆。

 またしても浦島太郎になった感覚を受ける。

 自分だけが何か大きな流れから取り残されている気がした。

 

 胃の底がゾワゾワ。

 あの時の遠征帰りと同じ。

 その正体がわかった。恐怖だ。

 マルゲリータは自分の身体が無意識に震えていることに気づく。

 目をつぶってシューニャの顔を思い描く。

 

 そしてあの日の出来事。

 カーゴから出て来たアメジスト。

 危機を前にして温度差のある仲間達。

 事実を前にしても信じない。

 遠ざかるシューニャのSTG。

 込み上げてくる恐怖と、情けなさと、無力さ。

 

 強く、長く息を吐くと、腹に力を入れる。

 毛は短くなりショートになった。

 彼女は走り出す。

 

 本部も人数が少なく、エイジの姿が見えない。

 そればかりか、ミリオタ、武者小路、イシグロの姿も無い。

 彼らの姿は誰かしらいつ何時でも見えたのに。

 

 ここで気づいた。

 サインボードにイシグロがログアウトとある。

 かなりの人数がログアウトしている。

 こんなことは見た事が無い。

 まるで大戦前。

 あの時も多くのプレイヤーは身の危険を感じ去って行った。

 

 本部のログデータにアクセス。

 ミリオタはプライベートルームに居た。

、エイジと武者小路、イシグロは会議中と知る。

 

(STGアメリカ特定国際協議中?・・・予定時間を過ぎている・・・)

 

 自分が帰ってきた所が間違いなく日本・本拠点であると実感した。

 ログには、首相動静のように行動履歴が自動的に要約され記録される。

 一般搭乗員は見ることは出来ないが、本部の特定役職は見ることが出来る。

 宰相動静は一般にも公開されていた。

 個人レベルでも公開・公開範囲限定・非公開等が選べる。

 ログには、自らが警告した多国籍軍の接近、その後の攻撃、バルトーク隊の仲介、そして休戦協定、一時間後の協議だと流れが記録されている。

 

(どうしてこんな時に皆ログアウトしているの?)

 

 本部の一定階級の搭乗員に認めれた緊急コールサインをエイジに送る。

 だが、義母から拒否。

 

「お義母さん。急ぎなの。どうしても知らせないといけないの」

「特定国際協議は該当ユーザーのみ入室や連絡が許可されておりますが、マルゲリータ様は許可されておりません。如何なる理由でも協議終了まで介入は出来ません」

「急ぎなの! 大急ぎなの!」

「出来ません。STG国際連盟法の決定事項です」

「じゃあ、何時終わるの?」

「不明です。終了予定時刻は過ぎておりますが、協議終了するまで連絡手段はありません」

「緊急警報も流れないの?!」

「それは流れます。本拠点に著しい危険が迫る等、例えば隕石型宇宙人の侵入が検知された場合、放送されます」

「だったら、隕石型宇宙人の攻撃が始まるの! 直ぐにアラートを出して!」

「検知されておりません」

「んー・・検知されてからじゃ遅いこともあるじゃない!」

「放送は脅威を検知された場合に限られます」

「でも! 索敵ポッドの範囲には限界があるから」

「日本・本拠点の索敵ポット数は全国トップです」

「そういう問題じゃないの!」

「他には何か?」

「もう・・・頑固ババア! わからづやっ!」

「以上、通信終わり」

  

 マルゲリータの頭上にペナルティポイントが灯る。

 

「マッシュちゃん! ミリオタさんに繋いで!」

「プライベートルーム内は退室するまでアクセス出来ないマッシュよ」

「うー・・・・」

 

 マルゲリータは地団駄を踏む。

 

「だったら、判らせればいいんだ・・・」

 

 兎に角、索敵ポットを巻きまくる。

 遠く、出来るだけ遠くの位置で検知さえすれば、アラートは鳴る。

 私の役目を果たすことが結果的に皆の為にもなる。

 そう言えば中にも設置するって・・・急がないと。

 

「マスターマルゲリータ!」

「あっ! ビーナスちゃん! 静ちゃん!」

 

 ビーナスと静が駆けつける。

 二人に勢いよく抱き着く。

 

「シューニャさんから連絡があったの!」

「本当ですか!」「誠ですか!」

「これを」

 

 彼女は両手の人差し指を突き出した。

 二人は即座に理解し、指を合わせる。

 

 マルゲリータはシューニャの指示に従いネイルチップに指示内容をダウンロードしておいた。

 ネイルチップは爪状の記憶媒体で、爪の上に張り付ける。

 一般的なリーダーでは読めないが、STGやパートナーは直接リードが可能。

 左はビーナス、右は静。

 

「マルゲリータ様、書き込みを許可して下さい。この最中に起きたことを纏めておきました」

「ありがとうビーナスちゃん!」

「マスターマルゲリータ、不躾ですが私も許可願えれば幸いです」

「勿論、静ちゃん!」

 

 静の目つきが変わった。

 

「マスターマルゲリータ、感謝致します。ご武運を・・・」

 

 両手でマルゲリータの小さな手を包み一瞬強く握ると、滑るように走り出す。

 脚部のスラスターを噴出。浮く為というより機敏に動く為のようだ。

 

「マルゲリータ様、本部内のスキャナー設置は私と静に任せて下さいませんか?」

「やってくれるの?」

「はい。マルゲリータ様の装備補充は直ぐ終わります。部隊を率いてポッド配布へ向かって下さい」

「それよりどうしよう・・・。これを読むとシューニャさんは私の思いつきみたいな言葉から配置マップを考えているでしょ。もし私の仮説が間違っていれば・・・自信が無いの・・・。」

「マルゲリータ様・・・誰であっても全てを知ることは叶わないでしょう。そこは・・・信じて賭けるしか無いのではないでしょうか。シューニャ様は、マルゲリータ様を信じて、賭けたのだと思います。それにマスターは慎重なお方です。何の根拠もなく信じたわけでも無いと思うのです」

「ビーナスちゃんの確率はどう出てる?」

「・・・一旦ここは確率を忘れましょう」

「ビーナスちゃん・・・」

「正直なところ、確率を言えるほどの情報は集まっておりません」

「・・・ありがとう。多分・・・そうね。私・・・賭けは強いかも! 昔からよく当たり引くし!」

「では、やりましょう!」

「うん! 絶対また会おうね! フラグなんて折っちゃうから!」

 

 ビーナスが柔らかく抱きしめると、次の瞬間お互い別々な方に走り出した。

 

 

 武者小路は彼らを見ていた。

 まるで魔法のように何処からともなくディレクターチェアを出し寛いでいる。

 そればかりかケータリングまで。

 

 エイジと武者小路は時間の猶予を与えられる。

 

 その光景はまるでブラックだ。

 夢か現か判断出来ず緊張を漲らせている二人。

 対してあのリラックス。

 何かが、妙に引っ掛かる。

 第六感のようなもの。

 意識外の違和。

 

「エイジくん、彼女らは嘘を言っている気がしてならない」

 

 さっきまで自分はログインしたままマンションの自室に居たはず。

 だが、それは彼女らによって否定された。

 

「この世界は全て作っています・・・。押さない限り、現実には覚醒しません。ココは高度な仮想空間で、主要な感覚共有も可能な特殊な方法で接続されております。チープなサービスは既に民間でもあります」

「仮にそうだとして規模が桁違い過ぎる。どうしてここまで出来る?」

「アメリカや同盟国の全面バックアップがありますから」

 

 そうかもしれない。

 違うかもしれない。

 何が本当で、何が嘘なのか。

 答えを知っている側はなんとでも言える。

 彼女らは、判らないなら押せと言う。判りようが無いとも。

 圧倒的に不利な状況。

 徐々に武者小路の心が押すことへの肯定感が増してきた時、エイジがボソリと言った。

 

「僕はココに残ります」

「・・・君は知らないだろうが植物状態というのは大変な事なんだぞ」

「何となくわかります・・・」

「こんな時に嘘をつかなくてもいい」

「嘘じゃないです」

「これだから子供は・・・」

「僕の居場所はココなんです。仮想か現実かは問題じゃない・・・」

「本当に良いのか? よく考えろ」

「武者小路さんは行って下さい。もし残ることが間違いだったら、教えてください」

「ほら!」

「いえ、僕じゃなくて、皆に知らせないと・・・」

 

 この時、全身を恥という槍が貫いた。

 この瞬間まで自分のことしか考えていなかった事に気づかされた。

 この子供は当たり前のようにその他隊員のことを考えている。

 その上で自分だけは残るつもりなんだ。

 

「連絡出来ない可能性は大いにあるぞ・・・」

「だとしたら、それは嘘をついているってことじゃないですか?」

「どうして?」

「あの方達は協力的に見えます。助けたいと言ってます。だったら、助けてくれる筈です。連絡すらさせてくれないのなら・・・おかしい。嘘をついている」

「・・・ちょっと待て」

 

 武者小路は立ち上がり、向こう側を見た。

 

「あの、ちょっとよろしいでしょうか。どれぐらい待てますか?」

「お好きなだけ。ただ、ここではオートイーティング等は働かないので注意して下さい」

「であれば、一旦休戦協定を延長して、後日再協議し直すでは?」

「それは出来ません。決裁権のターンに入っておりますから。残念だけど・・・」

「無知で申し訳ない。決裁権とは?」

「この場合、そのスイッチを押して現実に戻るか、戻らずに脳死を選択するかです。繰り返しになりますが、後者を選択した場合、私達の保護な無くなり、数日内に生命維持装置が外され死亡します。残るという決断は、それを許可するということです」

 

 武者小路は息をのんだ。

 

「貴方達の研究に参加したのですから健康管理をするのは義務では?」

「それは同意した場合に限られます」

「それはおかしい!」

「入眠前の契約でそうなっており、貴方達はサインされております」

「その契約書を見せて欲しい」

「それはこの場では出来ません。覚醒すれば幾らでも」

「後で押すことは出来ないんですか?」

 

 エイジが割って入った。

 

「やり直しは出来ません」

「貴方達の言う・・・そう、貴方の言う現実で私はどんな職業ですか?」

「ごめんなさい。コンプライアンスの都合で言えません」

 

 俺の嫌いな言葉コンプライアンス。

 本来の意味を捻じ曲げ、権力者側が逃げ口上の為に使われる便利な言葉に成り下がっている。

 

「本人が知られても構わないと言っても?」

「ええ。そういう問題じゃないですから」

「わかった。もう少し待ってくれ」

「判りました」

 

 二人は椅子に座り直した。

 この椅子もどこからともなくいつの間にかそこにあった。

 最初は無かった。

 明らかに場をコントロール出来るのは連中だ。

 ある意味、この椅子ですらメッセージなんだ。

 お前らには敵わないという。

 

「エイジくん、どうする?」

「僕は帰りません」

「二度と戻れない。死ぬかもしれないんだぞ」

「僕は・・・ココで死ぬのは嬉しいです」

「あのさ・・・」

「それに、可能性が無いとは限らないじゃないですか」

「アッチはゲームメーカーかもしれない。作っている側だ。敵いやしない」

「仮にココで僕の人生が終わるなら・・・僕は幸せです」

 

 これだから子供は嫌いだ。

 なんの深慮もなく、先も見通さず、簡単に今この瞬間の思いだけで大事なことを決める。

 娘もそうだ。

 今の日本に居るくらいなら海外で学校を卒業した方が絶対いい。

 なのに金にもならない文化活動とやらに・・・。

 いや、今はいい。

 

「彼らの言っていることが本当なら死ぬんだぞ」

「それでいいです」

 

 現代日本人ってのはココまで浅薄になったのか。

 このゲームを安楽死マシーンだとでも思っているのか。

 

「武者小路さん」

「なんだ」

「さっきイシグロさんが、こう口を動かしていたんですど、なんだと思いますか?」

「口?・・・アイツの口なんてどうでもいい」

「イシグロさんて、あんな顔しないと思うんです」

「お前が知らないだけだろ。・・・待て。もう一度やってみろ」

 

 エイジは口を動かした。

 

「ウホ、ですかね?」

「馬鹿か、意味がわからな・・・」

 

 またエイジが口を動かした。

 

「ウソだ・・・」

「ウソ?・・・何が嘘なんですか?」

「恐らく、連中の言っていること。ということは・・・この提案は受けるべきじゃない」

「どうしてですか?」

「押させたいんだ連中は。そこには裏がある。もっともイシグロを手放しに信用は出来ないが、相手の意図が解らない間は迂闊に了解してはいけない」

「そうなんですか・・・」

 

 連中は無関心を装い談笑している。

 壮大な実験。

 あると言えばある。

 素人からすると一見意味不明な実験は多い。

 意図を知らされる場合と、知らされない場合もある・・・。

 主催者側が責任を負わない旨の了承サインもよくある。

 嘘には知られたくない不利な条件がある。

 それとも、イシグロのこの行動そのものが仕組まれたもの・・・。

 

 武者小路は立ち上がると装置の前に歩み寄った。

 

「意思が固まりましたか?」

「ああ。・・・俺たちはココに残る」

 

 向こう岸に明白な動揺はない。

 動揺しているのは彼女だけ。

 

「しかし・・・それでは・・・」

「脳死、植物状態になる。ですよね。彼は構わないと言っている。私もそれでも構わない」

「僕は・・・起きなくていいです」

「エイジさん、現実の貴方は苛められても居ないし、両親ともご健在なのですよ」

「僕は・・・苛められていません・・・」

「可愛そうに・・・。この成績で目が覚めれば、一生楽な暮らしが出来るのに・・・」

「いらないです・・・だって・・・」

「ちょっと伺いたい」

「どうぞ」

「私が結婚していて、子供がいることもご存知でしょうか?」

「はい」

「子供は何人?」

「一人です」

「性別は」

「女性」

「歳は?」

「五歳」

「五歳・・・・」

「はい」

「違う。・・・それは娘の写真の年齢だ」

「いえ、五歳です。現実の貴方の娘さんは」

「・・・俺の娘は死んだ。5歳の時に、事故で・・・」

「貴方達が疑心暗鬼になるのも無理はありません。また、申し訳ありませんが、あまりにも細かすぎる設定はAI任せなのです。常時数万人規模の変化を、作られた歴史を、全て把握しているわけではありません。だから齟齬はあるかもしれません」

 

 妙に説得力がある。

 回答に自信があり淀みない。

 嘘にも動じなかった。

 娘は死んで無い。

 五歳でもないが、言訳も自然だった。

 動じているのはエイジくんだけか・・・。

 そんな哀れんだ目で俺を見るな。嘘なんだから。

 現実なら恐らく君ぐらいの年齢かもしれない。

 君とは大違いなほど優秀で美しいが。

 

「判りました。もう少し考えさせて下さい」

「どうぞ。私は別な仕事に戻らないといけませんので、他の担当が当たります」

「いや、担当変更は許可出来ません。貴方が最後まで責任をもって下さい」

「ちょっと失礼」

 

 D と名乗った白衣を着た男が前へ出た。

 

「決裁権は私にあるので、彼女は居なくても影響はありません」

「それは判っております」

「武者小路さん、いいんじゃないですか?」

「いや、こういう時に交渉相手は絶対に替えるな」

 

 彼女は後ろの数人とコソコソと話すと頷いた。

 

「判りました。私の仕事は他の者に回し、私はココに居ます」

「それでお願い致します」

 

 彼女と話していた三人の姿が消えた。

 気になる。

 椅子や人は出たり入ったりしている。

 それなのにコッチは出来ない。

 それを突っ込んだところで体よく嘘をつかれるだけだろう。

 

 焦らせる気配も無し。

 詐欺は焦らせる。

 でも、テクニカルな詐欺師は長いスパンでモノを見る。

 蛇が獲物を締め上げるようにゆっくりと絡めとる。

 そして、その時が来た時に一気に・・・。

 

 状況が整う前に対処しないと手遅れになるぞ。

 言葉の羅列では馬脚を表さない可能性が高そうだ。

 アクションを起こさないと。

 

 それともこれは何かの時間稼ぎなのか?

 嘘にしても、スパイのイシグロがどうしてそれを我々に伝える。

 反目しているのは芝居かもしれない。

 アースが何か言っていたな・・・ヤツは何を知っている? どうして知っている?

 誰が敵で誰が味方か解らなくなってきた。

 

 エイジがじっと見つめている。

 

 その同情の目は止めろ。

 嘘を説明するのも面倒だ。

 

「武者小路さんは押してください」

 

 動くか・・・しかし・・・リスクが大きすぎる。

 

「もし事実なら、三時間以内で何らかの方法で知らせてください。なんの知らせも無かったら嘘だと思うことにします」

 

 この子は不思議だ。

 妙に自信がないかと思えば、今は揺らぎがない。

 彼なりの人生の修羅場をくぐってきたのか・・・。

 少なくとも・・・君は信用出来そうだ。

 

「わかった。虎穴に入らずんば虎子を得ず・・・。もしもの時は武田隊長に助言を求めるといい。私が唯一絶対信頼できるお方だ。必ず力になってくれる。手首を出して」

 

 エイジが右手を武者小路に差し出す。

 武者小路は手を握って手首を捻ると親指を強く押しつけた。

 彼の部隊紋章がプリントされる。

 そして手に印籠を握らせる。

 

「我が隊は外の者に煩い連中が少なくない。でも、これを見せれば隊長は必ず会ってくれる」

「・・・わかりました。ありがとうございます!」

「こっちこそすまない。残る方が危険かもしれないのに」

「いえ、僕はココに居たいんです」

「やろう」

「はい!」

コメント