STG/I:第百二十話:兆し

 

「私が疑うのは、」

 シューニャの声で我に返った。

「マザーが犯人というのは余りにも明らか過ぎる。単純過ぎる。まるで彼女を犯人に仕立てたいかのようです。多くの場合、近間で物が失われた時、傍から疑うじゃないですか。全く通りすがりのケースとか、偶然とか考えない人が多い」
「当たり前だろ。ほとんどの原因は身近にある」
「明らかなケースはありますからね。でも、相手と状況で斟酌すべきです。事と次第によっては手遅れになります。例えば、三億円事件。グリコ森永事件におけるキツネ目の男。ビジュアルのインパクトがあると囚われる。そこから離れられなくなる」
「お前・・・さっきから何が言いたいんだ・・・」

 俺は言葉は信じねえ。
 演説するヤツは必ず意図がある。
 人間は行動が全てだ。
 本心は行動にしか出ない。

「地球はサイキさんにかかっているんです」
「それを言い始めたのは俺だろ?」
「はい。そこで気づかされました。我々と地球側は一蓮托生なんだって。だから理解しておいて欲しいんです。私達が驚くほど無知なんだと・・・自覚すべきです。情報量と、その処理能力で圧倒的に負けている場合、劣る側に出来ることは幾らも無い。とにかく情報収集を怠らないこと。何より柔軟な発想やそこから来る奇策の立案と実行。最後の望みは外交交渉だけなんだって思うんです・・・」
「隕石に外交が叶うと思うのか?」
「あれは無理でしょう。単なる自然現象ですから。交渉相手は宇宙人達ですよ」
「ノアの方舟でも造ってもらうってのか?」
「なるほど・・・それも一つの手かもしれませんね・・・」
「冗談だよ。もし連中がその気ならサンプルはすでに回収済だろうよ。・・・あのな、お前より外交経験が少しはあるが、外交はカードの切合だ。地球人にカードはあるのか?」
「・・・」
「だよな。無いんだよ!」
「いや、無いとは言えない・・・」

 サイキは苛立ちを顕に睨みつけた。
 シューニャの「言いたくとも言えない顔」を見ると、背中から転がるように大げさにソファーに身体を預ける。
 本皮のソファーが鳴った。
 革の匂いが鼻孔をつく。

「・・・無知ってのはわかった。気をつける。俺たちは相変わらず何もわからずじまい。それは同意する。いや・・・お前の言う通りだ。言われて気づいた・・・俺たちは無知だ。全ての点で劣っている」

 シューニャは心痛な顔のまま何も言わなくなった。

「ところでだ、STG28が食い物なのは間違いないのか? 見ようによっては懐かしいアポロチョコやソフトクリームみたいだがよ」
「懐かしいですねアポロチョコ。私にとってはアレは盛り塩に見えますけどね。型に入れた盛り塩があんな感じですよね」
「盛り塩か、違いねー」

 サイキは笑ったが、その表情は硬かった。

「餌は恐らく結果です。目的では無いでしょう。意外な好物だったように思いますね」
「それまた随分と都合のいい解釈だな・・・」

 忍び寄るような眼でシューニャを見た。

「熊のニュースあるじゃないですか?」
「くまぁ?・・・どういう意味だ・・・あ~、そういう・・・」
「人間の味を覚えないように銃殺しますよね」
「たまたま食べてしまった・・・か・・・」
「サイキさんはご存知だと思いますが、STGは彼らで、隕石型宇宙人の鉱物で出来ていますよね」
「お前!・・・知ってたのか。俺は本部に入った時に知ったんだが。第二装甲板? だったか、そうだったな」
「あれは公共情報です」
「嘘だろ!」
「本当です。深く潜らないと出てきませんが。普通はそこまで読まないんですね」
「俺が知る限り本部経験者以外は誰も知らなかったぞ」
「ありましたよ。少なくとも搭乗員パートナーは知ってます。質問したら答えました」

 それは本当なのか?
 嘘なら・・・お前が実はスパイなんじゃないのか?
 いや、違う・・・俺の感が言っている。
 コイツは珍しく善良な人間だ。
 それでいて無垢では無い。
 だからいい。
 だから選んだ。

「なんでお前はそれを調べようと思ったんだ・・・」
「STG28がリアルだと知ったからです。エネルギー保存の法則じゃありませんが、無限というのは有り得ません。それで不思議でした」
「でもお前、宇宙人のテクノロジーなら可能かもしれないだろ?」
「そうでしょうか? テクノロジーに関係なく真理ってあると思うんです。原理原則です。出来ないことはあると思うんです」
「例えば?」
「物理法則を無視するとか、化学反応を無視するとか。例え宇宙人でも無から有は生み出せない。そんなことを思ったんです。だから、あれほどの機体をどこから資材を調達しているのか疑問に思って。我々からしたら遥かに優れたテクノロジーを所有しながら一方で明らかな限界がある。エセニュートンさんと兵器開発の検討とかしたじゃないですか。結構出来ない事が多い。そこで調べて、調べて、辿って、辿って辿って。それでありました。STG28のコアはマザーからの供給品ですよね」
「それも知ってるのか・・・」
「アレは寧ろ露骨です。だってコアだけ違うじゃないですか。取って付けたような感じだし。造形が他と違いすぎる。肌触りとか。受ける感じが全然違う。次元の異なる代物に感じて不思議でした。それで気になって調べたんですが、納得です」
「それを言うならパートナーなんてどうするんだ? 人造人間だろ? それこそ無限のごとく量産されてるだろ」
「いえ、寧ろ搭乗員パートナーのようなバイオ素材なら培養が出来るでしょ? マザーほどの文明からしたら簡単だと思います。実際培養装置はあります。整形施設もある。”始まりの部屋”?だったかな。名前までついてました。ですがコアは違う。製造していそうなプラントが無いんです」
「公開されていない情報であるってこともあるだろ」
「その可能性は勿論あります。肝試しを企画し、マップに記載の無いエリアを調べたりもしました。具体的には何もわかりませんでしたが。そこで立ち返って、無い情報は一旦横へ置いておいて、今ある情報で筋道を考えてみたんです。すると、コア以外全部揃っている。色々調べて判ったのですが、STG28の内部も相当な部分がバイオ素材です。第三装甲板はバイオ素材ですよね。ケーブルに相当するものもバイオ混交です。それだけ鉱物素材は貴重なんでしょう。特に生きた鉱物は」
「・・・すげーなお前。俺はずっと自己再生と自己製造かと思ってたよ。疑うことすら無かった。宇宙人なんだ、当然出来るだろうぐらいなもんだよ。だってSTGは自己再生が出来るだろ?」
「再生と製造は全く別ですからね。人間が食べなくてもある程度生きられるようなものです。それはリソースを食い潰しているに過ぎない。食べないわけではない。いずれ尽きる。それに、もしそうなら、再生ブロックはいらないはずです。かなりSTG28は地球で言うところのエコですよね。リサイクルしますから。でもバイオ素材は簡単に分解してしまう。なぜか? 生産出来るから。その辺は人間と同じです。簡単かつ無限に入手出来るものは直ぐ捨てる。貴重なものは使い直す」
「でもよ、STG28のパーツだって一定の距離離れると分解されるだろ? 必要なら分解しないだろ」
「あれはさっきの熊の話と同じですよ」
「あっ、そうか・・・捕食されないように・・・」
「はい。疑問だったんです。どうしてパージと同時では無いのか。コントロールを離れたら一定の猶予がありますよね。距離と時間の双方で」
「・・・なるほど・・・」
「ですが、STGIは別です。寧ろ寄せている。好物に。恐らく何度も実験を繰り返したのでしょう。確実にSTGIはブラック・ナイトとなにがしかの相関関係がある」
「餌用に発展した暴力装置・・・。お前、断言出来るって口ぶりだな・・・」
「仮説です。体感なので。根拠は示せません」
「体感・・・例えるならどういう感じだ?」
「蛇に睨まれた蛙。蛙であることを自覚した時にその関係性をわかる感じです」

(さっきの俺だ・・・)

 震えた。
 誤魔化すように荒々しく水を煽る。

*

”何かが始まる時、それは恰も突然のように見える。
 でも、その予兆は静かに、繰り返し、起きている。”
 シューニャ隊長発言集より。

「シューニャ隊長・・・助けて下さい・・・」

 マイルームに横になりモニターを見ているエイジ。
 目尻には涙の後。
 滲む眼でメモった”シューニャ隊長発言集”を読んでいる。

 会議は纏まらずに終わった。
 最後は対立の溝が明らかになり、深まっただけ。
 唯一まとまった意見により、マルゲリータを中心とする即席索敵小隊が即座に出立。
 彼女に申し訳なくて、情けなくて、一人になると知らず涙が出ていた。

(荷が重過ぎる)

 そもそもなんで自分が本拠点の宰相なんだろうか。
 宰相とは何かすら知らないのに。
 子供なのに・・・。

 エイジはシューニャの気になった言葉をメモっていた。

 これまで自分に何かを期待してくれる人は誰も居なかった。
 自分に意義のある言葉を投げかけてくれる人も居なかった。
 自分に暖かい眼差しで語りかけてくる人も居なかった。
 彼女だけ、シューニャ隊長だけ。
 それまでエイジに向けられる目線は、憎悪か寂しさだけ。
 このメモが彼にとってバイブルのようなものになっている。
 読んでいると元気になる。
 勇気を貰える。
 凹んだ時は何時も読んでいた。

 読み進めると、ある言葉が目に飛び込む。

”フェイク・ムーンがモニターから消えるようなことがあれば要注意なんだ。”

 その言葉に釘付けになった。
 身体を起こしていた。
 心臓がドキドキする。
 この辺りは意味もわからず、そのまま言葉をメモっていた部分だ。

”隕石型宇宙人の大々的な進行が始まる合図だと思っている。”

「大変だ・・・」

 知らず立ち上がっていた。

「ミリオタさん、ビーナスさん、静姫さん、大至急いいですか!」

 ケシャは居なかった。

*

「マジか・・・どうすんだよお前・・・」
 ミリオタの顔に披露と恐怖が滲んでいる。
 シューニャの言葉を荒唐無稽と捉えない者だけを呼んだ。
「本部委員を再度招集しますか?」
 ビーナスが言った。
 静は半眼のまま黙っている。
「無理だろあの状況じゃ。パニックを生むだけだ。俺だって頭ん中パンパンだよ・・・」
「でも規定プロセスから言って伝えないと」
 再びビーナス。
「だがよ・・・」
 静が見開く。
「エセニュートン様がログインしました」
 これを待っていたようだ。
「アイツはほっとけ! ヤツがいると話が混乱すんだよ!」
「エセニュートン様はシューニャ様とよく作戦の話をされてました」
「判りました。呼びます!」

*

「思ったより早かったね」

 エイジの招集に対し素直に従うと、彼は皆を見るなりボソリと言った。
 全員が不思議そうな顔をし、互いを視る。
 ミリオタは面倒なことになりそうだと眉をしかめた。

 ビーナスが彼の居ない間に起こったことを簡潔に説明する。
 彼は目を瞑ったまま聞き入ると、
 ビーナスの「以上です」の言葉とほとんど同時に、何の質問もせず応えた。

「これを見てくれ」

 指で窓を大きく縁取ると、セキュアモードで起動。
 素早く軽快にタッチ、ブツブツと言いながら操作。
 他のプレイヤーからはまだ画面が見えない。

 見えた。

 そこには大きくこう書いてある。

「地球最大の作戦プランB」

 ミリオタとエイジは、表題よりも「B?」と気になった。
 エセは当然のように無視すると、口を開く。
「彼曰く、恐らくこれが過去最大級の戦いになるそうです」
 その物言いは他人事で無責任さを感じさせた。
 エセはシューニャのことを彼と呼ぶことがある。
 中身は男であろうからだそうだ。
 それが気にならないほど二人は驚いていた。

「詳細は資料を読んでもらうとして。説明はパートナーから聞いて。私に質問するな。時間との戦いだから。複数の作戦を同時に進行させる必要がある。枝葉のプランは幾つか破綻するだろうが構うな。構う時間は無い。全てのプランにある”ゲート艦プロメシューム”は既に彼の戦果で三隻が建造済。五隻は欲しかったけど間に合わない可能性が高い。資源が枯渇しているようだから建造中のものは中止しリサイクルする。秘匿されているから強奪にも合っていない。ミリオタ、君は作戦名”須佐之男の矛”を実施する部隊を組み上げ準備してくれ。君の作戦が折れたら地球は終わりだ。心得てくれ。”一寸法師”の方が良いって言ったんだけどね」
 エセの陽気な反応に対し、二人は半ばパニクっていた。
「俺が?! なんで・・・そもそも、どこを!」
 答えずに言葉を続ける。
「エイジ、君には地球防衛作戦についてもらう。作戦名は”天照大神の盾”。君も折れたら地球は終わりだから。防衛部隊の編成と、必要な武装の準備に入ってくれ。他は、まあ、読んどいて。要はこの攻防になる。他の作戦は成功率に関係する部分ってだけだから」
「僕が?・・・そんな無理だ・・・無理だよ・・・」
「猫は・・・居ないと。彼女は具体的なプランに含まないから放っといて」
「あのクソ猫・・・いつも肝心な時に居ない・・・」
 ビーナスと静が横目で見合わせる。

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