(短編)黄色い雨合羽

何時ごろから夢に現れた幼女がいる。

��0センチ程度の身長だろうか。小学生にしては小さい。

幼女はいつも寂しそうにみえた。

目の冴えるような黄色いレインコート、というより雨合羽を着ている。

フードを下ろし顔は見えない。

右足を退屈そうにブラブラさせ、水溜りを蹴っている。

その足には雨合羽と同じ黄色い長靴。



雨の中、彼女はいつも一人。

誰を待っているでもなく何をするでもなくたたずんでいる。

それを眺めている私がいる。

他に人影はない。

声をかけたい思いにかられるが何故か声をかけずに幼女を眺めている。

ある時は公園で、

ある時は八百屋の前で、

商店街で、

幼女はブラブラとしている。

誰も幼女に声をかけるものはいない。



ある日の夢で彼女は姿を消した。

いつもいた公園、八百屋の前、商店街にもいない。

私は夢の中で傘を投げ捨て必死に探した。

高まる不安と鳴り響く救急車の音。

何故か「彼女を助けなければ」という思いで頭が一杯になる。



その日はそのまま目が覚めた。



そんなことも忘れたある日、夢の中で幼稚園の前にいる自分がいた。

「ここはどこだ?この雰囲気は・・・」と夢の中で記憶を弄ると、黄色い雨合羽の幼女のことを思い出した。

ハッとしたと同時に、アノ子はどこだ?!という思いが頭を一杯する。

走り出そうとした瞬間、幼稚園の前にアノ雨合羽の幼女をみつける。

降りしきる雨のなか、幼女はいつもの黄色い雨合羽に黄色いゴム長靴、そして今日は何故か黄色い雨傘を差している。



「良かった・・無事だった」 と胸をなでおろす自分がいる。



今度こそ声をかけようと思い一歩踏み出そうとすると、女性が幼女の元に現れた。

何やら笑顔で二言三言話すと女性は幼女の手を引いた。彼女の母親だと直感的に思った。

彼女の顔は覚えていないが、爽やかな笑顔だった。



「良かった、よかった」 と頭の中で繰り返す私。



瞬間幼女と目があった。

彼女は昔からの友人であるかのように、ごく自然に手を振ってきた。

満面の笑みが見えた。

私は何の抵抗もなく彼女に手を振り、「良かったね」という言葉が口をついた。

彼女には聞こえなかったろうが、彼女は確かに1回頷いた。

生まれてははじめて涙が止まらなかった。

大丈夫、今日の雨は酷い雨だ。



第一なんで俺は傘をさしていないんだ?

酷い夢だ。でも良かった。

この雨だ、泣いていることはわかるまい。

恥じることもない。

遠慮なく泣こう。

声を出して泣こう。

この雨と雨音が全てをなかったことにしてくれる。



良かった。

本当に良かった。

もう会えないのは寂しいけど、

君がそれで幸せならそれが一番だ。



自分の嗚咽で目が覚める。

枕が涙で派手に濡れていた。

ゴミに埋もれた一人の部屋で、寝起きに大笑いする自分がいる。



「遂には頭もおかしくなっちまったか?!おい、お前、お前だよ。おい!」

しばらく笑いが止まらない。



一息つき静寂が訪れる。



何故か爽快な気分だった。

「おーし、やるか」

身体の奥底から力が湧いてくる気がした。



黄色い雨合羽の幼女。

名も知らぬ、顔も知らぬ彼女。

あの笑顔がずっと続くことを願う自分がいた。

そのためには俺が笑顔でじゃなければいけない気がした。



そうすればまた会えるかもしれないな。

今度はお互い笑顔で会いたい。






��後記)

雨合羽の幼女はいくつかバリエーションがある。これが最高!ってのが決まらない。共通しているのは黄色い雨合羽の幼女はいつも一人でいる、俺という男性が幼女を眺めている、そして幼女が忽然と姿を消すという3点だ。ロングバージョンの構想もあるがリアリティを出すのが辛いのでつい挫折してしまう。リアルに描くほどげんなりしてしまう。子供の孤独と大人の孤独は共通している。その孤独を感性だけで共有した二人が不思議な人間関係を形成するというのがこの物語の主題かもしれない。



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