STG/I:第六十話:賭け


 シューニャは休憩の号令を発する。
 猶予を与えたいと思った。
 土台敵わない相手。
 自分を含め、それぞれが決断を下す為の「間」が欲しい感じた。
 勤め人時代にそれで自分が助けられたことがあるからだ。
 パニックの中にいて落ち着くことは出来ない。
 静かな場所で精神をリセットするこが大切だと実感している。
 始まればそんな暇は無いだろう。
 先の攻撃からも数で解決する相手とは思えない。
 質でも遥かにコッチが劣っているようだ。
 偵察隊以外の部隊員には五分後の集合を伝え、沈んだムードのまま散開。
 長過ぎる時間は却って「決断」を鈍らせる。
 短すぎる時間は考える猶予がない。
 彼の経験では一分か三分だったが、迷いやすい質の人間には五分欲しいと感じた。それ以上は長すぎる。シューニャは静がタグをつけた最優先事項が全て対処済であることを確認し、自らも「離席中」のアイコンを表示する。

 椅子から立ち上がり、手挽きでコーヒーを入れる。
 回している時間が意外と大切に感じる。勤め人時代には無かった感覚。
 ただただ追われていた。
 逃げるなと言われて逃げないで済む時代では無いだろう。
 かといって、厳しい現実を克明に伝えることも酷だ。
 暴力や暴言で相手を支配したくもないし、演説で洗脳もしたくない。
 本来それらは集団で挑む際には効果的な働きかけであることは解っていたが、自信がそうした目に散々あったせいか、それらはどうしてもしたくなかった。最も、可能性がそれなりに高いのなら話は別だったろうが。
「あ~美味しい」
 豆のラベルを意味もなく見る。
「コロンビア・・・か。やっぱり豆はこれが体質に合うな」
 独り言。
 以前はコーヒーを飲んでも眠くなりにくいことも無ければ利尿作用を感じたことも無かったが、どうしてか最近はそうしたものを実感する。歳もあるんだろうが。
(リーダーは今仕事しているんだろうなぁ・・・)
 会う時間はない。
 不意に電話をしたい欲求にかられ携帯を手に取る。
 リーダーの顔が浮かんでいたが、母の顔、父の顔、元彼女の顔が次々に思い出され、携帯を置いた。小さな窓から青空を眺めつつ物思いに耽る。部屋の中は引っ越して来た時とほとんど変わらない。外から見たら四六時中、ゲームばかりしているだけのこと。

 28番目の惑星で起きている新たなる脅威は後々に彼らマザーにとっても脅威となる。是が非でも静のデータは欲しいだろう。情報処理能力と知性は直結している。事実がどれほど大切か彼らならわかるはずだ。他惑星へのSTG配備もそれを物語っている。一体全体STGは何種類配備されているのか。彼らがそれを明かすことは無いのだろうが宇宙規模であることは疑いようがない。あの隕石型宇宙人は耐性ウィルスや細菌のように次第に強くなっているのだろうか。その宇宙人を唯一退けた21番目の知的生命体。どういう人達だったんだろうか。最も人という言葉が該当するかどうか甚だ疑問だが。どうして彼らは滅亡したのか。隕石型はどうして21を取り込むことが出来たのか。そもそも取り込んだのか?取り込まれたんじゃないのか?・・・取り込まれた可能性もある。余りにも性質が違い過ぎる気がする。

(下手すると新たな脅威かもしれない・・・)

 もし21番目の知的生命体が生き残っていたと仮定して、新たに住処が欲しいはずだ。難民状態だった彼らが流浪の果に今の姿になったとする。彼らの航海は安易じゃなかっただろう。隕石型の攻撃が暫く止んでいた理由もソレかもしれない。ひょっとしたら近隣の隕石型は既にフェイクムーンに殲滅されているんじゃないのか?その上で地球を第二の故郷としたい場合、彼らSTG21は隕石型以外の新たな脅威となるかもしれない。同じ人類ですら難民と上手くやるのは難しいのに、全く相容れない存在だったら。

(戦い以外の選択肢が思いつかない)

 最悪なのは隕石型とSTG21が別個の目的で地球を目指しているとしたら。マザー達は対抗手段を用意してくれるだろうか?これまでの発言からするとSTG21は完全に例外扱いだ。彼らは想定外に対して動きが非常に鈍い。それとも何とか連盟とかの関係で動けないのかもしれない。それに類することを言っていたな。地球でもそうだ。STG21の攻撃は圧倒的なのにそれに対抗する術がないとしたら・・・。

(詰んでる・・・だからこその放棄か・・・なるほど、妥当なんだろうな)

 そう言えばブラック・ナイトはどこへ消えた?ヤツは何しに来たんだ。食われたアメリカらのSTGIや他のヤツらはブラック・ナイトなのか? どうしてヤツらは襲ってこない。それもフェイクムーンのお陰なのか?それもそうだがアメジストとはどういう関係なんだ。何もかもがわからない。下手に手を打ったら取り返しがつかないことになる。

(いや・・・もう手遅れなんじゃないか?少なくともフェイクムーンに手を出したのは・・・我々が先じゃないか・・・)

 こんなにも不安材料しかないのにどうして俺は落ちつている。フェイクムーンの情報は途絶えたままだ、この瞬間にも本拠点を撃ち抜かれないとどうして言える。そう思う一方ではそれは無いという妙な確信があった。この自信はどこから来る?死んでもいいと思っているからか?今まではそうだった。いつ死んでもいい。寧ろ死ぬことはウェルカム。これ以上、誰にも理解されない原因不明の病で苦しまなくていい。無理解から罵られなくてもいい。でも今は少し違う。変な話しだが、全員が死んでしまうかもしれないという事態になって生きる力が湧いてきている。自分は死んでも、皆は死なせたくないと思っている自分がいる。例えそれがアンドロイドであろうとも。結局は死ぬつもりなのか?いや、違う。そうじゃない・・・根拠なき根拠の要員。パソコンの前に戻り黒いマウスを見た。

(黒なまこ・・・)

 俺の根拠はあれだ。どうしてかわからないけど、アレを使えばなんとか出来る感覚がある。どうして?わからない。そう言えばどうしてあれのコックピットにログインしなくなったんだ。

(思い出せない・・・)

 一方で妙なる感覚。あれを動かすには代償がいる気がする。問題はその代償の程度がわからないが軽くはないだろうという実感がある。やはり「命」だろうか。映画みたいに、死よりも恐ろしい無限地獄だったとしたら真っ平御免。死んで尚苦しみたくはない。
 考えると、あれらが自信の裏付としたらなんとも心もとない。でも、すがれるのはアレしかない。皆と違って最初からサイトウを知らないし、彼の恩恵を実感したこともない。彼は遠い存在。絵に描いた餅。そんなのに助けを求めるほど非現実的な人間ではない。自信の源はサイトウじゃない。アイツ、黒なまこなんだ。

(本当にそれだけだろうか)

 皆を救うために死ぬのなら格好がつくというのもある気がする・・・。
 結局は死にたいだけなのか。
 いや、死にたいんじゃない。死なせたくない。
 タッチャンも病気で苦しんでいると知った。
 生きて欲しい。
 例え死にたいと望んでいるとしても。

(身勝手もんだな・・・。外からの視点だとこうも身勝手なものか。俺の母さんもこういう感じなのだろうか。知らないから言える。この苦しみを知らないから。知ったら言えなくなる。でも、やっぱり・・・生きていて欲しい。身勝手な!・・・でも・・・さて・・・行くか)

「戻りました」
「あ、戻られました。偵察隊より副隊長です」
 エイジは休憩していないようだ。
 休める時に休むべきなんだが。
「どうしたーシューニャ~ん。暇だぞ~」
 シューニャはニヤリと笑う。
 どうしてか安心する。
「ミリオタさんの大好きな絶体絶命です」
「誰が大好きって言ったよ。好きじゃねーや!」
 彼はシューニャの顔を見ると、嘘でも冗談でもないと感じたようだ。
「何があった?」
 真顔になったのを見てシューニャは微笑む。
(心強いよ)
 心が折れた人間、投げた人間は御しがたいが、彼には感じられない。
 知らないからとも言えるが。
「フェイクムーンにしかけようと思います」
「名案が浮かんだか?」
 マザーの協議は伏せておくことにする。
「下手すると・・・地球最後の戦いです」
「え!・・・ん~・・・でも、それっていつもだろ?」
「・・・言われてみると、そうですね!」
 二人は不敵な笑みを浮かべた。
「どうするよ。なんか策があんだろシューにゃん?」
「外交です」
「はぁ?どういうこっちゃ」
「まずはSTG21と話します」
「嘘だろ!」
「大真面目ですよ。その為に、恐らく唯一対話出来る可能性を秘めた静を連れて行きます」
「・・・お前が連れて行くとか言わないよな」
「ご明察。私と出ます。万が一の際はミリオタさん・・・頼みましたよ」
「オイオイオイ!フラグ立てんなよ!今の一言で成功確率が六十%は減ったぞ。タツのクソガキはまだなのか!」
「恐らく何かあったのでしょう。余程なんですよ。そうじゃない限り出てくる人ですから・・・。寧ろこれはラッキーです。最悪、貴方と彼がいれば希望が託せる」
 託せるか。
 今の発言は無責任なのかもしれない。
「俺が行くんじゃ駄目なのか?」
「ええ・・・私と静じゃないと出来ません」
 ミリオタは顔を歪め歯ぎしりをする。
「・・・護衛させろ。それが条件だ」
 不思議とこういう時はグダグダ言わなかった。
「ミリオタさん、それだと万が一の際に・・・」
「万が一は地球最後だろ?違うか。いつも後なんかねーんだよ。全力出し切って、それでも敵わなくて、ラッキーで、オコボレで生きてんだ。地球最強のラッキーマン。サイトウもいない・・・あの馬鹿共が自ら始末しやがったからな! アイツを召喚するタツもいない・・・。ネクストはねーんだ。俺はなぁ、何もしねーで『しゅーりょー』は絶対に嫌だぞ。なぁシューニャ、俺はお前みたいに発想力も無ければ我慢も出来ない。大人にもなれない。社交性もない。お前がいたからココまで喋れるようになった。皆ともそれなりに仲良くなれている。リーダーやお前がいたからヤレたんだ。こんなクソが後なんか纏められるかよ・・・アイツだってそうだ。俺はついてくからな!」
 困った。
 まさかここまで言われるとは。
(目頭が熱い)
 別にコレが最後とは思っていない。
 ”黒なまこ”のことを誰にも言っていない。
 そもそもアレが機能するかどうかは賭けだ。
 その為にもミリオタさんに残って欲しいんだけど。
 腹をくくるか。
 まだ彼がいる。竜頭巾が。
 生きていれば必ず戻ってくる。
「わかりました・・・行きますか?」
「おうよ!そうこなくっちゃ!」
「私も行きます」
 マルゲリータが介入した。
 秘匿回線なのに通信を勝手に傍受していたか。
 表情が固い。
 彼女も相当な頑固者である。
 最も、だからこそ索敵のプロたり得たとも言える。
「それは駄目だよ!」
 ミリオタは血相をかえる。
「行きます!私だってシューニャさんに・・・」
 困ったなぁ・・・。
 居てくれると助かるけど。
 しかしマルゲリータがいるとミリオタさんの調子が狂う。
 いや、寧ろ万が一の際は彼女がいることで二人共逃げられる可能性が高いか。
「しょうがないなぁ」
 明るい調子でシューニャが言うとマルゲリータの顔がパッと明るくなる。
「ミリオタさん、彼女を守って下さいよ」
「それは当然として、お前もだろ。二人とも俺が守る」
 そんなに器用だとは思えない。
「・・・船が沈む時、最後までいるのが艦長だと思いませんか?」
「それって本当の最後だよな。最初に居なく成ってどうするよ」
「・・・それもそうだ」
 シューニャはあっけらかんと言った。
「なんなんだよ真面目にヤレや!」
 言いながらミリオタも笑った。
 マルゲリータは固い表情でジッと見ている。
 万が一の時は、ミリオタさんはマルゲちゃんを必ず守るだろう。
 二人で離脱すればいい。
 そして私は”黒なまこ”に乗り換える。
 そうだ。それでいい。それがいい。
「じゃー行きますか!」
「おうよ!待ってるぜ!他の奴らは戻していいんだよな?」
 ここで少し迷った。
 マザーはああ言ったがどうも気になる。
「いえ・・・そのまま待機して下さい」
「どうして?」
「三人で・・いや、四人で帰還する際に、居てくれると助かります」
「四人?」
「ええ、静もいれて四人です」
「ああ。俺の静ちゃんね」
「皆の静ですよ」
「違うね。俺がデザインしたんだ。俺の静だ」
「しょうがない人だな~」
 ミリオタがシューニャを見た。
「四人だよな」
「ええ」
 まあいい、と言いたげな顔をする。
「合流出来そうな段階で一報を入れます。少し準備に時間がかかりますので」
「丈夫なのか?そんな悠長にやってて」
「ええ」
 簡単に言った。
「まー・・・お前が言うなら間違いないだろ。わかったよ、こっちも準備しておく」
 マルゲリータは相変わらずこわばっている。
 彼女はフェイクムーンの情報が完全に途絶えたのを知っているかもしれない。
「おーし、お前ら!今隊長様から俺とマルゲリータの出撃の司令が出た。他は待機!」 
 偵察隊から大ブーイング。
「うるせーぞ!隊長様が待機って言うんだから待機だ!」
「ずるい!副隊長だってずっと文句言ってたのに!」
「それはそれ、これはこれだ」
「ずりぃーーっ!」
 回線を切る。
 マザーが地球を放棄にかかっていると知ったらこうはいかないだろう。
 部隊の作戦室はお通やだ。
 エイジはまるで人が変わったように何やら忙しく情報を収集している。
 ログアウトした者もいる。
 なかなか戻ってこない者。
 ただシューニャは誰も居なくなっても不思議じゃないと思っていただけに意外だった。
 遥かに残った方だ。
(まだ現実感が無いのだろう)
 ”まさか”と思っている。どこか他人事なのだ。
 わかるよ、その感じ。
 雲の上を歩いているような。
 熱病にうなされ、妙にフワフワした感じ。
 でも、逃げるならこの間に逃げないと手遅れだったのに。
 最も、結局は逃げようがない。

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