STG/I:第百四十三話:原理原則

 


「馬鹿なお前らに簡潔に説明してやる」

 アースは真顔になると言った。

「敵を知り己を知れば百戦危うからず。
 だがな、その前にもっと必要なことがある。
 俺が強いと言われる所以だが、秘密でも何でもない。
 原理原則を踏み外さない。

 具体的に一つ上げてやる。
 ルールだ。

 戦いには常に有形無形のルールを伴う。
 ゲームなんか正にそうだろ?
 それが頭に入っている必要がある。
 血肉になってりゃ幸いだ。
 敵や自分が強いか弱いかはその後の話。
 理解出来ないヤツは結局んところ勝てない。
 目の前の戦いには一度や二度は勝ってもな。
 特に大きな戦いは偶然では勝てない。

 そしてルールにはシナリオがある。思想がある。
 それを読み取れば勝つ為の作戦が見える。
 後はそれを消化しつつカオスを読む。
 単にそれだけだ。
 それらを踏まえた上で、
 今回の戦いがどうかと言うと、

 勝てない。

 地球は終わり。
 それは、この銀河の破局の始まりも意味する。

 人間はまんまと欲という餌につられ自ら引き金を引いたわけだ。
 後はせっせと墓穴を掘った。
 連中の作戦通りという訳さ。

 残された時間は少ない。
 想定外も幾つかあったようだが大局的には予定通りだろう」

 作戦室は静まり返った。
 天球型モニターが煌々と光り、ゆっくりと回っていた。
 息遣いも聞こえてこない。

 エイジはシューニャの顔を思い出していた。
 時折見せた沈痛な面持ち。
 抱えているだろう大きな荷持を想起させる。
 時折見せる焦りのようなもの。
 降って湧いたような作戦。
 素戔嗚と天照。
 史上最大の作戦。

(気づいていたんだ・・・)

「まんまと馬脚を露したな」
 イシグロは歩み出ると声を上げた。
 エイジが彼を不安そうな顔で見た。
「何が、ですか?」
 イシグロはエイジを見ず、真っすぐアースを見ていた。
「地球人と宇宙人との契約は公開されていない。つまり嘘だ」
「間抜け」
 間髪入れず返す。
「一般搭乗員に、だろ? 今の俺は一般搭乗員か? そしてお前も(エイジを顎で指す)サリー・・・テメー知ってたんだろ? お前もD2M同様に地球を売ったおこぼれを貰える予定か?」
 騒めいた。
「どういうことですかイシグロさん!」
 アースを見据えたまま目を見開くイシグロ。
「どっちが馬脚を露したんだろうなぁサリ~。テメーは昔から詰めが甘いんだよ。卑怯者のサリー。未だに語り草だ・・・」
「貴様がっ!・・・・」
 言葉が続かなかった。
 直ぐに何時もの平静な彼が戻って来た。
「サリー・・・」
「その名で呼ぶな・・・」
 呟くように、唸るように、恫喝する。
 武者小路は目を細め彼を見る。

「さて、間抜けが黙ったところで話を進めるか。
 んで、さっきの話だが・・・
 残された時間を楽しもうって訳だ。

 餓鬼、辛かったんだろ?
 わかるぜ。
 これが最後なんだ。
 憎たらしい連中をぶっ殺してやれ。
 この船の装備なら簡単だ。
 地球人からしたら今のアバターすら超人だ。
 そう考えるとワクワクするだろ?
 我慢して生きて来た甲斐があったな!」

 エイジが顔を上げる。
 ミリオタが離れた所で不安そうな顔で見ている。

「STG28で防衛圏を抜けることは出来ないのでは・・・」
 武者小路が言った。
「お袋さんがいればだろ?」
 面倒くさそうに応える。 
 武者小路は息をのむ。

「お前たち、やりたい放題できるぞ。

 映画みたいなことだってな。
 お前達が主人公だ。
 それこそ地球の軍隊なんぞ玩具だぜぃ。
 ピュン、ピュン、ピューン!
 ドカン! ドカーン!」

 アースは両手を銃のように構え、笑顔で撃つ真似をしている。
 子供のごっこ遊びのように。

 エイジは目を丸々とする。

 これまでの日々が嵐のように頭の中を巡ってくる。
 思い出したくない日々。
 圧倒的に苦しく悲しい記憶。
 それでも、その中に挟まれる煌めくような笑顔が見えた。
 母やシューニャを筆頭にSTGの仲間の顔が浮かぶ。
 小刻みに震えていた。

「お前らも童貞や処女のまま死ぬのはつれーだろ?
 最後だから好きにしろ!
 軍神の名において俺が許す!
 やりたいようにやれ!
 自由だ!
 それを、一緒にやろうぜぃ~」

 エイジの全身が震えている。
 口は次第に何かを求めて大きく開かれた。
 アースは両手を広げ自愛の表情を浮かべる。

「苦しかったなぁ・・・」

歩み寄ろうとした。

 その時。

「違う」

 エイジが言った。
 その声はけして大きく無かったが存在感があった。
 眼も口も大きく開かれた。
 震えが次第に小さくなる。

「最後のチャンスなんだぞ? ちったあ人生を楽しめよ、なっ」
「煩い・・・」
「カッコつけるな。無理する必要は無い・・・憎いんだろ? 憎いよなぁ」
「・・・」
「まさかお前殴られるのが趣味か? 違うだろ?」
「・・・」
「本心は殺したいほど憎いだろ?
 今なら出来るんだ。
 簡単に。
 報いを・・・」

 内容に反して優しい声。

 突然エイジは自分の両頬を思いっきり叩く。
 それは二度響き渡った。

「今、気づきました・・・」
「そうか!」
「はい・・・ずっと憎かった、です。どこか遠くで殺してやりたいと思ってました・・・死ねばいいのにって・・・」

 ミリオタが、武者小路やイシグロ、マッスル達がエイジを見た。

「そうだろ? 解ってる。そうだろ~よ・・・ようやく望みが叶うな」
「貴方に言われて、気づきました・・・」
「よし! やろう、共に!」

 武者小路の軍配を握る手に力が籠る。

「嫌です」

 アースの表情から熱が冷めていくのが感じられる。
 
「私は弱い! 弱い人間です!!」

 全身から発せられたように響く。

「なんの取柄もなく!
 才能もなく!
 意志薄弱で!
 身体も弱く、心も弱い人間。
 それが僕です!
 その、弱さが・・・そうした思いを育てた・・・
 クソ野郎です」

 張り詰めるほど静かになる。
 だが、アースだけが違った。

「そんなことは無い。
 お前は悪くない。
 悪いのはそいつらだ!
 アレなら簡単だぞ。
 ナイフのように刺す感触も残らない。
 銃のように反動も無い。
 反撃も食らわない。
 蟻を水で流すように簡単に始末出来る。
 だから心も痛まない。
 思い詰めること無いんだ。
 ゲームだよ。
 簡単に殺せる。
 殺したという感触もないほど簡単に」

 その声はどこまでも優しかった。

「誰も殺したくありません」

「嘘を言うな。
 正直になれ。
 最後なんだから。
 素直になれ。
 本当は殺したいよな?
 俺にはわかる。
 俺もそうだ」

 エイジは全身をブルッと震わせた。

「僕は・・・最後の一秒まで地球を守ります」

 静かだった。
 苦しいほどに。

 アースを除いて。

「勝てなくてもか?」

「はい」

 アースは皮肉に笑うと、脱力した。
 
「なら、好きにしろ。
 その時間が長ければ長いほど俺の天下が伸びるだけだ。
 お前が守っている地球で俺は好きなようにさせてもらう。
 三億人は、ぶっ殺したいんだよ。
『一人を殺せば犯罪者だが、百万人殺すと英雄になる』だそうだ。
 三億だど何なんだろうな・・・神か?」

 邪悪な笑みを浮かべる。
 マッスル三兄弟、イシグロ、武者小路の顔つきが変わった。

「狂信者め・・・」

 武者小路の甲冑が燃え上り、マッスルの筋肉は膨れ上がる。

「今のうちに言っておく。
 守ってくれてありがとうよ・・・。
 さ~て、楽しくなってきたーっ!」

 アースが踵を返した時。

「アカウントを凍結します!」

 エイジが叫んだ。

 マッスル達がガッツポーズ。

「イエスッ!」

 ミリオタを筆頭に驚いた顔達。
 未だに現実を理解出来ない者もエイジを見た。
 武者小路の表情だけ優れない。
 イシグロは何かに気づきコンソールを操作しだす。
 一瞬の間の後、アースは腹を抱えて笑い出した。

「傑作だっ! 腹いてーっ! やっぱ、餓鬼だなぁーっ!」
「武者小路さん、日本・本拠点宰相の名において彼を凍結して下さい! 本気です!」

 彼は力無く首を振った。

「どうして!」

 アースはまだ笑っている。

「餓鬼っ、餓鬼がっ、あー腹いてーっ! 言ってやれよ戦国馬鹿っ!」

「武者小路さん?」

「無理なんです。もう・・・
 彼らの大隊は・・・
 本拠点のコア人数を、今日、越えました・・・」

 イシグロがコンソールを叩いた。

「勇気をだすのが遅かったでちゅね~ちゅぱちゅぱぁ~」

 膝を叩いて笑っている。
 マッスルの顔が絶望から怒りに染まった。
 筋肉がはちきれんばかりにパンプアップ。

「餓鬼は餓鬼ってことで。笑かしてもらったわ」
「・・・なら解隊命令を!」
 武者小路がビクリとする。
「いいよ~してもね~。どうぞ~」
「それは許可出来ない!」
「どうして!・・・あっ・・・」
「あれ~おかしいな~その瞬間に単独で筆頭部隊になっちゃうな~、と、い・う・こ・と・わ~、あれ~僕ちゃんの狙いと違うぞぉ~」
「そんな・・・そんな・・・」
「参謀や周囲にもそっと真面な大人を配置するんだったなぁ。最も昨今は視野の狭いカスばかりだから無理もない。戦国馬鹿も悪くはなかったが、所詮はテメーを少々頭のいい戦略家だと思っている井の中の蛙。いい大学は出てるんだろうが、現実でもせいぜい秘書止まりって感じだろうな・・・」
 武者小路がビクリとし、アースを睨む。
「清濁併せ?むような芸当は出来ねーだろ。石頭のサリー、イシグロがいる時点でお察しだ。シューニャが居なかったのは運が無かったな。アイツなら気づいたろうよ。ヤツがいない時点で俺の勝ち確なんだわ、オッツ~」
「だからシューニャさんのことを気にして・・・」
「ヤツがいると色々狂うんだよ・・・」
「貴方は嘘をっ!」
「嘘は言ってねぇ」
「えっ?」
「ドラゴンリーダーに頼まれ来た。地球を救ってくれと。手段を問わないと。だがな餓鬼。無理なもんは無理なんだ。此奴は条件が悪いって次元じゃねーぞ。竹槍で高高度のB29落とせって話だよ。B29って知ってまちゅか?」
「はい・・・」
「竹槍で出来まちゅか?」
「・・・」
「無理だよな~」
「兄貴の投擲なら届く!」
 マッスル三男が吠える。
「馬鹿はさておき。お前さ、シューニャに相当感化されてんのな。お前の今の言いぶりで完璧に理解した。俺んところに居る連中と同じようなもんだ。アイツのこったから適わないのは気づいているだろうよ。だから、一分一秒でも長く守ろうという思想なんだろ。お前らがご丁寧にロックしている史上最大の作戦とやらも概ね想像が出来る。それは地獄のような作戦だろう。いっそ死んでくれと言われた方が清々しいような。奴はああ見えて甘くねーぞ。最も餓鬼共にそれを期待してるほど愚かでもね~だろ。自分なりの秘策があるんだろうな~」

 エイジとミリオタが反応を示す。

「だが、それをもってしても希望と言うには淡い。だから言わねーんだよ奴は。全部背負うつもりだ。希望にするには無茶過ぎるからな。この作戦は縋るには恐ろしいぞ。嘗ての戦争のように凄惨なものになるだろう。俺に言わせれば勝つ確率が無い時点で糞な考えだ」

 エイジの顔が変わる。

「クソは貴方だっ!」
 アースが微笑む。
「じゃあ、お前らは戦う。俺たちは地球を征服するってーことで合意だな」
「合意では無い!」
 武者小路が吠える。
「勝手に決めるな!」
「巫山戯るな!」
「裏切り者!」
 幾つか声が上がった。
 だがその声は少なかった。
 ほとんどの搭乗員は暗く項垂れている。
「仮に防衛圏を抜けても地球では武装は使えないんじゃ・・」
 声が聞こえた。
「はい、そこ~、馬鹿はっけーん」
「だってそーじゃん!」
 別な声が上がる。
「言っただろ。ママが、い・れ・ば、な?」

 騒がしくなる。

「今動いているのはマザーじゃないの?」
「いや、今のは義母って言ってただろ」
「何が違うの?」
「・・さー・・・」

 騒ぎが大きくなる。
 アースはそれをニヤニヤと黙って見ている。
 エイジは脳をフル回転していたが妙案は浮かばない。
 武者小路は無線を使い武田に報告しているようだ。
 イシグロは目を瞑り何かを考えている。

「てーことでだ今日は寝るわ。疲れちまった。
 全ては明日から。それまで無い頭でせいぜい考えるんだな。
 腹を決めておけ」
「待って下さい!」
「あん?」
「アース・・さんの、考えている地球のタイムリミットを、教えてください・・・」
「君は誰に何を・・・」
 武者小路は言い掛けたが止めた。
「ふーん・・・」
 値踏みするようにエイジを見る。
「始まったら一週間だ」
「えっ?」
「思ったより長いと思ったか?
 だから、あめーんだよ。
 いいか、肝を据えろ。
 じゃあな、オヤス!」
 手を上げるとホログラムが消える。
「まだ聞きたいことが!」
 ログインサインはグレーアウト。
 ざわめきは次第に大きくなる。 
「一週間・・・」
「どんな根拠があって・・」
「無視も出来ないが・・・しかし・・・」

 中途半端に短い。
 多くが一日と持たないと考えていた。
 数時間で雌雄を決すと。
 どう自分の中で解釈していいか理解できない。
 言い換えると、迫りくる死をどう受け止めていいか消化できない。

「なんで一週間なんだ・・・」
「義母さん、天照と素戔嗚の進捗を!」
 エイジは叫んだ。
「目標に定めた理想値に対し七〇%。
 最低作戦実行ライン、標準ラインは既に越えております」
 シューニャのお膳立てが無ければ最低ラインすら危なかった。
「シューニャさん・・・」
 エイジは胸を強く握る。
「帰還報告」
 義母の声。
 多くの者がギョっとし、天球型モニターに視線が注がれる。
「STGトーメイト、STGホムスビ帰還しました」

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