STG/I:第七十七話:追撃



「はっきり言おう。お前を乗せてだと安心できねーんだよ。静、来い!」
 作戦室のドアが開くと静が会釈をしている。
 顔を上げると笑みをたたえていた。
 扉の外で待機していたようだ。
「ビーナス、お前は降りろ。俺が行けないのなら静に乗ってもらう!」
 ミリオタはビーナスを睨み、命じた。
「応じられません」
「黙れや。フェイクムーンでお前のしたこと、静にした仕打ち・・・許さねえからな」

 VTRを見たのか。
 もしくは修理記録を見てパートナーの落合に推測させたのか。
 静の破壊要因はビーナスによるものだ。

「静、いけるよな?」
「はい。部隊内全ての”STG28”の操舵は可能です」

 彼女は堂々とした態度で優雅にお辞儀をするとビーナスを見る。
 ビーナスもまた静を見返す。

 部隊パートナーは部隊員全てのSTGを基本的に把握している。搭乗員や、そのパートナーに何かあった際、緊急避難的な操舵が必要になった場合が想定されている。
 そればかりか、部隊コアに繋がっていれば単純な動作であれば全機同時に展開させることも可能。それほどの処理能力をもっている。もっとも現在の静は部隊コアと繋がれない為にそれは出来ない。ビーナスにより直接通信のパーツが焼かれているからだ。その為、STG28のデータをダウンロードすることも出来ない。それでも彼女は人間がするように、毎日部隊員のSTGをモニターを通し微細な変化を把握し自らに記録していた。シューニャはその姿を何度も見て知っている。
 暇さえあればシミュレーターに乗り各STG28の挙動の変化を体感もしていた。それはコアに繋がってさえいれば本来必要のない行為である。彼女の勤勉な姿は隊員の心持ちすらも変えていっていった。当初は頻繁に部隊パートナー交換論が噴出していたが、今となっては異議を唱えるものは少なくなった。
 他の搭乗員やパートナーが他のSTGを操舵することは仕様的に不可能である。例外として部隊パートナーがおり、隊長がいた。部隊パートナーが単独で航行可能なのに対し、隊長は該当機のパートナーを伴う必要がある。隊長権限により他の部隊員のSTG28を操舵する際は担当パートナーを同乗させ、二重パートナー形式をとる。
 悪しき慣習として、その権限を利用し一部の部隊では隊長がハーレムを形成している場合もあり問題となっている。近いうち権限縮小されるだろう。いずれにせよ本人以外で”STG28”を快適に操舵出来るとしたら部隊パートナーが筆頭に上げられる。

「却下します」
 ビーナスは表情を変えずに言った。
「黙れよクソAI!」
「ホムスビの全てを掌握しているのはパートナーである私です。部隊パートナーのスペックでは”STG28”の能力を良くて八十%程度しか引き出すことが出来ません。ましてや部隊コアに接続出来ない静では恐らく更に十%の能力が落ちると考えられます」

「そうさせたのはお前だろうが!」

 指をさしビーナスを咎める。
 静はビーナスにより一部の機能を焼かれている。
 マザーばかりか部隊コアにすらオンライン出来ない。
 やむおえ無いとは言え、ミリオタは大激怒した。

「妥当な処置だったと思います。それは静も了承済です」
「妥当だぁ?・・・静、お前やれるよな!」
「やれます」
 静が真っ直ぐビーナスを見つめ返す。
「部隊パートナーともあろう存在がいい加減なことを言わないで下さい」
 呆れた調子だ。
「仰る通り、搭乗員パートナーには叶いません。でも、この身に変えても隊長を守ります!」
「今なんと?『この身・・・』静、やっぱり貴方は壊れている・・・コアを入れ替えるべきなんです」
「なんだとぉ!」
 ミリオタがやおらビーナスに詰め寄る。
 ミリオタを守るためか、静がビーナスの前に立ちふさがった。
 ホログラム中であれパートナーは搭乗員をショック状態に陥れる程度のことは可能だ。
 勿論、マスターの指示もなしにそんなことはしないのだが。
 そして拠点内で最強の存在があるとしたらそれはアンドロイドである部隊パートナー。
 彼女らに生半可なショック等は通用しない。

 そこへ更にシューニャが割って入った。

「まぁまぁまぁ!・・・わかった。わかりました。・・・・少し聞きたい。静」
「はい!」
 満面の笑みでシューニャを見つめる。
「本当に出来る?」
「はい」
「ビーナスより上手に操舵出来るの?」
「・・・それは叶いません」
「ビーナスよりベストな操舵は不可能だと認めるんだね?」
 静はどん底に突き落とされたような顔をした。
「はい・・・」
「ならば答えは出ているよね」
 ビーナスは伏せた静を静かに睨み返した。
「シューニャ! 駄目だ、容認できない。否決だ! ケシャ、エイジお前らはどうなんだ? 黙ってないでなんか言えよ!」
「僕は・・・」
 エイジが怖ず怖ずと喋りだす。
「隊長の決断に委ねるべきかと・・・思います」
「はぁ?! 声が小さすぎて聞こえないな~。よって却下だ! ケシャお前は心配じゃないのか! 所詮は彼女ごっこだったのか? シューニャのこと心配じゃないのか!」
 以前だったらビクついていた彼女だったが、ミリオタの怒声を泰然自若として受け止めた。
「心配。シューにゃん・・・ホムスビは複座可能だよね?」
「うん」
「じゃあ・・・静も乗ったらどうかな?」
 静が顔を上げる。
「却下! そもそもビーナスを乗せることが危ないんだよ! 気づけよ」
「ビーナスはどう思う?」
 シューニャは尋ねる。
「問題外です。先の出撃でも彼女はホムスビに甚大な損害を与えました。彼女を乗せることは害があってもメリットはありません」
「なんだと腐れAI・・・・」
「まあまあミリオタさん。ミリオタさんは静が乗れば行かせてくれるんですか?」
「最低条件な。シューニャよく考えろ! アイツはお前を見捨てんだ! パートナーの癖にだぞ? パートナーだぁ? 聞いて呆れる。静はシューニャを助けようと必死だった・・・アレはその結果だ!」
 アレとは恐らく船内のダメージを言いたいのだろう。
 彼はビーナスに中指を立て、舌を出した。
「最善の選択でした。同じことがあっても同じように処すでしょう」
 ビーナスが静かに反論する。
「・・・てめぇいい加減にミンチにすんぞ・・・」
「双方の言い分はわかった。ビーナス、静を同乗させよう」
 静の顔がパッと明るくなる。
「よしっ!」
 ミリオタはガッツポーズ。
 逆にビーナスの顔は曇った。
「マスター・・・それは危険です」
「危険じゃねー! 危険なのはお前なんだだよ! わかれよ! ビッチAI! ファックAI!」
 シューニャは手を上げ、ミリオタの発言を止める。

 ミリオタは今までくすぶっていた不信感がここへ来て爆発したのだろう。
 フェイクムーン以後の態度からもビーナスに対する不信感はある程度感じてはいたが。
 まさかここまでとは思わなかった。
 彼なりに我慢してきたのだろう。
 シューニャはそう感じ取った。

「一刻も早く追う必要があります。副隊長は静を乗せるのなら賛同するのですね」
「最低条件! 本当は反対だからな! 静だけで充分だ! な!」
「御意」
「ビーナスは反対であると」
「反対です」
「ミリオタさんはビーナスが乗ることに反対だけど・・・」
「大反対だ!」
「静が乗れば許容すると・・・」
「本当は反対だからな!」
「副隊長に反対されて出撃は出来ないからね~・・・」
「いえ、マスター。隊長は命令すれば執行出来ます。そういう立場なんです」
「わかってるけど、それって無理矢理ってことでしょ?」
「隊長ですから当然の権利です」
「そこがシューニャとクソAIとの違いなんだよ!」

 静が凝視している。
 ミリオタも、ビーナスも、エイジもケシャも。

「わかった。静、すまないが」

 静は大きく肩を落とした。

「一緒に来て欲しい」
 目を見開く。
「よっしゃ! さすがシューニャ、話がわかる! これがAIと人間様の違いよ! 所詮お前らは主人の命令を聞くだけの存在だ! 主人が変われば元の主人すら躊躇なく殺すだろ!」
「我々パートナーはいかなるマスターでも攻撃をしません」
「例えだよバーカ!」
 ミリオタがビーナスに向かって何度も中指を立てるとガッツポーズをし、静の背中を叩く。
 静は笑顔で涙ぐんだ。
 そしてビーナスに向け再び中指を立てる。
「マスター・・・」
「すまないねビーナス。急ぐ必要がある。副隊長が認めなければ隊長代行権が移譲出来ないからね。いや、確かに出来るよ。でも強制執行じゃ意味がないんだ。君ならわかるね。何割かでもいい心からの同意が無ければ人は本当の意味で動かない。だけど、君が拒否しても出撃は出来る。そして君は私のした愚かな決断も関係なくベストを尽くしてくれる。だとしたら答えは出ている。君の寛大さに甘えさせてもらうよ」
 ホログラムのビーナスの腕に触れるアクションをする。
「そこまで深い考えがあってとは・・・人間とは複雑ですね。私こそ無礼と不躾をお許し下さい。かしこまりました。マスターの身の安全は今度こそ私が守ります」
「どの口が言うんだ! クソが! 静、シューニャを守ってくれ! 頼む!」
 両の手を合わせる。
「必ずや」

 シューニャが柏手を打つ。

「よし! 決まりです。後を頼みました、隊長のミリオタさん」
「おいやめろって。まだ今はお前が隊長だろ」
 シューニャは笑った。
「エイジ、ケシャ、後を頼みます」
 エイジが何度も頷く。
「いつの世も女は置いてけぼりなのね・・・」
「悪いなケシャ・・・」
「悪いと思っているのなら、私をもっと頼って欲しいな・・・」

 彼女には余り多くのことを言ってない。
 それが不満なのだろう。それはわかっている。
 でも、彼女が受け止められるとは思えなかった。
 余りにも事が大きすぎる。
 大事に思うが故に心配させたくはない。
 いや、それは詭弁なのかもしれない。
 元カノにも言われた。
 結局は彼女がどう反応するか自分が怖いのかもしれない。
 思ったとおりにならないのが億劫なだけなのかも。
 それって結局・・・自分の為だ。

「静、万が一を考え戦闘装束で」
 パートナーの武装はSTGの中に全てある。
「てーことは・・・よし、ネオ大浄衣を積んで行け!」
 代わりにミリオタが答えた。
「畏まりました!」
 輝いている静。
 それを見つめるビーナス。
「ビーナス、司令船装備は索敵偏重で行きたいんだけど。どう?」
「マスターご提案があるのですが」
「なんだい?」
「まだマスターは未搭乗ですが、司令船装備よりもブラックドラゴンに次ぐ速度を持ち、逸早く索敵隊に気づく可能性がある索敵装備レベル八のブルーハーベスト辺りがいいかもしれません。速度は落ちますが、より早くコンタクをとるのであれば、恐らく有効かと思います。いかがでしょうか?」
 ビーナスは横目で静を見た。
 恐らく静が知らないと思ったのだろう。
「掌握しております」
 お辞儀をする静。
「よし、それで行こう! あ、でも複座には出来る?」
「戦果の導入が必要ですが、オプションで可能です」
「構わない。直ぐ終わるよね」
「はい。三分ほどで終わります」
「じゃあ、早速やってくれ。他の武装セレクトは任せるよ」
「お任せ下さい」
 ビーナスが軽く頭を下げ、自分の胸に手を当てた。

「エイジ、本部へ緊急出撃の要請をして」
「えっと、理由は?」
「なんでもいい。考えて」
「ええ~・・・」
「私にいい考えがあるから、途中で変わって」
 ケシャがフォロー。
 エイジは頷く。
「ビーナス、静、五分後に出撃します!」
「了解!」
「御意!」

 出撃直前、苛立ちと不安を必死に抑えながらミリオタはシューニャを訪れた。
「大丈夫だよな・・・その・・・」
「索敵班、というかマルゲリータのこと?」
「ていうか・・・全て、全てだよ!」
「大丈夫ですよ。いざという時はオートログアウトするよう設定してある。ミリオタさんはログインモニターに注視しておいて。それが接敵の合図にもなりかねない」
「おう! そうだな!」
「彼女は賢いからね。信用していいよ」
「別にマルゲリータのことだけを心配してるわけじゃねーよ!」
「わかってるよ」
 シューニャは肩を叩いた。
「頼んだぞ! シューニャ!」
 力強く両手で握り返してきた。
「こちらこそ頼みました。悪いね、無茶なことお願いして・・・」
「任せろ!」
 ホムスビは本部委員会への緊急出撃要請をし、承認をえる。

 STGホムスビは青い光の尾を纏い漆黒の宇宙へ消えた。


*

 漆黒の宇宙。
 恒星が遠い宙空がこれほど暗黒だとは思わなかった。
 胃の辺りが重くなる。
 得体の知れない不安が腹の底から手を伸ばしてくる。
 今自機がどこを向いているかもわからない。
 ダイビングの話で聞いたことがある。
 最も怖いのはパニックに陥ること。
 海も底は暗くかかる圧力も均等だから前後不覚になるそうだ。
 海上に上がるつもりが海底に向かうこともあるらしい。
 気をつけるべきことはパニックにならないこと。
 数値を見て判断すること。
 けして、焦ってはいけない。
 諦めてはいけない。

 シューニャは落ち着かなかなった。

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