STG/I:第六十九話:暗中模索


 ミリオタさんの話はこれといって大したものではなかった。
 静の新衣装について意見を聞きたかったらしい。
 しかも静がシューニャを呼んで欲しいと懇願したからだそうな。
 静は顔を赤らめ「いかがでしょうか」と言い、くるりと回った。
 衣装は巫女。にしては少し露出度が高めな気がするが。腰のスリットが大きい。
 個人的には古式ゆかしいデザインの方が好みだが。

「かんわいいぃ~」

 クリティカルヒット。
 声に出そうになる。
 身悶えしそうなほど可愛い。
 実際には「可愛いじゃないか」と言った。
 静は顔を真っ赤にし上目遣いで私を見る。
(一体いつどこでそんなテクニックを身に着けたのか・・・)
 アザトイ、だが可愛すぎる。
 わかっているのだが男ってヤツは本当にこういうのに弱い。
 蜜に誘われて食虫植物に食べられる虫だ。
 恐らく誰かの入れ知恵だろう。

(ケシャだな・・・)

 彼女は私が困る様子が好きだから。
 困らせたいということは、甘えたいということの裏返しに思う。
 そう言えば最近の彼女は寄ってこない。
 近づき難いのかもしれない。

「じゃあ」と言って出る私の後ろ髪を二人は引いた。

 配布された戦果についてシューニャは大きな制限を設けなかった。
 普通こうした場合は部隊から制限が設けられる。
 社会で言えば極端に税率が上がるようなものだ。
 部隊の拡充には皆からの寄付が欠かせないのは事実である。
 でも、部隊規定の範囲内以上は取る気はなかった。
 先があれば話は別だが、今の彼にとって先があるとは思えなかった。
 だから皆それぞれ自由に使っている。
 地球がどうなるかわからないのだ。
 限りある生命と時間を自分のために使うといいだろう。
 どのみち歯が立たない。

 ミリオタさんが陽気に振る舞っている理由はわかる。
 マルゲリータが気になるのだろう。
 もしもを考えると怖くて仕方がないのかもしれない。

 彼女は昨日出撃した。

 私の考案した隕石型宇宙人の超長距離索敵隊の方針だ。
 隕石型宇宙人が何時、どの程度の規模で来るかわからない。今までのような索敵では先だってのフェイクムーンのように気付いても対処不能ということもある。距離は出来るだけとりたい。どのみち対処不能にしても、何か、何かあるかもしれない。それにはどうしても時間的猶予が必要に思えた。これまでの布陣はそもそも対処可能な隕石型に対してのものだ。今後は、今度は無いのかもしれないが、少しでも構える必要がある。時間が欲しい。
 彼は不安なのだろう。
 マルゲリータが志願した時の彼の反応が思い出された。
「え・・・なんで!他のヤツがいけばいいじゃないか」と言った。
 彼女以外に優れた索敵隊員はブラックナイトにはいない。
 志願者が誰もいなかったら自分で行くつもりだった。
 皆がどの程度ことの重要性に気付いているかわからないが、この作戦は極めて危険である。万が一会敵した際に助かる見込みは限りなく零に近い。昔から斥候というのは最も危険極まりないのだ。
 時間的問題もある。
 何せリアル時間で片道二日半、往復で五日の運行計画。
 余程時間が無い限りそもそも出来ない。
 つい忘れそうになるけど、皆、リアルは暇でないのだ。
 彼女は「夏休なんです」と言った。
 発言から察するに学生なのかもしれない。
 彼女は引っ込み思案が嘘みたいに喋った。
 フェイクムーンでのこと、これまでのこと、私のことを全面的に支持すること。
「俺も行く!」
 名乗り出たミリオタさんにも言った。
「副隊長はいて下さい。隊長や副隊長が遠征して誰が皆を守るんですか」
 彼女が言葉で抵抗したことは今までなかった。
 意見もほとんど言ったことがない。
 熱のこもった言葉に大学生や高校生、自称職業プレイヤー五人が名乗り出る。そして最後にこう言ったのだ。
「私に居場所をくれてありがとうございます」
 私を見て、皆に頭を下げる。
「それフラグだから・・」
 消え入るような声でミリオタさんが言った言葉を私は聞き逃さなかった。
 彼女は日本・本拠点でも屈指の索敵能力を誇っている。
 これ以上無い人選。
 散開した際に「どうして名乗り出たの」と聞くと、
「だってシューさん、行くつもりだったでしょ」と、笑みで応える。
「バレバレだったか」そう言った私に、
「隊長は背負いすぎです。私だって少しはやれるんです。頼りにして下さい」と笑った。
「勿論、頼りにしているよ。信用もしているし、でも言ったように・・」
「構まわない。隊長は居場所をくれた。私の出来ることを教えてくれた。守ってくれた。楽しさを教えてくれた。色々教えてくれた。私でも意味がある存在だと感じさせてくれた。責任のある大人の背中を見せてくれた。なのに・・・フェイクムーンから帰ってきた隊長はずっと暗いです。力になりたい。一杯言えないことを抱えているのがわかります。なのに何も言わない。言って下さい。聞くだけなら聞きますから。何も出来ないかもしれないけど。聞くことは出来ます。隊長のこと、誰よりも・・・心配です」
 希望が無いことはいいたくない。
 僅かな可能性すら許されない気がした。
 悲観的な視点は身に盛る毒。
「ありがとう。さすがお見通しだね・・・」
 それだけに言えない。
「次で地球は終わりなんだ」
 それを言って何になる。
「でもこの作戦がある」とすら言えないのに。
 私達は余りにも相手のことを知らなさ過ぎる。
 マザーや、その後ろ側にいる連中のことさえ。
 彼女にその重責を担えるとは思えなかった。
 そこまで強くは無いだろう。
 身に余るのなら毒にしかならない。 
「こんなんだから彼女に振られちゃうのかな?」
 妙なことが口をついた。すると彼女は、
「私だったら振りませんけど・・・」
「・・・ありがとう、救われるよ」
「救われたのは私です」
 彼女はじっと私を見る。
「オートログアウトは徹底して。それと深追いはしない。追うよりも逃げること。トンさんが急場で用意してくれた対アメジスト用の装備は最後の手段だからね。あと・・」
「大丈夫です!ブリーフィングはバッチリ入ってます!」

 他のメンバーにも声をかける。
 彼女の演説に胸をうたれたようだ。
 遠征プランは作戦室で行われ、副隊長やエイジを含め中心メンバーで実施。
 ミリオタさんはずっと心配そうにしていた。
 事あるごとに「やっぱり俺が行ったほうがいいじゃないか?」と言っては「駄目です」とマルゲリータに諭される。皆はネタのように受け取っていたが。
 彼女らは既に通信圏外にいる。

「今しかない」

 不意に去来する。
 彼女らの勇気に応えないと恥だ。
(STGI)
 まだ平和な今だからこそ準備出来ることがある。
 壮大な兵器ほど充分な備えがいる。
 今ならもしもの際、俺がアカウントを凍結される程度で済む。
 
 シューニャはハンガーに向かった。

 眼の前にSTGIホムスビ。
 コンソールを読んでも搭乗方法が書いていないのだ。
 映像からコックピットらしきものが先端付近の上部に見えるのは気付いた。
 でも、足をかけるような凹みも無ければラダーもありそうに見えない。
 ジャンプしてみるが、ハンガー内は重力がある。
「どうなってるんだ?」
 少し離れ、僅かに見えるコックピットの端が見える。
(どうやったら乗れる?コックピットだよな・・・乗りたい・・・乗らないと)
 次の瞬間。
 目眩がした。
「なんだ!」
 ほんの僅か、コンマ数秒の目眩の後。
「え!・・・え!・・・どこだココ!なんだコレ!」
 球形の空間。
 真っ白い壁。
 その中央に自分は浮いている。
 ジタバタと身体を動かしたが腰がまるで何かにハマって固定されているように動かない。
「うわっ!うわっ!」
 声を上げ手足を激しく動かした。
 動けない。
 暫く動かすも無駄とわかり少し落ち着いてきた。
 少なくとも落ちないことを理解しのだ。
 妙な感じ。宙に浮いている。 
 地に足が着くという表現があるが、足は浮いている。
 腰が地についていると言えばいいか。
(そうだ・・・海やプールで浮き輪に浮かんでいる感じだ)
 上半身は抵抗が無く軽快に動く。
 下半身は何か見えない圧のようなものがあり少しだけ重い。
 ただ、それでも動くぶんには問題ない。
 真っ白い壁は正方形のブロックが積み重なって球形を成しているよう見えた。
(まるで全方位型プラネタリウム・・・)
 空間にしてどれくらいの広さだろうか。
(高校の教室ぐらいか?・・・)
 目を凝らす。
「うわっ!」
 思わずナチュラルに叫んでしまった。
 球形の外壁に外の映像が出たのだ。
 自分が空に浮かんでいるようにも見える。
 無意識にガクガクと震えたが、コンソールが見え、初めて理解した。
「これはSTGIのコックピットなんじゃないか・・・」
 STGIの全景は見えないが先端部と振り返ると後ろが見えた。
 自動車の運転席からボンネットが見えるような感覚。
「わかったぞ・・・」
 ピンと来た。
(意思だ。STGIは自らの意思で動く。だとしたら降りるには・・・)
 外のコンソールに意識を集中させる。
「あれ?・・・駄目だ・・・」
 意識を対象に集中させるだけじゃ足りないようだ。
(乗った時はどうだった・・・)
「そうだ!乗りたいと思った」
(・・・だとしたら)
 コンソールを見ながら集中するとみるみるコンソールが近づいてくる。
 映像がズームされているのだが気付いていない。
(これに加えて降りるという確固たる意思を・・・)
 目眩が。

「やった・・・やったぞ!やっぱりそうなんだ!」

 コンソールの横にたっている。
 振り返った先にはSTGI。
(よし、もう一度!確認しよう)
 コックピットを見ずに、
(乗る・・・乗る・・・STGIに乗る)
 何も起きない。
(視線も大切なのかもしれない)
 コックピットを見つめ、意識を「乗りたい・・・乗る。乗る」。
 クラッとする。
(来た!)
 球形の中にいる。
「出来た!」
 朧げに理解する。
 肉体の動作。
 そして確固たる意識。
 この二つが相まって操作出来る。
「世界最高の乗り物はバイクだ。自分の肉体と一体化出来るからな」
 バイク好きの大学時代の友人が言っていた。
 一体化する乗り物。
 STGIは装者と一体化する宇宙船なんだ。
「ん?」
 外に意識を移し天球型モニターが様子を映すと、コンソールが赤く点滅している。
「降りる・・・降りる・・・・」
 一瞬のブラックアウト。
「よしよし!よし!完璧に把握した。・・・毎度一々目眩がするのが気持ち悪いな・・・」
 出来た。
 妙な感覚。
 しかも心臓に悪いようだ。
 一瞬クラッとすると別な場所にいるのだから、一瞬パニックにもなる。
 顕在意識で整合性がとれないからだろう。
 心臓の激しい鼓動がありありと肉体の動揺を示している。
(大丈夫・・・恐らくいずれ慣れる・・・)
 親指の爪をもみながら落ち着かさせる。

 コンソールを見ると「緊急通信」としてビーナスの名前が明滅している。
 タッチして応えた。
「どうしたビーナス?」
 ビーナスのホログラムが出る。
「マスターご無事ですか!」
「ん?見ての通りだけど。何か合った?」
 彼女は胸を撫で下ろした。
「突然マスターの信号がハンガーで途絶えたものですから・・・」
 妙な話があるものだ。
「え?・・・ずっとココにいたけど・・・」
「おかしいですね・・・」
 まさか。
「STGIの中は届かないんだ・・・」呟いた。
「どういうことですか?」
 ビーナスに掻い摘んで説明する。
「消失時間と一致しています」
 STGIに搭乗すると、パートナーから、更に言えばマザーから検索が出来ない。
 消失したことになる。
(思い出した。サイトウに纏わる噂でも聞いたことがある)
 シューニャは少し考えると言った。
「後でSTGIの実験をしたい。協力してくれ」
「はい喜んで。ですが、私は搭乗出来ませんが、どのように?」
「ああ、おいおい説明する」
「では、何時でもお呼び下さい」
 ビーナスが笑みでお辞儀をするとホログラムが消える。

 ミリオタさんの用事は他愛もないものだったが、それが私の目先を変えてくれたようだ。
 ナーバスになっている自分に気付かされる。
 何時だったか宝くじで大金を得た人の話を聞いたことがある。
 世界の中心が自分になったかのような緊張感らしい。
 その緊張感に耐えられず、誰かと秘密を共有したくなる。
 その結果、転落人生が始まるわけだ。
 何せ砂糖の位置を知った蟻は一気に群がる。
 それを止めることは出来ない。
 元を断たなければいけないが、その元を断つには自分で使い切るしかない。
 困ったことに使い切った後もその余韻は残る。無いのに寄って来るのだ。
 結果だけが独り歩きし、死ぬまでついて回る。呪いのように。
 宝くじを得ても転落しない人は淡々としていると聞く。
 その存在すら他人に知られることが無い。
 そこから学びとれそうだ。
 派手なことをすれば目立つ。
 生活を変えれば目立つ。
 昔からツキで得た大金は一夜にして使い切った方がいいと聞く。
 世話になった人と飲み食いしたり、旅行へ行ったり、寄付したり、いずれにせよ実務で使うべきではないと聞いたことがある。死ぬまで嫌味を言われるからだろう。いや、嫌味程度で済めばいい。そうはいかないのだろう。皆で使えば後腐れない。嫉妬を買わない方法だと思う。この歳になってわかる。生活者の知恵だ。民間の叡智。
 物質だとどうなんだろうか。
 分けようがない。
 この場合は共有も出来ないし、売ることも出来ない。
 譲ることも。
 背負う形になる。
 いや、方法が無いわけではないか。

(人々の為に使う)

 STGIを一人眺めた。

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