ノロノロとしたフォーメーション。
胃を鷲掴みされたような感覚。
「隊長ぉ~、チラっと見ます?」
「何を?」
やや棘がある言い方をしてしまう。
マルゲリータがモニター越しにシューニャを見た。
「戦利品ですよ~」
「うん。後でね」
「まあ、そう仰らずに」
モフモフ毛布のSTG羽毛布団の後部コンテナが少し開いた。
仕方ないヤツだ。
「・・・隕石の一部?」
フォーメーションが整う。
「フォーメーション完了しました」
「わかった。ビーナス」
「STG羽毛布団のコンテナ検索に異常反応なし」
STGに照らされ一瞬隕石の裂け目から何かが光って見えた。
「ん?・・・ビーナス拡大して」
指でさししめす。
頷くビーナス。
(何事もない・・・単なる隕石の欠片か?)
隕石の持ち帰りは違反項目だぞ。
マザーから指示された時だけに必要な数だけを持ち帰る。
それ以外はアカウント一時停止処分。
組織的だったり悪質だったりすると最悪、アカウント削除。つまりBANもありえる。
「じゃじゃ~ん、光る石ですよ!」
彼女の陽気な声。
「あの・・・隕石の持ち帰りが何を意味するかわかってる?」
ゴトリと隕石の欠片らしきものが動く。
STGの外装光に再び照らされる。
シューニャの目に再び映ったのは、微かな紫の光。
彼の心は一瞬で恐怖の色に染まった。
「アメ・・ジスト・・・」
頭の中を過去の出来事がフラッシュバック。
捕獲した瞬間、マザー・ルーム、謎の赤いボタン、グリン、マネキンの部屋。
溶けていくSTG長門。
ドラゴンリーダーのアメジスト恐怖話。
理性は弾け飛んだ。
「パージ! コンテナを! コンテナをパージしろ!」
「え?」
「どうしたんですか隊長?」
ビーナスを見る。
「反応ありません」
静を振り返る。
「私も見ました!」
彼女は激しく頷く。
「ビーナス! ビデオをリプレイ!」
「マスター、隠蔽状態のアメジストならリプレイには映りません」
そうだった。
「でも・・・ノイズが出た時点でアメジスト確定だろ!」
「ノイズの原因は必ずしもアメジストとは限りません」
「センサーは?」
「反応なし。もしアメジストなら隠密状態です。隠密時のアメジストはいかなるSTGの索敵センサーにも判定出来ません。それはブルーハーベストでも例外ではありません」
そうだった。
「いちをさっきの再生してくれ!」
索敵班に動揺が広がりつつある。
埋まらさない温度差。
隊長が焦ってはいけない。
でも、これが焦らずにおれるか。
「わかりました」
再生される。
肝心な部分で僅かなノイズが発生。
光って見えない。
でも、彼の中では確信した。
「モフモフ! コンテナ切り離し! 早く!」
「どうしてですか?」
おっとりとした猜疑心の混じった声。
「説明は後! 即刻パージ!」
「なんでよ~! せっかく綺麗なのにぃ~」
呑気な彼女の物言いが、この旅が安全なものであったことを感じさせる。
それが余計に焦りを生じさせる。
「ビーナス!」
「駄目です確認出来ません」
「隊長どうしたんですか?」
説得材料が無い。
「そいつは、アメジストだ。だから、パージ、するんだ」
噛みしめるように言った。
「そんなのでは・・・納得出来ません」
そんなの? そんなのと言ったか?
「隕石の持ち帰りは規約違反だ」
冷静に。
「小さいから大丈夫ですよ~」
「大きさの問題じゃない!」
声を荒げてしまう。
彼女の表情が曇った。
拒絶反応。
「嫌です」
態度が変わった。
「マルゲリータ! 部隊長命令でコンテナを射出!」
「隊長・・・センサーに異常はありませんけど・・・」
「アメジストが隠密状態ならセンサーには出ない! 忘れたのか!」
落ち着け・・・るわけがない!
「でも・・・」
マルゲリータは何が別な感情が判断を曇らせている気がした。
「横暴ですよ~」
「アメジストを知らないのか!」
「なんですかさっきからアメジストって?」
知らない。
そんな。
いや、無理もないかもしれない。
思えばグリンのアメジストに合うまで俺も一度も遭遇したことがなかった。
だからかもしれない。
ドラゴンリーダーは念仏のようにアメジストの話をした。
俺の代から言ってない。
知らないのが普通なんだ。
彼女らにはリアリティが無い。
「マルゲちゃんも言ってますけどセンサーにはアラートが出てませんよ?」
「隠密状態のアメジストはセンサー無効だ」
「そんな~まさか~」
なぜ信じない。
知らない者が、知っている者の言葉をどうして信じないんだ。
それに腐っても隊長だぞ。
「そんな敵いるわけないじゃないですか、ね~」
「そうだよ。隊長は一人で来たからボッチでおかしくなったんじゃないですか?」
スイカ野郎も話に乗る。
「アメジストは都市伝説ですよ。知らないんですか?」
マユ子も。
呑気な物言い。
「ブリーフィングでやっただろ!」
駄目だ。
怒鳴っては駄目だ。
「イ・ヤ・で・すぅ~」
この距離だ全滅もありうる。
「静、銃座用意! ツインカノン!」
「御意」
複座後席の静が音もなく沈み込む。
「隊長!」
「ちょっと!」
「え、何が起きてる?」
「全機散開!」
「ええ!・・・」
「散開だ!」
「フォーメーション解除するね・・・」
マルゲリータがノロノロとフォーメーションを解除。
すると皆がSTG羽毛布団から距離をとりだした。
「ちょ、ちょ、ちょ、皆・・・冗談でしょ!」
「こちら静、フレンドリーファイヤーをオンにして下さい」
狙いをつけている。
フレンドリーファイヤーがオンにならないとロック出来ない。
ツインカノンは隕石型には無力な装備だが、コンテナを破壊するぐらは容易だ。
「マスター?」
「指示を待て」
「了解」「御意」
シューニャは目を皿のようにしている。
確信が欲しい。
一瞬だが見えた。
あの恐怖が蘇る。
それとも気のせいか。
仮に気のせいだとしても隕石を持ち帰ることは違反項目。
部隊としてもペナルティを受ける。
どうしてそんなことも知らないんだ。
どうしてアメジストを知らないんだ。
ブリーフィングの何を聞いていたんだ。
「コンテナを、切り離すんだ」
「・・・」
モフモフ毛布は黙った。
完全に心を閉ざす。
「マスター、フレンドリーファイヤーを」
「待て」
「御意」
オンにさせないでくれ。
その途端、どんな言葉も詭弁になってしまう。
全ての道は閉ざされる。
「モフちゃん・・・隊長の言う通りにして・・・お願い」
「イヤ」
マルゲリータは異常を察したようだ。
でも彼女の言葉にも耳を貸さない。
右手をフレンドリーファイヤーの赤いスイッチに手をかける。
不意にモフモフ毛布とのある会話が思い出された。
「ビックリパフェを奢る!」
シューニャを声を上げる。
彼女が何時ぞや食べたいと言っていた。
自分では買う気にはならないけど食べてみたいと。
八人前のパフェ。
言いながら馬鹿げたことを言っていると思った。
だが。
「・・・絶対ですよ!」
動いた!
「約束する!」
コンテナが切り離される。
ゆっくりとコンテナが漂う。
「撃ちます」
切り離されたコンテナは物になる。
フレンドリーファイヤーはいらない。
「まだだ! 距離が近い」
動かない。
気のせいなのか?
「STG羽毛布団、ゆっくりと離れろ。マルゲリータ高速航行準備!」
「わかりました・・・」
解せない顔をしている。
でも解した時は手遅れ。
(動かない・・・気のせい?)
コンテナから離れていく全機。
「マスター、どうしますか?」
「静、ロックを繰り返せ!」
「御意」
相手をロックするということは明確な敵対行為。
何度もロックするのは威嚇行為だ。
隕石型に通じるかどうかはわからないが。
動かない。
どうした。
間違いか。
中身だけ放出させコンテナブロックは結合させるか?
コンテナブロックとて彼女の戦果で出来ている。
コンテナそのものは戦果を払って上げれば済む話だが、
それだけだと彼女や隊員に湧いた不信感を埋めることにはなら無い。
猜疑心はあらゆる流れを阻害する。
「マスター」
白黒はっきりさせる必要がある。
「撃て!」
間髪入れずにブラスターが発射。
着弾する直前にコンテナが砕け散ったように見えた。
「マーカー紫! アメジスト!」
紫のマーカーが恐ろしい速度で離れていく。
「全機、帰投! ホムスビはアメジストを陽動する!」
長距離索敵隊は動いていない。
(なぜ!)
「え・・・何あれ?」
「綺麗! 見てみて! 紫に光ってる!」
「おーすげー! 格好いいーっ!」
(嘘だろお前ら・・・)
血の気が引く。
知らないってこういうことなんだ。
あいつの恐ろしさを。
でもマルゲリータは!
「マルゲリータ! 帰投だ!」
モニターのマルゲリータは口を虚しく動かし震えている。
絶望しているんだ。
「ビーナス、隊長権限発意!」
「了解、どうぞ!」
「超長距離索敵隊、フォーメーションを維持し最大船速で帰投!」
「発意しました」
自動かつ強制的にフォーメーションが組み始める。
先程より明らかにスムースかつ素早い。
「フォーメーション完了、加速します」
「頼む!」
飛ぶように消えた。
「アメジスト方向転換、索敵隊を追尾するようです!」
「どうして・・・」
捕縛の経験から多少なりともアメジストに関しては調べた。
アメジストは基本忍者みたいものだ。
無用な戦闘はしない。
逃げられないほど追い詰められた時のみ攻撃に転じる。
その攻撃は常に最悪の結果をもたらしている。
多くの搭乗員がPTSDとなり、STG28を去った。
彼らを攻撃すればするほどSTGは追い詰められる。
見逃す以外の選択肢は無い。
ブラックナイト隊が世界で初めてアメジストを捕縛出来たのも単なる幸運。
何より竜頭巾の的確な判断に他ならない。
過去アメジストを捉えに行った部隊は全滅した。
トラウマだけを残して。
「何かがあるはずだ・・・理由が・・・」
ホムスビが追いつく。
流石に速い。
(可能性としては・・)
ある事件が思い出された。
日本の部隊がダイヤモンドに似た鉱石で占められた小惑星を発見。
STGに満載し地球へ降り立とうとしたのだ。
このゲームをリアルと思っている連中ならではの所業だ。
STG28は防衛ラインに許可なく接触することは許されていない。
彼らはことごとくアカウントを削除され永久追放となる。
中には防衛ラインが一時的に解除される戦闘の最中やろうとした者もいる。
特に海外ではこの案件が多いらしい。
組織的かつ意図的に抜けようとすることも。
しかし防衛ライン五での戦闘に際し、四を抜けることは出来ない。
結局は同じこと。
鉱石泥棒は世界的に見れば最も多い違反項目の一つ。
今だに後を絶たない。
「こちら隊長、まだ他に積んでいているものは無いか?」
「・・・」
図星か。
「どうした? 回収したものは無いか?」
「・・・」
「ビーナス、索敵隊のコンテナを確認」
まごまごしている暇はない。
「次の二機のコンテナが鉱物を積んでます」
モニターに表示される。
(やはり!)
索敵隊のモニター越しの顔はお通夜ムード。
この思惑外の不条理な状況に苛立っている。
遊びを邪魔された子供のように不貞腐れていた。
「いかなる理由をもってしても持ち帰りは規約違反だ。悪質な場合アカウント削除され、永久追放となる。パートナーは止めなかったのか?」
恐らくマザーの通信圏外だという心の隙間があったんだろう。
魔が差したというヤツ。
「・・・」
「知らないでは済まされない」
「・・・」
「誰かは言わない。コンテナに鉱石類を隠匿しているものは即刻パージしろ」
「横暴だよ・・・」
スイカ野郎が言った。
アメジストは追いすがっているが僅かづつ徐々に距離が開く。
ただ、後付けられることそのものが致命的。
「自らパージしないのなら、隊長命令でパージさせる」
「・・・わざわざ索敵に来てやったのに・・・」
「なんだって?」
泣き言を聞く気はない。
「マルゲリータ、小隊長権限でパージして下さい」
「でも・・・」
「マルゲ! 聞いちゃだめ! だって、だって、これぐらい・・・いいじゃない!」
「そうだよ! 俺たちは夏休みを使ってココまで来てやったんだ! 戦果的にも美味しくないのに! これぐらいあったっていいじゃないか! 何が悪いんだ!」
「規約違反みたいだよ・・・」
「黙ってればわからないよ。マザーとオフラインなんだから」
なんて安易なんだ。
「そうだよ!」
「お願い! マルゲちゃん見逃して!」
「でも・・・」
マルゲリータはわかっている。
「わかった。隊長権限を使う」
「無茶苦茶だ!」
「隊長酷い!」
「わざわざ来てやったのに! 恩知らず!」
「・・・」
マルゲリータが萎縮している。
「最後の警告。五秒カウント。5・4・・」
「パージ確認」
ビーナスの声。
パージされたコンテナはSTGのエネルギー供給圏外に出ると自己融解をおこす。
中から鉱石が出てきたが動きはない。
(あと一機)
「3・2・1!」
「STGスイカ御神体、小隊を離脱!」
「えっ? どうして!」
(馬鹿か! 馬鹿なのか!)
壁からブロックが剥がれ落ちるようにフォーメーションからSTGが剥離。
速度が一気に落ち、フォーメーションが自動的に解除される。
アメジストの差が縮まりだす。
「隊長命令! STGスイカ御神体のコンテナをパージ!」
「駄目です」
「どうして? 隊長命令は有効だろ!」
「部隊そのものを抜けたようです・・・」
「はあっ?・・・マルゲリータ、フォーメーションを組み直せ」
「・・・」
頭を抱え込んでいる。
「ビーナス! 隊長命令、長距離索敵隊現構成で最速のフォーメーションを構築!」
「了解」
残された機体が飛びながらフォーメーションをとる。
人間の操舵では到底制御不可能な速度。
STGスイカ御神体は遥か後方へ。
「フレンドリストからSTGスイカ野郎へコンタクト!」
「どうぞ」
「こちらシューニャ・アサンガ、大丈夫か!」
「老害が・・・うぜーんだよ! ゲームで粋がってんじゃねーよ! クソニート!」
「切断されました」
「再度コンタクト!」
「ブロックされてます」
「・・・」
何をやっているかわかっているのか。
太平洋の只中で船が沈没したのに一人だけ小舟にのって逃げようとしているようなものだぞ。
何のストックもなく、誰の助けもなく。
「アメジスト、STGスイカ御神体に接近!」
「スイカ! 応答せよ!」
「接触しました」
STGスイカ御神体のマーカーが消える。
「・・・」
「STGスイカ御神体ロスト。融解しました。恐らくアメジストに溶かされたと思われます」
一瞬だった。
こんなにも一瞬で融解するんだ。
アメジストが本気を出せば。
ドラゴンリーダーのあの表情の意味が始めて理解出来た気がした。
追いつかれたら終いなんだ。
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