STG/I:第七十話:サイキ


 思いを巡らすほど焦燥感は拭いきれない。
 宇宙が動き出した時、一体何が出来るというのだろうか。
 自分の身体だっていつ動かなくなるかわからない。
 以前みたいに発作めいたものが起きた時に投入出来る薬剤もない。
 自分の肌は四日と正常を保てないのも明らか。
 多少体力が向上したとは言え、無理をして動けるのはせいぜい数日といったところ。
 STGIを得たところで大海の一滴なのは明らかだ。
 戦艦大和を思い出した。

 シンボリックリンクな存在には成り得るが、何一つ変わらない。
 絶望の中に希望を与えることは出来るかもしれないが、それは裏を返せばより絶望を深めるだけのこと。それでも希望なく前へ進める人間は稀だ。数パーセントが関の山だろう。そういう意味ではそれもありかもしれない。宝を抱えたまま死ぬのは愚か過ぎる。でも、それでいいのか。それじゃ単なる死地への案内人になってないか?そんなことを望んではいない。本当に、微かでも、ミリでもいいから、真の希望が。

 先の大戦でSTGIが希望たり得ないことは証明されてしまった。

 少なからず有識者にとってショックなニュースだったろう。多くの一般搭乗員はそれを知らない。先の大戦でニュースは矮小化され、バルトークが敵隕石型を撃退する勇猛なシーンばかりが繰り返し流されたからだ。一般搭乗員は心酔した。各国本拠点のメディア戦略である。申し合わせてはいなかったが、結果として同じ状況を生む。特にアジア圏は露骨だった。あれ以来、一般搭乗員の間では世界中の拠点でSTGIを如何にして取得するかの情報は更に飛び交った。フェイクニュースも多く社会問題にもなる。

 皮肉にもSTGIは希望の象徴に。

 だが現実は違う。あの映像は会敵時のものであり、逃走中のものだったということは当事者や本拠点の中央にいた一部の者は知っている。日本では本部委員会による情報統制が敷かれたが、振り返ってみるとその必要は無かった。搭乗員は皆、現実では無く夢を信じたからだ。恐怖心からか、圧倒的大多数は自らすすんで事実を上塗りした。驚いたことに事実を見た者ですら虚言を信じた。トラウマは立ち向かい負けない限り克服出来ないにも関わらず多くは自ら嘘をつく道を選んだ。

 バルトークを決死の覚悟で守ったブラックナイト隊は滑稽に映った。ドッキングしたブラックナイト隊の精鋭はサメに纏わりつくコバンザメだ。見ようによっては戦果にあやかろうとする火事場泥棒。「そうまでして戦果が欲しいのか!クズ共が!」ドラゴンリーダーは罵声を浴びせられた。バルトーク側は映像に悪意があると訴えたが、それは受け入れられなかった。流れは大衆が作る。故に権力者はメディアを支配する。我々はもっと賢くならないといけないのに。

 シューニャがあの時、バルトークを守るようにドラゴンリーダーに言ったのは適切だったかもしれない。バルトークは彼らにとって縋る唯一の対象になったからだ。運営会社のサーバーデータからSTGIがバルトーク以外消失した事実を知る。人はカリスマ的存在を失うと一気にバラバラになる。その意識を食い止めることは出来ないだろう。研究対象として残すべきとの視点もあった。現実的には極秘の存在であるが故に難しいだろうが。希望の象徴が崩れ去る時、人はもろくもカオスに投入される。カオスで正常でいられる人間は皆無に等しい。戦後バルトーク以外のSTGIが失われていたことは最大のショッキングなニュースとなり世界を席巻。どのように敵を排除したかの問題は一気に消し飛ぶ。それだけにバルトークが残ったのはまさに希望として迎え入れられたのだ。

 当時、世界的認識としてはサイトウのSTGIは現存だったが、日本・本拠点から敵宇宙人認定が発表されてい以来、希望にはならなくなった。皮肉なものだ。彼こそが地球を救ったのに。海外では少なくともその件について様々な憶測が飛び交ったが。彼はアカウントをBANされた挙げ句にブラックリストに登録される。

 サイトウには熱心な信奉者がいた。ただし、その存在がよりサイトウを追い詰めることになったことを本人たちは気づかないだろう。いや、少なからずプリンは気付いた。日本拠点内のファンクブラ分裂騒動は、プリンを傷つけ、あれがきっかけでほとんど来なくなったと言っていい。彼女の心の穴を埋めることは出来なかった。子供の頃からアイドル等を信奉したことが無いシューニャは彼女の心がもう一つ理解出来ず、それは知らず伝搬する。彼女から言われた最後の言葉が今でも思い出される。「貴方にはわからない!」だったか。彼女は心を貝のように固く閉ざしていった。

 最大の理解者が最大の敵になる。よくあることだが、身の上に起こるとは普段は考えない。夫婦も同じ。熱量が大きいほど冷めたさ時の落差は大きい。プリンはサイトウを信じたい自分と裏切られたと感じる自分に苦しんでいるように見えた。

 STGIを失ったことを沈黙していた各国へも非難声明が出されたが、後に戦中でのこととわかり取り下げられる。もっともアメリカ辺りは戦前に失われていたわけだが、それを知る者はブラックナイト隊以外ほとんどいない。そしてSTGIを食らったブラック・ナイト(推定)は、まるで神族VS魔族のような構図で語られ、より恐怖の象徴して人々に刻まれる。

 だから 黒なまこ は希望になるとは思えない。
 アレがもし何かしらブラック・ナイトと関係があるのなら、尚更だ。
 今やブラック・ナイトは恐怖の対象でしかない。
 そもそも仮に制御出来たとしても多勢に無勢だろう。
 相手は宇宙。
 異物は我々。
 言うなれば、がん化した細胞は我々である。
 人類は、地球は、宇宙にとってがん細胞になってしまった。

「もうじき宇宙が動き出す」

 誰が言った言葉だったか思い出せないが、声はそう告げた。
 隕石型宇宙人ではなく、宇宙が動き出すと。想像しただけでも恐怖で身震いする。先の大戦の数ですら映像を見て鳥肌が立った。リーダーに「実際どんな感じだったんですか?」と聞くと、「上手く言えないけど・・・ただただ恐ろしかったよ」と言った。それが今度は宇宙だ。絶望以外の何があるというのだ。
 沖縄戦の海上写真を見た時を思い出す。海を埋め尽くす艦船。まるでゲームみたいだった。あれが戦争。現実なんだ。身も蓋もない。正義なんて無い。ただただ圧倒的な数と質差でもって出来る限りゴリ押しし、自らは最小限の被害に抑えることを考える。恐ろしい。あれが戦いの本質。過去から繰り返されてきた現実。日本の武将には強いにも関わらず戦いを起こさずすり抜けるのがうまい人がいた。ただ、それはそれで只ならぬ才能なんだろう。戦わない努力は戦うより難しいと思う。この戦いは誰が先に引き金を引いたんだろうか。隕石型か?マザーか?癌化したから排除されるのか?

 大戦の様子をモニターで見た時を思い出す。愕然とした。
 あの規模を越えてくる戦いになると考えるのが当然だろう。
 恐らく想像も出来ない数。宇宙を埋め尽くす隕石型宇宙人。
 それは宇宙そのもの。

 死刑宣告。

 しかもそいつは何時来るかすらわからない。
 今か、数時間後か、数日後か。
 いや、その範囲内なら今実施している超長距離索敵でわかるだろう。
 下手すると数ヶ月、数年ということもあり得る。
 宇宙にとって「もうじき」とはどれほどのことなんだろうか。
 数百年、数千年ということは考えられないだろうか。
 それなら好都合だけど。
 STG28の招待メールには十年と書いてあった。
 どうして彼女らは十年としたのか。
 だとしたら遠くはない。
 前回はサイトウがいたから凌げた。
 そうなんだ。皆は忘れいている。
 先の大戦で、我々は勝っていない。我々は刃が立たなかった。
 彼らを退けたのはサイトウなんだ。
 そもそもサイトウという存在そのものがあやふやだ。
 私にとっては確認されていない人間。
 リーダーやタッチャン、プリンには悪いけど「彼は宇宙人かもしれない」と考えている。
 言ったら殺されそうだが。
 でも、味方だ。宇宙人であろうが関係ない。大切なのは味方だということだ。
 アカウントをBANされて以来、現れていない。
 リーダーが、BANされた翌日に現れたと言っていたが、恐らくBANされたのがその後なんだろう。表向きの発表と実際の事務処理がズレたに過ぎないと思う。現実にはよくある。公表とズレることは往々にして起りうる。だから彼の言う奇跡でもなんでもないと考えている。そもそもサーバーでデータを覗いた時、彼のアカウントはずっと動いていなかった。ずっと昔に止まったままだった。

 彼はなんなんだろうか。皆は何を見ていた?

 皆、集団催眠か幻影を見ているんだろうか。
 わからない。事実彼が退けているという現実があるというだけ。
 もっともその証拠はなく、マザーに記録は無い。
 その理由も今しがた初めてわかった。
 STGIに乗り込むとマザーからはわからないのだ。
 彼が隠しているわけでもなんでも無い。
 挙げ句に蜘蛛の糸よりも遥かに細かった希望の糸を本部の馬鹿共は自ら断った。
 保身とエゴと嫉妬と欲、小心者集団であるが故にだろう。
 公式には、惑星規模に巨大化した隕石型宇宙人の消失理由は不明となっている。

 先日、本部委員会に呼ばれ対策会議に参加したことを思い出す。

 超長距離索敵の提案。そして大規模戦への備えとして、先の最終決戦やフェイクムーン級の超大型隕石(遊星と言うべきだろうが)への対抗武装の開発と装備の提議。どれほど信じたがわからないが、少なくともそれを言い終えた私への目線は「何いってるんだコイツ」といったものと嘲笑が迎えた。わかっている。フェイクムーンへの槍は貫通しなかった。彼らの嘲笑は恐れを誤魔化しているだけ。一般搭乗員と違い、少なからず危機的状況であることは一方で理解している。虎の子を意図も簡単に看破された。誰かを嘲笑することで現実から目を背けるのだろう。誰かがなんとかしてくれるだろうと思っている。今までそうだったからだ。サイトウによってたまたま守られていた。「今度も大丈夫だ」そう思うことで心の平穏を保つ。シューニャは会議でものを言う方では無かったが、言うだけ言っておく。

「先の大戦のように大挙して押し寄せて来る可能性は大いにあります。既に来てますからね。そしてフェイクムーンが来たということは、我々は特定以上の大きな敵には対抗手段をもたないと理解されている可能性も高い。同時に極端に小さな敵に対してもですが」と強調した。全てに対応することは出来ないが、優先順位で言えば当面の問題は巨大な宇宙人に対しての驚異が先に思えた。月程度なら充分あり得る。もう隕石型宇宙人という呼称すら意味をなさない。

 本部委員会の連中は良くも悪くも能天気だった。驚異は去った、だからもう大丈夫だ。そう考える。それは間違っていない。日常は否が応もない。目に見えないことにかかずらわっているほど暇でもない。そもそもゲームとして楽しんでいるプレイヤーも多い。彼らかしたら私の方が異常者だろう。非日常を裏側に内包しながら日常を生きるのがベストなんだろうが。それほど強くもなれないのだろう。でも、必ずその時は来る。

「考えているといことは静止しているということだ。つまり何もしていない。考えは出来るだけ手短に、そして決めたら即座に動く。一番いいのはやりながら考えることだけどね・・・」

(そうだ・・・)
 もう三日も考えている。
 何もしていない、か。確かに何もしてない。何も起きていない。
 STGIに乗ってみて尚更感じた。初めて動いた。
 行動しないと。
 俺に出来ることはSTGIを把握すること。
 そしてSTGIは皆の為に使うと決めた。
 更に把握すべきは 黒なまこ だが・・・あれは確実性が薄い。
(確実性で言えば・・・)
 ある人物の顔が浮かぶ。

「サイキさん・・・彼に言わなきゃ。彼には知る権利がある。事実を受け入れられる強さもある・・・」 

 
*

 マイルームにシューニャを放置したままマンションを後にする。
 ドラゴンリーダーことサイキへ電話し、「会って話がしたいんですが」と言うと、「帝国ホテルで落ち合おう」と返事をし電話が切れた。即断即決である。これこそがリーダーに求められている姿なんだろうと漠然と思った。自分に無いものを持っている。持っていないものは出来ない。社長業で忙しいだろうに。何時だったか彼は「社長だから出来るんだよ」と言った。

 彼には聞く権利がある。こういう時、大切な話の時、彼は決まって帝国ホテルの喫茶室を指定した。正直、スーツを着ないといけないのが面倒で、避けて欲しいのだが。もっとも彼がスーツを指定しているわけではないが他の格好はみっともなくて着れない。TPOはサラリーマン時代の習慣。社会で最も大切なものの一つに感じている。一発で水の泡になることもある。キャラクター性によるところも大きいし。自分には許されないと感じる。ネクタイ一つとってもそうだ。大切な場ほど重んじられる。迎える方は青、ゲストは赤。上へ行くほど常識が増える。スーツはサイズが合わなくなっているので礼服を着ていく。自分が昔から着ている唯一残った一張羅。サイキに会う時、どうしてかネクタイはいつも祖母の形見をしていった。もうかなり傷んでしまった。このネクタイを見る時、祖母の温かい微笑みが思い出される。就職した時に頂いたものだった。

「聞こう」

 サイキはこの世の終わりを前にしたかのような緊張感をもって私の言葉に耳を傾けた。呼び出したことば無い私が呼び出した意味を言わずとも理解していた。「詳しくはいつか話してくれ」といった彼との約束を果たす時が来た気がした。

「どうにかならんのか・・・」

 サイキは一も二も無く信じた。
「サイトウさんはあれから現れていません。もう現れないでしょう。タッチャンやプリンもログインして来ません。恐らくリアルで何かあったんでしょう。二人のアカウントと船は部隊戦果で維持してますが、反対意見も出ています。もう止めるべきだと。勿論、いざとなったら私の戦果で維持しますが。仮に二人がいても状況は変わらないでしょう。フェイクムーンに対し我々は手も足も出なかった。勿論、あれは特殊な例です。”STG21”の民の宇宙船と言ってもいい。ただ、先の大戦といい、我々が極端に大きな隕石、もうそなると隕石ではなく遊星ですが、そうした手合に極端に弱いことは証明されてしまった。あの大戦ではそうなる可能性も考慮し、リーダーと私で考えた最悪のケースへ向けた”ドミノ作戦”を、まさか本当に実施すようなことになった。そればかりか非人道的なデス・ロードまでタッチャンに使うわせることにも・・・その上でどうにもならなかったんです。さすがに土星サイズということはもう無いかもしれませんが、あり得ない話もでありません。少なくとも月サイズは充分にあり得ます。あのサイズですら我々は手に余りますから。それが前回の戦いで明らかになった。それが、もし、パチンコの玉みたいに大挙して押し寄せて来た時、我々に出来ることは地球の終わりを見守ることぐらいしか無いのが実情でしょう。STG28で立ち塞がったところで轢かれるのがオチです。どう考えても破滅以外のシナリオは無いんです」

 シューニャは淡々と、静かに告げた。

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