STG/I:第一話:サイトウ

生きている。

また、朝が来た。
肉体が喜びを感じるのが悔しい。
意識は絶望の底を舐める。
馴染みの味。
もう涙も出ない。
悲しむ時期はとうに過ぎた。
叫ぶ体力もない。
サラリーマン時代の貯金の底も見えつつある。
忙しすぎてお金を使う時間が無かったのが不幸中の幸い。
後一年持つだろうか?
節約して一年半。
いずれにしても収入がないのだからジリ貧。

彼は時折「餓死は辛い死に方らしい」という言葉が過る。
だから尽きる前に働きはじめるつもりだった。
でも次はないだろう。
働けば確実な「死」が待っていると感じている。
斎藤が寝たきりに近い状態になって十年が過ぎていた。
今は無職。
本来なら最も働き盛りで、仕事も楽しい時期のはずだった。
原因は不明。
病気とすら認定されない。
仕事は楽しかった。
精密な血液検査をした。
精密な脳波検査もした。
��RIもとった。
甲状腺検査もした。
検査結果は全て正常値。
起きるとまずニュースとメールを見る習慣になった。
これすらもしなくなったら本当に終わりだろうと自らの尺度として捉えている。
緩慢とした身体で社会と接点をもつ数少ない方法。
��ネットがあって良かった)
彼は心からそう思っていた。
生来、人と話すは嫌いじゃない。
ただ言葉を交わすには多くの体力と脳力を使う。疲れるのだ。
しかし、ある年を堺には目の焦点が妙に合わなくなった。
今となっては見出し以外は感覚で要所を読むにといった調子で、それにも慣れた。
最近はどうしてか右目が油断すると斜視がかる。
すると焦点がぼける。
斜視は鏡で確認した。
皆とは違った意味で自撮りをする。
状態を客観視する為に撮った。
��あのまま働けていたら、結婚してんだろうなぁ・・子供、欲しかった)
起きたばかりなのにもう眠くなる。
この感覚にも大分慣れた。
以前はドラミングがごとく自分の頭をタコ殴りにもしたが目眩が数日間続くこともあり止めた。
自己を否定しても好転しない。
泣いても事態は良くならない。
叫んでも、
物を壊しても、
誰かにあたっても、
何も好転しない。
全てが無味乾燥。
状態をただ認識し対策を施すことが最善と知った。
「なんだ?新手のスパムか」
普段なら自動で振り分けられる迷惑メールは見ないのだが、時々なんとはなしに見ることがある。そこに見慣れないメールがあった。タイトルはこう綴られている。
”地球の為に戦いませんか?”
新手のオンラインゲームの誘いだろうか?
典型的な買え買え詐欺ではないようだ。
��無課金勢ですぜ)
色々なゲームをやってきた。
ゲームはいい。
身体がろくに動かなくても世界を旅することが出来る。
こんな自分でも何かが出来る。
使う脳力も限られるようで実際あまり疲れない。
いよいよ体調が悪いと無理だが。
寝込みながら色々わかった。
悪化するとゲームどころか音楽すら聞けなくなる。
映画を見るのはかなりパワーがいる。
バラエティはそうでもないが、進むと映像そのものが見るのが耐えられない。
それも出来なくなると、次に音楽が癒やしになる。
それもダメになると生活音。
それも苦痛になるといよいよだ。
ゲームは彼にとって健康状態のバロメーターであり癒やしになっていた。
プレイ中は今の置かれた苦痛から目線を逸らすことがある程度出来る。
彼の精神衛生を保つ秘訣と言っていい。
しかしドップリ浸かる時期は過ぎている。
元々仕事にもしていた。
本気でゲームをやれる脳の状態でないのも明らかだった。
何せストーリーがあると頭に入ってこない。
手順が多いと耐えられない。
その点、オンラインの対戦ゲームは肉体反射でほとんどが済む分だけ疲れなかった。
それでも最近は面白いのものがないのがサイトウの不満だ。
興味が徐々に削がれていっている。
��ゲームすら楽しみが亡くなったらどうするんだ?)
彼にとっては娯楽というより薬になっている。
��命綱かもしれない)
新しいゲームのお試しにも疲れ、昔馴染みのゲームを惰性でしている。
��読んでみるか)
テキストのみで書かれている。
”STG28”
「なんて読ませたいんだ。エス・ティー・ジー、ニーハチ?ニジュウハチかな?」
洋ゲーだろうか。
��国産のガシャゲーには辟易しているから、洋ゲーなら・・)
少し気が向いて下調べしてみる。
「なんも出てこないな。危ないか?」
詐欺メールは大体読めばわかる。
自己の利益になるよう誘導しているか、相手の不安を煽ってクリックさせるか、いずれか。それがリアルでもネットも普通だ。このメールにはそういうものが感じられない。
「ストーリーは典型だな」
メールのストーリーとおぼしき箇所にはこう書かれている。
地球外生命体が現宇宙の知的生命体を滅ぼそうとしています。
貴方の住む地球にも十年ほどで到達するでしょう。
我々には戦う術を与える用意があります。
意思があるなら、我々は益する味方となるでしょう。
自身の星を守る戦いに参加する場合、次のサイトからソフトをインストールして下さい。
途中で離脱することも可能です。
貴方は自由です。
「なんだか稚拙な文章だな~。この文章は洋ゲーだな。しかもインディーズレーベルって感じだけど。翻訳は恐らくボランティアかな?ということは愛されたゲームの可能性もあるけど」
サイトウは寧ろこの稚拙さに興味を惹かれた。
事前に公式Webサイトを三種類のウィルスチェックでサーチしても異常はない。
「ま、見るだけ見てみるか」
公式サイトには敵対する地球外生命体のビジュアル、その能力と解説が詳細に書かれている。
「肉質だってよ。変なとこに凝ってるな。モンスターズ&ハンターズなら俺得意だったけど、アレ系は大好きだけど、もうあれのゲームをやるだけの元気はない」
地球側が乗る戦闘機のようなものがリアルなCGで紹介されている。
「今時にしては驚くほどインパクに欠けるな」
現在の推定勢力図を見ると、地球側がかなり押されているのが明白だった。
「過疎ってるのか?」
ごく最近の戦いは彼が寝ている間に起きていた。
作戦結果は全滅。
「あ、これは、クソゲーじゃね?バランスブレイカーでしょ。運営は何やってるんだ。昔の洋ゲーには鬼畜難易度あったけど今時それは無いでしょ~よ~」
ページには機体の装備、そして作戦に参加したプレイヤー一覧が掲載されており、プレイヤー名とアバター、大破要因が分析されている。
「モエモエ猫ちゃん・・・”捕食”って何だ?食われたのか。エイリアンは最近流行りの生命体タイプかね。あのデザインだとポイけど・・・」
更に各機体の戦闘のリプレイやスクリーンショットも掲載され見ることが出来た。実に高精細なグラフィック。まるでリアル。
「最近は本当に凄いな・・・見分けがつかない。あ~なるほど機体ごと食われている」
映像を見るとNPCが強すぎた印象が残った。
それと作戦が悪すぎる。
「これ学徒兵に多いパターンだな。レミングスだ」
サイトウが最も気になったのは地球までの到達予測。
そこには 九年十ヶ月 と書かれ、急激にカウントが増えたり減ったりしている。
「おいおい、さっき受け取ったばかりなのに十年きってるじゃん。それとカウントおかしいだろ」
次に 残機 が目に止まった。
「残機?百五十機、まだ結構ある・・・はあああっ!?十分の一になってるじゃん」
母数が千五百機となっている。
「馬鹿じゃねーの、どうこをどうしたらこうなるんだよ。運営出てこいよ。これはゲームバランスがクソなんだな。まープレイヤーも下手そうだけど。全くチームプレーが出来なていない。マップ見てんのかよ、あるあるだなぁ。まともに動けているのは・・・十機以内か」
機体解説のページを改めて見ると、地球側の機動兵器は飛行機型の STG/28 しかないようだ。ただし装備を色々カスタマイズして戦うタイプのよう。
「今時シューティングゲー。そりゃ過疎るわ。俺は大好物だけど。挙句に一機種とか今時オフゲーでもないぞ。せめてロボ系にしてよ~。変形出来ないのかな?」
独り言をいいつつも次第に興奮している。
「シルフィールド思い出すな。そうだよ!これシルフィールドだよ。ストーリーもこんな感じでしょ。あれは良かった。硬派だよ硬派。音楽もヒロイックで。いいじゃないの。まさかこのご時世にそんな冒険してくれるゲームメーカーがあるとはねぇ。嬉しいじゃないの。この換装システムもモロそんな感じだし。いいじゃんいいじゃん」
サイトウは機体解説ページを食い入るように見て一人興奮気味に喋った。
その間にも眠気で瞼が落ちようとしている。
それを必至に耐えている。
��Kのアパート。
布団は万年床。
自炊はするからキッチンはある程度整理されているが、部屋はパソコンと周辺機器で一杯。いつか仕事に戻る為にとパソコンだけはある程度新しくしていた。他の全てを犠牲にして。
枕元にはペットボトルとレジ袋が点在し、つい最近も寝たきりだったのが伺える。
寝たままでスマホやノートPCを見られるような設備も見られる。
食事は一日に一食。
空腹はコーヒーやお湯で満たす。
「インストールタイプみたいだし、やってやろうじゃないの」
普段サイトウは公式サイトは見ないほうだがインディーズブランドの場合は慎重になる。
ダウンロードをクリックし、そのファイルもウィルスチェックをするが異常は見られない。元々はソフトウェア会社にも努めていたこともあり、ある程度は詳しかった。
「ファイルサイズがデカイな。これでクソゲーなら即アンイストールだな」
コーヒーを飲みながらインストール作業。
これといって妙な動作はしていない。
”規約”が日本語で出たが読まずに”OK”をクリックする。
見慣れないインストーラー。
「なんだこれ?どこのメーカーだ。知らないな・・・」
最近はIT系の移り変わりが速すぎて追うのが辛くなってきている。
というより、読むことそのものがかなりの肉体的に負担で時事ニュースを追うのが限界だった。
病気が治ったら現役に復帰しようといつもチェックしていたが、ここ暫くはそれも途切れ途切れになっている。
何事もなく起動。
「よし、良さそうだな」
キャラクター名を入力、アバターを決め、着せ替えをする。
「無駄に3Dだな。いらないでしょ。アバターでロビーを歩けるタイプだろうな」
サイトウはアバターには凝る方だった。
雛形からも選べたのだが敢えてフルメイクしていく。
「我ながらアホだ。今日はもうこれだけでクタクタだよ・・・」
座ったままなのに息がきれている。
途中何度か寝たり起きたりしながら正味で三時間。
かなりの美人型が出来たとご満悦。
アバター名を「シューニャ・アサンガ」とする。
設定年齢は二十代前半。
長い髪、浅黒い肌。意志力の強そうな目。そして長身。出るとこは出ている。
「無駄に凝っているな。なんだコレは。元はとれるのか?」
公式サイトではアバターは2D表示。
「2Dの方が可愛いな」
円錐に近い基本形態をしている自機を眺める。
「宇宙的だね~。一千五百年宇宙の旅を思い出す。にしてもテクスチャが無駄に凝っているな~。無駄技術。嫌いじゃない」
基本的な操作法は全くオーソドックス。
��ASDで移動。
��BOXとPSF4のコントローラに対応している。
装備は三つ。
初期で選べるものは固定。
色やエンブレムを選べるが戦果がいる。
この戦果がどうやらゲーム内マネーになるようだ。
基本形は円錐状だが装備によって形状が変化する。
「お!あるじゃん」
「Fキー」で簡単な変形をする。
円錐が展開し一度だけ強力なビーム砲が撃てるようだ。
「これも伝統だね~。ママトで言うところのハイパービーム砲だな・・・でも変形とチャージに5秒って結構キツイぞ」
公式から他のプレイヤーのページを見れる。
世界中にプレイヤーがいるようで検索で絞ることが出来た。標準は母国になっているようだ。
「ここまで凝ってて検索ヒット無いってどんだけだよ」
改造によって機動力を落とした武装強化型や味方の修理を重視した整備型等にチェンジも出来るようだ。日本の多くのプレイヤーサイトで更新が止まっている。
「過疎ってるな~今時囲い込み型は成功しないだろ。だから検索にひっかからないのかな?」
その中で「竜頭巾」というプレイヤー名が目に止まった。
出撃率はけして多くないが、彼の出撃中には敗北がない。
命中率も九十八%。
��/Dレートは30.0を越えている。
「ウハ、神プレイヤー発見」
記事を読むも、彼のコメントらしきものはなく、どうやら自動的に戦闘結果がブログ形式で保存されるようなシステムらしい。今朝方の作戦には参加していないようだ。
作戦会議室が掲示板形式であるようだが見なかった。
どのゲームでもクソみたいなことしか書かれていない。
「プレイヤーブログの自動更新は新しいな。相当サーバーの負荷デカイだろうに。人によっちゃ嫌がるだろけど、オフとか出来るのかな?そういえばK/Dリセットのアイテムとかあるのか・・・。まぁ俺はしたことないけど今時そんなゲーム無いぞ」
この時に初めて気づいたが、そもそも課金ページが見当たらない。
「F2Pじゃないのか?待てよ、じゃあ、ここの運営は何で飯くってんだ?なんだこれ。テストサイトじゃないよな。え?どういうことだ。何か某国軍部がシミュレーターを通して情報を収集するために用意したサイトじゃねーだろうな。好成績を出していたらある日突然黒服が現れてスカウトされる的な?」
現実の戦いも兵士を送らずにシミュレーターで攻撃機を動かす時代になっている。
軍部は生え抜きのプレイヤーに声をかけていると聞く。
さすがに彼のいる国ではそういうこともないだろうが。
「このクオリティーで完全無課金とかあるか?サラリーマンにはキツイだろ。装備は戦果でしか変えられないんじゃ社畜には不可能だぞ。サラリーマンの忙しさ舐めんなよ」
独り愚痴りながらも彼は楽しそうだった。
勝手に閉じようとする瞼を何度も擦りながら食い入るように読んでいる。
疲労と興奮で次第に落ち着かなくなってきたようだ。貧乏ゆすりが止まらない。
「あ~あるじゃん。・・・戦果不足で装備を換装したい場合・・・これだな。安いな!良心的だ。クレカでのみ買えると・・・。なんでこんな解りづらいところにページ設定してるんだ?商売する気あるのかな。・・・装備レベル三までは課金で端折れるけど、それ以上は必ず一定の戦果がいると。考えてるねぇ。最大で・・・十ね。・・・なんだこれ?」
そこには”十以上は応相談”と書いている。
「あ~もうダメだ。目が耐えられない。一旦ちゃんと寝ないと無理だ」
サイトウは顔を擦り目を何度もパチクリさせると頭を掻きむしった。
「軽くプレイしたいな~・・・でも今は無理か。もう限界だ・・・」
二杯目のコーヒーを飲み干すと布団に入る。
五分としないうちに眠りに落ちる。
その寝顔は期待感に満ちていた。

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