STG/I:第百十九話:面従腹背

 

 エイジに対するイシグロの評価は「現実を知らない理想主義の子供」だった。
 彼曰く「衆人は愚か者」である。
 そのように教えられたし、事実そうだったし、歴史が証明している。
 自分は大したこともせず、産まれたての雛のように口を開けて餌を要求する。
 我が事を顧みず、他人には過剰な要求。
 ボンクラな貴族の三男坊のような者ばかり。
 貴族ですら無いに。
 実に醜い。
 世界は常に強引な指導者が必要。
 それが彼の持論である。
 これまでの独裁者は並外れた我欲や狂信的な偏見で失敗した。
 でも自分は違う。
 そう思っていた。

 マリを失うまで。
 
「いつ戻れる? もういいだろ?」
 忘れることが出来ないあの日のことを忘れる為、直ぐに復帰する。
 仕事に没頭した。
 上司から女性を充てがわれることもあったが断った。
 いつ敵になるかわからない。
 相手に付け入る材料を与えてはいけない。
 金はあったが女遊びは命取り。

 ある日、右上の奥歯が割れた。
 医師曰く、ストレスから来る噛み締めが原因らしい。
「ストレスを減らすように」
 医師は簡単に言った。

 日々の大き過ぎるストレスを始末する為に彼はゲームに没入していった。
 幾ばくかでも頭が切り替えられる。
 何より現実と違いゲームでは実力こそ正義である。
 それが良かった。
 多くの者が成果を礼賛する。
 のめり込んでいく。

 やりたくない人間はやらなくていいのなら誰も何もやらないだろう。
 やらせないとダメだ。
 無能な人間には指示を与えないと。
 自主性なんて望めない。
 あったらあったで厄介。
 偉人であるゲーテも言った。
 行動的な馬鹿ほど厄介であると。

 だから先の作戦も一切後悔はしていない。
 ある意味で成果も得られている。
 それは誰にも言っていないし、言ったところで理解はされないだろう。
 結果的に披露する時はいずれ来る。
 その時に地球は無いかもしれない。
 それでもいい。

 当初こそ万が一に地球を救えたのなら、
 その時はSTG28で地球に降り立ち、
 地球で新たな王になってもいいと考えていた。

 今は違う。

 このゲームは負けが確定している。
 後はどれだけ楽しむか。
 宇宙人のスカウトの目に留まる可能性も残されている。
 自分が必要な人間であることを示せば。
 地球人で初めて外宇宙で住むのも悪くない。

 ひょっとしたらマリを・・・。

 何よりこのSTG28が現実とは限らない。
 高度に悪質なドッキリの可能性は否定出来ない。
 壮大な実験の可能性もある。
 過去にも似たような事件があった。
 研究に参加しているのかもしれない。
 軽く記憶を消されて。
 だとしたら真面目にやる方が馬鹿らしい。

 そもそも地球の支配者なんてバカバカしい。
 子供じゃあるまいし。
 過去の支配を標榜した者達は単に世界の広さを知らなかったに過ぎない。
 地球を見てみろ。
 この小ささを。
 狭さを。
 こんなのを支配して悦に浸れるなど、スケールが小さい。
 どのみち地球人なんてアリのような存在だ。

 そもそもなりたくもない。
 馬鹿共の王になって何が嬉しいのか。
 気に入らない連中を簡単に殺すぐらいは出来るだろう。
 一時的にスカッとするかもしれない。
 だが、それが何だというんだ。
 単なる暇つぶしだ。
 何れ飽きる。
 過去の地域の支配者達がそうだった。
 ローマのコロッセオで何が起きたか彼らは知らないのだろうか?
 彼らは人生の暇つぶしに支配したに過ぎない。
 ゲームで支配者になるのと大差ない。
 ゲームでは何度でも王になれる。

 映画「宇宙戦争」を思い出しニヤリと笑った。
 STG28の装備を地球に持っていけば、国を蒸発させることは簡単だ。
 さて、自分なら使うか。
 映画「戦国自衛隊」のように歴史に飲まれるか。
 いや、アレとSTG28ではレベルが違う。
 でも、そんなの面白くもない。
 チートを面白いと思う連中と同じだ。
 そんな趣味は無い。

 ココは本当に楽しい。

 戦果が全て。
 実力が全て。
 失っても簡単に取り戻せる。
 才能さえあれば。
 出来ることは地球より多く、困難は放っといてもやってくる。
 困難であるほど私の価値は相対的に上がる。
 あの小僧ですら無視出来ない。
 大量に国民の犠牲を払っても断頭台に送られるわけでもない。
 現実で政治に関わるより余程楽で面白い。
 ぬるゲーだ。
 このゲームが死ぬまで終わらないことを願う。
 こんな面白い世界は無い。

(楽しい・・・)

 STG28において地球へ降り立つことは禁止されていた。
 敵襲が無く防衛ラインに抵触するとマザーのステーションから迎撃され、
 同時にアカウントも即時BAN。
 過去にそれを試みたプレイヤーは星の数ほどいた。
 全員が同じ末路を辿っている。
 敢えてトライするプレイヤーは後を絶たない。
 最も近づいた者で、第一層まで行ったらしい。

 彼は何を見たのだろうか?
 でも、今なら出来るかもしれない。
 マザーが機能していない今なら。
 中継ステーションが壊滅している今なら。
 でも焦ってはいけない。
 罠かもしれない。
 慎重にあたる必要がある。

 エイジの言うことを素直に受け入れたのは理由があった。
 自分を本部に残し、拠点防衛長官と事務次官を任せた点。
 今の本拠点で、ある程度知る彼を抜きには一日たりともまともに運営出来ないだろうことは自明の理。
 当初は頼まれても断るつもりだったが、単なる弱虫に見えた彼が、周囲の拒絶を受けても引き下がらなかった点に興味を惹いた。

 エイジという餓鬼をもう少し見てみたい。
 どのみち皆死ぬ。
 俺以外は。
 どう足掻くか。
 どう俺に縋るか。
 絶望に打ちひしがれ残酷な本性を現すか。
 楽しみだ。
 弱い方が制御しやすい。
 今は彼の信任を得て深く入り、権力を握る。
 圧倒的実力の前では受け入れざるおえないだろう。
 それがゲームの素晴らしいところだ。
 現実とは違う。
 現実では無能ばかりが政のマネごとをする。
 不愉快だ。
 何故無能な人間の下で遥かに優れた我々が・・・。

 彼と自分ではカリスマ性と実績において比較にならない。
 ゲームでの人気はリアル以上に実績が要だ。
 ゲーム実況等を見てもわかる。
 衆人ほど戦績に弱い。
 彼の雑魚い戦績では私と比較にならない。

 イシグロは一頻り思いに耽ると、
 さぞや落胆した顔をしただろうとエイジの顔を覗き見た。

 だが、彼は別人のような顔になっている。
 腹が決まっている人間の顔だ。
 それでもイシグロは表情を変えず「泣き崩れ、私に縋る時が来る。その時が楽しみだよ」と思った。

 意外にもエイジは冷静かつ忌憚のない言葉を発した。

「マザーのことは一旦おきましょう。明日には復旧しているということもあるでしょうし。問題は資源とフェイクムーンの追跡です。恥ずかしながら私は初めて知ったのですが、STG28って、隕石型宇宙人で出来ているんですか?」
「第二装甲は彼らで出来てます」
 ほぼ、ココに居る全員が驚いた。
「そうなんだ・・・。あの、質問なんですが、隕石型宇宙人じゃないとSTG28は作れないんですか?」
「隕石や小惑星でも可能です」
「良かった~。出来なくは無いんですね!」
「強度が1/10になります。彼らのような強度や柔軟性は得られません」
「1/10・・・」
 ざわめきが大きくなる。
「寧ろ問題はコアです」
「コアって、STG28のコアのことか?」
 ミリオタが割って入る。
「アレは本拠点で造ってるんじゃないのか?」
「違います。マザーが建造したモノをSTG28に組み込んでいます」
「ええっ!・・・じゃあ、代わりはない・・・」
「今のストックを使い切れば生産計画は完全に止まるでしょう」
 イエローモニターを指し示すと全員の視線が向く。
「・・・わかりました。その辺りはマザーの不通と関係がありそうですね。連絡ステーションに向かったほうが良さそうですね・・・」
「不可能です」
「なんでだよ!」
「ステーションの場所はマザーとの協定により秘匿されてます」
「ええーっ!」

 悲鳴と叫び声はまるで申し合わせたように重なった。
 それは公共情報だったが、気にする者はほとんどいなかった。

*

 サイキは疑心暗鬼に陥りつつあった。
「それにしてもお前、さっきの流星の話? やけに詳しいな・・・」
「元々が宇宙ネタ好きなんです。STG28をプレイするようになってから色々と宇宙に関する記事をまた読むようになって。それもそこにあったんです。子供の頃、宇宙物理学者に憧れていたんですが、両親からアレは天才が進む分野でお前には無理だって言われて速攻で諦めたもんですから。悔いがあるんでしょうね。この銀河には少なくとも36の地球と似ている環境の星はあるそうですよ。これも地球人の知見です」
「36・・・STGは36まであるかもしれないと・・・21が死滅したということは・・・俺たちの28までどの程度で来るんだろうな・・・」
「いえ、順番通りとは限りません。恐らく、多くは同時多発でしょう」
「そうか・・・。そうだな。単に抵抗力の無い星から滅んでいく。そして虫食いのように死滅していく・・・」
「実際はわかりませんけど、仮に想定するとそうなります。同じような環境が即同じ状況とは限りませんし。でも地球人ですら36と把握しているのですから、或いはもっと多いか、もしくは少ないか・・・わからないことだらけですよ」
「蒸し返して悪い。隕石台風を地球まで引っ張ったヤツはマザー以外いない気がするんだが・・・お前が否定する根拠はなんだ?」

 サイキは睨んだ。

「否定はしてません。『わからない』と言いたいんです。私達は無知だと言いたいんです。無知を充分心得ておくべきだと。今わかっている素材だけで全てを決定するのは危険です。仮説にしておくべきです。そうでないと新しい事実が浮上した際に消化できない。受け取れなくなる。申し訳ありませんが、サイキさんの物言いは仮説ではなく断定に聞こえました」
「お前の言いたいことはわかるが、決めないと動けんぞ」
「わかります。だから仮説として理解して動くんです。仕事でもそうじゃないですか。全てが明らかになるまで待っていたら手遅れになる」
「悪いが、お前に言われるまでも無いな。でも、これは仕事とは違う。命が、地球の未来がかかっている」
「ん~、出来ることは同じですよ。後戻り出来ないからこそ、動きながら考えるしか無い。でもそれは仮説であり、断定であってはならない。そうじゃないですか?」
「お前の言わんとすることはわかった。でも、脈絡からもマザーの可能性は高いぞ、それは覚えておけ!」

 シューニャは、やや呆れたという顔をする。

「サイキさんはマザーしか知らない。地球人に至ってはマザーすら知らない。選択肢が狭ければ答えが無いことすらある。なのに悩む。なのに断定する。間違う可能性が高い。推測ですが、STGIは恐らくマザーと異なる文明です。しかしインターフェイスから全くの異文明では無いでしょう。似てますから。アメジストはまるで違う。あれは全く違う生命体でした。同じ括りの中にいる他文明勢力からの地球へのアプローチでしょう。STG21が飛躍的な活躍をした理由もそこにある気がします。マザー以外の存在は間違いなくいます」

 サイキはシューニャを真正面から見ていた。
 まだ恐れている自分がいる。
 恐れてなるものかと睨む。
 動物である肉体がシューニャに恐怖を抱いている。
 たまらず目を伏せた。

「宇宙人か・・・今の俺なら、その言葉を心から信じられるよ・・・」

 陽炎のような何か。
 張り付いた笑み。
 殺せるだろうか?
 宇宙人と認定されたシューニャ。
 マザーは気づいたんだ。
 シューニャの中にいる何かを。
 それを抹殺しようとしているとしたら、ヤツはマザーからしたら敵だ。
 では俺たちからしたらどうなんだ?
 どうみても敵だが、今のシューニャの言葉じゃないが、解らない。
 恐らくシューニャは宇宙人じゃない。
 アイツはシューニャを内側から食っている。
 侵食していると言えばいいか?
 寄生しているとも言えるか?
 もしくは感染と言えばいいか。
 昔から・・・。
 これがわからない。
 昔から?
 どうして?
 何がキッカケで?
 STG28とは無関係?
 言えることは、その動きがココへ来て活性化しつつある。
 増殖しているのか?
 このまま行ったらどうなる?
 何が原因で活性化している?
 アレがシューニャを完全に入れ替わったら何が起きるんだ?
 シューニャの肉体を殺すとシューニャはどうなる?
 ヤツはどうなる?
 隔離した方が良くないか?
 そもそも陽炎を隔離出来るのか?
 そうしたらシューニャは地球人の敵にならないか?
 地球人として地球人を恨む。
 どうしたらいい。
 恐ろしい。
 怖い。
 シューニャ、俺は怖い。

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