STG/I:第五十九話:パンドラの箱


 本部の罵声を浴びながらもシューニャは妙に落ち着いていた。

 静がもたらした情報が想像以上のものだったからかもしれない。
 パッケージ化されたそれらのほとんどは隊長のみ閲覧可能な権限が付与されている。暗号文の前置きにはテキストメッセージでこうあった。

「奪えるものはのべつ幕なし、与えるものは最小限に」

 シューニャはそれを読み笑みを宿す。
(さすが我らの静だよ)
 部隊員には静の言う意味がわからないというのも少なくない。
 彼女の言葉には想像力を要求する。
 こうした部隊パートナーは珍しいと言えた。
 彼女らの役割を考えると、簡素で誰でも解りやすい言葉と行動で直接的な表現を必要とするからだ。解りやすいというのが重要な要素である。そうしなかったのは彼女をデザインしたミリオタと性格付けしたシューニャが原因である。
 この文章の意味は「特に狙いがあったわけではない」と言いたいのだろう。
 また、そういう状況でもなかったと。
 静の意図を自分なりに解釈し、多くを黙っていることにする。
 敢えて暗号化し受け渡したということはそういう意味だろう。
 人間と違い、思いつきや、悪い意味で適当ということが無い。アンドロイドゆえ。本来ならビーナスに解析させれば早い話なのだが彼女の意図を深慮し、止めにする。
 本部も含め部隊員もこの秘密の全貌を知るよしもない。最も彼とて似たようなものかもしれない。とても読みきれるものじゃない。彼女が優先順位のタグをつけてくれなかったら到底無理だったし、データ類の解析も静やパートナー無しには不可能に思える。

「さて、どうなるか・・・吉と出るか凶と出るか・・・」
 シューニャは誰に言うとも呟く。
「部隊通信のリセット及び再接続、部隊スターゲイトのランダム編成終わりました」
「お疲れさま」
 勝負はまだ始まってもいない。
 フェイクムーンは暫く彼方此方に進んだ後、どういうわけか停止した。
 その方位は本拠点を向いていない。
 それだけでも十分な成果といえる。
(今はコチラ側の出方を伺っているのだろう)
 危うい方へ動き出したら生物の本能として対応せざるおえない。
 事実、本部の軽率な動きである程度絞ってきたようだ。
 過ちを数度繰り返し、本部はシューニャの提案を受け入れた。
 それでもある程度は絞ってはきているのが伺える。
 偵察隊は帰還させていない。
  偵察隊のパートナーに異常は見られないが油断できない。ハックされたと仮定すると直ぐに帰還させることは出来ないだろう。待つ技術が要と言えた。

(こうなると戻すわけにはいかなくなるものだな・・・)

「シューニャぁ~俺たちはいつ帰れるんだ~」
「ミリオタさん、もう少しまって下さい。フェイクムーンの動きが計りかねます」
「でもよーもういい加減いいだろ、飽きたぞー」
 彼には静がダウンしたことは伝えたが、その原因はわからないと言った。
 コチラ側の手の内が悪意なく漏れないとも限らない。
 静の助言からも、偵察隊との通信は最低限に済ませている。
 直接接続ではなく幾つかの中継地点を経由しわざと遠回りにやらせていた。
 何をどこまでが安全とし、どこまでを危険とするか。
 その境界域の見極めが極めて重要であることは仕事の経験で思い知っている。
 彼は慎重派と言われた。
 自身も承知している。
 だから気を使うべきは、いつ大胆に動くかだ。
 守りが強ければ強いほど、動けなくなってくる。
 すると機会を失う。

「フェイクムーンに高エネルギー反応を確認!」

(動くか!)
 コアのSTG21が再び真っ白に光出す。
「エネルギー偏差・・・特定出来ません。えーっと・・・え?そんな・・・候補千五百方位!該当方位に味方機体は無いと思われます・・・」

(何だ・・・・)

「千里眼とメリーさんの位置は?」
「射程内です」
「サーチ限界距離まで下がって下さい。ステルス性を最大、ゆっくりでいい!」
「エネルギー圧更に上昇!コース候補三千以上!味方は無人機以外射程内にいません!」

(気づいたんだ。見られていることに)

「千里眼とメリーさんの被弾確率は?」
「五十五%!」

(今この状況で目と耳を失うのは危険過ぎる)

「更に上昇!コース候補七千!」

 無人機を全部撃ち落とす気か?
 やることが今までの隕石型とはまるで違う。

「発射!」

(早い!)
 それは光のシャワーだった。
 千里眼が最後に送ってきた情報を解析すると、
 最終的には八千八百方位に光は発せられた。
 自らを守るため、光の棘を尖せるように。
 射程距離はそう長くはない。
 彼らはそれで十分だと思ったのだろう。
 そして、その狙いは的中した。

「千里眼、メリーさん共に大破!」

(マズイ・・・。これでは全うな判断できない。事実、認識、解析、判断、最後に運。この五つの必須条項に対し、事実が得られないなんて。最後の運任せになる。なのに流れも良いとは言えない・・・)

「フェイクムーンの情報が途絶えました・・・」
 STG21を攻略する以前の問題。
 近づけばハッキングされ兼ねない。
 ビームで足を掴まれても厄介。
 長距離砲では相手が遥かに上だろう。恐らくこっちがエネルギー充填しだした段階で撃ち抜くだろう。
 あのエネルギーにして、あの巨大さ、それでいて想像以上に機敏。
 今の砲撃にしてもタイミングがわからない。チャージも想像以上に速い。
 本気になれば近間のSTGを一発で全機撃ち落とすことは出来そうだ。
 ファーストコンタクトでそれをしなかったのはどうしてだろうか。

「また一寸法師作戦なのか・・・」

 皆がシューニャを見た。
 大きい相手に対し痛烈な一撃を放つには内部に入り込むしかない。
 外部との接続をたっていけばハッキングは免られる。
 何度も成功するような確立性の高いものとは思えない。
 ドミノ作戦における巨大隕石型突入シミュレーションも成功率は極めて低かった。
 リーダーや他の隊員は信じなかったが、竜頭巾の言った「サイトウのおかげ」というのはシューニャにとって非常に説得力が感じられたものだ。
「本拠点はどうして超距離砲を撃たないんですか。マザーに進言してはどうですか?それが駄目ならブラックナイト隊のインドラで撃ち抜けば。あの的の大きさなら確実ですよ」
 ランカーは「何をまごまごしているのか」とでも言いたげに、苛立ちを顕にしつつ言った。インドラは本拠点防衛用の部隊装備。長距離砲で、先の大戦の経験から配備した。
(この次元の認識なのか)
 本拠点から攻撃を仕掛ければ、「ココに居ますよ」と言っているようなもの。それはシューニャにとっては当たり前のことだったが、彼にとっては違うらしい。
「どっちもマザーは許可しないでしょ」
 本拠点からの直接攻撃には本拠点の総意、つまり本部からの指示、もしくはマザーの許可が必要だった。
「どうして?」
「自らを危険に晒すような真似だからです」
「そんなはずは無いですよ!一発で撃ち落とせるんですよ!」
 こういう時は「黙れ!」で通じたら楽だと思った。
 軍隊がああした訓練内容なのが頷ける。(面倒な時代になったな)そう思いながら、マザーに聞きたいことがあったことを思い出す。
(静がハッキングを受けたということは他のパートナーはどうなんだろうか)
 静は言ってもマザーと直結していない。
 搭乗員パートナーが同じことをしようとしたらマザーに拒絶されただろう。
 奪いに行くということは常に奪われる可能性を内包している。
 リスクが大きい。普通はやらないし、マザーなら尚更だろう。
 未知なものへの対応の遅れは人間よりも強いように感じられた。
 それは彼らが安全だからに違いない。
 だからこそ不安は強い。
 不安への備えは長期的視野にたって動く。
 宇宙規模のSTG配備もそこから来ているのだろう。
 逆に目の前の異常への対応は遅れがちになる。
 計画に無いからだ。
 計画に組み込むには時間がかかる。

(聞くだけ聞いてみるか・・・)

 気になることがあった。
「マザーにつないで」
 ランカーが「ほらな」という顔をする。 
「接続しました」
「マザー、フェイクムーンにハッキングを受けましたか?」
「会敵時に受けましたが以後は受けておりません」
 やはりそうだったのか!
「完全に退けられたのですか?」
「はい」
「それは出撃した全てのSTGに対して言えますか」
「言えます」
 良かった。
 それなら偵察隊を戻すことが出来る。
「電子戦の際にハッキングををしかけましたか?」
「いえ、防御と経路閉鎖に徹しました」
「どうして?チャンスだったのでは」
 嘘をついている?
「STG21に敵う見込みは無いからです」
 おっと・・・新たな情報が。
 静は成功した。
 やはり嘘をついている?
「なんでそう言える?」
「残念ながらSTG21の性能は28を遥か上をいっております。それはコンピュータ・コアに関しても同様です」
 初耳だし、その可能性は考えてもみなかった。
 静の様子が思い出され眉をしかめる。
 彼女が破壊されたのは電子戦に負けたからか。
 あの短い時間で。
 となると嘘ではないようだ。
「だとするなら・・・(ヤバイじゃないか)どうするのですか?」
 外部通信を断っていない限り奴らが射程内に近づくだけでマザーがハックされる可能性がある。マザーの攻防はどれほど持つのだろうか。直接攻撃を受けるより遥かにマズイ。
「現在協議中です」
「協議?対抗策の協議ですか。本部も参加中なのですか?(さっきはそんなこと言ってなかった)」
「日本・本拠点へは決議後に招集し結果を伝えます」
 それはこれまでに無い対応だ。
 宇宙人は自発的に敵宇宙人との戦闘に動いたことはない。
 地球人の要請を受けて動く。
 この図式はこれまで崩れたことが無い。
 自発的な協議があるとしたらどういう理由だ?

「何を協議しているのですか?」

 ここで決定的な発言がマザーから出る。

「この惑星を放棄するかの協議です」

 作戦室で幾つか悲鳴が上がる。

「放棄・・・つまり見捨てる・・・」
 そこまで事態は深刻だったのか。
 それほどの力量の差なのか。
「その協議です」
「自分らだけ逃げるってことですか・・・」
「はい」
 彼らにとって地球とはその程度の存在なのか。
 所詮は数多くの防衛戦の一つに過ぎない。
「どうするんだ俺たちは・・・」
「あくまで協議中ですが、放棄が決定した際は既存施設は全て提供いたします」
「・・・それじゃ敵わないから逃げるんだろ・・・」
「はい」
 簡単に言う。
「何か案は無いのか?度毎に諦めた結果がこの事態を生んでいるんじゃないのか?」
「STG21が彼らに取り込まれることは想定外でした。この危険値は未知数と言えます」
「だから逃げるのか」
「厳密には距離をとり最低限の安全性を確保しつつ、対応を検討する時間が必要だということです」
「迎撃出来る可能性は極めて低いと」
「それは解りません。フェイクムーンにおけるSTG21の装備が現在不明です。あくまでも最悪を想定した際の対応です」
 ひょっとすると彼らすら恐れるほどに進化したのだろうか。
「わかるよ言いたいことは。でも、ある程度見通しが立ってからでも遅く無いんじゃないか?」
「解った時は手遅れという事態は避けなければいけません」
「静のデータだとそう可能性が低い話しじゃないと思うんだが・・・」
 口をついた。
「データ?」
 静はマザーとは繋がっていない。
 マザーは知らないのだ。
「いや、なんでもない」
「静とは、ブラックナイト隊の部隊パートナーのことかと認識しておりますが」
「・・・そうです」
「そのデータとは?」

(意図せず釣れた)

 言うべきか・・・言わざるべきか。
 いや、言うべきだ。
「STG21に静がハックされた際、逆ハックをしかけ、一部の情報を引き出すことが出来ました。そのデータです」
 彼らは情報の重要性を認識している。
 特にそれが未知なら尚更。
「そのデータを回して下さい」
 食いついた。完全に。
「それは出来ません」
「なぜですか?」
「これから逃げる算段をしている貴方がたに、どうして静が命をはって得た情報を与える義務があると思うのですか?」
「彼女はアンドロイドです。そのアンドロイドを提供しているのは我々です」
「だからなんですか?今は私達の静です。貴方達のじゃない。生みの親より育ての親ですよ・・・」
 カーム・ダウン。
 落ち着け。
 交渉中は一言一言が決定的なことになる。
「わかりました。では何を望むのですか?」
「地球の平和です」
 咄嗟に上手い言葉が思いつかなかった。
「抽象的な表現ではなく具体的な条件を提示して下さい」
「敵宇宙生物を退ける力・・・かな」
「それも抽象的な表現です。また、それを望めるほどの情報なのでしょうか?」
「さーどうでしょう」
「・・・交渉は決裂と記録します」
 シューニャ以外は顔を恐怖で凍てつかせる。
「わかりました。では協議の結果が決まったら教えて下さい」
「個別対応はいたしません。本部から聞いて下さい。もしくは再度問い合わせて下さい」
「なるほど・・・わかりました」
「通信終わり」

 静かになった。

 それぞれが今のマザーの発言を反芻している。
 宇宙人が放棄するとはどういう意味か。
 地球はどうなるんだろうか。
 自分たちはどうなるのか。
 どうすればいいか。
 走馬灯のように各々が過去の思い出が駆け巡っている。
 両親の顔を浮かべるもの。
 好きな人のことを思い描くもの。
 突然告げられた余命宣告のような情報をどう捉え、どう行動していいかわからない。

「なんであんなこと言ったんだ!」

 ランカーが激怒。
 迷いを怒りに置き換えたようだ。
「あんなこととは?」
「・・・これがあの大戦の英雄ブラックナイト隊とは・・・失望したよ」
 彼は身体を震わせ涙を受かべる。
「舞台裏なんて常にこんなものですよ」
「お前は!・・・そもそもどうしてサイトウさんは居ない・・・」
「アカウント削除されてますよ」
「知っとるわ!」
 なら、どうして尋ねる。
 身勝手なことを言う。
 皆そうなんだろうな。
 これぐらいサイトウなら越えてくる。そう思っているんだろう。
 妄想を描き、妄想が裏切られたショックを他人によって解消しようとしている。
(迷惑な)
 誰かが何とかすると思っている。
「・・・・馬鹿みたいだ。こんな肥溜めみたいな部隊にいた自分が・・・」
 そして逃げる。
「辞めます」
「そうですか・・・お疲れ様でした」
 シューニャは頭を下げた。
「これまでありがとうね」
 ランカーはブルブルと身体を震わせるとヘッドセットを投げ捨てる。
「死ね!死ねーーーっ!」

 ログアウト。

 自ら夢を描き、勝手に裏切られたと思い、幕を引く。
 夢を描いた責任すら感じることなく、夢の後始末すら他人に押し付けようと言うのか。
 うずくまっていたエイジがヘッドセットを手に立ち上がる。
(君はどうする?)
 シューニャは彼を見る。
 席についた。
 先程までと打って変わって震えていない。
「エイジさん、副隊長につないで下さい」
「わかりました」
 本音は行動にしか出ない。
(君は自分が思うほど弱くないんだよ。今もまだ気づいてはいないのだろうけど・・・)

 宇宙人はどう結論づける。
 恐らく静の話しを聞くまでは”放棄”が八対二ぐらいだったかもしれない。
 静のデータは彼らも喉から手が出るほど欲しいはずだ。
 話しながら気づいた。

 静のデータはあらゆる交渉を有利にさせてくれる。


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