STG/I:第二十一話:捕食対象者達

大洋を泳ぐマンボウに似ている。

 

昔マンボウはプランクトンのみを食べると聞いていたが、今ではイカやエビ、クラゲ等も食べることが知られている。しかも泳がないで漂っているだけと子供の頃には聞いたが、実際は波の流れに逆らって泳ぐこともある。未知の生体。

 

��ブラック・ナイトも同じだ、規模は桁違いだが・・・)



マザーとの対話を続けた。
 
「お前たちは、ブラック・ナイトから自分の星を守りたいのか」
「はい」
「星々にSTGを提供しているのはその打開策を探していると」
「その通りです」
 
下手な政治家みたいな言い訳より余程信頼出来る答えだった。
 
わかる。
それならわかる。
宇宙人は味方だ。
いや、厳密には違うかもしれない。
ただ、奴らも同じ穴の狢なんだ。
俺たちを矢面に立たせ、最終的には自らが救われようとしている。
でもそれは寧ろ正直だ。
誰だって多くはそうだろう。
 
”捕食対象という意味では同じ道筋にいる”
 
ブラック・ナイトを放置すれば何れ奴らの星も食われるのだろう。
「お前らの星はきっと遠いんだろな」
やつらのやっていることは悠長に思えた。
「ええ」
もし近いのならこんな悠長なことはやっていないはずだ。
「近くにこられる前に探りたいわけだ」
「そうです」
彼らには猶予がある、でも俺たちには無い。
「よく、わかったよ」
「通信終わり」
 
どうする。
 
黒ナマコの周辺を一定の距離で並走する俺たち。
マザーが情報を収集するのを黙って見ている。
部隊を組んでいるSTGが散発的に攻撃をしているようだが、まるで大洋に石を投げて遊んでいるようですらある。効果以前の問題と見て取れる。クジラに向かって小石を投げる行為。いや、規模からいったらそれ以上の差。
 
「ビーナス、可能な限り調査と記録を」
「了解」
何かあるはずだ。
何でもいい。
 
「少し席を外す・・・」
 
「はい」
ヘッドセットを外し立ち上がる。
力が入らない。
結局、Webカメラはつけなかった。
深呼吸する息が震えている。
��怖いのか)
実感がない。
深夜0時を過ぎている。
窓を開ける。
外は快晴だ。
月が綺麗。
雲が泳いでいるのが見える。
ラジオをつけた。
何時も通りの放送。
リスナーの投書が面白い。
��手が震えている)
コーヒーを入れた。
��ブランディーのスティックコーヒーが飲みたかった)
俺は地球最後の日にはどうしたいんだったっけか?
ケーキだ・・・好きなケーキ屋の苺ショートのホールケーキをスプーンで食べながらテレビのクソみたいなニュースを見ながら死ぬんだった。
「この時間じゃ店は開いてないよな・・・」
後でコンビニに行こう。
ケーキを沢山、出来るだけ沢山買って、吐くほど食って・・。
想像しただけで胸焼けがする。
もう余り食べられない。
すぐ腹一杯になってしまう。
「母さん・・・迷惑ばかりかけた、本当に役立たずで・・・ゴミみたいな人生」
涙が出て来る。
��知らせなくていいのか?)
知らせてどうする。
「今、でかい宇宙人が地球に向かっていて今晩には地球終わりだよ」とでも言うのだろうか。「いよいよ頭がおかしくなった」と思われるのが落ちだろう。言われるのは構わないが、どうしようもないことを言われた側はどう思うんだ。
理解しえない物を目の当たりにすると恐怖するだけだ。
「明日、会いに行くか・・・」
三時間で帰れる。
この体力で帰れるのか?
三分の距離で息がきれるのに。
 
先生の言葉が思い出される。
 
��11の後、言っていたものだ。
「一人ひとりにはやるべき持ち場がある。それを淡々とやることの崇高さをわからないんだね今の人は。何か特別なことをやろうとする。被災者がどうだとか言いながら単に自らの影に怯え、自らの恐怖を勝手に相手に当てはめて、何かいいことをした気になっている。被災者からしたら迷惑な話しだと思うけどね」
 
持ち場。
 
俺の持ち場。
 
��捨てた命)
 
パソコンの前に戻った。
 
ヘッドセットをつけ、画面を見る。
動きはない。
「戻った」
「おかえりなさい」
「ビーナス、マザーが収集したデータをこちらで閲覧することは出来ない?」
「可能です」
「よし、それを元に何がわかるかアームストロングと協力して解析して欲しい」
「何を基軸にしますか」
「なんでもいい。思いつくところで」
「わかりました」
「シューにゃんの指示は難しいな~」
「頼むよ・・・」
「わかった」
 
��地球は終わりなのか?・・・俺たちは死ぬのか)
 
実感がない。
だって空は、月はあんなにも綺麗なのに。
こんなにも静かなのに。
 
ダメな時は何をやってもダメなものだ。
勤め人時代に何度も焦って失敗したことがある。
足掻けば足掻くほどに絡みつき血を吹き出す。
本当の手遅れになる。
 
チャンスは必ず来る。
 
来なければ腹をくくるだけだ。
どうせ最悪は死ぬ程度で済むんだ。
 
��そうだよ)
 
生きてこの苦痛を味わうよりどれほど楽なことか。
 
そもそも俺は死にたかったんじゃないのか。
 
何度か「死んだな」と思った症状の時。
悪夢の中で歯車が回っていた。
バラバラでガタガタな歯車。
そもそも動いていない時すらあり、それが一番まずい。
どう考えてもダメだと思い傍観していると初めて物事が見える。
動いているんだ。
何かが必ず。
カタカタと。
力弱く。
でも動いている。
生きようとしている。
それが次第に噛み合い出す。
そして突如、力強く回り出す。
待ちすぎてもいけない。
焦っては絶対にいけない。
ここぞという時が必ず来る。
それを待つんだ。
 
宇宙を漂うブラック・ナイト。
 
その進行方向を見ると明らかに地球をさしている。
 
マザーの攻撃が止んだ。
 
パートナー機が尽きた?
 
コーヒーをすする。
 
「ビーナス・・・お前はやっぱり可愛いなぁ。美人だ」
「え?」
「我ながらよく出来た。お前がリアルなら結婚したいよ」
彼女は顔を赤らめる。
「何言っているのシューにゃん?」
アームストロングは怪訝そう。
「何って、そのままだよ。アームストロングもリアルなら抱きしめてるぞ」
彼は笑った。
「こんなことリアルで言ったら即逮捕だな」
俺は笑った。
二人も笑った。
 
��狂ってる)
 
「マスター・ケシャがコンタクトをとってきました」
 
「ケシャ?なんで今頃・・・つないで」
「シューさん」
「おう、どうした」
「小隊に入れて」
一瞬躊躇う。
「わかったけど、機雷はまくなよ」
「うん」
妙に口が回るな。
笑いは狂気。
ケシャのワンダーランドが接近してくる。
「なんで諜報装備なの?」
「さー」
「プリンは?」
「プリンは・・・あ~、俺の部屋で寝てる」
語弊があるな。
「どうして?」
「わかるだろぉ~」
なんで陽気なんだ俺は。
怖いんだ。
「付き合ってるの?」
「違うけど」
「そうなんだ」
「うん」
「シューさん、男でしょ」
「なんだよ唐突に。わかる?」
「うん。プリンは女だと思うって言ってたけど」
「やっぱりか」
「大人だと思う。シューさん」
今日はやけに喋るな。
こんなに喋るのを初めて。
「そうだな」
「優しいんだね」
「そうかね?」
ビーナスとアームストロングが笑みを浮かべる。
「だって私と話してくれる人はいない」
「いるじゃない」
「プリンは別」
「プリンは別腹か」
何故か一人面白くなる。
「ずっと一人だったから」
「俺もだよ」
「嘘」
「嘘じゃないよ」
「だってお喋り上手だし、社交性が高くて優しいし、絶対モテる」
「そうかね?」
「うん。だから嘘つき」
「これがどうして嘘じゃないんだね~」
「そうなの?」
「ああ」
 
「童貞?」
 
「ちょ、おま。唐突だな」
コーヒーを誤飲しかけむせる。
免疫疾患になってから誤飲しかけることが増えた。
甲状腺がいつも炎症しているというのもある。
老人じゃあるまいし。
「童貞じゃいんだ?」
「ノーコメント」
情けない、いい年して。
「ケシャは童貞厨?」
「そうじゃないけど、私は処女だから」
言うんだ。
言っちゃうんだ。
「そうなんだ」
「処女は好き?」
「・・・さーね。考えたこともない」
「ホモなの?」
「違うわ。お前ね~中間がないな。別にホモでもレズでもいいと思うけど、俺はホモじゃないよ。女が好き。寧ろ女好きと言っていい」
「どういう人がタイプ?」
ぐいぐい来るね。
「そうだなぁ~・・・聡明な人かな」
「聡明って・・・シューにゃんって嘘つきの上に理想が高い?」
「しょうがねーだろタイプなんだから。それと嘘言ってないし」
「美人と可愛い、どっちが好き?」
なんなんださっきから。
今まさに地球がどうにかなるかも知れないってのに、どうでもいい会話をしている。
「どっちもかな」
「性格がいいのと、可愛いのどっち?」
俺のこと好きなんか?
好きになるほどの交流もないだろ。
吊り橋効果か。
彼女も不安なんだ。
「性格、かな」
「やっぱり嘘つきだ」
「なんでだよ」
「男は可愛い方が好きに決まってる」
「単に付き合うならな。そりゃ可愛いに越したことないけど、性格が悪かったらどうにもならんぞ。可愛いだけで許されるのは恋人だけ、長く付き合うなら性格だろ。俺は長く付き合いたい。ほいほい変えるのも面倒くさいから」
何言ってるんだ俺。
「嘘だ」
「お前ね、超イケメンだけどサイコパスで働かない男と、不細工だけど超優しくて稼げるのどっちがいいよ」
もうヤケクソ。
「超イケメン」
「お前こそ嘘つきだろ」
張り合うな。
「なんで」
「女なんて結局は金なんだろ」
マズイ、本音が出た。
彼女に言われたんだ。
言われたようなものだ。
それも当然だよ。
生きるには金がいる。
仕方がない。
でも・・・何故かひどく落ち込んだ。
彼女は悪くない。
「男なんて結局は顔なんでしょ」
「俺は顔よりオッパイだね」
何言ってるんだ俺は。
もうオッパイは卒業しただろ。
「ほら」
「何がホラだよ」
「結局は見た目でしょ」
「導入部としての見た目はしゃーないやん。お互い様だよ」
「やっぱり」
「お前さ、俺のこと好きなの?」
 
「わかんない」
 
「それ聞いて安心した」
今のが即答で「好き」とか言われたと思うと逆に・・・。
「・・・」
悪いこと言っちゃったか。
「シューさん」
「なに?」
「彼女いる?」
「いないけど」
「もし生きて帰ったら付き合って欲しい」
 
はあああああああっ!?
 
「それ死亡フラグでしょ、今は一番言っちゃヤバイやつでしょ!」
「だめ?」
「美少女なら即オッケ」
「結局顔じゃない」
「今のは冗談だけど、お互いよーしらんのに付き合うもへったくれもないだろ」
「処女のまま死にたくない・・・」
「なら手遅れだ。終わりなんだから」
「酷い!」
 
笑った。
 
どうしてか笑えた。
彼女もつられて笑っている。
ケシャの笑い声を初めて聞いた気がする。
「お前の笑いかた可愛いな」
「・・・」
黙るなよ、リアルさが増すだろ。
ケシャが居なかったら俺はどうしたんだろう。
この黒ナマコが流れるのを見るだけの待ち時間。
お陰で少なからず冷静でいられる。
「俺が超絶不細工で豚みたいな爺さんだったどうすんだよ」
「そうなの?」
「例えだけど。・・・もしくは寝たきりで死にそうな豚だったら」
ヤバイ、無意識に正解を言っている。
「結局は豚なの?」
「ある意味では」
太ってはいないが。
最も俺は嘗て豚に失礼だと罵られたことがある。
「豚、好きよ」
「汚い豚だよ。臭い豚だ」
「洗う。掃除好きだし」
「洗うのか」
「付き合って欲しい」
不思議な子だ。
なんとなく生活の後ろ姿が垣間見れる。
人との距離感が掴めないんだな。
思いが勝手に先走っている。
そしてまた人が遠ざかる。
それが自分ではわからない。
「わかった・・・じゃあ、友達になろう」
「それでもいい」
「私がこんなに喋れる人、シューさんだけだから」
「プリンもいるだろ」
「プリンは違う」
「そう・・・なんだ」
「シューさんは話しやすい。初めて、こんな人」
女同士の関係性というのは本当に男には未知だ。
サラリーマン時代も何度となく首を傾げた。
昼飯で一緒に笑っていた連中が一人抜けた裏で罵詈雑言だったのが思い出される。
それを問うと、また笑いながら「女は怖いのよ~」だ。
女が怖いというか、お前が怖い。
怖いというか・・・羞悪なものを感じた。
 
「ブラック・ナイト第二防衛線を通過しました」
 
ビーナスの声が響く。
忘れかけていた緊張感を再び纏う。
受け入れられない。
本当に地球は終わりなのか。
「ところで最後ぐらい顔を見せてよ」
「・・・」
「そんなに不細工なの?」
「酷い!」
「冗談だよ。見せなくてもいい。ゴメン」
「・・・」
人は色々事情がある。
それを他人の物差しでさばくことは難しい。
緊張すると変なことを言うのは変わってないな俺。
これでどれほど失敗したか。
 
小隊モニターに映像がともる。
 
そこにはフリフリのついたメイド服を来た美少女が座っていた。
「ケモナーじゃないのか」
俺はてっきり獣人アバターだと思い込んでいた。
「なんで?」
「だって名前がケシャでSTGがワンダーランドならアレだろ」
「だから」
「・・・あ~アリスの方か」
頷いた。
「可愛いな」
「え・・・」
俺はもうこういうのにときめくような歳じゃないけど。
なかなかどうして造形センスが独特で面白い。
「アバターはね」
「もう!」
「だってそうじゃん。現実のお前は知らないんだから」
「そっか・・・そうれもそうね」
笑えるじゃないか。
普通に話せるじゃないか。
殻に閉じこもることは無い。
ケシャ、君は自分で思うほどおかしくないよ。
安心して・・・。
 
「アルバトロスからコンタクト」
 
ビーナスが告げる。
モニターに映った彼の搭乗員カードを読むが交流履歴がない。
��TGのレベルは八。
この時に直感した。
 
何かが始まろうとしている。

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