STG/I:第百四十二話:策謀

 


 夜の対策会議は更に紛糾した。

 特別対策班は監視続行派、中止派に二分したが勢いは中止派にあった。
 日が経つほどに彼らの言説の正しさを証明することはあっても、否定する要素が無くなっていく。
 リアルのネットで調べた結果すらそうだ。
 該当する企業が確かに存在していることを示した。
 救世主かもしれないという機運が止めどなく湧き上がっている。

 イシグロと武者小路は監視続行派。
 武者小路は「仮に過去はともかくとしても、彼が何か好ましくない方法で何かを企んでいることは明らであり、仕出かした事も明らかである」と言った。
 だが、彼らの戦績を前に説得力を明らかに失いつつある。
 それは態度を保留中の一人の発言からも明らか。

「それは些細なことじゃないか?」
「些細?・・・さ、さい、なのか?」

 武者小路は言葉を詰まらせた。
 会議は言葉だけが溢れ続け全員が苛立ちを募らせる。

「アカウントを凍結しよう」
「いや駄目だ。流れは完全にアイツらにいっている。支持されない。今度の作戦は中央だけでは到底賄えない」
「その時は本部の強制権を使えばいいでしょ」
「それじゃ今迄の人たちと何が違うの?」
「四の五の言っている場合なのか・・・」
「あの反逆者達より遥かにまし!」
「本当にマシなのか?・・・」
「ああ雑魚だよ。俺も含め、ここにいる全員がザ・コ」
「クソみたいな自慰行為的発言は控えてくれ、うんざりする・・・」
「うまえがな」
「あーもー、目を覚ませ!」
「明け渡そう、少なくとも我々より可能性がある」
「どこを見て!?」
「戦績を! だよ」
「そう、彼らなら勝てるかもしれない!」
「連中は根っこが腐ってる。それが全て」
「勝てないより良いだろ?」
「良いのか、それ?」
「良いに決まってる!」
「そうだ・・勝てるなら、もう何でもいいよ」
「勝てる・・・勝てるんだよ! 彼らなら!」
「判らないのか? それは不可能なんだよ・・・」
「やってみないと分からないだろ?」
「駄目でしたで済むのか?」
「そうだ。シミュレーターで何がわかる」
「わかるだろ!?」
「勝てる保証は?」
「仮にだ、連中が勝った後どうする?」
「BANしよう、それで解決」
「馬鹿な事を言うな・・・」
「そんなこと出来るのか?」
「あー低レベル過ぎて嫌になる、もう落ちる!!」

 イシグロはおろか、武者小路も沈黙した。

 こんなのは作戦会議じゃない。
 単なる子供の喧嘩。
 大人の雑談。
 戦う以前の問題。
 作戦以前の問題。

 壁が高すぎて思考停止している。
 感情的になり過ぎて、具体性や根拠すら無い提案。
 嘗てないほどの大規模作戦を控えているというのに。
 絶望的過ぎる。
 多少なりとも話が出来そうな連中を選んでもこの次元なのか。
 
「彼らの否定的な発言を公にすれば?」
「無意味だろ。『彼らの戦績を上回れるのか!』で論破される」
「論破ねぇ・・・」
「言葉が全く響かないことは明らかだろ」
「なら、『反乱分子だ!』と騒ぎ立てたらどうだろうか」
「仕方がない正当な理由ありと捉えられるだろう」
「どうして!?」
「世論を巻き込むことが逆に立場を危うくする」
「あれもダメ、これもダメじゃ、何も出来ないだろう! 対案を示せよ!」
「致命的なミスになったらしょうもないだろ!」
「否定ばかり言ってる奴は楽でいいな~。・・・クソして寝るわ」

 この会議一つとってもコレだ。
 流れは完全に彼らにある。
 取り返しがつかない。

(彼らをBANしなかった時点で我々は詰んでいたのかもしれない)

 武者小路はコントロール・ルームに籠るエイジをモニターで見た。
 アースのマイルームを映した監視モニターに目線を移す。
 彼はずっとSTG28の仕様や多数のマニュアル、ルールブック、宇宙人と交わしたとされる真偽不明な条約や事例を読み漁っている。
 他にも公開されている宇宙人との謁見記録や、過去の違反事例も多く読んでいるようだ。

(爺さんよ・・・コレはお前の狙い通りなのか? それとも偶然か・・・教えてくれ)

 始まりの動機は最終的な結果を知らず伴う。
 連中の動機は金と遊びと暇つぶし。
 金が尽きたり、要求レベルに達しなければ去っていく。
 面白くなければ去っていく。
 地球なんてどうでもいい。
 他人なんてどうでもいい。
 今、自分が面白いかだけで生きている類だ。
 そんな連中だろう。
 命運を左右するこの場で全う出来る筈がない。
 強いか弱いかは問題じゃない。
 始まる前に終わっているんだ連中は。
 それが何故わからない。

 深夜になり結論は出た。 

 監視は続行。
 強く反対した数人は対策チームを脱退。
 彼らは当てつけのようにブラックナイト隊内のアースの隊に編入。
 彼らの隊はあっという間に大きくなっていた。

 明日には結論も逆転するだろう。
 何より本隊の数を超える。
 非常時ならともかく、単純な数では本部の運営権は移らないが発言権は自ずと強くなる。
 世論の後押しも強い。
 一度傾いた世論の慣性力は鈍い。
 連中の本性を目の当たりにする頃には手遅れだ。
 こうなると戦う前に終わっている。
 なるほど、あの糞な政治家が勝つことばかりに猛進する理由が実感出来た気がする。
 勝たないと何も出来ない。
 でも勝つことが目的になっている時点で無意味。
 でも、勝たないと意味が無い。
 無力だ。

 餓鬼と無知は能天気でいい。
 中途半端な知性は辛くなるばかりか。
 つくづく秘書には向いてなかったな、俺は。

「失礼します」
 武者小路はエイジに現状を報告した。
 一通り報告した後、言うとはなしに呟いてしまう。
「誰もかれもが軽率な者達だ。つくづく嫌になる。強いと思ったらすぐ縋る。なんのビジョンも主体性も意思も道もない連中ばかり・・・心底虫唾が走る・・・」
 何も言い返さないと思っていたエイジが応えた。
「きっと・・・僕が悪いんです。頼りない宰相ですから。ごめ・・・、いえ、苦労をかけます。ありがとうございます」
 彼は頭を下げた。
 武者小路は何かを言いかけたが止め、一礼し指令室を出た。

(子供相手に何を愚痴ってるんだ俺は・・・頭を冷やせ・・・)


 四日目。

 その日は土曜日。
 アースの隊は彼以外誰一人ログインしてこない。
 彼だけがこの三日間と同じことを繰り返している。
 不審に思ったが、直ぐ気づいた。

「土曜日か、残業代や休日出勤手当は出ないらしいな」

 沈黙していたイシグロが久しぶりに口を開く。
 武者小路は力なく笑った。

 朝から退所の準備にとりかかっている。
 もう手遅れなのは明らか。
 今夜にも実質主導権は奪われるだろう。
 ここに居ても鉄砲玉のように捨てられるのが落ちだ。
 手塩に育てたSTGやパートナーを蹂躙されるぐらいなら戻ろうと決めた。

(最後ぐらい心通う人と一緒に戦いたい・・・もう、あんな思いは御免だ)
 
 昨晩、武者小路は今後の対策を武田や真田らと考えた。
 妙案は無かった。
 どの展開も、程度の差こそあれ、悪いものばかり。
 下手な抵抗はかえって自分たちの資材を失うだけと結論づける。
 埋めがたい実力差と世論の後押し。
 全ての対策がその場凌ぎに思える。
 アース達に本部の権利が委譲される前に武田達は部隊を本部から離脱する段取りだ。
 本部から外れれば要請はあるだろうが無視することが出来る。
 ブラック・ナイト急襲のような事態は別として。
 もっとも、それすらも出撃さえすればいいので、誤魔化しようは幾らでもある。
 生き残ることを模索していた。
 最後の武田とのやり取りが思い出される。

「機会を待とう」
「次、ですか・・・」
「勿論あればの話だ。あると思って動こう!」
「そう・・・ですね」

 言わなかったが、自分は思えない。
 次は恐らく無い。
 チャンスはそう巡ってくるものではない。
 我々は逃した。
 地球が亡くなれば、本拠点が壊滅すれば、次は無い。

 あの大戦ですら偶然生き延びたに過ぎない。
 フェイクムーンの脅威にも我々は何も出来なかった。
 本部に近い者は誰もが知りながら向き合わない事実。

 無力だ・・・。
 あの時のように。
 涙も出ない。
 悔しさすら無くなってきた。
 もう、どうでもいい。

(やれるものなら、やってみろよ・・アースさんよ)
 
 午後七時を過ぎた。
 不意にログインサインを見る。
 アースの欄が灯っている。

「ログアウトしていない・・・」

 エイジと目が合った。
 彼も気づいたようだ。
 イシグロが動くと、本部権限を使いマイルームを覗き見る。
 武者小路とエイジが立ちあがり、イシグロのコンソールブースに駆け寄る。

「いた」

 まだ読んでいる。
 マイルームは本で埋まりそうなほど散らかっている。
 初日の午前中こそデータで読んでいたが、中途から書庫から呼び出していた。
 如何にも旧世代の人類。

「何を考えている・・・」

 武者小路は誰に言うともなく呟く。
 作戦室は静まりかえっている。
 夕食時だ。
 リアルで食べながらプレイしているメンバーが何事かとイシグロのコンソールに集まって来る。

「何かやるつもりか?」

 イシグロはモニターを見つめたまま武者小路に言った。
 武者小路が動く。

「武田隊長よろしいですか」

 程なくして武装した武田軍が入室。
 忍び装束の黒葉佩衆は音も無く闇に混じる。

 二十時。

 まだ読んでいる。
 あれで果たして読めているのだろうか。
 開いては閉じ、開いては戻りを繰り返す。
 武者小路は横目で並びの奥にいるミリオタを見た。
 ずっと牙を折られた犬のように静かだ。
 コチラに興味を示す素振りもなく、プロジェクトの進捗と修正、兵器開発に集中しているように見える。
 自分の戦果を大量の導入しているよう。
 何か起こすつもりだろう。

 エイジとの秘密会談により彼は武者小路の監視対象だ。
 他の者は知らない。
 事が始まった瞬間に捕らえるよう準備してある。

(こいつら何を考えている?)

 二十一時になろうという時。

 アースは大きな本をこれ見よがしに閉じた。
 立ち上がると部屋を出る。

「動いた!」

 監視班の一人が思わず叫んだ。
 次の瞬間、作戦室にアースの姿がホログラムで現れる。
 突然の事に、これまでとは違った質で静まり返る。
 まるで猛獣と突然遭遇してしまったかのような緊張感。
 混乱、恐れ、不安。現実を受け入れられない。
 息をしているかも怪しいほど我を忘れている。

 だが武者小路は違った。
 軍配を左手に持つ。
 すると、外周から圧を加えんばかりに身構える暁の侍達。
 アースはまるで彼らが見えないかのように悠々と周囲を一瞥。
 エイジを見初めると足早に近づく。
 笑みを浮かべた。

 マッスル三兄弟がどこからともなく現れる。
 無言で間に入った。

「邪魔だ筋肉。失せろ」

 アースの顔から笑みが消える。

「どかせてみろよ・・・爺さん」

 三兄弟の筋肉が張りを増す。

「マッスルさん大丈夫です! ・・・ありがとうございます」

 慌てて走り寄ったエイジは頭を下げる。
 三兄弟は黙って頷くと、ゆっくりと前を空けた。
 三兄弟は互いに見合うと、頷き、エイジを囲むように動いた。
 奥義トライアングル・マッスル・アーツの間合い。
 エイジを守りつつ、アースを攻撃出来る。
 アースは頭をボリボリと掻くと、何事も無かったように無造作に歩き出す。

「そこまで!」

 今度は武者小路の声。
 右手を押し出す。
 彼はいつの間にか全身フル甲冑の戦闘装束。
 刀は挿していないように見える。

 アースは一瞥しただけで足を止めた。
 下を向き笑みを浮かべる。
 顔を上げるとエイジだけを見た。


「餓鬼、こりゃ勝てねーぞ」


 時が止まったようだった。
 誰しもが「何を言っているんだ?」そうした疑問が逡巡した。
 簡潔な言葉にも関わらず意味が解らなかい。
 勝てない。
 笑っている。

(何を言っている?)

 無双している彼の部隊。
 自信満々のアースとその配下。
 軍神と恐れられたプレイヤー。
 圧倒的なスコア。
 生まれ立ての希望の光。
 盛り上がる拠点の搭乗員。
 膨れ上がる隊員。
 皆の明るい表情。
 意味がわからない。

「端っから勝てないよう仕組まれている」

 アースが言葉を足した。
 それでも意味が解らない。
 闇に姿を消していた黒葉佩衆すら思わず姿を現している。
 彼は何を言っている。
 勝てない?
 仕組まれている?
 意味がわからない。

「まんまとやられたな、お前ら」

 笑っている。
 なぜ?
 何が可笑しい?
 笑うことか。
 笑えることか。
 勝てないとはどういう意味だ。
 仕組まれている?
 誰に?
 なにを?

「そこで提案なんだが、地球を支配しようぜ?」

 始めてザワついた。
 意味が判らなさ過ぎる。
 なんでそうなる。
 敵わないから地球を襲う?
 なぜ?
 それが何の解決になる?
 それで勝てるのか?
 意味がわからない。
 聞き違いか?
 そうに違いない。
 疲れているんだ。

 アースは更に大きく笑った。

 何人かが目を丸くしてパクパクと口を動かしたからだ。
 まるで餌を求める金魚のように見えた。
 でも、笑えるのか?
 この状況で。

 言葉にならない。
 彼は何を言っている。
 今のは日本語か?
 何が起きている?
 何故笑っている。
 わからない。
 理解できない。
 現実感が無い。

「どうせ死ぬんだ。楽しくやろうぜ!」

 両手を広げる。
 何が楽しいんだ。
 何が嬉しい。
 優しい笑顔。
 この数日でただの一度も見せたことがない笑み。

「三日天下だろうが、何も無いよりいいだろ? なっ!」

 意味がわからない。
 なんでそうなる?
 どうして笑っている?
 狂ったのか?
 何を企んでいる?
 何をしたい?

 少しすると笑い声が聞こえてきた。
 それは徐々に大きくなる。
 アース以外のほぼ全員が笑い声の主を見た。
 イシグロだ。

「そう。貴方は所詮そういう人です・・・安心した」

 手を叩く。
 乾いた音が三度響く。

「さっ、皆、わかっただろ? 所定の位置について職務に戻ろう!」

 声を張り上げた。
 でも誰も同調しない。

 武者小路ですら何も言えなかった。
 軍配を強く握りしてまたまま仁王立ち。
 鎧が赤黒く濁っていく。
 アースはエイジだけを見ている。

「おい餓鬼、一人や二人、いや、お前のことだ、十人や二十人、殺したい奴がいるだろ?」

 固まっていたエイジが顔を上げる。
 酷く邪悪な笑みでエイジを見ている。

 人間にこんな顔ができるんだ。
 そんな思いを抱いた。

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