STG/I:第十三話:虚像


「サイトウさん、君は何ものなんだい?」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ」
「なら、地球人かな」
「そうは思えないのですが」
サイトウは丸テーブルを挟み宇宙人を差し向かいにメロンフロートを飲んでいる。
腰のくびれたスプーンでバニラアイスをすくい口へ運ぶ。目線は合わせない。
宇宙人は奇怪な色をした謎のドリンクを飲んだ。
飲み物かどうかも怪しい。液体だということはわかるものの、粘度は高そう。



背が高く陽炎のような存在。
輪郭がはっきりせず、どこからが空間でどこからが身体なのか判然としない。
それでもソレは人間のような形をしていることが伺えた。
「どうしてそう思う?」
「君に会いてくて地球へ行ったんだ」
「俺を?」
「見当たらないんだ」
「なんだ。いつも文明自慢する割に大したことないじゃない」
「それは適切じゃない」
「どうして?」
「我々に見つけられない地球人はいないからね」
「自慢?」
「違う。・・・解っているのに君は言うんだね」
「気にするな、会話遊びだよ」
「君は本当に何ものなんだい?教えてくれないか」
ソレは丸テーブル越しに、グイッと顔を近づけた。
文字通り顔だけを。
彼は見向きもしない。
「自分が何者なのかなんて、自分ではわからないよ」
相手を見ることなく、せっせとバニラアイスを口に運ぶ。
「・・・はっはっは。君は本当に面白いな」
伸びた顔を戻し、椅子に真っ直ぐ座り直した。
「君らはつまらないね」
宇宙人はグラスから手を離し、彼を見据える。
「サイトウさんは私達が怖くないの?」
静かに言った。
彼は手を休めるも、メロンソーダをあおる。
グラスを置くと明後日の方を向いたまま言った。
「それって・・・脅し?」
「そのままの意味にとってもらえればいいよ」
「怖いも何も・・・俺は君らのことを何も知らない。怖い以前だよ」
「・・・はっはっはっは」
宇宙人は椅子に座ったまま上体を前後に大きく揺さぶった。
それに呼応するかのように空が大きく動く。
「君は本当に面白い・・・愉快だよ」
「あんたらはもう少し面白くなんないと。退屈だよ」
「努力する。何か助言をいただけるとありがたい」
「そうだな・・・ゆとりを持つ心の構え・・・かな」
「ゆとり?・・・次までに学んでおくよ」
「はいダメ。その時点でゆとりがない」
「難しいんだね」
「君らにとってはね。・・・最も、今の多くの地球人にとってもだけど」
「また会ってもらえますか?」
「嫌だって言ってもいつも来るんでしょ」
「はっはっは、そうだった。いつもすまないね」
「すまないの意味わかってないでしょ?」
「はっはっは、愉快、実に愉快です」
またしても身体を大きく揺さぶる。
今度は地面も揺らいだ。
ソレが揺れると空間が同様に揺れる。
丸テーブルと椅子、座っている彼だけが動かない。
「ありがとうサイトウさん」
「どうも」
宇宙人が立ち上がる。
三メートルはあるだろうか。
椅子にどうやって収まっていたのか。
「また君のSTGIを少し弄らせてもらいました。喜んでもらえると嬉しい」
「また?う~ん、ま・・・好意はありがたく受け取っておくよ」
サイトウはメロンソーダにストローをさすと、残りを一気に吸いながら彼女を見ずに手を上げる。
「会ってもらえますよね?」
宇宙人はそんな彼をジッと見つめた。
「会いたいならね」
ズズズズズッ、と残りのソーダを汚らしく吸い取る。
「会いたい、です」
「わかったよ」
「ああ・・・ありがとう」
彼に向かって手を上げ微笑みのような顔を作ると扉へ向かって歩み去る。
彼女が手を振ると扉が開き、強烈な光が溢れた。
空間と光が彼女に引っ張られるように扉の中へ吸い込まれていく。
彼とテーブル、椅子だけが取り残され、そこは虚無に包まれた。
扉が閉じる音がする。
*
ベッドで横になっているサイトウ。
��女心は宇宙人もややこしいなぁ・・・)
最近は起きているのか寝ているのかわからなくなってきた。
��ここは・・・マイルームか。何時ごろだ?)
意識が覚醒すると同時にドアフォンが鳴る。
横になったまま。
ため息を大きく一つつく。
「ルームライト、常夜灯」
部屋に微かな光が灯る。
��疲れているな相変わらず。治ることもなく・・・)
「ドアフォン、オンライン」
マイルームのドアから騒がしい声がする。
「どなた?」
「サイトウ!やっぱりサイトウだ!いるんだ!」
ドアフォンからの声が部屋に響く。
一人では無いようだ。
「やっぱりってね~・・・報道屋みたいな迷惑さだな・・・」
外が騒がしい。
��ということは・・・あー・・・面倒くさいなぁ)
大きく息を吸い込むと上半身をゆっくりと起こす。
吸い込む勢いに対して起き上がる速度は遅かった。
「うん、ああぁぁ・・・はぁぁ・・・」
声とも言えない音が漏れる。
立ち上がり、パソコンに目をやる。
「話がある!」
ドアフォンから一際緊迫感が伝わる声。
先程とは違う者だ。
男性の声。
若い。
「嫌です」
彼は応えた。
「頼むよ!」
「まずは名を名乗れ。お前はどういう躾を受けたんだ・・・」
「なんだよ・・・忘れたのか!」
「ルームライト・・・とにかく、い・や・だ」
「サイトウ!」
声が震えている。
「ドアフォン・オフライン」
「オフラインにしました」
パートナーの声が応える。
「マスター、お帰りなさい」
「おう。ビーナスちゃん、たらいもん」
マイルームに彼女を呼び出すことは出来ない。
サイトウはパートナーの拡張をほとんど行っていない。STGのレベルで開放される仕様部分以外ではいじっていない。
「ビーナス、俺が必要そうなメールを十件だけピックアップして。それと、ここ最近のトピックスを・・・そうだな、これも十件に絞って。教えて。音声再生で」
「短く纏めますか?」
「いや、そのままの記事を読んで。何時のか、発信元はどこか、誰が書いたかを最初に」
「わかりました」
彼は再びベッドに横になり目を閉じる。
息が荒い。
��疲れている)
「それではメールから」
「うん」
パートナーが読み上げるのを聞くでもなく耳に晒す。
頭がぼんやりする。
側頭葉が万力で締められているような圧を感じる。
心臓の鼓動が強く速い。
��ずっと寝ていられるほど元気もないようだな・・・)
一通り彼女が読み上げるのを聞き終えた。
「わかった。ありがとう」
「よろしいですか?」
「何もしないのでいいのか?」そういう意味だろう。
「あー、もういいよ」
「あの~・・・」
様子が何時もと違う。
「どうした?」
「水着に・・・着替えました」
「水着?夏でもないのに?」
「え?」
彼女の戸惑いが伝わる。
「え?」
彼も戸惑った。
「なんでもないです・・・」
「うん?・・・わかった」
ビーナスの音声がオフラインになる。
��何が言いたいんだ?)
もう一度、深呼吸する。
��今日はやけに苦しい)
「やれやれ・・・行くか」
勢い良く起き上がりハンガーへと向かう。
サイトウの”STG28”がその姿を現す。
��・・・久しぶりに見るような、つい最近見たような・・・思い出せない)
最近は記憶も前後が怪しい。
今のこの感覚は、自分で見たものか、見た記憶を想起したのか、見た話を聞いたのか、自分でもわからないことがある。ただし幾つか克明に記憶していることもある。
コンソールを見る。
船名:ヒノカグツチ。
レベル:五
船体カラー:デフォルトの白金。
特化系統:未選択。
武装特性:オールラウンダー。
戦果、修理履歴等。
装備状況を確認し一人頷く。
出撃記録や戦闘記録を見ることで自分の記憶の前後が肉体的に繋がっていくのがわかる。
分離していた肉体と精神が帳尻が合うような感覚。
「オペレーター、戦果配分」
戦果の配分はパートナーではなくマザーコンピュータ直結のオペレーターを通して行われる。
「いかがなさないますか?」
「全てSTG建造の資材へ」
「サイトウさま、いつもありがとうございます」
「どういたしまして」
��TGを見上げる。
上から下までゆっくりと何かを確認するように。
「いいね・・・」
ゆっくりと深呼吸する。
二十秒吸って、二十秒履く。
三度繰り返した。
不思議と先程まで荒かった息遣いが整う。
「・・・稼ぎますか」
ロビーへと足へ向ける。
ある人の言葉が湧いた。
「人は誰でも有名になれる。でも有名になると無名には二度となれない」
彼は眉を潜めた。
��静かでいることがいかに自由だったか・・・)
サイトウがロビーに出ると同時に大勢に人垣が迎えた。
まるで凱旋。
「サイトウだ!」
誰かが叫ぶ。
それに応えるように皆が口々に言う。
「サイトウ!」
「サイトウ様!」
「救世主!」
「裏切り者」
「宇宙人」
「サイトウさん・・・」
「リアル・ヒーロー」
「あの人が?」
「神様・・・」
「初めてみた!」
「本当にいるんだ・・・本物なの?」
「英雄降臨」
「あれは調子こいているな」
彼は喧騒を聞き流しながら「同じものを見てもこうも反応が違うもんなんだな」そんなことを思う。
上げる人。
盛る人。
下げる人。
嫌悪する人。
惑う人。
何も考えていない人。
無いモノに怯える人。
��真っ直ぐ見る人はおらずか・・・いや声に出ないものか・・・)
彼はやや目線を下げ、誰にも目を合わせず、足早に歩く。
皆が彼の視線を奪うように視界を取り合っている。
男。
女。
ロボット。
獣。
宇宙人。
少年。
少女。
様々なアバターが、口々に「サイトウ、サイトウ」と呪文のように連呼し、声をかけようかかけまいか互いに牽制しあい、また心の中でせめぎ合っているようだ。彼が歩く周囲だけが何かの力に守られているかのように空白が出来て、彼の移動に伴い空間も移動する。中には彼の前にわざと出てくる者もいたが、彼はそれを避けながら歩く。
ホログラムモニターの方で大きな声が上がった。
多くが足を止め、声のした中央のホログラムモニターに目をやる。サイトウが全戦果を資材に変換したとの告知が流れ、どうやらそれを見た誰かが叫んだらしい。一種異様な高揚感がホログラムモニター辺りから波のようにうねり彼の元へも届く。
��あのアピールいらなんだけどな~・・・)
サイトウは運営委員会には所属していない為、仕様にタッチすることは出来ない。
出撃カウンターにつく。
皆が目を輝かせて彼の一挙手一投足を見逃すまいと見つめている。
刺すようだ。
「オペレーター、レベル五で一番戦果の高い宙域を紹介して」
「かしこまりましたサイトウさま」
その声を聞いた何人かが何やら密談をし、別な出撃カウンターに走る。
それを見た、別のグループは彼らが何をしようとしたのか飲み込めたようで慌てて動いた。
「いかがでしょうか?」
オペーレーターの出したリストに目を通す。
「ありがとう・・・コレにするわ」
「サイトウさまなら、もっと上のクエストも受注できますが?」
「いいよ、命が大事だからね」
「かしこまりました」
彼が決めると同時に何人かが大声を出す。
他の何人かは手をしきりに動かした。
どうやら彼と同じクエストに参加したいらしい。
「オペーレーター、そのクエストはキャンセルにしてくれ」
大きな声が背後からする。
オペーレーターはサイトウの顔を見た。
「直ぐに出られるのにして」
彼女は黙って頷く。
「オペーレーター!」
彼女は手を止める。
人垣が割れた。
「サイトウだな、任意同行を求める」
「人違いです」
「嘘つくな」
「なら、聞くなよ」
呟く。
「任意といっても強制みたいなもんだが」
「断る」
サイトウはあくまで彼らを見ようとしない。
オペーレーターが不安そうな顔でサイトウを見た。
それを見て彼は笑みを返し、手で合図を送ると、彼女は頷く。
「警察官気取りご苦労様」
彼らに向き直った。
「偉そうに・・・」
先頭に大きな体躯をしたドロイド。
全身黒づくめ、マントを羽織っている。目が赤く光り、胸にVの時に赤いライン。
頭部に猛牛のような角が生えている。
その両脇に獣型のアバターが二頭。二人と言うべきか。
一人はライオンのような顔。白い獣毛に武者鎧。
もう一人は豹。金色のような獣毛に彼もまた武者鎧。
ドロイドは警棒を手にとった。
「本当、偉そうだな」
彼を語気を強め、見返す。
「治安維持隊の命令だ」
「あれって任意だよね?」
「言ったろ、強制みたいなもんだ」
「それは任意とは言わないんだが」
「引っ張っていってもいいんだぞ」
黒いロッドをぶらぶらと動かしている。
「やる気満々か・・・格闘レベル最大だぞ?」
「俺は棒術最大だ」
「お前みたいな輩はすぐ道具に頼る」
「なんだと・・・」
ドロイドの声に呼応するかのように、後ろに控えている獣達が凄む。
「相変わらずの沸点の低さだね~」
二頭は唸り声を上げた。
人垣が一回り遠くなる。
彼らの多くは三人を睨んでいるが、彼らに同調する者もいた。
サイトウは斜に構え、身体を上下に揺する。
ドロイドの警棒が伸びた。
外野が静かになる。
サイトウの呼気が聞こえる。
獣人が四つん這いに。
「必殺・・・ブレイクダンス!」
彼が叫ぶと、背を床につけくるくると回り出す。
駒のように回転すると、足を開いたり閉じたり変則的。
三人が身構える。
獣人は姿勢を低くし、牙を剥く。
「サイトウ様・・・強制出撃となります。お気をつけて」
オペーレーターが声をかけた。
サイトウは回転をやめ、勢いに任せそのまま立ち上がると不敵な笑みを三人に向けた。
その直後に消えた!
「くっそ!オペーレーター止めろと言っただろ!」
「誠に申し訳ありません。時間ギリギリのクエストは私どもでは制御できませんので」
丁寧に頭を下げる。
「くそ・・・機械の癖に人間を欺くのか!」
「いえ、ご存知かと思いますが、そういう仕様ですので・・・」
「口答えするな!」
オペレーターは丁寧に頭を下げる。
「ブラーボー!」
誰かが叫ぶ。
事態が飲み込めた外野から拍手が湧き上がる。
「ざまーみろや!」
「さっすがー!」
「ブルゥゥゥアアアーボォォォォウー!」
思い思いの声を上げる。
ロビーは喝采に満たされ波のようにうねった。
「行くぞ行くぞ!」
「やば、もう締め切られているよ」
カウンター付近にいたプレイヤーの声。
「サイトウめ・・・英雄気取りが・・・」
三人は周囲を威嚇しながらロビーを後に。
ロビーにはホラグラムモニターでサイトウの戦闘を観戦する者達が群れを成す。
彼の活躍に一喜一憂を繰り返した。
パートナーを召喚し、まるでドライビングシアターで映画を見るような者達も。
歓声が上がった。

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